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2006/03/28

授業づくりネットワークの春の集会

昨日は、授業づくりネットワークの春の集会。吉祥寺の成蹊大学で開催された。
一昨日までの疲れがたまり、午前中はゆっくりと家でくつろぐことにした。午後からの参加。

吉祥寺に行くには、京王井の頭線を使う。この路線は春の花がきれいである。今は、なんと言っても桜。もう少しすると、ツツジが綺麗だ。

今回は、高橋俊三先生の講座を受講し、私も講座を一つ担当した。

高橋先生の「朗読・群読で子どもたちと教室を活性化」の講座は、相変わらず駄洒落が多くて、どこが言いたいことなのかが分からなくなることがあるが、さすがに面白い。

高橋先生の今日のお言葉(抄)

・ 教室では40人の生徒に声が届くでは駄目である。40人の生徒一人一人が自分に語りかけられていると感じられるような声でなければならない。それは眼差しで声を絞り込むことを手がかりにするのである。

・ プリントを持たせて読ませるときは、一枚で持たせないで数枚を持たせる。一枚だと、声がペラペラする感じがある。持たせる手は利き腕でない方がよい。利き腕は読むときにバランスを取るのに必要である。

・ 「沈黙は金」という諺は、「雄弁は銀、沈黙は金」という諺の一部である。雄弁である人間が、沈黙をするから金になるのである。雄弁という前提がなければ、金にならないのである。

今日の駄洒落

・ ・・・・・・・・・・・・・・・・。先生の名誉のために、割愛させていただきますf(^^;。

                  ◆

私の講座は、会場にいたら5人しかいなかった。
ひえーである。まあ、これでもやるならやるぞと思ったのだが、どうも様子がおかしい。
会場変更があったとのことで、あわてて移動する。すると20人強の参加者。予定通り。ああ良かったf(^^;。

今回の講座は、「『こんな時どう言い返す』方式による生徒指導講座」というもので、春のネットワークでは二回目である。学校現場で突然発生する生徒指導の場面に、生徒の発言をその場で切り返して、その場で指導を終わらせることができるようになるということを目指す講座である。

私は国語の教師で、NHKの「わくわく授業」にも番組史上初の中学校の国語の授業ということで出演しているのだが、最近授業作りネットワークでは、生徒指導講座を担当する事が多いf(^^;。もちろん、私の研究領域は国語と学級経営なのでそれは嬉しいのだが、ただ、最近は国語をやっていないなあと思う。国語もやりまっせ!

で、講座ですが提出してもらった事例は、なかなか重たい物がありました。四月から中学校の教師になる予定の学生さんは、ちょっとビビってしまっていたかもしれませんf(^^;。

でも、中学生はかわいいものです。
見ているだけで、なんか嬉しくなるものです。
そういう彼らが、自分の力を出しつつ社会を良くする方向に伸びる指導をする教師という仕事は、やりがいのあるものです。

                  ◆

そして、当然ながら本日も打ち上げに参加。
北海道、京都、新潟、岩手と遠くから参加している仲間達と親交を深める。
日本中には、こんなに凄い先生がいるわけである。

ああ、楽しかった。

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コメント

40人の生徒一人一人が語りかけられていると感じられる声でなければならない。

10年前、まだ教員を始めた頃の自分の声はきっとそんな声であったと自信を持って言える。

果たして今の自分の声は、そこまでの純粋さを持っているだろうか?「慣れ」てしまって、それがただの「40人の生徒に聞こえる声」に成り下がってしまってはいないだろうか。

改めて「初心忘れるべからず」だと考えさせてくれた一言だと思いました。4月からの授業、クラスにいる学生一人一人に真摯に語りかけることをしっかり意識していこうと思います。

春休みになると、目を通す本があります。世阿弥の『風姿花伝』です。例の「秘すれば花」の本です。なんと私、一応、高砂の付け祝言ぐらいは謡えますf(^^;。

年度の移り変わりである桜の咲く頃にこの本を読むと、心にすっと入ってきてなんか自分が賢くなった気がするんです。古典を楽しめる年になってきたのですかねえ。

初心という文字を読んで確認したのですが、『風姿花伝』の第一章の一生の稽古のありようを述べているところで、24、5歳の稽古の場面に、この「初心」という言葉が出てきますね。24、5歳ぐらいの花を「初心の花」と言っている訳です。

ま、世阿弥の時代の平均年齢から考えれば、今の40歳前後ということであり、まさに我々に命中するのかなと思います。

この先「時分の花」から、「誠の花」へと移り変われるかどうかがこの先の15年ぐらいの修行だと世阿弥は書いている訳で、まさに歴史書は、未来からの手紙だなあと思う私です。

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