« 「国語科教育法」始まる | トップページ | キノコと水菜のアンチョビサラダ »

2006/04/14

夜桜三昧

盛りだくさんの一日の最後を締めるのは、清水寺の夜間特別参拝である。
一言で言うと、極楽か地獄かというぐらいの壮絶な美しさであった。これを見るためだけに、東京から新幹線で来ても良いと思う。今週の日曜日までである。

            ◆

大学から家に戻り、マンションの前のバス停から清水寺に向かう。
清水寺は、修学旅行で何回も行っているが、観光バスで坂の途中の駐車場まで連れて行ってもらうので、下から歩く事はほとんどない。

多少汗をかきながら、坂を上りきる。いや〜、三門からして凄い。
清水寺は、山の上にあるので下界よりも桜の開花が遅れる。昨日の雨で花びらが散ってしまったかと思ったが、なんのなんの、まさに真っ盛りであった。

Kiyomizu


本当に、ため息しか出ない。
平安の貴族は、このライトアップされた桜は見る事はできなかっただろうな。もちろん、平安の貴族は電線のない景色を見てた訳だが、かがり火が焚かれていたとしても、桜はライトアップの方が美しいだろうなあ。

Kiyomizu2


町中に美しい桜があるのに、その近くに住んでいる人がライトアップしないのは、実にもったいないと思う。私も聖蹟桜ヶ丘の家では隣の公園にある桜にライトアップをしていたが、実に見事になる。年に1週間の贅沢だが、そのためのライトなんて5000円もしないで工事用品店で
手に入るのだから、これから満開を迎える北の国の方々、是非、挑戦していていただきたいものです。

            ◆

あっけにとられながらマンションに足を向ける。
途中で、八坂神社の前を通る。祇園だ。
私は円山公園の枝垂れ桜のライトアップを見ていなかったので、立ち寄る事にする。時刻は夜の十時近く。

円山公園はまだお花見の真っ最中。先週見に行った奥さんに寄ると随分お客は少ないというが、それでもかなりのお客さん。宴席の横を通り抜けてめざす枝垂れ桜に向かう。

でた。凄い。

静かに、音もなく、燃えている。

Maruyama2


魂を吸い取られないように、離れたところに腰掛けて見る。
持参していたビールとつまみで、静かに乾杯。

この枝垂れ桜は、見る位置を変えると色々な姿に変化する。
桜の周りを歩いていたとき、月が出ているのに気がつく。ほぼ、満月。

Maruyama


なんという美しさだ。
ああ、魂を吸い取られそうだ。

            ◆

それにしても、濃い一日だった。
夢の中には、夜桜の精霊がでてくるぐらいであった。

« 「国語科教育法」始まる | トップページ | キノコと水菜のアンチョビサラダ »

コメント

きれいな桜ですね~(うっとり)
知床の僕の家の周りの森の中に、
エゾヤマザクラが何本かあります。

そうですね、
ライトアップしてみようかなあ…

是非、ライトアップして下さい。

雨降る夜の月明かりが地上に届かないのを悲しむ人心があれば、満開なのに何も見る事のできない夜の桜にライトアップをして下さい。

雨が降るのを止める事はできませんが、ライトアップは数千円で楽しめます。

んでもって、できたら写真を送ってきてね。

私はまだ桜に関しては野望を持っているのですが、その野望はFire君にご協力を願いたいので、相談させてね(^^)。

Fire
(笑)何なりともうしつけ下さい。
「桜を愛でる」というのは
確かに追求したくなってきました、日本人として。
ライトアップはその象徴的な行為かもしれませんね。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95613/9585244

この記事へのトラックバック一覧です: 夜桜三昧:

» 『教えることの復権』大村はま/苅谷剛彦・夏子 [本を読もう!!VIVA読書!]
  戦後の教育のあり方に対して今から30年前に問題提起した大村氏とその教え子であった苅谷夏子氏、夫である苅谷剛彦氏との共著です。苅谷氏の著作は、何冊か読み、格差の指摘など、多くの点で感銘を受けたのですが、大村氏とこういうつながりがあったとは驚きでした。大村氏はこの本を書かれた時点で90歳くらいでしょうかね? 「教師が教えなくなった」という問題は大村氏が提起した後30年経った今でも大き�... [続きを読む]

« 「国語科教育法」始まる | トップページ | キノコと水菜のアンチョビサラダ »