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2005/12/23

空は青く、日向ではポカポカの一日であった。

日本中大雪だとのニュースが、がんがん流れている。
が、東京に住まいする私には今ひとつぴんと来るものがない。
空は青く、日向ではポカポカの一日であった。

終業式を終え、この休み中は一日だけ日直に行くだけで、あとは全て休暇を取った。この休みはのんびりするつもりだ。今日はその初日だけにのんびりを続けた。

朝は相変わらず6時前に起きるのだが、朝ご飯を取ってからの二度寝をした。身体が寝るのを求めているのが分かるなあ。

お昼過ぎに起きて、昼ご飯を食べに「きがら」に出向く。平日のランチタイムは、大盛りにしても値段は同じなので、そのつもりで頼んだら、本日は祭日であることが判明。まったくもう曜日の感覚がなくなっている。

今日の「きがら」のラーメンはちょっと味が薄かったかな。それとも私の身体が疲れているので、濃い味を求めているのかな。

食事後、土手を軽く自転車で流す。
心地よい日差しを受ける。

自宅に戻って、貯めてしまったメールに返事を書く。
そこに、なんと父親からインターネット開通のメールが届く。
長島と同じ年の父からのメールは、なかなか味わい深いものがある。
既に私のHPも見たとのこと。うむ。

夜は、「ゴチバトル」を見た後、テレビを消してロウソクの灯り、クリスマスツリーの灯り、ランタンの灯りなどを楽しむ。こういうときは、アルコールの度数の高いお酒と、ゆったりとしたジャズがいいですねえ。ジンとitunesの中にあるいくつかの曲をシャッフルしながら、のんびりというか、ダラーッと一日を過ごしました。

明日はクリスマスイブ。奥さんは、明日のメニューを今から考えています。
うれしいねえ。
おやすみなさい。
世界が平和になりますように。

『グレンミラー物語』

最初に聴いたジャズは、たぶん、グレンミラーだと思う。
小学校の4,5年の頃に、我が家に初めてLPレコードを聞くためのプレーヤーが来て、私はアニメソングのLPを買って貰った。グレンミラーは、母親が買ったLPであった。

アニメソングにも飽きたとき、グレンミラーを聴いてみた。
(なんだあ、この終わりが分からないのんびりとした音楽の固まりは)
と思った記憶がある。それから、自分から聴くこともなかった。

だが、残っている音楽だったのだろう。

                  ◆

帰りの電車の小さな楽しみである、映画鑑賞でクリスマスっぽいものを見続けているのだが、昨日は『グレンミラー物語』を見た。

終業式でこの学期を終え、
(ああ、生き残った)
と思いながら、各駅停車の電車に座り、見ながら帰ってきた。

このグレンミラーって男は、非常にわがままであるが天才でもある。また、そのわがままな男に、奥さんが良いアドヴァイスをするんだな。

『スイングガールズ』でも演奏されていた名曲「ムーンライトセレナーデ」が誕生する瞬間や、この曲が独特の「サウンド」を手に入れる過程も描かれていて、良かった。

                  ◆

こう、なんというか、煮詰まっていきながら、一瞬のひらめきを活かしていくのだが、煮詰まっていることの大切さがよく分かる。煮詰まっているときには、その煮詰まりが辛いのだが、それを突き抜けるたときに感じるのは、その煮詰まりがなかったら、突抜はなかったと言うことだ。

煮詰まりという言い方がしっくりと来なければ、壁にぶつかったときでいいか。その壁をよじ登って行くために、足下に足場を組み立てて最後の最後に、よいしょとその壁を乗り越えるようにする。一気には乗り越えられない。足場を組んでいる状態が煮詰まっている状態といってもいいか。

私の今までの人生にも、書けなかった文字が書けるようになり、歌えなかった歌が歌えるようになり、まとまらなかった原稿がまとまったり、分からなかった前置詞が分かるようになったりする瞬間があった。

今は煮詰まり観があるときは、その次に来るジャンプを期待できるようになったが、煮詰まりは、まあ、つらいやね。

でも、そうやってでしか成功できないのが、人生なんだろうなあとも思う。

『グレンミラー物語』。良い映画であった。

2005/12/20

熱中していた頃があって、今がある。

週末に20年前の仲間達と会ってきた。メンバーの一人が開いている立川駅南口の喫茶店「ラルゴ」で会ってきた。
井の頭公園の野外ステージでギターを弾いて歌っていた仲間達である。
そのグループでは、私は最年少の世代でかわいがって貰った。

そのグループが、結成30年と言うことで同窓会を行うことになった。先日案内が来たので、いそいそと出かけていったのだ。

20年前であるが、いやあ昔と変わらない人が多い。いや、正確に言うと変わっているのだが、変わり方が変身という変わり方ではなく、深化した変わり方なのだ。(ああ、あの人ならこのように変わっても当然だよな)
のようにあの当時の特徴が深化していた。別の言葉で言えば、ヴァージョンアップと言っても良いかもしれない。

20年前のことであってもあるシーンは良く覚えている。
そして、その時のことを人それぞれに覚えていたんだなあと思う。

今頃になって、
「あのころの池田君は、○○だったよねえ」
「あのころの池田君は、○○でもあったよねえ」
のように言われて、
(へー、俺ってそう思われていたんだ)
と嬉しく思ったりもした。

昔の自分は、今の自分を予測できているわけがないが、仲間から見れば
(をを、池田もそんな風になったか)
と思われるようになっているのかなあと思う。

当時柱となって居た人は、いまでも柱であり、活気づける人はいまでも活気づけていた。そして、恐ろしいことに、今でもギターのフレーズやコードは空で覚えていた。あのときの歌が、ちゃんと出てくるのである。

熱中していた頃があって、今がある。
今、熱中していることで、20年後の私はどうなっているのかと思うと、楽しみである。

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