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2005/11/10

「お帰りなさい、おやすみなさい」の謎を考える

私は国語の教師であるが、当然、日本語のすべてを理解している訳ではない。
(ん? なんでこれはこんな言い方をするの?)
と疑問に思う言葉が、いまでもある。

今、疑問に思っているのは、「お帰りなさい、おやすみなさい」である。小さい頃の君は、一日の仕事が終わって家に帰ってくるお父さんに、
「お帰りなさい!」
と言って玄関まで迎えただろう。そしてお風呂に入って歯を磨いて、寝るときに
「おやすみなさい」
と言って寝ただろう。

何がおかしいのだ。どこもおかしくない。子どもとはそういうものだし、そういう言い方をしなければ親に怒られたであろう。

しかし、君たちは文法を学んだ。そうだ、活用形の種類だ。「未然形、連用形、終止形、連体形、仮定形、命令形」のあれである。これを知っている諸君は、おかしいと思うであろう。
(「おやすみなさい、お帰りなさい」は、なんで命令形なのだろう?)
と。

もし、命令形ならばこれらの意味は、「早く寝ろ」「帰れよ」の意味になるはずである。しかし、そうではない。この言葉は自分から相手に挨拶として言う言葉であり、相手に命令している内容ではない。しかし、形は命令形である。

そんな話を三年生の授業でしたら
「先生、『ごめんなさい』も、そうじゃありませんか」
と言う。さすが三年生、鋭い。

さて、これはいったいどうしてなのだろうか。

                  ◆

私は今までにも、このような言葉の問題に挑戦してきた。
例えば、「嘘付け」であり「負けず嫌い」である。嘘をついた相手に、「嘘なんか言うなよ」の意味で「嘘付け!」と命令し、「負けるのが嫌いな性格」の生徒に「負けず(負けない)+嫌い=負け(引き分け)好き」という言い方をしているのはなぜなのかと考えてきた。

私は国語の教師なので、こういうことを考えるのが好きなのかもしれないが、なんでかなあと考えてきた。それで本を読んだり、人に聞いたりして答えを「考えて」きた。

ところがである。今は、
(うーん、わからないなあ。そうだ、インターネットで調べよう)
と簡単に調べることができてしまう。私はこれは問題ではないかと考えている。簡単に答え(らしきもの)が出てしまうのは問題ではないかと思うのだ。

インターネットが無かった時代は、自分であーでもない、こーでもないと考え、それで図書館までわざわざ足を運んで調べ、人に頭を下げて教えを乞い、答えを求めた。が、今は簡単すぎるのだ。考えるステップを踏まないで答え(らしきもの)にたどり着いてしまうのだ。考えないことになっているのではないかと思うのだ。

また、話はチョッッとずれるが、よくわからない状態は、人間は不安になるので知ろうとするのだ。が、君たちがこれから出会う問題は、簡単に解決できない問題も多い。そのときに、「今は解けないけど、わからない状態のままでいよう」と問題を抱えていられる強さを育てるのも、君たちには大きな課題だと思うのよ。

                  ◆

三年生の授業では
「『嘘付け』というのは、『嘘つき』がなまったものではないでしょうか?」
という発言があった。これはとても良い発言である。私が調べた範囲では、これは正解ではない。しかし、○○かもしれないと仮説を立てることができるというのは、ものすごく良い。考えるための、調べるためのきっかけができるからだ。

これからの時代は、知識があっても、調べ方を知っていても賢い人とはならないだろう。(あれ? 何か変だぞ)(ひょっとしたらこうかな?)
と思える事がとても大事です。

ちょっと格好いい言葉を使えば、これは「問題発見能力」であり、「課題設定能力」なのであります。

興味があったら、「お帰りなさい」「おやすみなさい」を考え続けてみて下さい。

(教科通信「志学」 NO. 33 より)

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