2008/07/23

「自由に使える読書感想文」

http://www2k.biglobe.ne.jp/~onda/

しかしねえ、このHPはどうなのだろうか。「自由に使える読書感想文」だ。
子どもが成長する機会を阻害しているとも言えるし、促進しているともいえるのか?

私は読書感想文を書かせた事はない。感想文ではなく、意見文を書かせてきた。呼んだ上で、文章を引用させ、それについて意見を書くのだ。

2ちゃんねるは、ある意味「事件の引用」+「意見文」になっている。だから書きやすいのだと思う。「読書感想文」も同じようにすればいいのにと思っている。

だから、やっぱり子どもの成長する機会を阻害しているのだと思う。

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IMETS フォーラム2008

8月は東京に行ったり来たりするのですが、その最初がこれ。

http://sainou.or.jp/forum2008/

第35回教育工学研修中央セミナー IMETS フォーラム2008

というものです。これの二日目8月8日に講師としてお招きを頂きまして、伺います。そうそうたる講師陣であります。私は多少場違いな感じがしないでもありませんが、事務局から求められた、生徒指導系の講座を精一杯行う予定です。

もし、お時間がありましたらどうぞお越し下さい。

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2008/07/22

8/9がほとんど埋まっていた

各地でディベート甲子園の地区大会が行われている。続々と全国大会への切符を手に入れている学校が決まっている。

実は、私の高校の母校も西東京大会でベスト4まで勝ち上がっている。これはこれでどきどきしている。

            ◆

で、ジャッジのために東京は東洋大学まで出向くわけである。今日、ホテルを予約しようとあちこちのサイトを見たら、すごい事に8/9がほとんど埋まっていた。東洋大学の近くのホテルの8/9は私が調べた限り二つしかなかった。

ディベート甲子園で全国大会に出場が決まった学校関係者。さらには大会運営関係者のみなさん。早くホテルを押さえましょう。

もし見つからなかったら、私にメールを下さい。私が予約を入れたホテルは、まだ、少し余裕がありました。ご紹介します。

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2008/07/21

バランスがとれる

夏だ。
蝉が鳴いている。
なんというか、歩きやすい。

右耳は相変わらず耳鳴りがしている。
だから、夏の蝉の鳴き声が左耳から入ると、バランスがとれる。
歩きやすいのはそういう事だ。

ははは。
そんな風に蝉時雨を味わうことになるとは、思いもしなかったなあ。
だが、これが生きていると言う事だ。
色々あるわな。

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「気持ちのよい風」 浮御堂

我がごとながらびっくりしている。
よく寝るのだ。
いや、6時頃には起きているのだが、それから寝るのだ。今日は午前中だけで2時間も寝てしまった。昨日は11時には寝ているのだが。

風呂に入りながら1時間。娘の午前中の昼寝に付き合いながら1時間。実に心地よい。外は35度に届きそうな気温だが、室内は風が吹き抜けるので、30度でも全然大丈夫である。

本を読み、ベランダを軽く掃除し、娘の一人遊びを見て過ごす。
あ、あ。
また眠たくなってきた。
仮眠ならぬ、夏眠をむさぼる私である。。

            ◆

で、3時ごろからでかける。今日は大津市の市民に限って市内の文化財が無料なのである。浮御堂にでかけた。松尾芭蕉や源氏物語に関係のあるこの場所。一度は訪れたのだが、閉まっていた。今日はどうどうと入る。

湖の上にある御堂なのだが、これが本当に気持ちがよい。風がなんともいいのだ。御堂の床はきれいに拭いてあり、そこに腰掛けても大丈夫。訪れる人みな口々に、「気持ちのよい風」とつぶやいていた。

本当はもう少し他の場所にも行くつもりだったが、この風の心地よさに打ちのめされてしまい、その場にずっといた。2時間近くいたかもしれない。

琵琶湖は淡水。だから風が吹いても体はべたつかない。ただただ気持ちの良さだけが体を吹き抜けて行く感じだ。

Ukimi

持参した本を読もうと思って広げたら、娘が取り上げてしまって読むことができなかった。ま、それも良いだろう。

我が家から10キロちょっとでたどり着けるなんて、なんてことだ。

            ◆

なんてことだと言えば、帰りに寄った魚屋に並んでいたもの。岩ガキである。夏に生で食べられる牡蠣である。東京でもレストラン等で食べることができるが、まあ、一つ1000円はしてしまうだろう。

ところがである。東京のみなさん、すみません。一つ250円でした。3つも買ってしまいました。これが「獺祭」によく合うのだ。岩ガキの大きさは一緒に写っているミニクーパーと比較していただければ如何に大きいか分かるであろう。もちろん、1/54スケールではあるが。

Kaki

            ◆

最後は、桃鳥飼を味わいながら、リビングで撃沈であった。

Momotori

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2008/07/19

すみませ〜〜〜〜〜〜ん!!

書写の集中講義である。1限と2限に同じ内容を行う。本当は一回で済むのだが人数が多いので二回に分けて行う。

本日は、自分たちが書いてきた作品を交換し合って、朱筆で添削をすると言うもの。人様の作品に赤を入れると言う事の重さを体験させることになる。

子どもたちの中にはお習字教室に通っていてうまい字を書くものもいるだろう。その字に、先生は朱を入れる。入れただけではない。その朱の入ったお習字は、家に持ち帰られて保護者に確認される。時には、一年中教室に飾る事にもなる。

人様の作品に朱を入れるということは、そういうことなのでもある。

なので、大変なのでいろいろな技を教える。
表技、裏技、コツに練習法とあれこれ。90分の授業ではここが限界である。だが、それだけでも見違えるようにうまくなった学生たちが現れた。良かった良かった。

            ◆

2限の授業終了後
「すみませ〜〜〜〜〜〜ん!!」
と言いながら座り込んで入ってくる学生二人。
『?』
「3、4限と間違えていました!!」

彼らは大学にいて軽音楽の練習をしていたと言う。
学生諸君が必死に授業をしていたその時間帯に、

「おい、リードに合ってないぞ」
とか言いながら軽音楽の練習をしていたそうだ。

おいおい、授業時間に合ってないのは君たちだ。
見事に欠席。
ま、来年も頑張れ。

            ◆

昼ご飯を食べて、3限。
ここはもう大サービスの時間。自分の字が書けない学生は個人レッスンをするぞとしてやってあげた。突然だったので人数は少ないが、その少ないのを活用してみっちりと。文字の勘所をつかむと、ぐっとうまくなる。せっかくなので平仮名も教える。良かった良かった。

字のうまい先生が小学校の教壇に立つ事を、私は本当に願っている。毎日その先生の字をずっと見て授業を受ける。子どもたちはその字のように字を書く。先生がうまければ、それだけ子どもたちがうまい字を書くようになる。

だから、鍛えたいと思っている。

            ◆

その後、一度家に帰って京都駅へ。ディベート関連でちょっと打ち合わせ。ホテルグランビアのラウンジで。とても混んでいました。京都は、とても暑い一日でした。

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蝉時雨が心地よかった

午前中から昼過ぎにかけて某所で、新学習指導要領に関連するお仕事。算数と理科が大きく変わったなあと改めて思う。増えたのではなく、今までが少なすぎたのかなあとも。

            ◆

授業の前にあれこれと学生からの質問に答える。

「先生は、好きなスイーツは何でしょうか?」
「先生は、和食と洋食ではどちらがお好きでしょうか?」
「先生は、・・・」

なんのこっちゃと思うだろうが、これも大事な授業の一環。夕食会の企画書を作るためのリサーチなのである。教師は幅広い年齢層の人たちと関わる。小学生からおじいさんおばあさんまで関わる。他者へのアプローチの仕方、理解の仕方を学ばないとやってられない。

夕食会では、私を一人の他者として考え、リサーチの上楽しませるのである。

            ◆

国語科教育法では、句会を行う。
俳句の授業は、句会で行うのが最も楽しくて力がつくと考えている。
名前を隠して、作品そのもので選び合う。

二物衝突(取り合わせ)がわからない学生がいるが、ここが理解できないと俳句にならない。作品を批評する中で解説を加えて行く。作品に対する批評は辛口になる。しかし、どこがおかしいのかをきちんと説明し、こうしたら良くなると言う事を示す事が、大事である。

            ◆

実は、句会の指導で一番難しいのは、この宗匠のコメントなのである。私はジャパンライムから「句会をしよう 〜俳句をつくる、楽しむ、評価する〜」
というDVDを出しているのだが、このDVDの監修をしてくださった東京学芸大学の大熊徹先生に、

「池田先生のコメントが的確だったから、二回目の作句では見違えるように良くなりましたね」

と言っていただいたことがある。
私が一番力を入れているところを評価していただいて、とてもうれしかったのを覚えている。

 宵山に 祇園を走り 決意する

この句が今回の正選句の第一位に選ばれた作品である。私も、この句は気に入った。この句について、参加者であれこれあれこれ話した。面白かったなあ。これが句会の醍醐味である。

            ◆

授業後いくつかの学生の相談を受け、校舎を出た。すると二階のバルコニーに学生たちが集まって何やらやっている。よく見るとお習字である。明日の国語概論の書写で出してある課題を懸命にやっているのだ。

蜩の鳴く夕暮れのバルコニーで、懸命に筆をとって課題に勤しむ学生たち。なかなか良い絵であった。これは通り過ぎるわけにはいかないと思い、少しずつ指導する。すると、ちょっとの指導でグンと良くなるのが書いている本人にも分かる。

「いやあ、マジでハマってきた」

と言いながら、書き続けてる学生たち。
(そうそう。このちょっとの指導で子どもたちが伸びるわけね。将来は私の役を君がやるんだよ。しっかり実力をつけるんだぜ)
と思いながら、指導を重ねた。

蝉時雨が心地よかった。

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2008/07/17

「常温の鳥飼」」+「桃様」

どぅひゃひゃひゃ。
参った。

            ◆

行けると思ってやったのだが、ドンピシャであった。
私は甘いお酒が好きなのかもしれないが。

「冷えた鳥飼」+「桃様」=「申し訳ないぐらいうまいカクテル」

ということになる。
あーうまい。

さらに実験。

「氷入りの鳥飼」+「桃様」+「只の炭酸水」=「ん? あの味わいはどこにいったの?のカクテル」

これは失敗。

 

極めつけは、これ。

「常温の鳥飼」」+「桃様」=「(おいおい。これカクテルの名前を登録したらいいんじゃいないか)というぐらいのカクテル」

            ◆

あーっ、うまひひひ。

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「パパ!」と呼んだ日

こちらでも降り出すかと思われた空は、湖の対岸の草津方面で大雨をふらした模様だ。そのおかげで、西日を受けて虹を見ることができた。こちらから虹を見るのは割と珍しい。

今宵は満月の一歩手前。雲の合間から見え隠れてしている。そして、娘が初めて私のことを見て
「パパ!」
と呼んだ日である。

            ◆

最近手に入れたCDでお気に入りなのが、これ。

「the ジブリ set」DAISHI DANCE

http://item.rental.rakuten.co.jp/cd/p/2017258/the+ジブリ+set

あの新宿のディスコの怪しい雰囲気を思い出させつつ、その一方でジブリのさわやかさも兼ね備えているという不思議なアレンジメントである。10代の思い出と20代の思い出が何とも言えない具合でミックスされている。

            ◆

特にお気に入りは、「天空の城ラピュタ::君をのせて feat.麻衣 (6'04")」だ。だいたいからして、この曲は私にとって卑怯な曲の代表である。この歌詞を聞いて泣かない親がいるだろうか。(いや、いない:反語)

この歌詞が英語に翻訳されていて、女性の高音で聞かせてくれる。それでもってハウス系のダンスのリズムが心地よい。そして、切ない。

MINIR53のエンジン音を楽しむ事なく、今はこの曲を音量を上げて聞きながら通勤している。

            ◆

で、何気なくyou tubeを見ていたら、なんとありました!!

http://jp.youtube.com/watch?v=o9ZRtGb3bs0

できれば、大きなスピーカーで低音を聞かせて聞いてほしい。
娘は、この曲で踊っている。可愛い。

うーん、すごい時代だ。

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しかし、授業も熱い

ふう、暑い。京都は35度である。
しかし、授業も熱い。

            ◆

基礎ゼミで、テキストリーディングが最後を迎えた。二回目の読み込みなので、テキストから発展した扱いもしている。

今回は「男の先生のイメージと女の先生のイメージの違い」を扱ったグループがあった。なんでこんなことになったかと言えば、実践記録を読んでいるとき、てっきり男の先生の実践記録かと思っていたら、女の先生だったということがあったのだ。

それで、何がこの「男らしさ」を醸し出しているのかということで、テキストだけではなく、イメージの世界から探ってみようと言うことになったのだ。

私が今まで出会った女性の先生で、すごいなあと思う先生は、男の先生のすごさと似ている場合が多かった。二三名だけ、女の先生としてのすごさを感じさせてくれた。まだまだ社会は男社会である。だから、その社会で認められるためには、男の所作を身につける必要があるのかもしれない。

しかし、私は女の先生にしかできない指導があると思っている。その事を、この授業で考えさせたいと思った。

そしてもう一つ。男の先生であったも女性的なもの。女の先生であっても男性的なものを活用する必要性のある事も示したかった。

            ◆

もう一つのグループは、ボランティア活動について。ボランティアは、クリスチャニアのもの、儒教的なもの、仏教的なもの、国家体制的なものとさまざまな文脈から現れる。もちろん、民主的なものからも。

で、実践記録は国家体制的なものから民主的なボランティアへと、くぐり抜けて行く姿を描き出しているのだが、この読み取りは非常に難しい。それに挑戦させた後の、今日はこんなテーマであった。

「ボランティアをする側(A)と、される側(B)との関係を図示してください」

というもの。
これは面白かった。

図示すると、簡略化できる一方で切り捨てられる概念が生まれる。分かりやすさは危険であるということを考えるきっかけになったのではないかと思う。

それにしても、この「ボランティアをする側(A)と、される側(B)との関係を図示」という発想は面白く、5つのグループは全部違う図を描いていた。思わず私も参加してしまった。

ただ、一つ気になったのは、学生たちは「ボランティア」というとする側にしかたっていない感じであった。される側の経験があるはずなに、それに気がついていないということだ。ここに気がつくともっと豊かになれるなあと話す。

            ◆

昼休みにコース会議を行い、3限、4限と学生の指導。

一人は書写の指導から進路の指導へ。あれこれ話すあれこれ聞く。もう一人は、夏休みにじっくりと本を読みたいのでアドヴァイスが欲しいとの事。家本芳郎先生を紹介し、私の研究室にある本を見てみる事を勧める。その後、今やっている活動のことをあれこれ聞く。それに対して、私がしてきた事を元にしてあれこれ話す。

いま、自分が何をするべきなのかを理解して実行しようとし始めた学生たちである。夢の実現のためのガイドは、今の私の仕事である。

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