2012年 「明日の教室」研究会の予定

2012年 「明日の教室」研究会の予定

教育研究会「明日の教室」関連のご案内をブログのトップに置くことにします。

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2012年5月26日(土)            高久啓吾先生 http://books.livedoor.com/bs/?type=author&word=%E9%AB%98%E4%B9%85%E5%95%93%E5%90%BE プロジェクトアドヴェンチャーの講座です。インドアが中心になります。

お申し込みは、こちら。http://kokucheese.com/event/index/36974/

 

2012年6月30日(土)            玉置 崇先生 http://www.enpitu.ne.jp/usr9/98434/ 授業作り、学校作りなどについて語って頂く予定です。

2012年7月14日(土)、15日(日)     甲斐崎博史先生 http://d.hatena.ne.jp/kaisaki37/ ロジェクトアドヴェンチャーの講座です。インドアが中心になります。琵琶湖の湖畔に宿泊し、翌日はカヌー又はドラゴンボート体験です。

                   ◆

明日の教室の書籍1〜5と、DVD1~21が発売されました。

書籍は、http://www.gyosei.co.jp/home/books/book_detail.html?gc=3100501-01-000/
DVDは、http://sogogakushu.gr.jp/asunokyoshitsu/dvd_1.htm

からお求めください。

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2012/05/24

三色以内にすることがポイント

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四回生ゼミでは、採用試験の面接のための模擬面接をやっている。学生達に請われてやり続けている。一人5分程度の面接をして、その後30分程度あれこれ指導する。『人間は、急に悪くなれても、急には良くなれないと一回生の頃から言って来たことが分かるか?』と言うと、よく分かるという。

面接練習では、ゼミの担当教員の面接であるにも緊張しまくっている。なんで緊張するかと言えば、失敗したら困ると思っているから。なんで失敗するかと言えば、いつものこととは違うことをしようとするからである。簡単に言えば、自分をいつもの自分よりも良い自分に見せようとするからである。

子どもたちが失敗するのと同じ理由。子どもたちは一度怒られて指導されたことをまた失敗することが多い。これは、やる気が無くて失敗する場合と、やる気があって失敗する場合がある。後者の場合は、
(今度こそは失敗しないぞ)
と気合いを入れて、自分の持っている力以上のことをしようとして、失敗する。
こういう失敗は叱るよりも、チャレンジを認めるしか無いだろう(^^)。

で、だから、緊張しないためにはいつもの自分で行くようにするしかない。 いつもの自分が良い自分になっているようにする。つまり、日頃から自分を磨くことをして、レベルを上げておくしか無いのだ。そんなのは、ドラクエをやっていれば当たり前のようにわかることである。経験値を上げて、HPを上げておいた者だけが、強いモンスターと戦えるのである。勝てるのである。だが、ドラクエでは分かっても実生活になるとなかなか出来ないものだ。

なもんで、せめて服装ぐらいはきちんとせよと、私のゼミでは三回生からスーツを着て受けさせている。スーツに着慣れているようにしている。だが、これがいまだにきちんと着れない学生がいる。ネクタイの締め方、シャツの着方、ズボンの履き方。全体的におかしくて、もっさりしている。

これらを一つ一つ説明した。まあ、こんなことをしても人間の本質には関係ないことだが、細かい所にその人は現れるのでね。服装は清潔感と若々しさがあるものが一番。そして、折り目がきちんとしているものがいい。アイロンの掛かったワイシャツにズボン。磨いた靴。体にあったサイズの服であることも大事。ネクタイはせめてセミウインザーノットにする。

ネクタイは、レジメンタルタイが良いと思う。レジメンタルタイは、右下がり、左下がりがあるが、まあこれはどちらでもいい。大事なのは、色使いである。三色以内にすることがポイント。それ以上だとごちゃごちゃ感が出る。若くて清潔ですっきりでカチットしている感を出すためにこれらは大事。

いや、もちろん他のやり方もあるでしょう。それはそれでやればいいと思う。そして、私の感性が古いと思われるかもしれない。でもね、採用試験であなたを採用する人は、その「古い」人たちなのですよ。ワイシャツの首にボタンが二つもあるなんてのは、理解できない人たちなのですよ。

「服装ぐらいなんでもない。私には魅力がある。自信がある」。そうかもしれなない。しかし、魅力があるのであればそれに磨きをかければ良いのだと思う。また、採用試験であるのであれば、わざわざくしゃくしゃの服を着ていく必要も無いので、そういうような服を着ているのは、無頓着というよりは心配りができないと私なら判断する。

さらに、教師オーラを持っていない若者は、ありとあらゆるものを使って教師オーラを発することが出来るようにすべきだと思う。服、着こなし、歩き方、声、板書、立ち方、座り方。そういうものを総動員して面接を受けるべきであろう。私はそう考えている。 そういうところまで気を使っている先生は、授業や生徒の指導も細部まで気を使っていると感じている。



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2012/05/22

一ヶ月に一日位こういう日があってもいいかな

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本日は、週末の九州出張の疲れを癒すオフの日にした。
昨日の授業で指示した学生たちの掲示板の課題にコメントをして、さらにその後に研究や原稿をやろうと思ったのだが、この先も暫く休みが無い事が分かっているので、体の方を優先した。

食べたいなあと思っていたものを作る事にした。ノルマである。
通常はアマトリチャーナというのだろうが、我が家ではお気に入りの店のメニューに従って、ノルマである。

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ペペロンチーノを作るガーリックオイルで夏野菜を炒め、トマトの水煮を入れて煮込み、未水分を飛ばし、塩、胡椒、バルサミコ酢で味を整えて、粉チーズをかけてオリーブオイルを掛けて食べる。今日は自家製スイートバジルと手作りのベーコンも添えた。

私はホゲーッとするオフも好きだが、こうして何かをあれこれやるオフも好きである。そのときの気分でどちらかになる。娘(4)は辛いのがダメなので、大人用には取り分けて唐辛子を入れたオイルで絡めてうまうまにする。

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パスタで食べる。
かなりリフレッシュする。

午睡をして、
(やっぱり少しは仕事をしようかな)
と思ったのだが、ベランダの花たちが呼ぶような気がした。
見てみるとやや手入れが必要な感じ。

植えたばかりと思っていたトマトから、脇芽が出ていたので欠いたりしていたら、
(これはやらねばなるまい)
と思い始めて、ベランダの大掃除を始める事になってしまった。

やる気というのは、側坐核にスイッチが入ると言う事だと言われている。
視床下部の置くにあるこの場所は、やり始めないとスイッチが入らない。つまり、5分掃除をすると、
(よし、もっとやってやるか)
となる。だから、勉強も最初の5分が大事なのだ。5分やれればあとは続くのだ。

でまあ、続いてしまってベランダを奇麗にしてしまった。
はあ、気持ちが良い。

その後、閉園までに30分あったので、ガーデンに向かった。
今週末がローズフェスタだ。

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平日の閉園間際はもう誰もいない。
薔薇たちだけが、スパイシーな香りを放って美しくしていた。

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あまりにも美しかったので、余韻に浸りながら湖岸を散歩。
一ヶ月に一日位こういう日があってもいいかなと。

* 写真は全てクリックで拡大できます。

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2012/05/21

発問の仕方、議論の展開のさせかたをレクチャーする

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(琵琶湖の金環日食。え、どこが? 湖面ぎりぎりに。カメラのレンズの反射の日食です)

本日の三回生ゼミは、『教育問題はなぜまちがって語られるのか?』(広田照幸 日本図書センター)からの発表。この本は教育問題を考えようとする高校生向きの本。シリーズの最初の本である。今回は、メディアリテラシー、統計データ等について触れていた。

社会に出てくる統計データの見方については『「社会調査」のウソ』が名著として名高いが、本書も相当面白い。発表の学生達には、本の中から結論に関わる部分を書き抜き、その根拠に該当するであろう所を書き抜き、その後生まれる疑問について纏めてくることを、ハンドアウトの大きな課題としている。

疑問を元にゼミの中で議論を行うのだが、その時の発問の仕方が良く理解できていない。だから、議論が深まりにくい。多くの学生は、オープンエンドの質問だけで終わらせてしまうのだ。議論が展開しない。そこで発問の仕方、議論の展開のさせかたをレクチャーする。オープンエンドの質問とは「なにかありますか?」「なんでしょうか?」「どうでしょうか?」のような質問の仕方。なんとでも答えられる。

なんとでも答えられるということは、何を答えても答えさえすれば良いということにもなり、答えなくても良いということにもなる。「なにかありますか?」と聞いているわけだから、(なにもなければ答えなくてもいいんでしょ)と子どもたちは直感的に思う。そこで発言が無くなる。

そんな時は、直ぐにクローズエンドの問いに変える必要がある。例えば「~という考え方がありますが、これは賛成ですか、反対ですか?」とする。

そう発問しておいて、ノートに「賛成なら◯。反対なら×を書いて下さい」とする。野口芳宏先生の十八番の指示だ。こうすると、どちらか態度を決めなければならず、その後、「では、自分の書いたものに手を挙げて下さい」となって、挙手が出来る。意見を言いやすくなる。

または、同じ立場のメンバーで集まって意見の交換をして強固な根拠を生み出し、反対側と意見をぶつけ合うことをしやすくする。さらにこうすると「私は△です」と中間の意見も出てくる。そしたらその意見も聞くのだ。このクローズの質問は、教師がしっかりとした答えを持つ必要がある。因に、意見を聞く時は、少数意見から聞く。この順番も大事だ。

一見ほとんどが、◯に思えるような選択肢を出しておいて、実際は×のような設定ができれば中級者。上級者は、◯×が半々になるように出す。さらに、選択肢を四つ程度出しておいて、その中から選ばせて議論を構築するという展開の仕方もある。こういう手法を知らなすぎるので説明。

ではあるが、本文の読み込みの中で気になった部分に関して調べて来て、それを資料として授業の後半で配布する等のやり方はなかなかであった。今日の授業では、この発問の設定の仕方から入って、メディアリテラシーについて軽くだが触れることができた。

『情報は、流れているのではなくて、流している。隠れているのではなく、隠しているということである。情報を流している人、隠している人は、何を意図して流しているのか、隠しているのか。ここを理解することがメディアリテラシーなのだね』

『それじゃあ、これを小学生の授業として作るには?』
と、ここからさらに展開もした。教えたい内容、教えるべき内容つまり教育内容は見つかっても、それをどう教材化し、どういう授業構成にして説明、指示、発問にしていくかが問題。これが出来ないと授業は作れない。大学生相手に作れなければ、小学生相手になんて作れるわけが無い。その練習でもあるのだ。

『本の中の主張、根拠の提示の後は、自分のエピソードを加えて語れ。例えば~で語れ』
とも指導。本の内容をただ要約して伝えているだけの発表では意味が無い。
例えば〜で例を語り、自分のエピソードを添えて語る。そうすることで、文章に書かれている内容が他人事ではなくなる。聞いている人にとって身近なものになる。一人称で語る練習にもなる。

その他、今ゼミで研究開発に取り組んでいるものも含めて濃密な90分でありました。来週も楽しみ。

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2012/05/17

決定打は出ない。こう言うとき、どうしたら良いのであろうか

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(オーロラが出たかのような琵琶湖の空)

二回生ゼミは、小学生の書いた作品(詩)を読解する。レポーター2人がよく調べ考えてと、かなり丁寧に準備をして来たので、持ち時間の40分を大幅にオーバーして70分ぐらい発表と議論が行われた。最後の10分で私がコメントして簡単な整理となった。最初の発表がこのレベルにあるのはなかなかいいな。

作品を読んで感じた違和感を丁寧に拾う。違和感は言語化できないから違和感なのである。レポーターは自分の違和感をレポーターグループのメンバーに伝え、それをメンバーの中で言語化して行くと言うことを繰り返す。そして、その違和感を言語化し、問いに作り上げその答えまたは仮説を考えて発表に臨む。その考えを提出するために発表の構成、発問、展開を考えて発表に臨む。

今回の読解で引っかかった言葉は、「やっぱり」ということば。この言葉は論理的な接続をするように見えていて、感情の度合いが高い。また意味が4種類あるので、どの意味で子どもが使っているのかを考える必要があった。4種類から一つにするには、文脈の理解が必要になる。

発表者の展開を引き受けて私が議論を構築した。当初、二つの読みの可能性があることを指摘し、どちらかを◯×で決めさせて議論を展開するということを私は考えた。ところが学生の方からもう一つの可能性もあると声が出た。こういうのが面白い。こういうのがあるゼミは面白い。

私は、その可能性はあると考えていたのだが、議論をシンプルにしようと二つにしておいたのだ。しかし、学生が三つ目を出すというのであれば、議論が深まる。子どもの書いた詩をテキストにして、何が読み取れるか。それぞれのグループに分かれて主張の根拠の部分を作品内に捜させた。そして、相手の意見を批判しながら、自説が正しい事を主張していく議論の時間を生み出した。

三つの立場の根拠は、それぞれ出てくるには出てくるのだが、決定打は出てこない。
『私は作品から主張の根拠を捜せと指示を出した。ところが、決定打は出ない。こう言うとき、どうしたら良いのであろうか?』
と発問をした。学生達は考え込んだ。

答えは実は極めてシンプルである。三つの可能性があるとして、そのままにしておくのである。決定打が出ない以上、決めつけることは出来ない。可能性を残し、その可能性を観点にして子どもの様子を見るのである。

子どもの作品は子どもの作品として鑑賞することが大事。これはテキスト論的な読み方。しかし、子どもの事実、文脈の中で読むことも大事。これは作家論的な読み方と言っていいだろう。
(ははあ、あの子の言いたかったことはこれだったのね)
と後から分かることがある。それで良いと私は考えている。決めつけてしまって間違えるより遥かに良い。

『子どもの作品は、その作品のテキストの中にあることからだけで、読み解かなければならない。テキストの中に決定打が無い時は、決めつけるのは危険である。可能性を確認することが大事。可能性というとカッコいいが、要は宙ぶらりんということである。そして、宙ぶらりんは居心地が悪い』

『居心地が悪いから、安定したところに落ち着けたくなる。実は、これが君たちが先生たちに対して不信感持つ要因として結構大きなもの占める決めつけの中身なのである。宙ぶらりんの居心地の悪さに耐えつつ、さらに子どもの事実と文脈で子どもの作品を読んで行けるようにならねばならない』

『決められないものは、無理矢理決めてはならない。そして、決められるものをしっかりと決めるべきである』

来週の子どもの詩の作品の読解も、非常に楽しみである。

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教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について(審議のまとめ)

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5/16

教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について(審議のまとめ)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo11/sonota/1321079.htm

中教審から出ましたねえ。
これをベースにさらに揉まれるでしょうが、大きな変更は無いかと思われます。

教員免許が普通、一般、専門の三つになる。
大学院での免許取得が柱になる。
学級経営等の力をつけることを求めている。
大学と教育現場が連携して育てることを求めている。

などが上げられるでしょうか。

手前味噌ですが、本学(京都橘大学)の児童教育学科は、ここに示されていることを6年前からやって来ていると思いました。アカデミックと現場。本学は、「臨床の知」を建学の精神の一つにしているので、積極的に取り入れて来たというわけです。

とはいえ、全てが全て出来ているわけではなく、根本的に対応を考えなければならないことも出てきそうです。

また、新しい課題を解決する挑戦が始まります。

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2012/05/14

(あ、こいつに相談してもダメだ)

5/14

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(蓬莱山山頂から、琵琶湖大橋、比叡山方面を眺める)

人間ってのは、自分に都合の悪いこと、恥ずかしいことは隠そうとする。特に、子どもはそうだ。喧嘩で殴られて顔に痣を作っておきなら
「キャッチボールで失敗しました」
なんて嘘をつく。だが
「そうか。へたくそだな。いいか、キャッチボールというのはだな、体の真ん中で...」
とやってもダメ。

子どもたちは、自分で何があったかを隠しておきながら
(あ、こいつに相談してもダメだ)
と思う。
(私に起った事実が何なのかを見抜けない教師に、相談はできない)
と一瞬にして思うのだ。小学校低学年までなら、すぐに先生に言ってくる。分かりやすい。しかし、思春期ではありえない。

だから、教師は子どものバーバルと、ノンバーバルの間に立ち上がる、違和感、揺れ、光、陰をさっと見抜く必要がある。
(ん、なんか変だな)
と気がつく必要がある。これだけでも相当大変なことである。だが、指導力のある教師は、これができる。だから、子どもたちから信頼される。

子どもたちは都合の悪いことを「隠す」。教師は、その隠された都合の悪い何かに指導すべきことが存在することを理解している。そして、「隠し」ていることは、かくれんぼの遊びと同じで、探し出してほしい、見つけ出してほしいという子どものメッセージだと言うことも理解しなければならない。

(ま~ったく面倒くさいなあ)
と思う(^^)。しかし、子どもの傍にいるということはこういうことに繰り返しつき合うことであって、何回もだまされることなんだとも思う。その中で
「あの先生は分かっている」
「あの先生は、だませない」
という思いが子どもに育って行くのを待つ。

子どもを指導するってことは、そういうことから始まるのだろう。

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2012/05/11

『日本一社員がしあわせな会社のヘンな”きまり”』読了

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『日本一社員がしあわせな会社のヘンな”きまり”』読了。

経営は工夫が大事だが、この本ではそれが良くわかる。学級経営でも参考になることが多い。物づくりの会社だけあって、授業づくりの参考になる部分も多い。お薦め。

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2012/05/10

サッカーのディフェンスの仕事は、防御ではない

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(研究室からの夕景)

四回生ゼミでは、この後の採用試験に向けての話もする。大事なことは、うまく行かなかった時ほど早く相談するということだ。うまく行ったときは、あとは流れに乗ってやれば良い。うまく行かなかったとき、早めに新しいスタートを切らなければならない。

その時に、不合格が恥ずかしいとか、申し訳ないとかで連絡してこないのは、次のチャンスを失うことにもなる。サッカーのディフェンスの仕事は、防御ではない。防御した後、攻撃 のための最初のパスを出すまでがディフェンスの仕事なのだ。失敗は、次の一歩を踏み出すまでが失敗なのだ。

人事というのは、本当に不思議なことがたくさんある。実力が無いと採用されないが、実力があったところで採用されないこともある。また、時にはあの程度の実力なのになんで合格 なの?ということもある。

さらに、合格したら幸せかというと合格したために不幸になるということもある。あの試験に受かっていなかったら、もっと良かったのにとか、あそこで落ちたから今の私があるとかというのは別に珍しいことではない。

そこから何を学ぶか。そこから何を始めるかである。結果は常に過去になる。大事なのは、今なのだ。受かって奢ること無く、落ちて腐ること無くである。

つまり、あなたの人生には正解はなく、あなたの人生を正解にするしかないのである。

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500000アクセスありがとうございます。

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いやあ、凄いですねえ。50万アクセスですか。
ありがとうございます。
いつから始めたのか、記憶がないのですが、まあ、私らしくて良い。

これからもよろしくお願いいたします。


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2012/05/08

明日の教室 5月26日(土) プロジェクトアドベンチャー 高久啓吾先生

明日の教室5月は、5月26(土)に高久啓吾先生にお越し頂く事になりました。

高久先生は、日本にいち早くプロジェクトアドベンチャー(P.A.)を普及させた先生です。プロジェクトアドベンチャーとは、様々なアクティビティを通じて、信頼関係づくりを行うプログラムです。チームビルディングにも活用できます。

学級は、群れから集団へと高めていくことを目指します。係活動、行事、授業などさまざなことを通して高めて行きます。その中の一つのプログラムとして、このプロジェクトアドベンチャーはとても意味のある、価値のあるものです。

学級作りの一つの考え方を手に入れてみませんか。

お申し込みはこちらから。

http://kokucheese.com/event/index/36974/

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