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2006/05/25

枕詞で語られる事

元ヤンキー義家先生、真鍋かおりさんを見ていて、最近思うことがある。私の思いなのでそこそこに読んで下さい。

なんかね、義家先生は元ヤンキーを代表して発言していて、真鍋さんは若者を代表してコメントする事が多いんだけど、どうもズレている感じがするんですね。つまり、現役ヤンキーはもう義家さんを相手にしていないし、若者も真鍋さんを相手にしていないと感じるのですよ。

ところが、二人を取り上げる時には相変わらず「元ヤンキー」「若者代表」という枕詞で語られる事が多い。そして、二人もそれをその通りとして受け入れている。

            ◆

特に義家先生を見ていると、痛々しさも感じてしまう。教師になるまでのストーリーは、事実であるとすればすごいなあと思う。私には出来ないなあと思う。

であるが、義家先生からは、読者や生徒が先生の姿を見て学ぶ事であり、自分の生き方から生徒に指導する事ではないような気がする。さらに言えば、自分の生き方をベースにした教育論ではなく、生徒を指導してきた部分からの教育論が薄いなあとも思う。

子どもの事実は非常にさまざまで、臨床から学ぶことは多い。そして、論証の事例は一般化できない事も多い。だけど、彼は自分の事例を一般化しているとも言えるわけだ。

            ◆

と、他人を批判しているようであるが、実はこれは自戒の文章なのである。

中学校の現場から大学に移った私は、実践ベースの指導をする。中学校現場の代表だというつもりはないが、いつの間にかそのような枕詞で定義され、思い込むようになり、やがてそう思っているのは自分だけとならないように自戒しなければならない。

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コメント

考え方は人それぞですよね
義家先生…
確かに教師になる前の先生はなんでこんな人が教師になれたんだろうと思うコトがありあすね


話は変わるんですけど訓ターの作り方を教えていただけないでしょうか?
機会オンチなんです
スイマセン

はじめまして。

>話は変わるんですけど訓ターの作り方を教えていただけないでしょうか?

f(^^;
なんでしょうか?

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