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2005/10/31

未来からの手紙とは

二年生は、「古典を楽しもう」の単元に入る。「徒然草」「平家物語」「論語」とやるわけである。今から1000年も昔の人たちが残してくれた文章を読んでいくことになる。平家物語は、暗記である。

正直に言って、私は中学生の頃には
(なんで古典を学ぶのかなあ。昔のことを勉強したって意味がないじゃん)
と思っていた。
なぜかって、1000年前の人間と今の私たちを比べれば、今の私たちが優れていて、昔の人たちは劣っていると思っていたからだ。テレビもない、電話もない、自動車もない。戦争はするし、つまらないことに怯えているし。そんな過去の人間から学ぶことなどないと思っていた。

そんなことを私が敬愛している当時の国語の先生、西本先生に話をしたら
「まあ、そうだろうなあ。中学生だとそんなもんだろうなあ」
と言われた。私は
(バカにすんなよ)
と思いながらも西本先生の言われたことを守って、万葉集(日本で一番古い和歌集 奈良時代)にある短歌を暗記していた。例えば、次の短歌である。


  東(ひむかし)の野に炎(かぎろい)の立つ見えて 
  かへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ
   
     東の野原に炎のような朝日が昇ってくるのが見えて、
     振り返ってみると西の空には大きな満月が沈んでいった
                
                   巻1ー48 柿本人麿

正直、
(ふーん、そんなことあるんかねえ)
と思うぐらいの感想であった。

                  ◆

しかし、私はあるとき、気が付くことになる。私は文明と文化を混乱していたのだ。確かに、昔の時代にはテレビも電話もない。しかし、人が生きると言うことには何も違いはないと言うことに、人生経験を積み重ねる内に気が付くことになったのだ。人は何も変わっていないのだ。

仏教の教えには、「業(ごう)」というものがある。人は人である限り、何かの命を身体に入れなければ生きることができない。これを人間がもともと持っている罪としている。また、人である以上は、避けて通ることのできない「生、老、病、死」の四つの苦しみを味わう。これを「四苦(しく)」という。これも、1000年前と今と変わらない。

もちろん、彼女ができる、心を許す人と一緒に生活できる、希望の仕事に就く、子どもが生まれる、子どもが成長する、美味しいものを食べる、素晴らしい景色に出会う、仲間と楽しく遊ぶ、心を込めた作品が完成するなど沢山の喜びがあることも、1000年前と今と変わらない。

私たちは、基本的に一回しか人生を生きることはできない。だから、10年後の自分、 50年後の自分がどうなっているのか分からない。しかし、古典の世界に描かれている人たちの姿を読むとき、

(私は、人を好きになったときこんな風になるのか?)
(子どもが親から離れるとき、親はこんな風に思うのか?)
(戦があるとき、人はこんなにも残酷になれるのか)
(親は、そこまで子どものことを思うのか)
(夢が破れてもこんな風に復活するのか)

などなど、古人の人生から学ぶことができる。

                  ◆

1500年前の人が美しいと感じた、朝日と一緒に沈む満月を、今の私たちも同じ気持ちで見ることができる。そして、1500年の間無数の人たちが同じ感動を抱いてきたのかと気づいたとき、私たちは鳥肌が立つのを覚えるはずだ。

西本先生があのとき、私に言いたかったことは、たぶんこんなことである。

「(池田よ、中学生のお前には、理解できたとしても納得できるものは少ないのだよ。何せ、お前はまだ人生の経験が少なすぎるからな。そんなお前が分からないことがあっても当然さ)まあ、そうだろうなあ。中学生だとそんなもんだろうなあ」

と。私は、西本先生に無理矢理万葉集を暗記させられたことを、今は感謝している。あのとき、「東の野に・・・」の短歌を覚えさせて貰っていなければ、私の人生は今よりも感動の弱いものになっていたと思う。旅の途中、朝早く起きて見た朝日と満月。そこに、この短歌が重なってきて、(うお〜〜、これか!)と私は大きな感動を得ることができた。

中学生の内は、覚えることができても人生経験がない。大人になると人生経験はあるが、覚えられない。理解はできるが、納得は難しい。ならば、覚えられる内に覚え、その後の人生経験で、じっくりと味わうのがよい。

そうすると、古典は「予言書」、または、「未来からの手紙」と言えなくもないのだ。

(教科通信「志学」 NO. 29 より)

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