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2005/09/25

「子どものために」というフレーズ

23日の学校公開日のあと、ちょっと飲むことがあり帰宅が遅くなったのだが、駅で電車を降りると昔の教え子とばったり。そりゃあ、飲みに行くでしょう。久しぶりにカラオケなんかもしてしまって、飲み過ぎたかなあ。

                   ◆

最近つくづく思うのは、「子どものために」というフレーズの難しさだ。
学校にはいろいろな立場で子どもを見る人がいる。ざっと見ても教師、事務、用務、ボランティア、PTA、保護者、地域といる。教師だって、担任、副担任、教科担任、管理職、養護教諭といる。子どものためと思っていることが、それぞれで違っていることもあるはずだ。

で、私が子どものころであったら、大人の「子どものため」なんて言葉には、嫌気が差していただろうとも思う。なんとなく感じる「子どものため」には、うれしさを感じたが正面からそれを言われると、(なんだかなー)と思って引いてしまっていた。今の子どもにも居るんじゃないかと思う。

とくに今、「子どものため」にというフレーズが強く聞こえるようになっていると思うのだが、そうであればあるほど、子どもは引くんじゃないかなあと思う。「子どものため」と言いながら、自分の自己実現ため、私を見て症候群の人の活動の場としての利用、その他にも自分の利益を得るために子どもを利用している人たちを、私が子どもの頃にも見てきたからなあ。

「子どもに勉強しろ、というのではなく、子どもに勉強する姿を見せる」これが、最大の指導方法である何て言い方もある。そうだとすれば、子どものために何かをする、というのではなく自分を高めるためとか、世界を良くするために自分の仕事をするの方が良いのかもしれない。

                   ◆

へそ曲がりの私は、「子どものために」というフレーズを聞く度に、軽く半歩下がって進もうと思ってしまいます。

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