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2006/04/30

学級経営の足並みを揃える是非

ネットワークの最後の講座に、講師達がステージに登り上條さんや会場からの質問を受けるという企画があった。まず、授業成立の基礎として必要な事と思われる4つについて意見を述べた。

これに答えた後、会場からの質問で、小学校の先生が
「学年でクラスの掲示物等を統一しようといことがあるのですが、これは良いのでしょうか?」のような質問があった。つまり、学級経営を統一すべきかどうかということである。もちろん、質問の先生は、反対の意見である。

講師の先生は5人だが、私以外は小学校がベースの先生である。その先生達は学級経営の統一には反対であった。理由は個性豊かなものができない、また、合わせる時は低い方に合わせてしまうからであるというものであった。

私は
『中学校では一般的には合わせます』
と言った。教師のキャラクターの部分や、細かーいところは別にしても合わせる。それは、学級経営も大事だが学年で動いていくという意識が強いからである。また、進路指導や生徒指導でクラスごとにブレがあってはならず、いろいろな先生が授業に来るためクラスごとに運営の基礎が違っているとやりにくいからである。

            ◆

ただ、この学年で合わせるというものにも、いろいろなレベルがある。

1)低い方に引っ張られて合わせられる。
2)高い方に引っ張られて合わせられる。
3)高い方に支え合って合わせ合う。

もちろん、一番良いのは3)である。私の経験では2回ほどあった。ということは、そんなに実現するものではないということだ。

場合によっては、1)がやってられなくて、そこから離反する事もあったし、2)に疲れてやってられないということもあったし、そもそも一緒にするなんて考え方を持っていない学年にも所属した事もある。

しかし、中学校での指導は学年の教員のチームワークが必要であり、クラスだけで解決できる問題はいいのだが、学年で揃えないと解決できない問題の方が多いのである。

            ◆

小学校の場合、学級王国という言葉に象徴されるように、担任がすべてであることが多い。私は小学校の場合、理想的な学級王国はあってもいいのではないかと思っている。それは、隣のクラスは隣のクラスで凄い学級に成長しているのに、子どもたちは(私は、このクラスで良かった)と思えるようなクラスである。これは担任が自分のクラスの一人一人の子どもをきちんと理解しているとういうことからできることである。どのクラスの子どもも自分のクラス、先生が大好きなクラスである。

ただし、自分のクラスだけは良いクラスにしようとか、自分のクラスに問題があっても「私のクラスの問題だから」と抱え込んだり、介入を拒否したりというような「学級王国」になってはまずいと思う。

3)というのは、学年に所属している子どもの実態を分析し、どのような学年に育てようかと考え、方向目標を立てる。そして、そのために学年に所属している先生を中心にして、自分の得意な指導の分野を活かしながら、その方向目標に向かって学級、学年を育てていくというものである。

これが出来ているときは、仕事をしていても充実しているし、子どもたちも生き生きと伸び、問題が発生しても実りある解決をする事が多い。

            ◆

これから小中一貫の学校が増えてくると思うが、この小学校と中学校の学校文化の違いを、お互いの特性として理解して、活かすレッスンは作れないものかと思う。

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