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2005/04/30

飯田橋から下北沢へ

先週の疲れがたまっているところではあったが、全国教室ディベート連盟の研究開発委員会の会議があったので、昨日は午後飯田橋まで出かけていった。私は遅刻をしていったのだが、結構実りのある会議であった。

その後、さくら水産で軽く呑む。ここは、魚が中心。この値段ならいいでしょう。金目鯛がうまかった。その後、飲み足らなかったので、下北沢に出かける。KMさんと一緒。そして、KMさんの旦那を呼び出す。

出かけていったのは、蔵くら。下北沢にある知る人ぞ知るビール専門店。昨日はカスケードホップの利いたうまいのを味わう。うまいなあ。久しぶりにあったKMさんの旦那は、私のディベートの師匠の一人。きちっとした話をすることで有名な人だ。私より10歳ぐらい年下なのに、ご立派である。

下北沢は、青春時代によく飲んでいた街。その時に通い詰めていた店に、顔をちょっと出した。結構なことに満席だったので、また顔を出すことにして、ラーメン屋に向かう。ここで湯麺に餃子にビール。ああ、美味しい。

先週は本当に忙しかったので、この私が三日間もお酒を飲まないで夜、朝と仕事をしていたのだから、このぐらいは許されるでしょう。

高幡不動から先にいく最終の急行列車に乗って帰宅。
あやうく寝過ごすところであったが、まあ、無事帰宅。

仲間と飲む酒はうまいなあ。

歓送迎会

夜の歓送迎会で、退職されたO校長のスピーチがあった。

「楢原中学校の先生達は、私の勤務してきた10校を越える学校の中で、お世辞ではなく一番に仕事をされていました。本当に感謝しています。

こんな力のない校長のところで、これだけ子供に向き合って投げ出さずに教育に取り組まれている姿を見るに付け、先生方には感謝感謝でした。

いろいろな事が重なって退職したわけですが、その理由の一つに、これだけみなさんが頑張ってくださっているのに、校長としてみなさんを辛くするようなことを指示しなければならないということに、耐えられなくなったというのもあります。

私が何もできないのに、みなさんは懸命に子供たちに向かい合って仕事をされている。そんなことに申し訳ないと思うようになったのもあります。」

と話されていた。
これが別に嫌みでも何でもなく、素直に聞こえた。いつも職員のことを一番に考えてくださっている校長背員だった。

もちろん、楢原中学校に残った教員は、もう一年O校長が定年退職まで時間があると思ったから、頑張ってやろうと思っていたということを何人もが話していた。

人徳というのだろうなあと私は思っていた。人を動かすのは、才能だけではだめ、権力だけでも駄目で、最終的にはそれらを包み込むような人徳がなければ駄目なのだと改めて思った。この人の失敗なら被れる。この人の頼みならそれを越えるぐらいのことをしてしまおう。そう思えるような人徳がなければ、駄目なんだなあ。

しかし、人徳があるということは、立派な人間である、失敗をしない人間であるというのとはちょっと違う。

                   ◆

楢原中学校では異動した教員には、卒業証書が手渡されることになっている。私の所属していた学年はほとんど異動してしまったので、残った方は大変だったと思う。一人で数枚の卒業証書を書かれたわけであるから。

私も頂いた。
実に、ありがたいものであった。
私の教育実践をそばで見ていた方から、その実践の事実と価値とを10倍ぐらい良く評価してくださったことが書かれてあった。私自身も忘れているようなことが書かれていた。>O先生、デジタルデータをメールで下さい。

仕事を通して仲間と出会う。仕事を通して自分と出会う。ありがたいことだ。
さらに、あちらこちらから、私の将来のことについてアドヴァイスやら、依頼やら、命令やらを頂いた。まだ期待を頂けるのは、とても嬉しい。

GWは、四月の疲れをじっくりと取ろう。
そして、原稿書きだ。

2005/04/29

離任式終わる

本日、楢原中学校で離任式であった。
一ヶ月ぶりの楢原中学校は、暑かった。体育館に熱気が籠もっていて、
(ああ、八王子の暑さだ)
と思った。

久しぶりに会う子どもたちは、私の顔に髭がないのに気がつく生徒もいれば、全く分からない生徒もいて、まあ、そんなもんなんだろうなあと思う。だが、髭がない方が良いという生徒は一人もいなかったなあ。

「先生、なんで髭剃ったの?」
『え? 髭? ああ、髭剃りで剃ったよ』
「そうじゃない! 理由!」
『理由か、なんでかねえ。人生には色々とあってね』
「新しい校長先生に剃れって言われたの?」
『いや、髭が似合っているからそのままが良いって言われたよ』
「じゅあ、なんで? 奥さんと別れたの?」
『違うって。だから、人生は奥深いんだよ』

なんだか子供たちは分からなかったと思うが、まあ、色々とあるわけである。

                   ◆
 
体育館のステージから子どもたちの様子を眺める。心配していた三年生も、落ち着いているという話通り、去年とは比べ者にならないくらいにきちんとしている。良かった。そうだ、最上級生なんだから、楢原中学校の顔なんだから、がんばれよ。

体育館の後ろの壁には、卒業式の時に掲示した全紙サイズの書道作品がまだ掲げられていた。それを見たら
(ああ、俺はここで仕事をしていたんだなあ)
という思いが、今更ながらわき上がってきた。

転勤職員の挨拶は、私が一番手であった。忙しくしていたので、スピーチを考える時間が取れず、今日楢原に向かう電車の中で考えたことを話した。

                   ◆

進路の話を最後にしようと思う。
進路は、努力を重ねた者にしか手に入らない。努力をしたって手に入らないことは普通である。だから、努力をすることは自分の進路を手に入れようとする者は、必ずしなければならない。

しかし、世の中に自分の思うとおりの学校に進学し、自分の思うとおりの仕事に就き、理想のパートナーと結婚し、住みたい街で住みたい家に住んでいる人はいないだろう。仕事一つをとっても自分の希望通りの仕事をしている人はあまりいないと思う。

だけど、その人が幸せでないかというと、結構幸せな人もいる。それはなぜかというと、好きな仕事には就かなかったけど、就いた仕事を好きになったと言うことだと思う。

実を言うと七年前楢原中学校に来たとき、私はがっかりしていました。勤務地を八王子に希望していなかったのに、なってしまったからです。だけど、まあ、仕事だし始めたわけです。

で、あるとき掲示物を張り直すことを生徒に頼んでいるときに、生徒に言われたんです。
「先生、なんで俺ばっかり頼むの?」
確かに他に生徒はいるのに、私はその生徒にだけ頼んでいました。
なんでだろうと考えたら答えが分かりました。
『分かった。それは、君に頼めばきっちりやってくれると思っているからだよ』
「また〜」
と良いながら彼はしっかりと直してくれました。

(ああ、そうか)
と思ったんです。
私は「やりたいことをやるのが人生だ」と思っていました。しかし、このときから「お願いされたことをやるのも人生」と思うようになったんだね。

それで、自分ができることで仲間のためになると思われることをやるようにしたんだ。幸い少しだけパソコンの知識があったので、職員室のパソコンやパソコン室のパソコン、HPなんかをやるようにしていったんだね。

楢原中学校の先生は仲がいいでしょ。みんなそうやって自分のできることを仲間の先生のためにやっているんだよ。そして、うまくいかないときは支え合って来たんだよ。

もちろん、予定通りにいかないことには、良いこともありました。まさか、大学院に通えるとは思わなかったですから。これも君たちと授業ができたこと、そして職員室の仲間がいてくれたからだと感謝しています。

新しい学校、新しいクラスになって(あーあ)って思っている人もいるかもしれません。そんなときはね、自分ができることで、そう小さな事でいいから、自分のためではなくて仲間のために続けていると、良いことがあると思いますよ。

ありがとう、楢原中学校。

                  ◆

そんな話をしました。
式が終わってから、廊下で何人かの生徒や卒業生と話したのですが、
「先生、あのゲームの国語、イメージの花火とか、ことわざとかを次の学校でもやってあげてね」
と言われた。
嬉しかった。やってきたことは生徒には良かったということが分かったので。

さらば、楢原中学校。ありがとう、楢原中学校。

2005/04/27

締め切りのあるということ

明日が締め切りである。
この締め切りが、私を鍛えていると思う。

ここで終わりと思うから力が出るのかもしれない。
もし、そうだとすれば、やがて死ぬ身である私は、
いま、生きているということで、その締め切りを意識して、私を鍛える瞬間を過ごしているはずだ。

あと少しの努力を重ねたい。

2005/04/26

後少しで完成

このところ取り組んでいる仕事が、後少しで完成する。いや、させなければならない。

今日は26日ということで、本来ならば銭湯に行っている日なのに行かないでやり続けている。
26日は、私の住む多摩市では市民には銭湯が無料で開放されるのだ。風呂好きな私はこの日を欠かすことはほとんど無い。が、今日はそれにも行かず、お酒も飲まずひたすらやり続けている。

学校の方は三者面談週間と言うことで、授業がカットされていて先に進まないが、今の私にとっては嬉しい。一日の授業数が少なければ疲労度も軽減されるというものだ。

しかし、仕事は重なるなあ。予算申請書の締め切りは明日だし、先日受けたZ会のインタビューのゲラは今日が閉めきりだったし。本当は、明日も外で人と会う予定になっていたのだけど、キャンセルさせてもらった。

じゃあ、私は何の仕事をしているのであろうかというと、これはまだ書けない。
秘密の多い私であったf(^^;。

2005/04/25

充実した時間

昨日は4時に起きて仕事をこなし(でも、終わってはいない)、9時50分には吉祥寺の成蹊大学にいた。今日は全国教室ディベート連盟関東甲信越支部主催のディベート初心者講座がある。講師をする事になっている。

行きの京王井の頭線は、花一杯であった。ツツジの植え込みの、森の中を電車は走っていく。青空は広がり、暖かな日である。そんな日にディベートの講座を受ける方たちがいる。それを支えるスタッフがいてくれる。気合いを入れて講座を行った。

講座は、おかげさまで好評の内に終わった。人数調整のために入ってくれたイクトス先生や、ディベート甲子園OB のAさんや、Kさんにも助けられたこともあるが、時間通りに終わることもでき、アンケートでも良い反応を頂いた。中には、
「私が今まで行ってきた国語の授業は何だったのだろうか」
という感想を言ってくださる先生までいてくれたようだ。実践家からは良い評価をもらった。

                    ◆

講座の終了後に、吉祥寺の名物店にでかけた。「いせや」という焼鳥屋である。昭和の名残のある店構え。一本80円を原則とする焼鳥。

こうしてディベートの仲間たちと、くだらない話も高尚な話も綯い交ぜにして飲み交わすってのは幸せなことだと思う。先日、花田修一先生とお酒をご一緒したさいに
「池田さん、お酒はね、友情を酌み交わすんだよ」
と言葉をもらったが、まさにこんなことを言うんだろうなあと思った。

 山中與幽人對酌

 兩人對酌山花開
 一杯一杯復一杯
 我醉欲眠卿且去
 明朝有意抱琴來

 兩人 對酌して山花開く
 一杯一杯 復た一杯
 我醉うて眠らんと欲す 卿(きみ)且らく去れ
 明朝意有らば琴を抱きて來たれ

 「李太白文集」巻23

そんな季節で、そんなお酒であった。
こういう時間を充実した時間というのだろうなあ。

さて、仕事を終わらせよう。

2005/04/24

朝日とともに起きる

というわけで、今朝は4:00に起きて仕事をしている。
昨日は一日中ワープロに向かっていたようなものだ。
急遽やらなければならないことが増え、間に合わないのだ。

今日は、ディベートの入門講座があり、朝しか時間が取れないのだ。
さあ、頑張れ。

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