« 2005年9月18日 - 2005年9月24日 | トップページ | 2005年10月2日 - 2005年10月8日 »

2005/09/30

わくわく授業の再放送があります

急なんですが、再放送が決定したとの連絡がNHKからありました。実際は4回目の放送ですが。
ディベートの方です。

引用開始 ーーーーーーーーーー

「わくわく授業〜わたしの教え方〜」のお知らせです。
10月2日(日)の放送は、
「ディベートで伸ばそう“話す力”“聞く力”〜池田修先生の国語〜」です。
平成16年7月29日の再放送です。
中学2年生の国語です。

本放送:10月2日(日)午前7:40〜8:05NHK教育テレビ
再放送:10月9日(日)午前0:40〜1:05NHK教育テレビ

引用終了 ーーーーーーーーーー

ということです。
良かったらご覧下さい。
そして、ご感想をこのコメントに下さいね。

刺激的な一日

一昨日は刺激的な一日であった。

「よのなか」科のゲストは、女装家の三橋順子さん。女性でなく、ニューハーフでもなく、女装家である。その「彼女」を中心として、差異と差お別の話をマイノリティーとメジャーの話の中に織り込んでいくものであった。

子どもたちは、この「女装家」というタームに敏感になれないようであったので、
『あなた、あなたです。あなたは、女装していますか?』
とセーラー服を着ている女子に聞いてみた。

女装という言葉は、女性が服装で女ぽくしているときには言わない。男性がしているときにに言われる言葉だ。具体のインパクトが冷静な判断力を失って、思っても見たこと無い思考を導く。子どもたちは、考え込む。

その考え込んだ子どもたちを残しつつ、マイノリティーが先入観をモトにした差別につながることの恐ろしさや、マイノリティーが生きていくことの辛さと優位さの話などがあった。

                  ◆

私は、先入観が悪いとは思っていない。先入観とは学習の成果であることも多いからである。問題は、その先入観にとらわれることだと思っている。もし、今自分が思っているお琴に対して違和感を抱くのであれば、

「これでいいんですよね?」
と聞けばいいし、事実が違った場合は
「そうか、事実は違うんだ」
と受け入れれば良いだけのことである。

用事があった校長室に三橋さんがまだいらっしゃったのでこの点を確認したらその通りであった。良かった。

                  ◆

この授業を参観して貰っていたのが、藤川大祐さんである。本日は校内研修会の日でもある。その講師をお願いしてあるのだ。藤川さんは私が紹介するまでもなくすごい人である。一言で言えば、「日本で一番多くの教育現場に出向いている若手授業研究者」ということであろう。授業づくりが研究領域で、教科は問わない。そんな彼に今年の和田中学校の校内研究の講師をお願いしたのである。そして「よのなか」科の授業を見て貰ったのである。

このコメントがまた良い。刺激的である。「よのなか」科の授業の構成が具体と抽象のバランスが良いことを指摘した上で、そこで扱われている事例には偏りがあるのではないかと指摘していた。今後のワークシート作成に参考になる。

                  ◆

その後、わたしは事務作業に突入。午後の研修の資料の印刷や、杉並区の図書館が主催する調べ学習コンテストの出品準備の名簿と名票づくりである。パワーポイントで貰った資料が、マックで開くとずれてしまうのでもう一度ウインドウズで開いて、なんてことをやていたらお昼になってしまった。

お昼は、なんと残られていた三橋さんと藤川さんと、ATのTさんの四人で食べることになった。ここでの話しも面白かった。いろいろと話が飛び交うのだが、藤川さんの研究領域である「歌謡曲の教育学」の話になったときに、三橋さんが「面白いわ」と歌詞に歌われる人称代名詞の変遷の下りに感心していた。

そこに和田中学校のテニス部のコーチであり、ミュージシャン深田さんが登場。5時間目の選択音楽の授業の講師をされている。先ほどの音楽つながりで藤川さんを紹介。そして、録音技術の変遷やなんやらの話で盛り上がる。藤川さんはそのまま5時間目の選択音楽の授業に参加してしまった。

私は研修の最後の準備をしつつ、同時進行で本日行われている東京ガスによる理科の出前授業の写真取りもした。そして、今日杉並区の教育研究所に出勤してきている、この研究の協力者である山口さんに電話して研修会に参加して貰うことをお願いする。

                  ◆

さあ、研修会である。夏学期末の事務処理の時間を割いて行う研修会であるので、時間は研修会にとっても事務にとっても大切である。

私にとっては、あっという間の一時間であった。現状の子供たちが置かれている実体を説明し、総合的な学習の時間をキャリア教育の時間と定義し直し、これを身につけるための方略と実践例を提示してお話をしてくれた。今書いている吾著書の中に収録される新たな提案も、示してくれた。面白かったなあ。

藤川さんは、18:00から千葉大学で会議があると言うことなので、研修会終了後休む間もなくお帰りになる。ありがとうございました。

                  ◆

その後、私は杉並区の図書館に調べ学習コンテストの、生徒作品を提出に向かう。何点かは入賞してくれよ。

で、研修後のクールダウンを一人でやろうかと思ったのだが、山口さんも久しぶりに飲みたいという気持ちになっているというので、高円寺に向かう。焼き鳥を食べながら今日の研修会を振り返り、近況を語りあい、論文の構想をつっつきあったりと、非常に楽しい時間を過ごした。

あまりにも楽しくて、例によって寝過ごしてしまい、気が付いたら北野の駅であった。上りの電車がギリギリあったので、良かったあ。

刺激的な一日であった。

本日修学旅行 その2

今日はこれから修学旅行その2に出かけます。
7時10分に学校に集合して、新潟県の魚沼までバスで向かいます。
春に植えた稲を刈り取るためです。

バスの中では読書となりますねえ。
行ってきます。

2005/09/27

それを言うなら

職員室前の廊下で。

「ねえ、先生。あたし大変なんだから」
いつも大変なJが話しかけてくる。
『ほうほう、何が大変なのかね』
「あのね、私の目を見て」
『ん? いつもどおり変な顔だが』
「そうじゃないの。目が痛かったので目医者に行ってきたの。そしたら、目薬を差されたの」
『ほう』
「それでね、右目の○○が開きっぱなしになっているでしょ」
『はあ?』
「だから、右目の○○が開きっぱなしになっているでしょ」
『おい、嫁入り前の娘がそんなことを大きな声で話すんではないぞ』
「え? だって右目の○○が開きっぱなしになっているんだよ」


『なあ、J。それを言うなら瞳孔だろ。膀胱なんていうなよf(^^;。』
実話だからすごい。

息を抜かずにリラックスする技術

一枚目の模書が終わったところである。

さて諸君、こんなに時間を掛けて書くとは思ってもいなかったろう。いまはこんなにも紙が氾濫(はんらん・ひろがり、はびこること)している世の中だが、1000年前、中国の後漢の時代に発明されたときには、言うまでもなくとても貴重なものであった。その貴重な紙に自分の思いや考えを書き表したわけである。丁寧に書くのが当然であった。

授業では、私が筆を持って書いている様子も見て貰ったが、筆を持って30年になる私であってもあのぐらいのスピードである。あの小文字なら、一文字30秒掛けて書く程度だと思っていれば、まあ良いだろう。

                  ◆

お習字の学習では、


 1)「姿勢」「筆の持ち方」「呼吸」の三つが安定した上で、「字の形」「筆の運び方」を理解して 書きます。
 2)その上で、「ゆっくりと、多くの枚数」を書くことで「字の形」「筆の運び方」を自分の身体に 染みこませていきます。


四月の段階で「学習」とは何かを説明したが、まさに1)が「学」で、2)が「習」だということが分かるだろう。しかし授業では、残念ながら時間が限られているので、1)はできても、2)を十分に行うことが難しい。
そこで、2)の部分を宿題にするわけだ。もちろん、上手くなりたい人は申し出てくれば、余分に半紙を上げるぞ。字を書く技術を身につけてください。

                  ◆

話はちょっと変わるが、私は一昨年修士論文を書いているときに、こんなことをしていた。午前中、午後、夜と一日最低9時間はワープロに向かうのだが、息抜きもしないと体がもたないわけだ。なにせ、この生活を2ヶ月半続けていたので。

ところがここが難しい。休憩で息を抜いてしまうと、再び息を入れるのに時間が掛かる。そこで、息を抜かずにリラックスする方法が求められたのだ。

私がやった三つの方法の内、二つは諸君に紹介できる。一つ目は、違う文章をワープロで書くという方法だ。頭の中が切り替わる。

もう一つは、このお習字だ。模書は集中しなければ行うことはできない。しかし、呼吸を整えて行うため、思った以上にリラックスできるものでもある。

美しい字に自分の身体を預けて模書することで、集中しながらリラックスすることができ、字もうまくなる。              

                  ◆

三年生は、これからの残り少ない受験勉強の時間を有効に活用する必要がある。ちょっと勉強して、
「あー、疲れた。休憩、休憩」
とこれを繰り返していては、休憩ばかりが積み重なってしまう。仮に、勉強の時間が積み重なっていても、本当に息を抜いてしまうと、次に集中することが難しいということを理解してほしい。

お習字で、集中したリラックスと、字を上手くするという一石二鳥というのも良いものだよ。

                  ◆

それから、今年の「書評座談会」に興味のある生徒は、I先生か私の所に申し出てるように。

課題図書が届いているぞ。

(教科通信「志学」 NO. 18 より)

2005/09/26

動き出した

先ほど、嬉しい電話があった。
これで少し本格的に動き出した。
何のことかは、まだ言えない。
でも、動き出したんだなあ。
よーし。

今の気持ちを軽くメモしておく。

三つのゴロウ

歌謡曲を意識し始めた頃に聞いていたのが野口五郎に沢田研二あたりだったなあ。「私鉄沿線」に「時の過ぎゆくままに」。低音が歌えなかったのだから、まだ声変わりの前でしたね。

グラビア雑誌で言えば、「GORO」がインパクトがあったな。毎回表紙に出てくる女の子達はかわいかったな。

で、私にとってさらにインパクトのあったものは、『万歳ハイウエイ』である。コミックモーニングに連載されていた漫画だが、80年代の良いムードが漂ってくる私の大好きな作品であった。この漫画の主人公がゴローさん。モトショップの脳天気な店長さんである。

ここで描かれるバイクの世界がとっても好きだった。私が当時乗っていたYAMAHA「SRX-4」というバイクも登場してきたが、この巻はモチーフとしてビートルズの「Let it be」が使われていて感動しっまくっていました。

その『万歳ハイウエイ』に出てくる店は「Motoshop 五郎」というのだが、実はこの漫画から実際に「Motoshop 五郎」という店ができたのである。そして、その店が私の通勤経路にあるのだ。縁のある土地なんだろうなあ。バスの窓越しに一枚パシリである。

goro


毎朝シャッターに書かれているこの「Motoshop 五郎」の文字を見ると、「SRX-4」にまたがって第三京浜を訳も分からずに嬉しそうに走っていたあのころの私を思いだして、ちょっと元気が出るのだ。

もう一度バイクに乗りたいなあ。

2005/09/25

「子どものために」というフレーズ

23日の学校公開日のあと、ちょっと飲むことがあり帰宅が遅くなったのだが、駅で電車を降りると昔の教え子とばったり。そりゃあ、飲みに行くでしょう。久しぶりにカラオケなんかもしてしまって、飲み過ぎたかなあ。

                   ◆

最近つくづく思うのは、「子どものために」というフレーズの難しさだ。
学校にはいろいろな立場で子どもを見る人がいる。ざっと見ても教師、事務、用務、ボランティア、PTA、保護者、地域といる。教師だって、担任、副担任、教科担任、管理職、養護教諭といる。子どものためと思っていることが、それぞれで違っていることもあるはずだ。

で、私が子どものころであったら、大人の「子どものため」なんて言葉には、嫌気が差していただろうとも思う。なんとなく感じる「子どものため」には、うれしさを感じたが正面からそれを言われると、(なんだかなー)と思って引いてしまっていた。今の子どもにも居るんじゃないかと思う。

とくに今、「子どものため」にというフレーズが強く聞こえるようになっていると思うのだが、そうであればあるほど、子どもは引くんじゃないかなあと思う。「子どものため」と言いながら、自分の自己実現ため、私を見て症候群の人の活動の場としての利用、その他にも自分の利益を得るために子どもを利用している人たちを、私が子どもの頃にも見てきたからなあ。

「子どもに勉強しろ、というのではなく、子どもに勉強する姿を見せる」これが、最大の指導方法である何て言い方もある。そうだとすれば、子どものために何かをする、というのではなく自分を高めるためとか、世界を良くするために自分の仕事をするの方が良いのかもしれない。

                   ◆

へそ曲がりの私は、「子どものために」というフレーズを聞く度に、軽く半歩下がって進もうと思ってしまいます。

« 2005年9月18日 - 2005年9月24日 | トップページ | 2005年10月2日 - 2005年10月8日 »