「明日の教室」は、NPO法人明日の教室になりました。

2019年11/22「明日の教室」は、NPO法人明日の教室として認可されました。
ありがとうございます。

これからも、教育の世界を中心に社会貢献をしてきます。
よろしくお願いいたします。

明日の教室は2020年で、14年目を迎えます。

 

                   ◆

 

 

 

明日の教室のHPができました。

 

https://asunokyousitsu.themedia.jp/

 

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関連書籍

 

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ニュース

 

などは、こちらからリリースされることになります。

 

 

2020/04/02

【#臨時休校中の学ばせ方、御開きのご挨拶】

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【御開きのご挨拶】

学校休校自粛要請が出てから、とにかく走り出さなければ大変なことになると思い、#臨時休業中の学ばせ方のグループを立ち上げました。

急性期は、組織で動くことは難しいので、個人で走り出し、その後賛同してくださる方の力を得て、走りながら兎に角最初の一週間、一ヶ月を乗り切ろうと思って立ち上げました。

おかげさまで、当初の目的、目標は達することができたと確信しております。

 

ハッシュタグを決める時、実は割と考えました。短時間で決めなければならないのですが、ここは考えました。

遊ぶが、遊ばせ方だと違和感があるように、学ぶが、学ばせ方というと抵抗はある。教師が無理やり学ばせている感じが拭い去れない。学びは主体的なものなのに強制の感じがする。

#臨時休校中の学びの環境の情報提供

なども考えました。

これの方が正確だろうなあとは思いましたが、さて、これで教育を専門にやっていない多くの人に届くだろうかと考えました。それに長いなあとも。

学ばせ方という言葉に、学びの環境を大人の責任で整える、用意するという意味を感じ取ってほしいし、これに違和感のある人は、ネガティブな意見を出すだろうから、そしたら、それはそれでこのハッシュタグで拡散してくれるだろうから、それはそれでいいかもしれない。

また、学びの環境の情報提供という漢字の多い書き方よりも、専門的にはおかしいと思われても一般の人に届きやすいのはこちらではないかという判断でこのハッシュタグを選びました。

どうしたらいいのかわからない時、とにかく走り出して、みんなの情報が集まる場所を用意する。そして、そのあとは集合知に期待する。おかしかったら、訂正の意見は集まるだろうと思いましたが、その通りになりました。また、私一人ではとてもまとめるだけの力はないと思っていましたが、これをまとめてくださる方も出てきてくれました。

本当に嬉しかったです。

 

 

コロナウイルスは収束するどころか、感染爆発に向かっているのではないかと危惧する局面に来ております。

学校再開も東京都ではGW明けまで延長するという話も出ていますし、私の大学でも4/1の入学式は中止、4/7から始まる授業では対面の授業は禁止。その後解禁となっていますが、状況によっては変化はあると考えております。

しかし、本グループの掲示板の大きな役割はひとつ終えたと考えております。

急性期を凌ぐための情報を集めるという役割です。

開設の際に示した通り、この一ヶ月間で、このグループの大きな活動は御開きにしたいと思います。

 

 

みなさま、本当に、ありがとうございました。

これからも子供達の学びのために、大人として力を貸せる存在でありたいと思っています。

何かの時には、また、よろしくお願いいたします。

そして、その何かは、楽しい何かであることを願っています。

なお、このグループは、削除することなく開いておきます。

池田は申請があった方は基本的には全員参加していただいております。

これからは、書き込みやコメントが減っていくということでの御開きと考えております。

                                                      言い出しっぺの池田修

2020/03/27

  発売開始『分類を学ぼう』

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  発売開始『分類を学ぼう』。

 

books.apple.com/jp/book/%E5%88

 

今ある分類を考える。新しい分類を考える。これは世界を理解、世界を考えるためのレッスンになります。

 

小学2年生に行った分類の授業がきっかけで、この本を書きました。分類のレッスン本です。27pで100円です。iPhone、iPadでどうぞ。

2020/03/10

そんな「学力」が必要になってきている。

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「もし、地球が東から西に自転したとしたら、世界は現状とどのように異なっていたと考えられるか、いくつかの視点から考察せよ。」

 

東京大学理科Ⅰ類2014年度 外国学校卒業生特別選考小論文問題より

 

 

この問題を知ったのは『2020年の大学入試』(石川一郎)であった。私には衝撃であった。とても簡単な日本語で書いてあるのに、問われているのはとても深い内容である。

 

これは、思考コードのCゾーンの問題である。

あらかじめ用意された唯一の答えがない問題である。その問題に、答えを出さなければならない。

 

そのためには、地球がどのようにして成り立っているのかの知識が必要になる。これは地殻やプレートや海洋などの基礎知識がまず必要になる。さらに、気象や天候のことも。そして、それに基づいて歴史上の出来事(元寇)なども知っていることが求められる。

 

つまり、思考コードのA,Bゾーンがないと、このCゾーンの答えは説得力を持ったものにはならないのだ。

 

 

だが、この問題の本質は、Cゾーンを考えさせるというものだけにあるのではないと考えている。それは、条件の変化に基づいて、その結果に対して仮説を立てるというものである。

 

地球の自転が今と違って、東から西へと回るなんてのは、通常は「お前はアホか」で片付けられる議論である。そんなこと有り得ないじゃないか。有り得ないものを考えたり、議論したりしても無駄でしょというのが、多くの考えだろう。

 

しかし、これは大学の入試問題である。しかも、理科I類である。クリティカルに問題を捉えること、さらには、環境や条件が変わった時に、実験の結果はどのように変化するのかの仮説を立てる力があるかどうか。また、それを論理的に説明することができるかどうかを問う問題になっていると言えるのだ。

 

 

新型コロナウイルスを解決するためには、この東大の入試問題を解く頭が必要になる。

 

ウイルスを撃退するための方法、ウイルスから身を守るための方法、ウイルスに感染した時に取る行動。これらを、まだよく分かっていないウイルスに対して解明すること。これは感染症の研究者が直面している喫緊の課題であることは確か。ただ、これは今までもサーズウイルスなどでやってきたこと。

 

ところが、大きな移動制限や入国制限は今まではほとんど無かったし、それに伴う飛行機会社の危機、観光業の危機、つまりは経済活動の危機に直面するということは考えられなかったわけだ。

 

「新型ウイルスが猛威を振るったら、世界の飛行機は半分が運休になります。この状況で経済活動を大幅にダウンしなくても済むような対策を立てなさい」

 

という問いに直面しているということになる。改めて、東大の入試問題を見てみよう。

 

「もし、地球が東から西に自転したとしたら、世界は現状とどのように異なっていたと考えられるか、いくつかの視点から考察せよ。」

 

実は同じ構造になっている。この時、自分なら自分ができることでなら何ができるのかを瞬時に考える。考えるだけでなく、行動に移すことができるかどうか。そんな「学力」が必要になってきている。それは東大を目指す生徒さんだけに必要なのではなく、多くの人たちに必要なものなのではないかと、今回のことで考えている。

 

2020/03/08

計画された偶発性理論

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人生は選んだ人生と、選ばざるを得なかった人生の二つに分けることができるとして、選ぶ人生を良しとする進路指導があると思う。

しかし、すべて選ぶことができる人生などない。選ばざるを得なかった人生を、どう豊かにするのか。ここの進路指導は、必要だ。

幸せな人生を送っているように見える方は、後者が多いような気がする。



と書いたところ、友人の渡辺先生から教えていただいたのがこれ。

キャリア教育における、計画された偶発性理論というもの。
https://agent-network.com/column/workstyle185/?fbclid=IwAR1crKmmLcC0iFSAaKa4-gDzKzZXI4CeRpBn6txDjySwiDyhezsItZP3J0s

なるほど、理論があるんだと思った。



私が中学生の頃、「中学校を卒業した女子がつける仕事は300種類ぐらいで、大学を卒業すると3000種類ぐらいある」という話を聞いた。結論は、「だから大学まで進学すると進路の可能性が広がる」というもの。大きいことはいいことだの時代の風を受けてのことだろう。

それは社会が右肩上がりだった頃の話。
もちろん、今だと仕事の種類は6000とも7000ともあって、やはり大学に進学して資格を得ることで就ける仕事はあるし、そういう仕事は高収入であることも多い。

ただ、そう簡単にはいかない。

基本的にその人が就ける仕事は一つ。もちろん、矢萩さんのうような天才は別。あれこれする。しかし、通常は一つであり、それが私のように中学から大学へと変わったり、授業者から管理者へと変わったりするのはあってもなかなか別の仕事をやるということはない。副業が認められるようになっても、それはそうであろう。

だから、可能性が増えるということはあっても、実はその可能性を生かせるかどうかというのはまた別なのだ。

中学の担任をしていた時に、
「江戸時代はいいなあ」
という生徒がいた。なぜかと問えば、
「だって、生まれてきた時に仕事は決まっているから、選ばなくていいでしょ。面倒でない」
というものであった。びっくりした。自分の努力で自分が好きな仕事に就けることをよい社会として目指してきたのに、そんなのはいらないという子供がいたことに。

しかし、確かに、まだよく分からない仕事の世界に対して
「将来あなたは何の仕事につきたいのですか?」
と言われても分からないというのが正直なところであろう。仕事の種類はどんどん増えるし、また、どんどん減っていくのに。

さらには、一方で、不登校や引きこもりという話を考えると、この進路選択の仕方も原因の一つになっているのではないかと思えた。つまり、早くに一つに目標を決めてしまうと、それがかなわなかった時大変だということだ。

3000の仕事の中から一つを選ぶ。自分の意思で選べたならそれはすごいが、まあ、親の希望であることが多いのではないかと思う。で、一つを選んだのだが、それがかなわない。それは自分を全否定したくなる。



そこで生徒に話していたのが、好きなものを選ぶのではなく、ダメなもの取り除くということである。

つまり、3000の仕事の中から、どうしても自分には合わないというものを取り除く。例えば、生き物にさわれないのに、獣医、医者、魚屋などはなれない。そうやってダメなものを規準にして、自分には向いていない仕事を考えるのだ。

例えば、向いていない仕事が500あったとしても、可能性は2500ある。一つの可能性に絞っていくより、いいのではないか。

そして、その2500に対して、なんとなくこっちの方向の仕事がいいなあと緩やかに方向を決めて、それに関係することを学ぶ。そして、そこで出会う何かを受け入れて、自分を前に出す。これを繰り返していくと、方向性は出る。その先にあなたが興味があって、あなたを必要としてくれる仕事に出会えるのではないか?

こんなことを進路指導主任の最後のあたりに話していた。

ま、私の人生は、これとセレンディピティで作られているようなものなのだけれども、なんだか自分のものを一般化してはまずい気がして、恐る恐る言っていた。けど、よかったんだねえ。




計画された偶発性という言葉を知っていれば、もう少し上手く説明できたかもしれないけれど、多分、同じような子ことを話していたと思う。自分の考えが裏打ちされるってのは、嬉しいねえ。 

2020/03/02

手作り「ひらがなトランプ」で七並べ

手作りのひらがなトランプで遊びませんか。
七並べをしたり、神経衰弱をしたりして遊んでいたら、ひらがなを覚えてしまうでしょう。

作り方や遊び方は、写真に説明してあります。大人バージョンの【おまけ】もあります
なお、A4サイズでプリントアウトすると、ブリッジサイズのトランプの大きさになります。
子供とハサミでちょきちょきしながら作ると楽しいですよ。

もちろん、ネットで検索してトランプの雛形を探してきてやってもいいと思います。

#臨時休校中の学ばせ方

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2020/02/22

「先生、これ没収して」

 

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新任の時、K君と言う生徒を担任した。

割と幼い子供で、国語はあまりできる子供ではなかった。

その子供が授業中に目を輝かせたことがある。それは私が

「と言うことでピラミッドから抜け出せない池田です」

とドラクエ3にはまっているときに呟いた時だ。その時は、なんだかよくわからなかったが。

 

授業後彼は私の所にやってきて「先生、あそこはミミックがいるからダメだよ」などと丁寧にレクチャーをしてくれた。私はその時『私は君にとっての先生だが、君は私にとってはドラクエの師匠だ』と言って教えてもらった。

 

すると嬉しそうにあれこれ教えてくれた。こんなに話せる子供なんだと驚く私。

 

数日後、師匠は「先生、これ没収して」と言いながら、ドラクエの攻略本を渡してくれた。授業に関係のないものは持ってきてはいけないと言う校則があり、師匠は没収を自ら試みて弟子の成長を促したのである。抜群の言語感覚である。

 

中を見たら驚いた。「召喚魔法」とある。誓っていうが中学校一年生の時の私は「召喚」なんて読めもしないし意味もわからない。しかし、K君は読めて使いこなしているのである。そう、彼にとってはドラクエの攻略本は、漢字のドリルでもあったのだ。これは衝撃であった。

 

今の子供たちに攻略本で漢字のテキストを作ろうと思ったが、今の子供は攻略本を読まずにyou tubeだという。文字文化は攻略本からも撤退をしているのかと恐ろしくなった。

 

それならば、youtubeで教材は作れないかと考えて、開発している。

 

そして、今は「ツムツム」である。アラカンの私がツムツムでもないだろうが、娘がハマっているので、付き合っている。そして、娘を師匠にしてあれこれ教えてもらっている。

 

私にはキャラクターがほとんど同じに見えるし、スキルもよく覚えられない。ところが娘はそれを難なくやる。

 

(ああ、Kくんは元気かなあ)と思いながら、新幹線の中で必死にコンボして、娘に追いつくようにハイスコアを更新しようとしている。

 

今のお気に入りのツムは、ジャスミン(チャーム)で280万には届きました(^^)。

 

子供を師匠にするというのは、実にいいものです。

 

 

バズったので吉例として宣伝です。

料理の本も書いています(^^)

100円です。

 

https://books.apple.com/jp/book/5%E5%88%86-5%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%82%8B%E6%96%99%E7%90%86/id1043474676

 

 

ドラクエ3には召喚魔法はないとのご指摘をいただきました。ありがとうございます。FFと記憶が混ざっているかもしれませんね。なんだったかなあ。思い出せるかなあ。何せ30年以上も前の話なので。

 

 

因みに私は父の持っていた『のらくろ上等兵』という漫画で小学校の、四五年生の頃に、歴史的仮名遣いと旧漢字を学んでいました(^^)

 

 

後から知ることになりますが、このような教材の作り方は「下からの教材づくり」と言われています。

 

われわれは日常、さまざまな情報に接しているが、その中で、子ども の興味や関心を引きそうな事実にゆきあうことがある。そのとき、素 材のおもしろさがまず発見され、しかるのち、事後的にその事実を分析し、おもしろさの意味を反すうして、その素材がどんな教育内容と 対応しうるかという価値が見いだされる。このような過程を指して、教材づくりにおける「下からの道」というわけである。 『教材づくりの発想』(日本書籍 藤岡信勝著)

 

ということです。

 

 

また現在私が教育コーチとして関わっている経産省の「未来の教室」https://learning-innovation.go.jp は、 EdTechを活用して、一人ひとりに最適な学習方法を用いて育てていこうというものです。個別最適化の学習を目指しています。文科省のGIGAスクールと両輪でやっていこうということです。繋がってました。

 

また、ゲーミフィケーションを学ぶには、『幸せな未来は「ゲーム」が創る』が好著だと思います。

 

https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/113756.html

 

 

https://youtube.com/watch?v=jRvwFyu3D5M&t=297s…

 

では、冒険に出かけるとしますか(^^)。

 

 

 

*ドラクエには、召喚魔法はないとの指摘を受けました。が、召喚魔法は無くても、攻略本には「召喚」の漢字はあったのではないかとのご指摘も頂きました。召喚の漢字の記憶は鮮やかに残っているので、多分そうではないかと思います。ご指摘いただいたみなさん、ありがとうございます。

2020/02/20

それが、クリエイティビティを促す

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  MacOSのバージョンアップに従って、新しい機能が追加される。

しかし、Macの側からはこれはこのように使いましょうというような指示はいつもない。

 

こんな機能ができましたよというアナウンスはあるが、こう使いなさいという指示はない。

ここが実はとてもいいんだよなあと思う。

 

今の自分の生活に不満があって、それをなんとかしたいなあと思っている人にとっては、このバージョンアップで(うおおお、あれができるじゃん)となる。

 

他には、

(これ、なんに使うんだ?)

と考える人もいる。

 

さらに、

(こういうことしたいんだけど、これってできるの?)

と調べてみると、もうすでにできるようになっていることが多い。

 

 

指示に従うんじゃなくて、自分の必要性や興味に答えてくれるというスタンスでマックは存在していると思うのだ。

 

それが、クリエイティビティを促すのだと思っている。

やらされているところに、クリエイティビティは生まれにくい。

 

多分、私はMacOSの機能の1割も使いこなせていないと思う。

だから損しているという考え方もある。

でも、必要のない機能を使えるようにする必要はない。

必要な機能が心地よく使えれば良い。

 

そんな風に思う。

1、2年ではダメだ

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秀吉が下足番をやっていた時、信長の草鞋を抱えて温めていたという逸話は有名だ。下足番一つを取っても工夫の仕方があるということだ。

 

 

かつて、学生時代にアルバイトをしていた喫茶店で聞いた話がある。その喫茶店の親会社の社長さんがいつも出かけていくとあるデパートの社長室では、おいしい日本茶がいただけるというのだ。

 

何がおいしいと言って、いつも適切な温度で出てくるというのだ。それはどんなお客さんが行ってもそうなのだそうである。そこの秘書室のお茶を出す係りの人は、お客さんのお茶の好み、濃さや温度を全て記録してそれで出していたとのこと。

 

つまり一人一人が納得するお茶を出していたのだ。だから、全員がおいしいと感じるのであったのだ。

 

このことを知ったとある社長さんは、この秘書の人に店を出してみないかと出資を持ちかけたそうだ。そして、この人は多摩地区では結構有名な雑貨店を出して成功したのでした。

 

 

「私はお天気お姉さんになるために、キャスターになったんじゃない」

と新人女子アナウンサーは、配属されたお天気コーナーをやっていてあるとき、母親に愚痴をこぼしたそうだ。彼女は政治や国際情勢を語るアンカーになりたかったそうだ。

 

母親は娘にこう言ったそうだ。

「あなたね。お天気お姉さんをバカにしているようだけど、天気予報に一生をかけて仕事にしている人もいるのよ」

と。

 

彼女はそれこそぶん殴られたような気がしたそうだ。それから考えを改めて、天気のことを勉強し、スタッフの人たちにもどんどん質問をして天気に詳しくなろうとしたそうな。

 

そうすると、スタッフもその姿を見て色々と教えてくれるようになり、天気のことも詳しくなり、アナウンスもよくなったそうだ。

彼女は田丸美寿々さん。その後の彼女の活躍はここから始まったそうだ。

 

 

そうなんだと思う。

今やっている仕事をただルーティンとして熟しているだけではダメで、そこに改良を加え、深みを増しとしていくことが大事なのだ。

 

仕事とは、事に仕えること。

その事にどのように仕えるかによって、人は磨かれるのだと思う。そして、その姿は見る人が見てくれている。そして、その人はあなたにチャンスを与えてくれることがある。

 

12年ではダメだ。

5年、10年とやっている中でチャンスは与えられる。

揺るがず弛まず飽きずに事に仕えることで、道は開かれるのだると思う。

2020/02/14

「低めを、狙え」

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野村克也さんの言葉で、とても印象に残るものを1つ上げろと言えば、これだ。

 

野村さんが監督の時、相手のピッチャーの球がとても良いことがあった。特に高めが良い。そこで、選手には

「高めは、打つな」

と指示を出した。

 

ところが選手は、次から次へと高目に手を出して凡打に終わってしまっていた。

 

監督は困った。

そして考えて指示を変えた。

「低めを、狙え」

と。

すると選手たちは、次から次へとヒットを打ち始めたのであった。

 

日本語は否定の言葉が最後にくる。言いたいことは否定であっても、最後に否定が来ると誤解を招きやすい。

 

選手は「高めは、」と言う言葉を聞いたとき、意識は高めに向かってしまっている。人間の脳は、物事の最初を大事と思うようにもできている。「高めは、打つな」と言っても「高め」を打ってしまうのはこういうわけなのだ。

 

だから、指示を出す時は肯定表現でしなければならないのだ。

 

生徒に指示を出す時も同じ。私は、肯定か勧誘で指示を出すように心掛けた。教師として、この指示はとても勉強になった。

 

野村克也さん、ありがとうございました。

合掌。

2020/01/29

パソコンが1人1台の時代がやってくる

改めて言うことでもないが、私は手書き文字が綺麗である。いわゆるうまい字を書くことができる。小学生の頃からお習字を習っていたので、小学生の時からうまい字を書くことができる。


だから、学校で作文を書くとき、書き終えて先生のところに持っていくと最初に言われるのが「池田くんは字がきれいだなぁ」という言葉。褒められる。そしてその後内容を読んでもらってまた褒めてもらう。と言うことで私は作文の授業では、2回褒めてもらうことができたのである。


ところが字が上手くない友人たちは、書き終えて先生のところに持っていくと「字が汚い」と最初に指導を受ける。そして中身を読むと、大概漢字間違い発見され「漢字が間違えている。直しなさい」と指導を受ける。2回叱られるわけである。


こんなことを続けていたらどうなるか。そうである私は文章書くのがますます好きになり、友達たちは文章を書きたくなくなる。こうして作文は書ける人と書けない人にどんどんどんどんと授業によって分けられていたのではないかなと思う。



さて、これからパソコンが1人1台の時代になる。GIGAスクールだ。パソコン=ワープロではないが、国語の観点から言えばとにかくワープロだ。


私には忘れられないワープロの授業がある。まだ中学校がフロッピー起動のパソコンを使っていた頃のことである。ワープロを使わせてあげたくて、子供たちに入力のゲームをさせていた。昼休みにパソコン室を私が1人で管理するからといって、フリーウェアの入力用のゲームをインストールし、パソコン室をゲーセン状態にして遊ばせながら入力の練習をさせたのだった。とにかく入力ができないことには文章が書けない。だからいろんな方法を使ってそれをさせた。


ある程度入力ができるようになった時、文章を書かせることにした。


そこである生徒がこんな発言をしたのだ。


「うわースゲェー!」

作文を書き終えてその生徒は叫んでいた。

何がどう凄いのか全くわからなかったのだが、彼はその後こう言った

「先生俺作文で、こんなに漢字を使って書いたの初めて」

と言ったのだ。冗談でも何でもなく本気で喜んでいた。そんなことで、そんなに嬉しいのかと思ったが本当に喜んでいた。


またある生徒はこんなことも言った

「うれしい!」

これまた何がうれしいのかよくわからなかったがその生徒はこうも言った。

「原稿用紙からはみ出すことなく書けたの初めてだ」

この言葉は数十年たっても、いまだに忘れることができない。私たち国語の教師がどれだけ作文で子供たちを傷つけてきたんだろうかと思う。



ワープロで文章を書くことができるようになれば、音声入力で文章書くことができるようになれば、人工知能がドンドンと難しい漢字を変換してくれるようになれば、子供たちはもっともっと文章を書いていくことになるだろう。書きたくなるだろう。


確かに私は、自分で習字をやって、努力をして字が書けるようになった。だから褒められて嬉しかったのはその通り。


しかし、文章書くことの本質は字の美しさにあるのではない。字が汚くたって文章を書きたくなる、書けるようにする必要がある。


パソコンが1人1台になれば、私が出会った子供たちのような子供たちは、もっともっと救われると思う。そして文章書くと言う部分で、本質的なところで頭を使っていくことができるようになると思う。あの面倒臭い構成や推敲や校正がしやすくなる。何回も挑戦させやすくなる。


パソコンが1人1台の時代がやってくる。私はとてもいいなぁと思っている。

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«まずはグーグルにそのキーワードを入力してみること