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2006/03/16

校庭で 小野十三郎

わたしは 
未来という言葉が好きだ
よく考えると
あなたたちの一人一人に
それがどんな意味をもつのか
なかなかふくざつで
かんたんには使えないけど
あなたたちと別れる日が近づくと
なぜか、さからいがたく
未来という
そんな言葉が
心の中からとび出してくるのだ。
夢とか
倖せという言葉では
いいつくせないものが
その未来という言葉にあるからだろう。
いまうす陽がさしる校庭には
だれもいない
わずかに光をあつめて
冬薔薇だけが
咲きのこっている。
いってみれば
未来とは
かすかに風にゆれる
この一輪の
白い花のようなものだ。
ゆく雲のかげさえそこにうつっていて
世界はかぎりなくしずかで
かぎりなく美しい。
しかしそこにあれば
この庭にみちあふれていた
あなたたちの
明るい笑い声が聞こえる。
わたしは
あなたたちのそばを
なんども通った
そんな日があったことを
忘れない。

(教科通信「志学」 NO. 55 より)

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