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2005/05/07

聖蹟リゾート

朝は早く起きるのだが、ゆったりとお茶を飲んで本を読んでと楽しみに費やしてしまい、書かねばならない諸々の文章を擲ってしまっている。それでいて、午前中は眠気がぶり返してきて昼寝となってしまった。

お昼ご飯は焼き鯖寿司。デパートが近いので、夜に買いに行くと結構値引いている。それを買っておくのだ。結構お得。

午後はDIYのお店に奥さんと出かける。キッチンバルコニーに木製のタイルを敷くことにしたので、それを買いに行った。キッチンバルコニーには排水溝があり、その分狭くなっていたのだが、その上に敷いてしまうので、キッチンバルコニーが広くなった。

夕ご飯を食べる前に、キッチンバルコニーで「南信州ビール」のバイツェンを楽しんだ。新しくなったキッチンバルコニーは、非常に心地よい。夕景を楽しみながら飲んだ。seisekir


夕ご飯は地元で有名でありながら、一度も行ったことのない焼き肉やさんに行く。肉が軟らかく美味しい。私は魚っ食いなのであまり焼肉店には行かない。だから行ったことがなかったのだが、まあ美味しかった。

帰宅してから、もう一度キッチンバルコニーに出て行き、ランタンに灯を灯すことにした。音楽を聴きながら、一日を終えようとした。このバルコニーは、聖蹟リゾートかもしれない。

2005/05/06

ゴージャスな植生

連休の疲れが出ている感じのある本日の教室である。
私はたまたま授業が一時間と、補教が一時間という時間割だったので、集中して事務を行うことができた。

休み時間に固まった身体をほぐすために中庭に出た。
中庭にはクローバーが群生しており、赤い花をつけ始めた。
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そのクローバーの奥にひっそりと咲く白い大振りの花を発見。これが実に見事。慌ててカメラを取りに職員室に戻る。その花は里芋の花ではないかと思う。職員室の出窓の下にひっそりとではあるが、堂々と咲いていた。

                  ◆

あまりの見事さに見とれていたら、たまたま出てきた副校長先生が敷地内の花木を説明してくれた。

びっくりである。

 グレープフルーツ
 ミカン
 ゆず
 タイム
 ラベンダー
 ミント
 ブルーベリー

などが植えられていたのだ。グレープフルーツは実がなっているし、花も咲いている。
ブルーベリーは、50本もある。ただ、残念なことにこのブルーベリーは、一種類だけとのこと。二種類無いと実が付きにくいんですよね。どっかにないだろうか。

植木の手入れをしていた用務員さんに教えていただいて、ミントティーを試す。ミントの新芽を4枚ほどつまみ、熱湯に注ぐだけだという。これが実に爽やかで良い。眠気を覚ますにはぴったり。気分転換にもなる。

ゴージャスな植生である。

2005/05/05

立夏の一日

私の大学時代の友人に荻さんという豪の者がいる。海外青年協力隊に参加した後、現在は長野の高校の教員をしている。

彼が長野の教員になったあと、秋のことである。
「いや〜、池ちゃん、忙しいよこっちは」
という話があった。
(そうか、長野も大変なんだなあ)
と思って話を聞いていたら
「秋になると、キノコは出るは、スキーのメンテナンスをしなければならないは、大変なんだよ」
と遊びに忙しいのを、ぼやいていた。

                   ◆

GWの私も忙しかった。
今日は、5/31締め切りの論文の骨子を完成させていた。骨ができれば、そこに肉付けをしていけばいいので、まずは骨づくりである。

その一方で、今日の好天を頼りにして干物も作っていた。「あじの干物」である。これがスーパーの朝市で鰺を購入し、私には難しい5%の食塩水づくりに挑戦し、一日かけて干した。干している間に、論文の骨子はとりあえず完成したので良かった。

鰺の干物ができあがったからと言って、これでいきなり一杯やるわけにはいかない。物事には順番がある。

今日は暦の上では、「立夏」である。夏ならば、夏らしい飲み物で夏を迎えなければならない。そのためには、その環境を整えなければならない。

なんだかややこしくなったが、簡単に言うと端午の節句を祝うために、風呂に出かけて菖蒲湯につかり、ジントニックをキッチンバルコニーで堪能することで夏を迎える儀式を行い、その後、炭に火をおこし、件の鯵の開きをあぶる。

aji
ああああああああああああああああああああああああ、うまーい。

ちなみに、ジントニックのおつまみは「レッカービッセン」のベーコンである。スライスして、ちょこっとずつ味わう。ああああああああああああああああああああああああ、うまい。

                   ◆

聖蹟桜ヶ丘も、遊ぶのに忙しいぞ(^^)。

小さな旅 2

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いざ鎌倉である。

GWの真ん中に遊びに行くなんて、ほとんど自殺行為に近いが、どうしても海を見たかったのである。私は蟹座で奥さんは射手座。蟹座は水をほしがり、射手座は炎なので水を嫌うと言うことなのだそうだが、まあ、いいじゃないか。海が見たかったのだ。

そこで昨日は、朝早くから家を出た。
4時45分ぐらいには家を出ていた。鎌倉街道を南下し、16号、246号と順調に走らせる。ちょっと間違えてしまったが、6時すぎにはもう藤沢の海にいた。

渋滞がないと、こんなに早いのかと思う。地図で確認してみると、確かに私の家から真南に江ノ島がある。距離にして40キロぐらいか。これならありである。

                      ◆

所期の目的をそうそうに達成してしまった。どこぞでお茶でもと思うのだが、行きつけのお店はまだやっていない。11時からだもんなあ。

そこで、葉山の方に足を伸ばしてみることにした。いつも由比ヶ浜で終わってしまうので。

とにかく海岸線をゆったりと流すことにした。波も穏やかでサーファーはただ海に浮いているだけのように見えた。気持ちいいんだろうなあ。サーファインは年齢を重ねてからもできるスポーツだと聞いたことがある。家から海がこんなに近いのなら、サーフィンもありかもしれないな。

                      ◆

私の車はあと300kmで10万km。自動車通勤でなくなってしまったので、今月中に達成と言うところではないだろうが、楽しみ。まあ、10万km走る車だから、年式は古くなっている。

だけど、気に入っている。ロングホイールベースは、走りに安定感があり、エンジンも静か。ちょっと燃費が悪くなってきたが、まあ、いいだろう。

しかし、カーステレオのシステムが古い。未だにテープとラジオである。CDやMDが使えないカーステレオは、ちょっとなあと思いながら、新車になるまで仕方がないと思って使っていた。

ある日、電気屋さんでカセットテープの形状をしたCD接続アダプターを発見した。携帯CDからカーステレオに音楽を流せるのだ。これは便利便利と使っていたが、充電が面倒くさいのと、携帯CDが固定されていないので使いにくく、そのままにしていた。

そんなところに、iPod Suffle の登場である。
何気なしにそのアダプターに接続してみたら、なんと何事もなくカーステレオで使えてしまったのだ。感激。

CD,MDと使ってこなかったのにも関わらず一気に最先端になってしまった。家電製品でこういう古いものがいきなり最先端で活用される現象があるってのは、私は記憶にない。CD,MDを使ってきている人たちは、逆に車ではiPodが使いにく、一度FMにとばして使う方法を採っているという。待てば海路(この場合、回路か?)の日よりありかもしれない。

海岸線を窓を開けて音楽を流しながら走る。サザンなんかが流れている。ううう、贅沢だなあ。

                      ◆

葉山に向かう途中に、デニーズ発見。デニーズ森戸店だ。
一度通り過ぎてミラーで確認すると、海に面しているお店で、しかも、テラスがある。
ここでお茶をすることに決定。まだ7時半だというのに、テラス席は満席。

まあ、仕方がない。禁煙席で軽い食事をして食後のコーヒーを楽しんでいたら、テラス席が空きだしたので、席の移動を頼むとなんとか大丈夫。ラッキー。

改めてコーヒーを飲んでいたら、奥さんが
「あれ? ちょっと見えるかも」
という。
見ると、富士山がほんの少し、顔を出している。
ありがたや、ありがたやである。

海岸には磯遊びをする子ども、海上ではヨットのレースをする大学生、そしてそれを上空から見下ろす猛禽類の鳥たち。借景の富士山。私たちはそれらを全て目に納め、暖かくなってきた空気を確認する頃、帰途につくことにした。

                      ◆

帰りもほとんど渋滞することなく、12時には自宅近辺にいた。
早朝の湘南ドライブ。癖になるかもしれない。

2005/05/04

小さな旅 1

昨日の午後は『授業づくりネットワーク』の原稿を仕上げ、府中に散歩に出かけた。
何の用事があったわけでもないのだが、奥さんと二人で出かけていった。

府中駅前には、さらに高層マンションができあがり、そのマンションには商業ビルが隣接している。これをちょこっと見ておこうと言うことになった。ここにはTOHO SINEMAが入っている。現在やっているものは面白そうなものが無かったので見ることはなかったが、いづれ見に来ようと思う。

吹き抜けのフロアーを歩いていたら、なんとも言えない音色が響いていた。草笛の演奏であった。昔子どものころに、やった草笛とは違い常緑樹の葉っぱを使ってやっていた。伴奏のエレクトリックガットギターとの相性も良く、心地よい気持ちにさせてもらった。

こういうビルが駅前にあるんじゃあ、聖蹟桜ヶ丘も負けていられないなあと思った。(ま、私が勝負しているわけではないが)

                   ◆
(人出が多いなあ)
と思っていたら、今日から大國魂神社で「くらやみ祭」が開催されるらしい。これはなかなか迫力のある祭りで、クライマックスには品川からご神体を運び、それを多摩地域のお社から運ばれた大太鼓で無迎え撃つという場面がある。

http://www21.big.or.jp/~tetsuki/ookunitama/15_05_03photo.html

昨日は初日だったので、それほどの人でもないかなと思ったが、まあそれなりに盛り上がっていた。

となると、
(を? ひょっとして)
と私の足は、大國魂神社横の「KEN」に向かうことになる。
いや、お祭りが無くても向かうことになっていたとは思うのだがf(^^;。

有料試飲会である。お祭りの時にはやっているのだ。
三年前に山田さんに教えていただいて行ったのだが、そのときは、久しぶりに撃沈したのを覚えている。度数の高いベルギービールを、空腹時にかなり飲んだのでやられてしまった。というか、やってしまった。

今回は、味わいながら少しずつ、「レッドローズ アンバーエール」を味わった。カスケードホップの香りのきいた苦みのあるうまいビールだった。

GWの小さな旅1である。

2005/05/03

藤の花房の下で

fujipark
家の周りの花々が佳境に達してきた。
この週末にかけて、藤棚の藤、土手のニセアカシアが満開になる。
藤はグレープの甘い香り、ニセアカシアも甘い香りだ。
これが窓を開けていると部屋に運ばれてくる。
なんとも言えず、豪華な気分になる。

そんな香りに誘われてちょっと散歩。
藤棚の下にあるベンチに寝ころんでみた。
太陽の光を受けた新緑を通過してくる木漏れ日。
そして、その木漏れ日を受けて揺れる藤の花の房。

これを贅沢と言わずして、何を贅沢というのだろう。


                   ◆

当たり前だが、私が子どもの時分から藤も、ニセアカシアも街にはあったのだろう。しかし、それは目に入ることはなく、香りも届くことはなかった。

齢を重ね、今まで見えていたものが見えなくなったのかもしれないが、今までは見えなかったものが見えるようにもなってきていると言うことであろう。

これが嫌かと言えば、実に全く嫌ではない。これからどんなものが見えてくるのだろうかと楽しみに思う。

散歩の途中に庭に藤のある家を見た。その藤に見とれていたら、その家の居間に正座しながら庭の花を笑顔で見つめているおばあさんを見つけた。

何が嬉しいのかなあ、と昔なら思っただろうが、いまは少しだけ分かるような気がする。

2005/05/02

岡 科子さん、ってだれ?

連休と言っても、合間に学校があると生活のリズムを整えるのが難しい。ぐっすり寝ていることになれてしまうと、朝が辛い。今朝は、4時半に起きて周りの様子をうかがう。んでもって、起きて仕事に取りかかる。このぐらいのペースで今日は良いだろう。明日からまた三連休だ。

昨日は、一つの区切りをつけてきた。
人生の節というのは、振り返ってみたとき
(ああ、あのときが節だったんだなあ)
と思うこともあるが、自らが「ここを節とする」と決意して作ることもある。
昨日は、その後者の方の節。これでまた一歩を踏みだそう。

(どうでもいいが、踏みだそうは、文出そうと同じで、下手をすると乱そうにも似ているなあ)

                   ◆

三年生の授業では、俳句を扱っている。修学旅行で俳句を作る課題もあり、その前に一度練習で作句して、句会を開こうと思っている。

俳句は句会をするところに醍醐味がある。
学校で、集団で学んでいるのだから、集団でなければできない学習をしたい。私は、以前「教室を座と捉えて文学を楽しむことが大事であるという原稿を書いたことがある。(「教室だからこそ、座の文学を楽しもう」授業づくりネットワーク No.134 学事出版 P18〜20)今もこの気持ちは変わらない。

その学習集団でなければ生み出すことのできない作品を生み出すことが、学級で学ぶと言うことの一つの意味であろうと考えている。そういう意味で和田中学校でどのような句会ができるか楽しみである。

                   ◆

俳句を作ると同時に、雅号を作る授業も平行して行っている。
二葉亭四迷、正岡子規、夏目漱石、遠藤周作(狐狸庵先生)、酔睡亭f(^^;などの話をしながら、

1)自分の性格、特徴を考える。
2)それにふさわしい名前を考える。
3)一見、なんでも無いような漢字で表現する。

というプロセスで考えさせる予定である。

かつて、塾の講師をしているときに小学校五年生の生徒に「考えてごらん」と課題として出してみたら、

岡 科子

と名前を考えてきた、岡さんという女の子がいた。
おわかりだろうか、(おか しなこ)である。(おかしな子)である。
二十年以上も前のことなのに、はっきりと覚えている。

この、自分を客体化して新たに名前を付けるという体験は、自分崩しと自分づくり(by 竹内常一)にかかる実践だとも思っている。少年時代の死であり、青年としての再生に繋がるものと考えている。

ま、授業ではそこまでは言わないけど。でも、言った方が良いかなあ?

どんな名前が出るかなあ。楽しみ。

2005/05/01

和田中学校のブログ完成

http://blog.goo.ne.jp/wadachu_2005/

で作りました。

タイトルは、「WADA wonderful world !」です。

そうです。あの、ルイ・アームストロングの名曲 What a Wonderful World から頂きました。
これ、良く聴くとというか、良く聴かなくても「WADA wonderful world 」って聞こえます。一曲の内に、四回も言っています。

転勤して、suffleで聴いていたら発見して、一人爆笑してしまいました。今、和田中学校の讃歌に認定されようとしていますf(^^;。

引用開始 ーーーーーーーーーー

What a Wonderful World

Louis Armstrong

I see trees of green , red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself , What a wonderful world

I see skies of blue and clouds of white
The bright blessed day , the dark sacred night
And I think to myself , What a wonderful world

The colors of the rainbow , so pretty in the sky
Are also on the faces of people going by
I see friends shaking hands , saying how do you do
They're really saying , I love you

I hear babies cry , I watch them grow
They'll learn much more than I'll ever know
And I think to myself , What a wonderful world
Yes , I think to myself , What a wonderful world

 
この素晴らしい世界

ルイ・アームストロング

私は木の緑を見る、紅いバラも見る
私はそれらに私とあなたに向けられた輝きを見る
そして自分自身思う、なんて素晴らしい世界なんだろう

私は空の青さと雲の白さを見る
明るく祝福された昼、暗く神聖な夜
そして自分自身思う、なんて素晴らしい世界なんだろう

虹のカラー、大きなきれいな空
すれ違う人の顔と顔もまた
私は「はじめまして」と言いながら握手をする友を見る
彼らは本当は「愛してる」と言っているのだ

私は赤ん坊の泣き声を聞く、彼が育つのを眺める
彼らは私が今まで知っているよりも多くを学ぶだろう
そして自分自身思う、なんて素晴らしい世界なんだろう
そして自分自身思う、なんて素晴らしい世界なんだろう

引用終了 ーーーーーーーーーー

良い歌だなあ。

一日の始まり

連休前半の目標は、四月の疲れを取ることと、原稿を仕上げることにある。

昨日、一昨日はよく寝た。
朝、目が覚めたら9時を回っていた。
こんなの久しぶり。
花粉の飛散が少なくなった(私は杉だけのよう)ので、布団を干したのも良かったようで、
ぐっすり寝ることができた。

で、今朝はいつも通りに起きる。
4時30分には寝床から出てくる。
だんだん、日の出の時刻と共に早くなってくる起床時間である。

朝、ベランダに出て外の空気を吸うと、
今日は夏の朝の空気であった。
ひんやりしつつ、植物の
(さあ、今日も光合成しまっせー)
という空気を感じ、心地よい。

しばらく佇んで豪華な時間を過ごす。

さて、一日の始まりである。

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