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2005/09/02

本を読んでいると怒っていた私の母親は、

私は目が悪い。
しかし、もともとは視力は2.0ととても良かったのだ。そんな私がいつ悪くなったのかは、しっかりと覚えている。中学三年生の二学期である。受験に向けて懸命に勉強を始めたために悪くなったのだ。と言いたいところであるが、実際は違う。

                   ◆

私の母親は古希を越えている。東京大空襲を逃げ回ったときには小学校の最上級生であった。だから、戦後新制中学校に一期生で入学することになる。

この母親は、一歳の時に父親を亡くし母親(私の祖母)一人に育てられた。兄は二人いて二人とも中学校を卒業すると、家計を助けるために働きに出た。

母が中学校を卒業するとき、二人の兄からは高校に進学することを勧められたが、兄二人が働いているのに自分だけ学校に行くわけには行かないと働きに出た。結婚するまでの10年は「片親」の差別の強かった時代にいろいろな職場でいじめに遭いながら働き続けていた。

                   ◆

そんな母親が中学生の私に言うのである。
「修、本なんか読んでないで家の仕事をやりなさい!」
と。
友人の話を聞くと、本を読んでいるときには親は非常に機嫌が良く、時々お茶なども入れてくれるという。おかしい。なんで私が本を読んでいると私の親は文句を言うのか? 

さらに夜の10時を過ぎて勉強していようものなら、
「電気代がもったいない。早く消して寝なさい。勉強したいのなら朝起きてやりなさい」
と言う。いや、勉強などしたいとは思わなかったが、やらねばならない宿題をやるためには、夜時間を掛けてやるしかない。朝起きて勉強なんて、当時の私には夢にも考えられなかったし。

もちろん、電気を点けっぱなしで机の上に倒れるように寝てしまうこともあったが、それはそうしようと思っているわけではなく、昼間の疲れでうつらうつら1 しているうちに、電気を点けっぱなしにして寝てしまうのであり、点けて寝ようとはこれっぽっちも思っていなかったのである。

宿題を何とか終わらせると、昨日の続きの本が読みたくなる。しかし、電気を点けて読もうものなら、母親が「寝なさい! 朝読みなさい」と叱りに来る。そこで考えたのが、布団の中で懐中電灯を点けて読むという方法である。これならばれずに読むことができる。そして、かなりの本を読むことができた。しかし、この結果私の視力は急激に低下し、乱視まで貰ってしまったのである。

                   ◆

母が古希を迎える少し前の正月に、お祝いのために実家に戻ったときのことである。その母がやたら大きな本を持ってうろうろしているのである。
『それは、なに?』
と聞くと
「修、本はやっぱり面白いねえ」
と言う。よく見てみると、大活字本であった。諸君は知っているかどうか知らないが、世の中にはそういう本がある。年を取り小さな字が見えにくくなった人のために、活字のサイズや本を大きくした本のことである。私は
(年を取ってから重たい本を読むなんて、大変なことだなあ)
と思っていたのだが、母はこう言った。

「私も小さい頃から本は嫌いじゃなかったんだけどね、本を読んでいると私の母親から『幸子、遊んでいないで家のことをしなさい』って怒られたのよ。それに、兄さんが働いているのに自分が本で遊んでいるのも悪いと思ってね」
(え? そうなの?)
「今になれば、もう誰にも文句を言われることなく本を楽しめるからね。大活字本だから次から次へと借りることになって、大変なんだけどね」

私はなんかショックを受けた。本が嫌いなわけではなかった。読みたかったけど読めなかった。そして、70歳を前にして本が楽しいねえともう一度読み進めている母に(やられたー)という思いだった。また、こんなことも言った。

「修、カタカナの言葉とか、難しい漢字は辞書を引くんだけど、これが文字が見えなくてねえ」

そうである。「修、なんのために辞書を買ってあるの。分からない言葉があったら辞書を引きなさい」とさんざん私に言っていた母は、私に言った言葉を自分で、まだ守っていたのだ。私は、母親にひらがなで引くことのできる電子辞書を買ってあげるのが精一杯だった。

                   ◆

私はこんな母親に育てられていたんだなあと思うと、嬉しかったり申し訳なかったりした。そして、一方で、いま本を読める私は幸せだなあとも思った。いや、今でも思っている。

これから小さな字が見えにくくなり、新しい言葉が分からなくなったとしても、辞書を引きながら読んでいきたいなあと思うよ。なぜって、本を読むって楽しいからだよ。

さて、今年の後半戦はどんな面白い本に出会えるかな。たのしみたのしみ。

もちろん、君も面白い本に出会えますように。

(国語科教科通信 『志学』 NO.11より)

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