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2005/07/16

若い女の子を泣かせてしまった

若い女の子を泣かせてしまった。
ちょっと、胸が痛い。

かれこれ20年以上も前のことである。
塾の講師をしていたころに指導していた生徒がいる。その生徒が、最近父親になり、子どもを見せにこの三連休を使って新潟からやってきてくれたのである。
ありがたいことである。

五ヶ月になる若い女の子は、私が抱っこすると泣きだした。
収まった頃に、話しかけるとまた泣く。
私の声は、怖いらしい。
この泣き声が尋常ではない。延々と大声で恨みを込めたかのように泣くのである。

子どもの泣き声に耐えるために、私も体に力を入れる。
ちょっと泣きやむと体を楽にする。
この繰り返しで、疲れると言うことがよーく分かった。

もうちょっと男の人に耐性ができてから、また遊びにおいでね。

              ◆

この代の教え子に、知床で頑張っている男がいる。
知床が世界遺産になったのにも、彼が関わっているはずである。

時々、彼のblogを読んでいるが、いい仕事をしているなあと思う。

私も、教え子達に良い刺激を貰って、仕事を進めることにしよう。

タイトル考

引き続き作文の授業です。三年生では、一回書いた作文とタイトルを元に、次の授業を行いました。

1)タイトルだけ書き抜いて、これを句会形式で選びました。即ち、タイトルを付けた作者の名前を隠した上で、手を挙げて確認しました。「読みたいタイトル」の得点から「そうでもないタイトル」の得点を引いて、そのタイトルの点数にしてみました。1
2)実際に書いた作文を「書き込み回覧作文」形式で回覧しました。読む時間は1分なので、納得したところは「んだ」、分からないところは「なぜ」「なに」と書き込むことにしました。
3)読み終わった後に、「この内容なら読んでみたかった」と思われるものについて得点をつけました。2

この結果が下の表です。上がA組で、下がB組です。
ここから分かることは、タイトルだけでは読みたくないと思ったものでも、実際に読んでみたら、結構面白かったというものがいくつかあるということです。

classa

classb


内容が良いのに、タイトルだけで手に取られることのない作文は、かわいそうです。

また、(読みたい)と思って読まれる文章と、(仕方がない、読むか)と思って読まれる文章では、読み手に残るもの、つまりあなたが伝えたいものの伝わり方がかなり違うと思います。

小論文以外の作文のタイトルは、「分かりすぎないこと」が大事です。

今回は、具体的な例を元にタイトルを考えてみました。本番の作品の参考にしてみて下さい。

1  読みたいものは、一人五つ。そうでもないは、一人三つを選びました。
2 二つに手を挙げることにしました。

(国語科教科通信 志学 NO10 より)

2005/07/15

寝て治す

昨日は、夜の7時から寝て朝の6時過ぎまで寝ていた。
体調が優れなかったので、そうしたが多少持ち直した。

頭の左上に偏頭痛が続いている。
これが取れると良いなあ。

2005/07/13

取り敢えず道路か

本日の「よのなか」科は、sim-cityを使ったものであった。以前に佐伯先生に授業をしてしまったときのものを生徒に行ったということである。

私は、写真を撮りながら生徒の様子を見続けていた。
予算がなくなり駄目になる生徒、何をして良いか分からなくなる生徒もいた。
そして、それらの生徒に共通の行動を見つけて興奮した。

何もすることのない生徒は、(この生徒は市長の役割をしている)
なんと、同じように道路を造っていたのである。

何もすることがないと
(取り敢えず、道路でも造るか)
ということでやっていたのであろう。

14歳にして、すでに日本人の体質を身につけているのかもしれない。
ひえーーーーである。

             ◆

これがもし、ヨーロッパだったらどうなっていただろうか。
ひょっとしたら、
(それじゃあ、まず、湖の近くに公園を作って)
ということになっていたかもしれない。

取り敢えず道路を造る彼らは、
取り敢えずビールを飲む大人になるのかもしれない。

2005/07/12

折り返し地点か

先日、保護者会があった。その流れで保護者と話す機会があった。なんの流れからかプロレスラーが40歳でなくなったという話になった。
私は、
『ああ、もったいない。人生が始まったばかりなのに』
お母さんは、
「先生、人生の折り返し地点を回っていますよ」
そんな話になった。

私も一時期はそんな風に思っていたことがあった。
(まだまだ折り返していないぞ)
と、まるで折り返し地点のコーンを持ち歩いているかのような気持ちであった。

                  ◆

ところが、今はそんな風に思わなくなった。
折り返し地点という考え方がしっくり来なくなったのかもしれない。
やっぱり、人生が始まったばかりという感じの方が強い。

色々な人にお世話になっている。そして、そのお世話になっている中で自分なりの考えを出して動いて、なんとか自分というものを柱にして動くことができるようになってきたなあと感じる事ができてきたのが、30代半ば。40歳ってのはだから、生まれたばかりという感じがする。今まで見えなかったことが見えるようになってきたのが、この辺りだったと。

人生には折り返しがあるのではなく。二段目、三段目に上るという感触の方が、今はある。

天空のプール

pool
和田中学校のプールは、屋上にある。人呼んで「天空のプール」である。
ここからは、西新宿の超高層ビル群を目に納めることができる。
なんとも贅沢なプールである。今年のプール指導が始まったので、ちょっと顔を出してみた。

やっぱり気持ちがよい。
子どもたちは、幸せである。

                    ◆

プールが終わると冷水器の水をがぶがぶ飲む姿が目に入る。
確かに、喉が渇くものだ。
しかし、これはちょっと危険。夏ばてになりやすい。

なんで夏ばてになるのか?昔こんな話を聞いたことがある。
それは、おなかを冷やしすぎると、一夏かけて腸の中にいる善玉の細菌を殺してしまい、
そのため秋になると力が出ない、つまりは夏ばてになると言うのである。

人間の体の免疫構造は、いまから1万年前と変わらないという。つまり、一万年前の生活環境に適応して体ができているのだから、その時と大きな変化をさせてしまうと体の方がついて行かなくなると言うのだ。

試しに、一夏冷やしすぎないビール、スイカというように過ごしてみたら、食べ物そのものの味がするし、秋にはおなかの具合も良く、体が重いと言うこともなかった。

夏ばて気味の方はお勧めである。

2005/07/10

朝顔と共に起きる

日曜日だからと言って午前中だらだらと寝ると言うことはしないようにしている。
生活のリズムを崩してしまうと、直すのが難しいのでいつも通りにしている。
昔の私には考えられないが、今日も5時に起床。

お茶を飲み、テラスで朝の空気を吸う。
雨上がりでひんやりとしていて、緑の香りがする極上の朝の空気だ。

昨日買った朝顔が咲いている。
いいねえ。

                  ◆

朝風呂、食事の後、午前中は連載原稿を書き進める。8割方仕上がる。
んでもって、再びテラスで休憩をしたら、そのまま1時間ほど寝てしまった。
ま、二度寝も気持ちがよいものだ。

                  ◆

その後、実家に出かける。
父親の足の具合が良くないということで、ちょっと顔を出しに行く。
思ったよりも悪くなかったのでほっとしたが、久しぶりと言うこともあり
私の近況なども話す。ちょこっとした言葉の端っこに気遣ってくれているのが分かる。
ありがたいものだ。夢の実現に向けて、私もやるぞという気持ちになった。

昼ご飯を一緒に食べて、帰宅。
家では通信簿につける成績の最終確認をする。

ま、何回も確認して良いのであるが、
日曜日にやるってのは、やはり悲しいものがある。
今日は天気がいいからねえ。

                  ◆

今晩は活力を付けるために、ニラ餃子だ!
二年生の点検をやってしまうぞ。

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