2011年 「明日の教室」研究会の予定

2012年 「明日の教室」研究会の予定

教育研究会「明日の教室」関連のご案内をブログのトップに置くことにします。

                   ◆

2012年2月11日(土)杉渕鉄良先生 杉渕先生のHPは、http://www.geocities.co.jp/Berkeley/5802/です。

2012年3月3日(土) 野中信行先生 
                   ◆

明日の教室の書籍1〜5と、DVD1~20が発売されました。(21まで製作中)

書籍は、http://www.gyosei.co.jp/home/books/book_detail.html?gc=3100501-01-000/
DVDは、http://sogogakushu.gr.jp/asunokyoshitsu/dvd_1.htm

からお求めください。

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2012/02/03

なんで、子どもはお買い物ごっこが好きなのだろうか

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我が家の娘(4)も、ご多分に漏れずにお買い物ごっこが好きである。売ると買うの区別も良くわかっていないにも関わらず、お買い物ごっこをする。

「いらしゃーい。お父さん、何にしますか?」
『えーっと。じゃあ、折り紙を下さい』
「何色にしますか?」
『緑色を下さい』
「はーい。じゃあ、10円です」
『えっと、持ってないなあ』
「じゃあ、この10円を使ってください」
『え、これお店のお金じゃないの?』
「いいんです。使ってください」
『は、はい。じゃあ、これで下さい』
「どうぞ」

ということを繰り返す。買った折り紙は元に戻し、お金も私の所にやってくる。
これを繰り返す。

幼児期の子どもの遊びはまったく専門ではないが、
この現象は広く見られるので、興味がある。
なんで、子どもはお買い物ごっこが好きなのだろうか。

恐らく

1)会話
2)交換
3)承認

この三つが、お買い物ごっこにはあるからではないかと思う。

そう考えてみると、

かくれんぼ、花一匁、缶蹴り、ドッチボール、田の字・・・

子どもの遊びにはこれが全て入っているのではないだろうか。
学習ゲームも、この三つの要素が入っているものは盛り上がる。
そういうことなのかなあ。

あ、今日の講座でこの話をしよう(^^)。

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今回も大丈夫だと言い聞かす

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咳が止まらない。
鼻の手術をした事が原因なのか、風邪なのか。
過労なのか、老化なのか。
まあ、全部だろうな。

この一週間でやらなければならないことを書き出す。
うへーと思う。
ただ、一週間前も同じように思ってなんとか乗り越えて来た。
やる事リストに書き出して、やり切っては×印を付け、
半分位やり切ったらそのメモを捨て、新しく書き直してまた×を付けて。

この繰り返しである。
ま、そうやって乗り越えて来たので、今回も大丈夫だと言い聞かす。
来週は、少し休めるのだからここを丁寧にだな。

昨日は大雪。
今日は節分。
明日は立春。

新しい季節を迎えるために、部屋を片付けて
お茶を頂く。

新しい季節では治って欲しいなあ。

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2012/02/02

【講座案内】 2/11 明日の教室 杉渕鉄良先生

http://kokucheese.com/event/index/27208/

2月の「明日の教室」は、東京から教育の鉄人こと、杉渕鉄良先生にお越しいただきます。

杉渕先生が書かれた「子ども集団を動かす魔法のワザ!」(学陽書房)「子どもが授業に集中する魔法のワザ!」(学陽書房)の2冊の本は、発売以来、教育書のベストセラーとして売れ続けている本なので、ご存じの方も多いことと思います。

本の題名にあるように、杉渕先生は、「授業づくり」においても「集団づくり」についても、見ている者にとって魔法のように子ども達を変えていく鮮やかな力を持っておられる先生なのです。

そこで、今回の講演では、参加者に、その魔法を体験していただこうと、杉渕先生には2本の模擬授業をお願いしました。もちろん、杉渕流学級経営のノウハウについても熱く語っていただく予定です。

1.杉渕流「学級をまとめる心得」(4月に向けて)
2.杉渕流「国語授業」(模擬授業)
3.杉渕流「算数授業」(模擬授業)

学級経営に、授業づくりに不安を感じている先生方!これは必見です。是非、お越しください。

杉渕先生のHPは、http://www.geocities.co.jp/Berkeley/5802/です。

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2012/02/01

さらに、興味以外のことに手を伸ばす

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Blue
(キャンパスのブルーモメント)

教務委員のお仕事、履修ガイダンスの新二回生の分が午前中に終わった。去年の今頃は合格して、さあ、どうなるんだろうと心配していた彼らだが、良い顔をしていた。主に資格関連の授業の取り方について話をするのだが、折角なので二回生はどんな回生なのか、どういう授業を受講するのか、大学のシステムの変更箇所は何かなどについて一コマ話した。

本学の児童教育学科は、小学校教師、幼稚園教師、保育士を目指す学生たちが集まっている。卒業認定単位にも資格関係の授業が多い。それを指導する教員も「現場あがり」が半数を占める。必死にこの仕事に就こうとする学生たちをきちんと指導する体制になっている。

ではあるが、その一方で私は一個人として学生にアドヴァイスをした。『児童教育学科は、このように教師保育士の資格を取るためにビシッと学ぶシステムが出来ている。できているのだが、大学というのはそれだけのところではないのだ。もっと可能性のあるところでもあるのだ』

『確かに二回生の幼児教育コース等は、本当に授業が大変。数も多い。課題も多い。だけどね、大学ってのは多くの可能性があるのだよ』『私は国語の教員なので言葉には興味がある。しかし、数字には殆ど興味はない。だけど、高校を卒業したということは、数学は出来たわけだ』

『出来たのだけど、興味はない。つまり、面白いなあと思ったことはほとんどないのだよ。しかし、その数学に興味を持っている人がいる。そして、そこに自分の人生を捧げている人がいるんだな。いや、例えば画家。画家なんて、行きているうちにその人の価値が認められれば良い方だなんてこともある』

『それでも絵にのめり込み、自分の人生を捧げる人がいる』『で、何が言いたいかというと、君たちに今渡した「履修の手引き」だ。君たちが受講できる科目をよく見てほしい。君が全く興味の無い、意味の分からない授業名があるだろう。それを一つぐらい履修してみてはどうだということだ』

『あなたが、全く関心を持っていないことに関して、興味を持ち、それを学問大系にしてきた人類がいるということをしるのは、とても意味のあることだと思うのだよ。もしどうしてもダメだったら、履修訂正期間にキャンセルすれば良い』

『また、君たちが出会う子どもたちは、君の興味の無いことに思い切り興味を示していることもある。何を話してもダメは子どもが「釣り」という言葉を聞いた瞬間に背筋が伸びるなんてことはある。君が釣りに興味が無くてもだ。興味の世界を広げておく、手を付けておくというのは大事なんだぞ』

『アカデミックなことを学び、現場の臨床の知を学び、さらに、興味以外のことに手を伸ばす。これは実に大事なことだ私は思っている。教務委員としての話ではなく、私個人の話なので強制はしない。ただ、大事だと思っていることなので、良い機会なので話をしました』

で、午後からは新四回生の履修ガイダンス、卒論発表会、卒業生を祝う会と目白押しであった。最後はちょっと熱が出てしまって、ややダメだった。過労だろうか。それとも、老化だろうかf(^^;。


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2012/01/31

最後の授業は「学級担任のための写真講座」であった

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(朝のブルーモメント 琵琶湖)

学級担任論の補講が終わった。これで今年度の全ての授業が終わった。ふう。今年も駆け抜けられたことに感謝。今年度最後の授業は「学級担任のための写真講座」であった。私はカメラを手にしてからもう30年は過ぎている。高校では音楽系のクラブにいてステージの様子を撮影する係をしていた。

暗いステージでフラッシュを焚いてしまったら、出来上がる写真は平板で面白みのないものになる。だからそうならないように、明るいレンズを買い、増感現像をし、四つ切りに焼いて額縁に入れてとやっていた。だから、それなりに写真のことは分かるつもりだ。

教師になってからも自分で写真を撮って、それを現像に出し、学級通信に載せていた。勿論フィルムカメラの時代からだ。写真をそのまま印刷するととても見られない。真っ黒になってしまう。そこで、写真だけを写真モードで印刷し、その後、文章を印刷するという二度刷りをしながらやっていた。

で、昨今のデジカメである。まあ、まさに隔世の感である。というか、隔世である。カメラの基本的なことを知らなくても、写ってしまう。良い時代だ。しかし、これは写ってしまっているだけであって写してはいない。今回の授業では、目的を持って写すこと。担任として学級作りのツールとしてデジカメを考えた。

講義で「なぜ、担任がカメラなのか? 準備 撮影 公開 活用」の話をし、実習で写真を撮りその写真を私もMBAirに送信し、それを私はiPhotoで読み取ってスライドショーで見せるということをした。デジカメとiPhoto、MBAir、iPadを使うとこんなに簡単にできるのを実演した。

なんかもう実演販売のようになってしまった感もあるが、学生たちはその簡単さに驚いていた。勿論、Macを売るための授業ではないので、デジカメがどのように学級作りのツールになって行くのかの話を具体的にした。肖像権のこと、著作権のこと、インクを使わないで公開する方法なども。

いま、小学校の各教室には50インチのテレビが置かれている。このテレビをモニターとして活用する具体的な方法、写真をムービーにする簡単な方法、そしてiBoook Autoorの持っている可能性などにも触れた。

『就職してから新しいパソコンを買おうとか考えている諸君がいるとしたら、それは違うぞ。君たちは、分からない所だらけの学校教育現場に入って行く。その時、そこで使うツールが使いづらかったり、使ったことが無かったりしたらもうアウト、アウト、アウトでしょ』

『黒板を使うのに、板書のしかたを知らない。鉛筆の指導をするのに、シャーペンしか使わない。成績を付けるのにエクセルが必要だと分かっているのに、使い方を学ばない。数字を打ち込むことが多いのに、テンキーをタッチタイプで打つ練習をしない。私には信じられない』

仕事の基礎になる部分は、ある程度使えるようになってから仕事を始めないと大変なことになる。教師の仕事は、一年目からベテランと同じ仕事をするのだから。写真講座をしながら、学級作りのこと、学級担任の仕事とこの半年を振り返りながら、講座を終えました。やっていても面白かった(^^)。

あっという間の15回でした。
日本中の教員養成大学で、学級担任論の授業が開かれると良いなあと思う。


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2012/01/30

「学級担任のための写真講座」の準備がようやっと終わった

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明日の学級担任論「学級担任のための写真講座」の準備がようやっと終わった。ふう。今回の授業は、写真を多用するということもあり、私の授業にしては極めて珍しくKeynoteを使ってプロジェクターに提示しながらの授業となる。90分の授業で58枚は多すぎるかf(^^;。

ま、58枚と言っても一枚に接続詞一語しかないものもあるから、大丈夫だろう。授業作りは辛くて楽しい。本当はこのテーマで行う授業は2012年度の学級担任論で行うつもりであった。ところが、水曜日の補講が一日発生し、他の予定の所をほぼ終わらせてあったので、今年やることを決意。

決意した時、すぐに、Treeを開いて授業のアイディアをドンドン打ち込んでおいた。そして、しばらくしてから、そのアイディアを授業の展開に従って入れ替えて行き構成を寝る。このまま1ヶ月ぐらい寝かしておいた。そして、いよいよ明日という所になって一気に作り込んだ。

だいたい5時間ぐらい掛かったことになるか。90分の授業を作るのに今日だけで5時間。これを長いと見るか少ないと見るかはいろいろだろう。ただ、この授業は私が高校生のときに部活動の記録をするためにカメラを本格的に始めたところから、始まっていると考えることも出来る。

そうすると、明日の90分は30年間、準備をしていたことになる。ま、結果的にだが。そして、昨年末の明日の教室で塩澤一洋さんをお招きして写真講座をしていただいたことも大きなきっかけになっている。DVDは、これ http://t.co/aLc9gymM

こうして授業が作られて行くことを、やがて学生諸君も経験するのだろうなあと思う。今、自分が興味を持って深い所に入っていることが、一見教育とは全く関係ないように見えていて、実はそれがあとでとても大きな影響を与えてくれるものになるということだ。

今のこれが、その後の人生の伏線になっているとは、その時には当たり前だが気がつかない。それが人生の面白さの一つでもあるということだ。

で、授業を作るためにあちこち資料をひっくり返していたら、面白いものを見つけた。Macの中にあったf(^^;。ある資料を検索していたら、そのキーワードで別のものがヒットした。学級担任のためのカメラ講座をやろうとしていて忘れている自分に驚いたのだが、こんな資料が見つかった。

ある出版社のHPに一年間かけて「デジカメの活用」という連載記事を書いていたのでありました。そして、それがいろいろな事情があって本にならないまま原稿のままで残っているのを発見してしまったのです(^^)v。中身を見ると、びっくりすることに、明日の授業と多く重なっています。

なんというか、2005年の原稿の時点で今と同じことを考えていたわけです。進歩が無いと言えばその通りですが、根本原則を発見してしまっているとも言えるかなと(^^)。できれば後者でありたいなと思うわけです。で、さらにこの原稿の古いデータを変えて、新しい知見を書き加えて、、、、

iBook Autorで一冊にしてしまったら面白いんじゃないかなと気がついたわけです。勿論、まだ日本での販売がどうなるのか分からないままですが、ま、習作として作っても面白いんじゃないなと。まだまだ仕事があるので実際は再来週からの作業になるかなと思いつつ嬉しい私です。

授業を作りながら、あれこれ次のステップが見つかってくるというのは、実に幸せな展開。仕事をしているのか遊んでいるのか分からなくなるこの瞬間が心地よいのでありました。

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2012/01/25

それでいい。

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(写真は、京都の空に出現した雲のドラゴン。太陽の玉を掴んでいる。吉祥である)

お茶碗に入ったご飯、餃子を片手でがちゃがちゃしていた娘(4)。お茶碗がこけて中身をばらまいてしまった。当然怒られる。そして「自分で片付けなさい」と言われる。まあ、これが悲惨な飛散。途中で私も手伝う事に。しかし、それでも全く片付かない。娘は拾いながら食べている。

戦争の時代だったら、いやちょっと前だったら拾ったご飯を全て洗って食べさせられていたし、食べていた。それをやらせようとも思ったが、娘はちょっと風邪気味。それはさせられない。かなり反省したようだったので、途中から拾ってゴミ箱に捨てる事にした。

ただ、捨てる前に一言。
『お米さんに、ごめんなさいと言いなさい』
と。すると娘は泣きながら
「ごめんなさい」
という。また
『お肉さん、ニラさん、キャベツさんにも』
と言うと同じように泣きながら謝る。
『そうだね。色々な人が関わっているんだよ。粗末にしては駄目だね』
と。

泣きながら謝る娘を見て、大丈夫だなと思った。ちゃんともうやってはいけないと理解しているのが分かった。だから、
『はい、こっちにおいで』
と膝の上に乗せて
『今日は何があったのかな?』
とお話をすると、
「んーとね(^^)、えっとね(^^)」
と笑顔。をい、本当に分かったのかf(^^;。

だけど、それでいいんだと思う。いつまでも引きずらなくてよい。子どもは沢山間違いをして、勉強するものだ。一回で言う事を聞く訳が無い。一回で出来るようになるはずが無い。また失敗したら叱る。反省したら許す。そして、また失敗する。この繰り返しで大人になるんだよな(^^)。

明日になったら、何事も無かったように、ケロリとしているだろうなあ、娘は(^^)。それでいい。


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2012/01/23

あけましておめでとうございます

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旧暦の正月を迎えました。
旧正月です。
今宵の滋賀は、9度もあります。
あけましておめでとうございます。

みなさんにとって幸せな一年でありますように。

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2012/01/22

ユニークで豊かな実践は、他の実践を刺激する

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大学関連の大きな仕事が立て続けにあったこの一週間。
(倒れないこと)
(60%で走りきること)
と週の初めに誓いを立てて、なんとやりきる。

土曜日にも大学関連の仕事がある予定だったが、これが急遽キャンセルになり時間ができた。ゆっくりと身体を休めようとも思ったが、折角行けるようになったのだからと思って出掛けたのが、明日の教室大阪分校。この日は、糸井先生の教師生活29年を語るであった。

私は、天神橋と天満橋を間違えて地下鉄に乗ってしまい、最初10分ぐらい遅れて到着になってしまったが、実に良かった。

ライフヒストリーということ。教師はどうやって教師になったのか。私はこの内容で糸井さんに本を書いて欲しいなあと思った。ライフヒストリーは、下手をするとその教師の自慢話になったり、単に年数を重ねれば分かる事をいかにも自分の努力で手に入れたと語る話になったりと、厄介な事もあるが、今回の糸井先生のは全く別もの。本物だった。

糸井先生の講座の中で語られるつぶやきが実にいいのである。

「悩んでいると言う事は、決めている事だから」
「自分に力が無いので、一歩まえに出たんです」

エピソードの中からこぼれるつぶやきがいいのである。
私も、糸井先生の実践を聞きながらいろいろ呟いていた。

「軸のある人は強い。しかし、軸は始めからあるのではない。隠れているか、作り上げて行くものなのだと思う。ただし、時間がかかる。最低10年だろうなあ。その前に出てくるものは軸ではないんだろうなあ」

「私たちは出会っているのだ。出合っているのだ。何者かに、何物かに。そして、そのナニモノかとのデアイに気がつき、それどう価値あるものにしていくか。そこなんだよなあ」

「家庭教育に文句を言える先生は、家庭教育に期待できている先生だなあ。家庭に頼る事ができない家庭から通っている子ども達がいたら、学校だけでなんとかしないとならないもんな」

「運と偶然をどう引っぱりこむか。偶然がいつのまにか実践にとっては必然になっているためには何が必要なのか」

糸井先生の学校の教育の仕事を聞きながら、参加者は自分の学校の教育の仕事を思い出していた。それが糸井先生の実践が豊かだからあり得たことだ。ユニークで豊かな実践は、他の実践を刺激する。

時代も地域も違うのに、今の私たちの実践を刺激する。
(ああああ、子ども達に会いたい。授業がしたい)
と多くの参加者が思ったことであろう。
私もその一人であった。


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2012/01/19

『大学を頼れば良い』

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(今朝の琵琶湖のかぎろひ。iPhone4にて)

本日の学級担任論は、先ず、保護者対応。家庭訪問、保護者会、面談などについて講じる。モンスターペアレンツがいたらどうするのかという話。私の答えは
『君は相手にしてはならない』
である。なにせモンスターなのである。新卒、若手の教師が対応できるわけが無い。それは、主任、教頭、校長に頼む。

それでもうまく行かない場合はどうするか? 
『大学を頼れば良い』
と話す。私学の良いところはそう言う所だ。卒業したらそれでおしまいではない。私も恩師からのご指導は卒業後の方が多いと思う。
『卒業して3年は大丈夫。そのぐらいの授業料は払っているだろう(^^)。ただし、三年だ』

『その後は、君たちが後輩を守る側に回る』
その時に読んでおく必読の本を紹介した。『先生! 親ってそんなに怖いんですか?』(星幸広 立花書房)。本来は、校長が読む本だろうが、新人が読んでいても勉強になるところがかなりある。学校としてどう対応すれば良いのか分かりやすく書いてある。

私はモンスターペアレンツはいるという立場をとるが、この本ではモンスターペアレンツに育てているも学校だという指摘がある。それも分かる。だから、基本的にどうするのかをしっかり勉強すべきである。しかし、保護者のほとんどは、モンスターペアレンツではない。寧ろ協力的だ。

その中で、どうやって保護者と友好関係を作り、学校での教育に支援をもらうようにするのかについてあれこれ。・子どもの記録を取り、情報を残す。・子どもの良いところをどんどん伝えるなど ・保護者の話は聞く。肯定的に聞くなどの話をあれこれする。

学生が教師になった時に大丈夫かと不安に思うことはいろいろとあるが、授業、学級作り、保護者対応は三本柱だろう。実際は、校務分掌や職員室の人間関係などあれこれあるのだが、そこを教える余裕は大学の15回の授業にはない。しかし、学級作りと保護者対応を触れずに教職課程というのも多い。

授業がダメで教師の仕事を辞めて行く若手教員はほとんどいないのではないかと思う。学級作りと保護者対応が原因で病んで行くのだと思う。だとすれば、ここをに焦点を当てた授業を教員養成過程に作るべきなのだ。

その後、今日の授業は「いじめ」対応、対策についてを行った。根っこの所をどう考えるかでいじめ対策は違ってくるが、根っこは「ここにある」ということを分からせるケーススタディを一つやって終わる。これも本当はじっくりやりたいのだが。あああ。

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