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2005/11/12

Tiger

仕事が一段落するのを待ってからと思っていたのだが、これがなかなかそうはいかないので、ちょっとしたきっかけを得て、Tigerにバージョンアップした。それも二台同時に。一台はG3ibook。もう一台はG4ibookである。

今のところ小さな問題だけで、大きな問題はない。
ヴァージョンアップは神経を使うけど、今回のはまあ楽だったなあ。

現在のメインマシーンはG4ibookで、もう2年ぐらいになる。バッテリーが少しへたって来たけど、至って元気。さて、今日も原稿書きに活躍して貰おう。

2005/11/10

「お帰りなさい、おやすみなさい」の謎を考える

私は国語の教師であるが、当然、日本語のすべてを理解している訳ではない。
(ん? なんでこれはこんな言い方をするの?)
と疑問に思う言葉が、いまでもある。

今、疑問に思っているのは、「お帰りなさい、おやすみなさい」である。小さい頃の君は、一日の仕事が終わって家に帰ってくるお父さんに、
「お帰りなさい!」
と言って玄関まで迎えただろう。そしてお風呂に入って歯を磨いて、寝るときに
「おやすみなさい」
と言って寝ただろう。

何がおかしいのだ。どこもおかしくない。子どもとはそういうものだし、そういう言い方をしなければ親に怒られたであろう。

しかし、君たちは文法を学んだ。そうだ、活用形の種類だ。「未然形、連用形、終止形、連体形、仮定形、命令形」のあれである。これを知っている諸君は、おかしいと思うであろう。
(「おやすみなさい、お帰りなさい」は、なんで命令形なのだろう?)
と。

もし、命令形ならばこれらの意味は、「早く寝ろ」「帰れよ」の意味になるはずである。しかし、そうではない。この言葉は自分から相手に挨拶として言う言葉であり、相手に命令している内容ではない。しかし、形は命令形である。

そんな話を三年生の授業でしたら
「先生、『ごめんなさい』も、そうじゃありませんか」
と言う。さすが三年生、鋭い。

さて、これはいったいどうしてなのだろうか。

                  ◆

私は今までにも、このような言葉の問題に挑戦してきた。
例えば、「嘘付け」であり「負けず嫌い」である。嘘をついた相手に、「嘘なんか言うなよ」の意味で「嘘付け!」と命令し、「負けるのが嫌いな性格」の生徒に「負けず(負けない)+嫌い=負け(引き分け)好き」という言い方をしているのはなぜなのかと考えてきた。

私は国語の教師なので、こういうことを考えるのが好きなのかもしれないが、なんでかなあと考えてきた。それで本を読んだり、人に聞いたりして答えを「考えて」きた。

ところがである。今は、
(うーん、わからないなあ。そうだ、インターネットで調べよう)
と簡単に調べることができてしまう。私はこれは問題ではないかと考えている。簡単に答え(らしきもの)が出てしまうのは問題ではないかと思うのだ。

インターネットが無かった時代は、自分であーでもない、こーでもないと考え、それで図書館までわざわざ足を運んで調べ、人に頭を下げて教えを乞い、答えを求めた。が、今は簡単すぎるのだ。考えるステップを踏まないで答え(らしきもの)にたどり着いてしまうのだ。考えないことになっているのではないかと思うのだ。

また、話はチョッッとずれるが、よくわからない状態は、人間は不安になるので知ろうとするのだ。が、君たちがこれから出会う問題は、簡単に解決できない問題も多い。そのときに、「今は解けないけど、わからない状態のままでいよう」と問題を抱えていられる強さを育てるのも、君たちには大きな課題だと思うのよ。

                  ◆

三年生の授業では
「『嘘付け』というのは、『嘘つき』がなまったものではないでしょうか?」
という発言があった。これはとても良い発言である。私が調べた範囲では、これは正解ではない。しかし、○○かもしれないと仮説を立てることができるというのは、ものすごく良い。考えるための、調べるためのきっかけができるからだ。

これからの時代は、知識があっても、調べ方を知っていても賢い人とはならないだろう。(あれ? 何か変だぞ)(ひょっとしたらこうかな?)
と思える事がとても大事です。

ちょっと格好いい言葉を使えば、これは「問題発見能力」であり、「課題設定能力」なのであります。

興味があったら、「お帰りなさい」「おやすみなさい」を考え続けてみて下さい。

(教科通信「志学」 NO. 33 より)

2005/11/07

自己PRカードの書き方 進路学習補助資料

都立高校を受検する諸君は、この「自己PRカード」というものを書かなければならない。この「自己PRカード」は、受検書類の中で唯一学校長の判子がいらないものである。つまり、あなたとあなたの保護者が、書類を書くことに責任があるのだ。これは、(注意)にも書いてあるように、「志願者が黒のボールペンで記入する。」のである。

「自己PRカード」に書かなければならない内容は、以下の文言である。

私が貴校の(全日制課程、定時制課程、通信制課程)を受検するにあたり、入学を希望する理由と中学校での活動で特にPRしたいことは、次のとおりです。

1 入学を希望する理由(この学校に入学したい理由と入学してから自分がしたいと思うことなどについて記入しましょう)
2 選択教科や総合的な学習の時間について(第3学年の学習活動の中で、自分が特にPRしたいことを具体的に記入しましょう)
3 諸活動の状況及び実績について(3年間の中学校生活の中で、学級活動、生徒会活動、学校行事、部活動、ボランティア活動、資格・検定等の取得、その他の活動のうちから、自分が特にPRしたいことを具体的に記入しましょう)

さて、何を書けばいいのだろうか?

                  ◆

私たちが口を酸っぱくして言ってきたことは、「きちんとやって結果を残していきましょう」ということであった。「自己PRカード」を書くために言っていたわけではないが、ほとんどの諸君が都立高校の進学を考えることになるだろうし、書くなら書く内容がなければ書けないからである。

ということは、何もやってこれなかった人には厳しいカードだということが分かる。しかし、この「きちんとやって結果を残していきましょう」ということが実感としてわかるのは、
(ああ、私は何もやっていなかった)
と分かる頃なのだから始末が悪い。

果たして、もう駄目なのか。いや、違う。あきらめるな。方法は、二つある。

                  ◆

一つ目。今から「きちんとやって結果を残す」である。大丈夫、まだ時間はある。必死になったときの人間は強い。一つで良い。小さくても良いので、いや小さい方が良い。君にしかできない何かを、きちんとやって結果を残すのだ。書くに値する事実を残すのだ。

やってきた→ この高校に行く → もっとやれる

という流れを作るのだ。

二つ目。やれなかったことを分析するである。あなたはやれなかったのだ。何がやれなかったのか分析するべきである。そして、やりきれなかったことが分かれば、次に生かせるのだ。

やれなかった。→ この高校なら → 今度はやれる

という流れを作るのだ。

                  ◆

二つの方法を行う場合、どちらにも必要なことがある。それは、「なぜあなたはこの高校なのか」という点である。そこで重要なのが東京都教育委員会が出している「本校の期待する生徒の姿」である。ここには、高校側が来てもらいたい生徒の姿が描かれている。たとえば、富士高校では、

本校の特色は、「日々の学習」と「特別活動(部活動・学校行事など)との両立にある。どちらの活動においても、伝統ある進学校にふさわしい、より高い成果が得られることを目標とする。以下の項目について中学で成果をあげ、入学後も引き続き努力できる生徒を期待する。なお、文化・スポーツ等特別推薦を実施する

として、以下に具体的に6つ書かれている。

この中の何か一つが、あなたの「やってきたこと」または「やれなかったこと」とつながるとき、あなたはその学校に必要な人物となるでしょうし、自分を発揮できる学校を見つけることができるのではないかと考えている。つまり、「自分と高校のリンク」を探すことが大事なのだ。

                  ◆

念のため、一つだけ禁句(きんく)を紹介しておきましょう。禁句、つまり書いてはいけない言葉は

「がんばりました」

です。

なぜかというと、この言葉は君が書く言葉ではなく、試験官が呟(つぶや)く言葉なのです。
君が「クラブを頑張りました」と書いてあっても、試験官はなにがなんだか分かりません。ですが、

「演劇部の部員として、一日30分ずつ週に5〜6日間、中学校3年間欠かさずに発声練習をしてきました。」

と何をしてきたのか具体的に書いてあれば、試験官は君の書いた自己PRカードを読んで、

「この生徒は頑張ったんだねえ」

と呟いてくれるのです。「頑張りました」は、君が書く言葉ではなく、試験官が呟く言葉というのは、そう言う意味です。

三年生は、今日から面談。午後、『面接ガイド』も参考に、内容を少し考えておこう。

(教科通信「志学」 NO. 32 より)

名文を暗記するぞ

二年生は、『平家物語』の那須与一を暗記する。今年度のNHK大河ドラマの『義経』を見ている人にとっては、良く分かる話であろう。以下の部分である。


ころは二月十八日の酉の刻ばかりのことなるに、をりふし北風激しくて、磯打つ波も高かりけり。舟は揺り上げ揺りすゑ漂へば、扇もくしに定まらずひらめいたり。沖には平家、舟をいちめんに並べて見物す。陸には源氏、くつばみを並べてこれを見る。いづれもいづれも、晴れならずといふことぞなき。

 与一、目をふさいで、

「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくはあの扇の真ん中射させてたばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に再び面を向かふべからず。いま一度本国へ迎へんとおぼしめさば、この矢はづさせたまふな。」

と、心のうちに祈念して、目を見開いたれば、風も少し吹き弱り、扇も射よげにぞなつたりける。

 与一、かぶらを取つてつがひ、よつ引いてひやうど放つ。小兵といふぢう、十二束三伏、弓は強し、浦響くほど長鳴りして、あやまたず扇のかなめぎは一寸ばかりおいて、ひいふつとぞ射切つたる。かぶらは海へ入りければ、扇は空へぞ上がりける。しばしは虚空にひらめきけるが、春風に、一もみ二もみもまれて、海へさつとぞ散つたりける。

 夕日の輝いたるに、皆紅の扇の日出したるが、白波の上に漂ひ、浮きぬ沈みぬ揺られければ、沖には平家、舟ばたをたたいて感じたり。陸には源氏、えびらをたたいてどよめきけり。


553字である。今の三年生も去年暗記したところだ。

『平家物語』は、鎌倉時代に文字を読むことのできなかった庶民に、琵琶法師達が語って聞かせた物語である。ここでのポイントは、「語って聞かせる」である。文字を読むことのできなかった庶民でも、文学に触れることができたのである。そして、語り続ける作品であったことが、この作品を鍛え上げてきたのである。

二年生の諸君は、授業で私と一緒に声を出して5回ぐらいは読んでいる。(ま、私は二クラス教えているので君たちの倍読んでいることになるが)もうそろそろ古文の言葉の音が身体に入ってきていることだろう。

こんな少ない回数で身体に入ってくるのは、多くの琵琶法師達が語り続けることで磨かれた文章であるからと言える。言いにくいフレーズは言いやすいフレーズに置き換えられ、覚えやすい決めのせりふが作られ、育てられたのであろう。その文章を覚える。

覚え方として、お勧めなのはペアを作って行うことである。二つやり方がある。


【方法1】

例えば、Aさんが「ころは二月」と言ったらBさんが「十八日の酉の刻ばかりのことなるに、をりふし北風激しくて、・・・」と続けて読むのである。

Bさん役は、「磯打つ波も高かりけり。」と「ころは二月」から始まる一文の最後までを読む。読み終わったら「舟は」とAさんに出題する。これを繰り返す。

【方法2】

Aさんが「ころは二月」と言ったらBさんが「十八日の酉の刻ばかりのことなるに、をりふし北風激しくて、磯打つ波も高かりけり。舟は・・・」と、言える限り続けて読むのである。

で、Bさんが「・・・扇もくしに定まらずひらめいたり。えーと」とつっかえたらそこでストップ。Bさんは、「沖には平家」と出題します。これを受けてAさんが続きを読みます。そして、これを繰り返す。


方法2は、つっかえた数の少ない方が勝ちのゲームにすることもできる。

ポイントは、声に出して読むことだ。800年の時間の流れを感じつつ、覚えるまで読み続けよう。

三年生も思い出しておこう。

(教科通信「志学」 NO. 31 より)

2005/11/06

うれしいねえ。

今年4人目の連絡である。
私の教え子が3人、関係者が1人である。
そう、教員採用試験の合格者である。

東京都中高校社会科1人
東京都小学校全科1人
東京都中高校国語1人(補欠)
千葉県中高校国語1人

ということである。
みんな優秀だなあ、この時代に合格するなんて。
教え子に恵まれる私である。

それから、こんな記事も見つけた。

http://www.sanspo.com/sports/athletics/ekiden/2005/1022yosen.html

正月三日の我が家の卒業生の日が楽しみだ。
中央大学、東海大学の卒業生が遊びに来る。私も母校を応援しよう。

分かってしまえば何でもないが

コンピュータの設定で週末をつぶすところであった。
マックそのものは問題がないのだが、インターネットに関わると
途端にわからなくなる。

私のマシーンの他に、奥さんのマシーンを用意し、そこにniftyの家族メールを設定することになったのだが、これがなかなか分からなかった。

かつて私が修士論文を書いたマシーンを奥さんに渡して、そのマシーンを奥さん専用にするのだが、
設定に難儀した。分かってみれば何でもないのだが、難儀した。

何に困ったかと言えば、

・ ブロバイダーとの契約関係と、コンピュータでの設定が同じなのかずれるのか。

分かってしまえば何でもないのだが、使っている養護も同じなので混乱した。

私が契約しているのだから、インターネットへの設定は、私のIDとパスワードで接続し、その後、メーラーには奥さんのIDとパスワードで設定するのが正しいのだが、それをせずに混乱していた。最初から奥さんのIDとパスワードで設定していて、できないでいたのだ。

しかし、これは私だけが悪いのかなとも思う。
コンピュータの設定の全体図というか、関係図というか、そういうのが分かれば何も問題なくできるのに、それが分からないような状態になっているのが問題である。

niftyの家族メールを契約する画面に、これらのことをまとめた概念図やフローチャートをリンクして置けば設定の混乱はずいぶん違うはずだ。

ま、奥さんのマシーンは、最先端のTigerにすることができたので、良かったけど。

さて、次は論文書きだ。これからが私の週末だ。

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