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2005/09/10

どちらにしようかな

みなさんにお聞きしたいことがあります。

♪ どちらにしようかな。天の神様の言うとおり、

の後は、どんなフレーズが来るでしょうか。

私は東京の多摩地区で少年時代を過ごしましたが、

・ なのなのな

と続きます。

連れ合いは、

・ ちんどんかんどんアブラムシ

と言います。金沢あたりで言っていたと記憶しているそうです。

全国ではどんなんでしょうか?

2005/09/09

重陽の節句

本日、旧暦では八月七日であるが、九月九日。
重陽の節句である。

家の隣の公園からは秋の虫の鳴き声がものすごい。
いよいよ秋本番である。

今日は良いことがあった。
まだ言えないけど、良いことがあった。

嬉しくて、ここに書いておこう。
本日は重陽の節句である。

2005/09/08

予測では、7250冊

(いったい、人は一生の内に何冊ぐらいの本を読むことができるのであろうか)
私は、中学校二年生の時に考えた。

15歳から本格的に本を読み始めるとして、老眼などで読みにくくなることを考えて65歳まで読めると考えると50年間は読める。三日に一冊読んだとして、年間に約100冊。となると・・・・・・・、一生の内に読める本は5000冊!!

ガーンであった。
(世の中に星の数ほどの本があるというのに、5000冊しか読めないのか)
という思いであった。

しかし、私の読むスピードが速くなれば沢山読めるはずだ。中学校二年生の時にどのぐらい読めるのか確認しておこうと思って、私は挑戦してみた。私は一年間でいったい何冊読めるのかを確認してみた。文庫本だけを数えてみたら145冊だった。145年×50年だと、7250冊と言うことが分かった。

                   ◆

人生は有限(ゆうげん・限りがあること)であることを私は、中学校二年生の夏の入院で実感したのだが、7250冊という数字にもショックを受けた。これしか読めないなら、面白い本だけに出会いたいなあと思ったのだ。

どうしたら面白い本に出会えるのか。これはいろいろな方法がある。

・本好きの人に聞く
・図書館司書の人に聞く
・今年の○○賞のようなタイトルを取った本を読む

などである。しかし、一番良いのは自分の直観である。(ん、この本は面白そうだぞ)と直観が働いた本は、ほとんどの場合面白い。じゃあ、どうやったらこの直観を働かすことができるようになるのであろうか。

その答えは、濫読(らんどく・手当たり次第に本を読むこと)にある。手当たり次第に読み進めるうちに、自分に合った本が見つかるようになり、本屋に行って本棚を見つめるときに
「ねえねえ、私を読んでよ」
と本が語りかけてくれるようになるのである。これを直観というのである。

                   ◆

中学二年生の夏休みにちょっとした病で入院していた私は一ヶ月半、ベットで点滴を受け続けていた。外出もできず、することもないので本を読むしかない。本は好きだから良いのだが、寝たままでは辛かった。が、面白い本はそれも問題とは感じられなくするものであった。

病院の売店にあった『ムツゴロウの続博物誌』という文庫本が、まさに「読んで」と言っていたので読んでみたのだが、実に面白かった。そこで母親に「『ムツゴロウの青春期』っていう本があるみたいだから、買ってきて」と頼み、それからこのムツゴロウシリーズに私は嵌(はま)っていくことになったのだ。

『ムツゴロウの青春期』は、作者の畑正憲さんが中学校二年生のときに隣のクラスの学級委員であった純子さんと出会い、一緒に青春時代を駆け抜ける様を書き、『ムツゴロウの結婚期』は、その純子さんと結婚し、娘さんが生まれる辺りのことを書き、『ムツゴロウの少年期』、少年時代にムツゴロウ少年が満州で大自然の中で過ごしていたことを描いていた。
(いつかは、私もこんな風に人生を展開していくのかなあ)
と思って読んでいた。

                   ◆

決定的だったのは、私が大学五年生を決めたときの『ムツゴロウの放浪記』だった。私は大学に浪人して入り、四年のときに受験した教員採用試験では、ゼミ仲間30人のうち27人が合格するにもかかわらず私は落ち、書き上げた卒業論文も納得のいくものではなく、指導教授に「もう一年やらせてください」と言ったところ「池田君はそうだと思ったよ」と言われた。ひどく落ち込んでいるときに、この本に出会ったのだ。

ムツゴロウさんは、東大の大学院で動物のことを研究した。修士論文を書き上げ封筒に入れて提出さえすれば、大学院修了の資格が得られるところで、彼はその論文を郵送せずにそのまま山に入る。自殺を考えてのことだった。純子さんという彼女が居ても彼を止めることはできなかった。あることがあって自殺を踏みとどまって山を下りてきたのだが、それが『ムツゴロウの放浪記』に書かれていたのだ。

私は、一度も会ったことのないムツゴロウさんに
(池田君、いいんだよ。人生には色々なことがあるんだよ。やり直せばいいじゃないか)
とその本を通して言われた気がした。

                   ◆

君が中学生時代にどんな本に出会うか、それははっきり言って私にもよく分からない。そして、それが君の人生のどんな影響を与えてくれるのかも分からない。ただ、君が本に手を出し続けていなければ、この先どんな出会いも、ない。

本は、一回きりの私の人生に多くの人生を経験させてくれるし、私が辛い思いをしたときにも
(ああ、俺だけじゃないんだ)
という思いを抱かせてくれる。最近ますますこの思いを強くしている。

国語の授業では、図書室で君たちに呼びかけてくれる本を探す時間を作った。いい本に出会えますように。

君の人生を豊かにしてくれるいい本に出会えますように。

(国語科教科通信 「志学」 NO12より)

2005/09/07

学んだことをやってみよう

夏の授業づくりネットワーク大会でひげまるさんの講座に参加した。さすがの講座であった。

現在和田中学校では、学習発表会で行う主張スピーチの学年代表者を選ぶ時期に入っている。このひげまるさんの講座で学んだことを活かして子どもたちへの指導の質を高めている。

ここに、糸井さんが以前ブログで紹介していた階段への掲示方法を活用して、階段にひげまるさんの提唱する20のスキルを張り出した。子どもたちは
「先生、すごい」
「うける。これは覚える」
なんて言ってくれている。

kaidan


20のスキルを知識をとして身につけ、使えるようにトレーニングを重ねて社会に送り出してあげたいなあと思う。

ひげまるさん、糸井さん、ありがとうございます。

2005/09/06

集中豪雨のあとに

お陰様で、子どもたちの被害は最小限ですみました。経営しているお店が浸水してしまったところもありましたが、生命に直接関わる被害はなかったようでした。

7年前も杉並は都市型の集中豪雨で被害を受けJR中央線が止まると言うことがあったかと思います。都市で暖められた空気が上空で冷やされて雨を降らすのですが、ちょうど杉並あたりが降るところになっているようです。

私は一時間に63mmという雨に出会ったことがありますが、これはとんでもない雨でした。自動車を運転していたのですが、あまりの雨に恐怖を感じハザードランプを点けて路肩に停まろうとしたところ、すでに路肩にハザードランプを点けて停まっていた車に衝突しそうになったぐらいです。

今回の杉並の集中豪雨は一時間に100mmを越えていたとのこと。そのすごさは想像を絶します。(あ、そういえば、前回の杉並集中豪雨も100mmを越えていたなあ)

                  ◆

今日の授業では、時間を削って家を買うときの話をしてしまいました。

『諸君は、あと15年もすれば家を買う人も出てくるだろう。そのときに、注意することを二つ話しておく。まず家を買うときは、その土地の履歴を良く理解しておくことだ。市の図書館に行けば「災害地図」があるはずだ。そこには、過去の災害がきちんと記してある。土砂崩れ、堤防の決壊、地割れなどなど。これらを確認すること』

『次に、購入希望の土地、または借りたい家は雨が降っているときにも見に行くことだ。暮らすというのは、晴れているときだけではない。降った雨が自分の家に向かってくるようなところは避けた方が良い』

ちなみに私は、我が家を買うときにこの上記二つをやりました。だって、川の近くですから景色が良くても決壊してしまったら身も蓋も無いじゃあありませんか。ちなみに、我が家の下流の○○と××の場所は、過去に決壊した記録が残っていますが、そこにも家は建っています。うーむ。

ちょっと調べれば載っているのにねえ。

本日1000を越えそうですね

おはようございます。
さて、このままですと本日中にカウンターは1000を越えますね。
キリ番の方、お知らせ下さい。
コメントに書いてね。

2005/09/05

空中三回足叩き

日曜日は、杉並区の総合震災訓練があり地域の訓練に和田中学校も協力というかたちで参加した。

中学生は、震災のときには守られる側というよりは、助ける側に回ると言う発想である。地域の防災倉庫からポンプ車を出して放水訓練をし、隣にある病院に行って6回から患者を降ろす訓練をし、トイレを設営し、炊き出しをしてといろいろと挑戦してみた。

本番のときにどこまでできるかどうかは分からないが、実際に練習しておくことは大事だと思う。地域に一つのイメージができたことは意味があるはずだ。

             ◆

訓練が一段落したとき、三年生の男の子たちと雑談をしていた。
「空中にジャンプして、三回足をならす(叩く)ことはできた?」
という話になった。以前にも話をしていたのだが、これが結構難しいのだ。

訓練で疲れた体なんてものは、体力の固まりである中学生には意味が無い。彼らはどんどん挑戦する。ところが、これができないんだなあ。そこで、一つヒントを

「二回なら簡単にできるだろ? そのときどこで足を叩いている?」

実は、跳び上がるときに一回、降りるときに一回鳴らしているいるのだ。そして、三回目を降りながら叩こうとしてできないでいるのだ。

そこで、

「跳び上がるときに二回叩くようにしてごらん」

と話した。
理論が分かればすぐにできるというものでもない。が、ある生徒は数回練習したらできたのだ。たいしたものだ。

理論 → コーチ → 分かる → 練習 → できる

という美しいモデルがここに完成した訳である。

             ◆

本日は、代休。ゆったりと朝を寝ていて起きたら、記事を発見した。
訓練中から空模様が怪しかったのだが、その夜は集中豪雨が杉並にあったとのこと。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050904-00000115-yom-soci&kz=soci

記事を見る限りでは子どもたちのところには被害はなさそうだが。

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