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2005/09/24

いいから、とにかく流せ

9月14日の杉並区の集中豪雨の後日談が伝わってきている。
生徒の住んでいる家には大きな被害が出たという話は伝わっていないが、知り合いの先生二人は床上浸水という話を聞いた。

一人の先生は、去年まで和田中学校にいらっしゃった先生で、杉並区の緊急災害時の対応の悪さを朝日新聞の読者投稿欄に投書していた。確かにそのための行政であるからなあ。

                  ◆

私がすごいと思ったのは、神田川の水をためる地下遊水池の話である。
この遊水池は、環状七号線の地下に作られており、1時間に50mmの豪雨に対応して
急に増えた神田川の水位を下げるために作られている。

ではあるが、これがまだ建設の途中で完成しては居ないところに9月14日の豪雨となったのである。

この日の雨量は、一時間に100mmを越えるものであった。
遊水池の想定している水量の倍の水が神田川になだれ込んだわけである。

で、この問題を解決するための遊水池であるが、実はまだ完成していなかった。
工事の途中であった。が、この雨に際して責任者はこう言ったという。

「いいから、とにかく流せ」

と。

                  ◆

別に「プロジェクトX」ではないのだが、この状況でこの判断はすごいと思う。
作っている最中の遊水池には、さすがに人は居ないであろうが、工作機器や乾ききっていないコンクリートやらが転がっていたはずである。

これらがあることを分かりながら、現状の厳しさを判断し、プランとして工事中の湧水路に水を導いた判断は、最近の行政の判断として素晴らしいものだと思う。間違えていたら責任あるポストの位置を追われることになるであろう。

行政的に何もしないことが、訴訟対象になる時代ではあるが、こういう判断を出せる責任者がいたことを、私はすごいと思う。

もし、この判断がなかったら床上浸水は、もっとすごいことになっていたことであろう。

そんな行政的な判断は支度はないが、せざるを得なくなったときにできるような私でありたいとも思う。

2005/09/22

さあ、お習字をやりますぞ

mosho
書写の授業に入りました。二年生は漢字、三年生は漢字と平仮名をやる予定です。漢字のお手本は「蘇孝慈墓誌銘」(そこうじぼしめい)という中国の古典中の古典で、西暦603年の作品です。中学校の書写のお手本を書くような先生であれば、必ず学んでいる古典の作品です。

文字には、五つの基本の形があります。君たち流に言うと「フォント」というのが分かりやすいかもしれません。それは、楷書、行書、草書、篆書、隷書というものです。この「蘇孝慈墓誌銘」は、楷書というフォントができあがった時期にできあがった作品で、楷書を学ぶにはこれから始めるのが良いと思います。そういうわけで、このお手本の文字を学びます。

ちなみに、三年生の平仮名は西暦1120年頃成立した「関戸本 和漢朗詠集」(せきとぼん わかんろうえいしゅう)という本からの文字で、これまた書道の先生で学んだことのない人はいないという、本物の文字を学びます。

                  ◆

日本に限らず、アジア圏では字がうまい人は、「頭がいい人」「性格がいい人」と思われる傾向があります。字がうまい人は、うまくなるために一生懸命練習したのは事実で、本当に頭がいいかどうか分かりませんが、そう思ってくれるのですから、うまくなるに越した事はありません。

20年前はワープロが使える人が少なかったので、ワープロができると重宝(ちょうほう・大切にすること)されましたが、今は逆で筆が使える人が重宝されます。数の少ないところに価値が集まるのです。

さあ、しっかりとうまくなりましょう。

                  ◆

授業では、書道・書写を学ぶための三つの基本について、まず説明をしました。

君たちが社会に出てから使う筆は、小筆が中心になります。これで名前と住所が書ければ、結婚式、葬式、年賀状はばっちりです。小筆は、毛の全体を柔らかくしてしまうと書きにくくなります。筆先から2/3までを解(ほぐ)しましょう。

構え

小筆の持ち方は、1)親指の腹で筆の中心を押さえる。2)人差し指の第二関節にあてる。3)中指を下から添える。の三つのパートからなります。さらに、手首を反らして筆をまっすぐに立てること、手のひらの中にウズラの卵が入っている感覚で柔らかく持つことが大事です。
左手は、半紙の左下を軽く押さえるか、右手を載せる台にします。
書くときに姿勢は、両足をしっかりと床に着け、身体と机の間を握り拳一つ分あけ、背筋を伸ばします。こうすることで、書いている文字だけでなく、半紙にある文字全体に目を配ることができるようになります。

呼吸

スピーチの時の逆になります。スピーチの時は、「息を吐いて、吸って、止めて」話すと教えました。書写の時は、「吸って、吐いて、止めて」書きます。
字を書くときは、大きな力を必要としません。身体の余分な力を抜くために、「吸って、吐いて、止めて」書きます。

この三つが書道の基本です。

                  ◆

実際の練習では、お手本を写して書く「模書」(もしょ)という方法で学びます。日本ではあまり好まれていない方法ですが、中国では今も丁寧に扱われている練習方法です。

古人の美しい筆跡を、「ゆっくり」「丁寧(ていねい)に」なぞりながら、自分の身体にその筆跡を移し込んでいきましょう。

美しい文字が書けるようになりますように。

(教科通信「志学」 NO. 17 より)

2005/09/21

いやあ、難しい話ですねえ

本日の「よのなか」科は、人の身体をいじくるのはどこまで許せるのかというテーマで行われました。ピアスの是非、入れ墨の是非、人工中絶の是非、性転換の是非などを、簡単なディベート形式で考えていきました。

生徒の議論が終わってから、ゲストの養老孟司先生が10分間で今日のテーマを脳と絡めながらお話ししてくださいました。yourou


いやあ、実に面白いです。さすが養老先生。養老節といってもいいのかなあ。
スピーチのはじめは、
「いやあ、難しい話ですねえ」
と始まる。

東大医学部の脳科学の先生に、難しいと言われてしまってはこちらも唸るしかありません。
先生の話は、身体に加工を加えることはまあどうでもいいのだが、問題は受け取る側の問題であると言う話。

解剖学教室にある単眼児や双頭児の標本を何事もなく見ることができるようになるまでに、先生も10年掛かった。まあ、そういう人間を増やすのが良いのかどうなのかは分からないけど、見る側の問題であることは事実だと。

その双頭児の標本から話は進むのだが、

「双頭児の片方の子どもは普通の顔なのだが、もう片方は単眼児だという。そして、この双子の遺伝子は同じである。つまり、君たちもそうやって生まれてくる可能性があったんだな。ただ、日本の社会は出産や死ぬということ、周りと違うものを隠すという文化があるので、表に出てこないだけなんだな。君たちは、それを受け止められるかな。こういう話になるんだったら持ってくれば良かったなあ」

なんて話になる。

話は、睡眠とは何かを量子力学の話に展開しながら説明したり、そのつながりで
「だから覚醒剤は使っては行けないんだ」
とさらに展開していく。

でも私のこの説明では、このblogを読んでいる人には分からないだろうなあ。そのスリリングな展開は私の文章力では書けないので、許してくださいな。

やっぱり養老先生はすごかった。

2005/09/20

答え方を学ぼう

本日、期末考査の答案を採点し終えた。

採点の結果、君たちのテストの受け方で不十分だと思われる点が見つかったので、忘れない内に知らせておく。次回からは間違いの無いようにして貰いたい。

1) (   )は使わない

解答を書くときに、(   )を使って答える人がいる。例えば、説明する問題で、「どこに行くときですか?」という問があった場合、

「山にいくとき。(野原も)」

という答え方をしている人がいると言うことだ。これは駄目だ。なぜなら、この答え方は、答えを二つ書いていることになる。つまり、どちらか正しい方を採点者である先生に決めて貰うということになっているのだ。(   )を使って良いのは、心の中の気持ちを表す文章を書くときだけと理解するように。

2)句点をしっかりとつける

句読点という言い方がある。これは、句点の「。」と読点の「、」を表している。その句点をしっかりと書こう。文を書くときには、文末にしっかりとこの「。」をつける。
採点をしていて気が付いたのは、「。」の代わりに「、」や「.」を使っている人や、何も書かない人がいるということ。英語では、ピリオドをつけるのに、なぜ日本語ではつけないのだろうか。
こういう所は、急には直らない。日頃文章を書くときからしっかりと注意することである。

3)文末を合わせる

文や文章を書いて答えを求める記述式の問題では、質問に応じた答え方をしなければならない。ところが、これができていない。算数の問題で、

「10kgの荷物が5つありました。合計は何kgですか?」

という問題があった場合、「50m」という答えをする人はいないだろう。そして、50mと答えを書いて先生に×を貰ったところで、文句を言う人は居ないはずだ。しかし、国語だとその辺りが適当でも良いと思うのかもしれない。これは間違いである。

代表的な文末の形式を挙げておく。

  問 なぜですか? 理由を答えましょう。

      → 〜だから。〜なので。

  問 いつですか? どんな時ですか?

      → の時。

  問 どういう点ですか?

      → 〜点。

ということである。

                  ◆

人間は「悪い習慣はすぐに身に付くが、良い習慣はなかなか身に付かない」。だから、時間は掛かると思うが、少しずつでも身につけよう。

入試では、△という採点は無い。全て×になります。丁寧に答える習慣を身につけましょう。

(教科通信「志学」 NO. 16 より)

(ああ、私はやりきった)を体験してほしい

現在、期末考査の答案を採点している。

気づいたことを何点か書こう。
良かった点としては、半年間言い続けてきた成果が出たことだ。答案にある文字が濃くなってきた。中には、これだけ言っても薄い生徒もいるが、多くの諸君が濃く書くことを心がけてくれるようになったので、嬉しく思う。今後も続けて欲しい。

                   ◆

気になったところと言えば、「指定されたところの練習はするが、それ以外はやらない」という感じが見えることである。言い方を変えると、「やれと言われたところは、それなりにやる」が、そこから一歩、二歩と踏み込んでやることがないということだ。例えば、

「漢字のテストの試験範囲は21pから25pまで」

と指示を出せば、多くの諸君は「21pから25pまで」は練習をするであろう。しかし、残念ながら
(そうだ、前回の16pから20pも復習しておこう)
とか
(次次回の範囲まで予習してしまおう)
というような勉強をしている人は、ほとんどいないのではないかと感じたのである。

                   ◆

いや、漢字の練習のことだけを言いたいのではない。漢字でなくてもいいのだ。私が言いたいのは、与えられた世界の次に進む学習が君たちにあるかどうか、自分が納得するまで突き進む勉強をしたことがあるかどうが心配なのである。

私の場合はたまたま漢字の練習や書道の練習であったが、それは英語でも良いし、美術でも言い。いや、剣道の素振りでも良いし、テニスのサーブでも良い。

(ああ、私はやりきった)

と思える勉強をしたことがあるかということなのだ。そこまでやった勉強は、もう勉強という呼び名を越えて「学び」と呼ばれるものに変わっている可能性がある。自分がやりたくてやって、それでいて今まで知らないものを身につけ、できなかったことができるようになり、他の人よりも秀でているという状態を作り出すのが学びである。

                   ◆

四月に勉強をしていくと、ある日突然分かるようになることがあるという話をした。「湯舟の法則」だ。この湯舟の法則は
(ああ、分かった)
と思う瞬間はなかなかやってこないが、できれば和田中学校の三年間の学習の中で一回ぐらいはこの瞬間を迎えて欲しい。

そして、この瞬間に立ち会うためには、

(ああ、私はやりきった)

という努力を積み重ねることが大事なのである。

                  ◆

できれば、中学校時代に(ああ、私はやりきった)から、(ああ、分かった)への体験をして欲しいなあと思うのだよ。

それは、これから先、君がいろいろな問題にぶつかって解決を目指そうとするとき、この経験が生きてくるんだなあ。

やりきる経験をしてほしい。

(教科通信「志学」 NO. 15 より)

2005/09/19

連休の終わりに

さあやるぞと決めて、朝から原稿の仕上げと採点。

この秋に急遽出版することが決まった本があるので、その原稿を仕上げたのだ。今まで雑誌などに発表していた原稿をまとめて、出すことになる。国語関係の本ではなくて生徒指導関係の本になる。乞うご期待。

採点もなんとか午前中に終わりました。はあ。
私の採点が細かいとは思わないが、時間がかかる。筑田さんは、採点は愛用の万年筆を使えるのでまったく苦にならないとのことだが、私はそこまで達観しきれないなあf(^^;。

            ◆

振り返ってみればこの三日間どこにも行っていないことに気づき、ちょっと悲しくなる。そこで、久しぶりに釣りに行こうと決意。釣具屋に行って釣り具を調達しようとしたら道に迷ってしまい、時間をロスしてしまった。

だが、30分ほどなら連れると思い決行。
久しぶりの鯉釣りではあったが、50cm程度のを一匹釣り上げました。
うむうむ。

            ◆

気持ちの良いまま、風呂に行く。
今日は敬老の日という事で、多摩市では市民に無料でお風呂を開放している。
ラベンダー湯につかりながら、連休の名残を過ごす。

夕ご飯は、外で。
もう、生牡蠣が出て居るんだなあ。
松茸の土瓶蒸しもあるぞ。

ちょこっと秋を愉しむ。
そんな一日でした。

2005/09/18

初恋を偲ぶ夜

奥さんと二人で河原に出かけていった。
折り畳みテーブルを持参し、
ビールにおつまみも一緒に。
さっき写真を撮った場所とほぼ同じ場所に。

fullmoon

仲秋の名月と言えば、この詩である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

逸題  井伏鱒二

けふは仲秋明月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあはせ
よしの屋で独り酒をのむ

春さん 蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿

ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ
われら先ず腰かけに坐りなほし
静かに酒をつぐ
枝豆から湯気が立つ

けふは仲秋明月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあはせ
よしの屋で独り酒をのむ

引用終了 ーーーーーーーーーー

私が毎年呟くものだから、奥さんもしっかり覚えていた。
ビールのつまみで、タコのぶつ切りの入ったトマトサラダを買ってきたら、
「この詩に合わせてでしょ」
と鋭い指摘をしていた。さすが、奥さんである。

私が担当した生徒には、必ず紹介している詩であるが、今年はしていないなあ。
残念ながら授業に余裕がないのだなあ。
まあ、教科通信で紹介しようか。

秋の佳き夜に。

仲秋の名月

本日仲秋の名月。
月のでは6時ちょっと前。
さあ、これから河原に出かけていこう。

事前に河原をチェックしたところでは、川の水は非常に綺麗で
青空を川に映している。
blueriver


近くの土手からススキもゲットしたし、ゆったりと月見である。

体を休める

久しぶりの三連休である。
と言っても、全国教室ディベート連盟の常任理事会に期末考査の採点、さらには原稿執筆ということで何処かに行くこともなく過ぎ去っていくのであるが、それでも体を休めてゆったりとできるのは嬉しい。

体を休めるときには寝るのが一番だが、この夏手に入れたハンモックをベランダに広げて、そこに寝転がるのが今のお気に入りである。そこで、寝たり読んだりしている。

私は授業のあるときは、仕事に関する本を読み、仕事がないときには、楽しみの本を読むようにしているのだが、今年は授業が始まったのにまだ楽しみの本を読んでいる。先日読み終わったのは岡嶋二人の『99%の誘拐』。1988年の作品だがスピード感があってとても良かった。さらに、漫画ではあるが吾妻ひでおの『失踪日記』。失踪に憧れるってあるんだよなあ。

さて、始めますか。

sorakakami

写真は、和田中学校の窓から見た秋の空と、窓に映った秋の空です。

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