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2006/06/30

富山へ その3

7時30分にホテルで待ち合わせをして中学校に向かう。
7時45分には中学校に着く。近い。職場と家が近いのはやはりいいなあ。

いつもながら思うのは、学校と言うのは本当に学校ごとに違うなあと言うことである。
だけど、子どもたちはそれほど変わらないというのも事実である。

            ◆

今回は、中学一年生に書写の授業をするという企画。門島さんからメールで書写の指導の仕方を聞かれていたのだが、どうにも隔靴掻痒で
「じゃあ、私が指導しましょうか?」
と書いてしまったのが始まり。

特別なことをやるのではなく、私が中学生に指導していた「蘇孝慈墓誌銘」の小筆による模書の方法を教えにいくというものである。

いや、私達書道をやっている人間からすると、この「蘇孝慈墓誌銘」の模書というのは当たり前のことであるので、特別なことではないのだが、一般的には特別かもしれない。

授業では、「言葉の持つ力の凄さ」「筆の扱い方」「書写の基本姿勢」「筆の特徴」「模書の仕方」「運筆の特徴」などを説明し、実際に書いてみると言う授業を行った。

本来なら少しずつ段階的に指導する部分だが、一回限りの授業と言うことで、どうしても説明が多くなってしまった。

子どもたちは、真剣に聞いて懸命に取り組んでくれた。
ああ、良かった。

            ◆

門島さんの授業も見せていただいた。小説「ゼブラ」の読解である。小説の構造を読み解いていく途中の授業である。リズムがあってとても分かりやすい授業であった。
こういう授業の見学、または模擬授業を教育委員会は新採研の研修で行えばいいのにと思う。

随分変わるはずだ。

            ◆

校長先生とも親しく話をさせていただいた。
剣道をやられているということで、書写の型から入る指導を理解していただける。

私は型というのは、自転車の補助輪のようなものだと思っている。ある程度走らせるためには必要で、十分に走れるようになったら自ら外すか、指導者が外すものだと思う。

もっと言えば、小学校の仕事はきちっと補助輪を付けることであり、中学校の仕事は補助輪を外し始める仕事ではないかと思う。

授業は、北日本新聞の取材も受けていた。新聞記者の方は教育学部出身であったが、この方法は知らなかったようで、「自分もやってみたい」と言うぐらい良い感想を持ってくれた。

楽しい時間をありがとうございました。

            ◆

授業後、門島さんのお気に入りの喫茶店で昼ご飯。
びっくり。
マスターが高校の先輩の池田さんにそっくりであった。本当に似ている。出身大学の学部まで同じだった。参った。おいしいパスタとコーヒーを頂く。

その後、富山の魚をゲットし、特産品を手に入れ、家路を急いだ。
300kmの移動はさすがに疲れたが、家に着くなり魚や貝をさばき、美味しく頂いた。

二泊三日は、あっという間であった。

2006/06/29

富山へ その2

真っ赤になってしまった。顔が真っ赤である。
明日の授業、こんな顔で良いのかなあ。

            ◆

朝起きて、早速風呂に入る。
日本海、富山湾を一望できる露天風呂である。
残念ながら曇り空なので立山は見ることは出来なかったが、波の音を聞きながら入る風呂は気持ちがよい。

朝ご飯を食べて、もう一度風呂に入る。
蟹座と言う星座が関係しているとは思えないが、私は一日に数回風呂に入ることも珍しくはない。このあたり、糸井先生やあべたか先生と共通している。

ところが、この民宿チェックアウトが9:30amということがわかり、慌てて宿を出る。ちょっと落ち着けなかった。

            ◆

阿尾城跡を見学した。海岸線に美しい崖があったので、それを見に行こうと思ったのだがそこには城跡があったのだ。本丸の跡に向かうにはちょっと上り下りが必要なのだが、それは行って良かった。美しい風景が眼前に飛び込んできた。180度の海である。お殿様は、こうでなきゃ。_aojo


            ◆

海鮮館という氷見の漁港の側にある魚を扱う道の駅にも向かう。
岩牡蠣が売っていて、その場で食べられると言う。
当然食す。
美味。

これが400円で食べられるとは。
東京だと、1000円からでしょうね。
また、地ビールをゲットして、氷見うどんも食べる。

            ◆

朝起きた時から身体が重いと言う奥さん。調子が良くないようだったので植物園もキャンセルし、近くの海岸んでのんびりと身体を休めることにする。キャンプ用の簡易ベッドと、誕生日で買ってもらった椅子が車に積んであるので、ベッドは奥さんに、椅子は私が使って海岸でくつろぐ。

で、なんの予防措置をしなかった私は、顔が真っ赤になってしまったのだ。
うむ。
波の音、気持ちよかったんだよねえ。Kaigan


            ◆

夕方から、門島さんのご自宅でお茶を頂き書斎を見せていただいたりする。
立派なお家だ。
自分の趣味を全面にバシッと出した家。
こういうのを建てるのは楽しいだろうなあ。

ま、私は鍵一つで戸締まりが完了するマンションの方が性に合っているのですけど。もし、精神的にも金銭的にもゆとりがあるなら、別荘に挑戦してみたいなあと思う。

            ◆

で、夜は富山のきときとの魚を食しに、お勧めのお寿司屋さんに出向く。
残念ながら奥さんはホテルで休養。
今の季節が一番魚がないと言われたのだけど、一番良い季節の冬に来たら、済んでしまいたくなるかもなあ。

十分に食べて、あの値段とは。
参りました。

            ◆

さて、明日は授業。
久しぶりに中学生に書写を教えます。
どんな出会いが待っているでしょうか。

顔を真っ赤にして出かけます。
では。

2006/06/28

「昼網」の明石のサバ

今日は明石方面の高校に出かけていって、教育分野のガイダンスをしてきた。
関西の交通機関の料金は高いと思っていたが、それは乗っている時間の割には高いと思っている部分もあって、そうだとすると私が間違っていた部分もある。

関西の電車は、速い。
特にJRの新快速は速い。だから乗っている時間が短い割には料金が係ると思うのだが、乗っている距離は関東よりも稼いでいることになる。結果的に遠くまで運んでもらっているので、値段が高くなるということだろうか。

ま、京都市営地下鉄はやっぱり高いと思うけど。

            ◆

で、電車の中から瀬戸内海を見た。
明石海峡大橋も見た。

東京からここまでくるのは、一苦労で場合によっては飛行機の方がなんてことを考える場所だが、京都からだとあっという間なのね。

以前、全国教室ディベート連盟中国支部の講座で岡山に来た時に、前泊で明石海峡大橋の側のほれるに泊まり、ライトアップされた大橋を見ながら露天風呂に入ったが(本当に、よく風呂に入っているなあ)そんなことを思い出した。

海側の景色に見とれていたら、山側に大きなタワーが。
何だと思って良く見ると、「グリニッジ標準時」の文字。
をを、ここが明石の標準時を示すタワーか。
ちょっと感動。

            ◆

授業の方は、恙無く終了。
授業の感想を見ても、教育の入り口、教師の仕事の楽しさ、厳しさを理解してもらえたようだ。

説明の途中で、ちょっと生徒の顔が納得していないという表情をしていた部分があったので、急遽、家本先生の本にあった事例で説明したところ、彼ら彼女らの顔もスッキリ。やっぱり、すごいや。

帰路は、明石、大阪などは寄り道せず、京都駅で本を買って、大学に行く日より早く帰宅。
夕日を楽しむか。

            ◆

と思って、京都駅で連れ合いに電話をしたら、
「いま京都駅にいる」
とのこと。うーむ、やはり私の人生で一番縁のあるのは奥さんだなあ。

京都駅ビルの伊勢丹で買い物をして帰宅。
「昼網」の明石のサバを200円引きでゲット。
これがまあ、びっくりするサバであった。

サバが、「こりこり」とした食感だなんて信じられるだろうか。
でも、こりこりなんだなあ。

途中下車しなくとも、明石の魚を手に入れることが出来たぞ。
満足満足。

京都から、日本の教育を少し変えるきっかけを

今から12年前に、全生研(全国生活指導研究協議会)の京都大会があった。
ディベート甲子園が始まる一年前のことである。
私はディベート甲子園が始まる前は、全生研の全国大会に参加していたのだが、ディベート甲子園の日程と重なることが多くなり、足が遠のいてしまっている。

その私にとっての最後の全生研の全国大会の閉会セレモニーで、ガンガンのロックコンサートをやっていた京都の小学校の先生がいた。今村克彦先生である。

私とて、中学、高校とバンドをやっており、教師になってからは軽音楽部の顧問もしていたぐらいであるからして多少のことは分かる。その私が見ても
(すげ〜〜)
と思うコンサートであった。

            ◆

で、その今村先生と昨日飲んだ。京都の駅前のホテルのビアガーデンで飲んだ。
今村先生のマネージャーのあやちゃんと、糸井先生と私の4人でビアガーデで飲んだ。

きっかけは今村先生の本である。今年出された『夢の見つけ方教えたる—タイマン先生と悪ガキどもの心意気』
を読んいるときに、先生が小学校現場を離れたことを知った。
(こ、これは!)

            ◆

全生研は、子どもの事実から教育を考えるという立場を取っており、私はこのことが全生研を全生研たらしめているポイントだと、勝手に思っている。

そして今村先生は、子どもの事実から教育を語ることの出来る先生だと思っている。もちろん、最初に到達すべき目標を設定して子どもを指導することは大事だが、それがすっとできるほど今の社会や子どもたちは簡単ではない。

子どもの一番近くにいて、子どもの事実から、子どもの伴奏者として、さらに伴走者として学校教育に携わることが出来る教師であること。これが今の、これからの教育にはもっと必要になると思っている。

            ◆

今村先生とは、コンサートもそうだがいろいろなところで繋がっていることが分かった。まず、恩師である。竹内常一先生つながりである。私が学生時代に竹内先生が今村先生の実践を話していたのを覚えている。

糸井先生は、奥さんが小学校の講師をされている時に今村先生が勤められている小学校に勤務されていたし、その学校には、小学生時代のあやちゃんもいた。ちなみに、上記のコンサート会場にもあやちゃんはいたそうだ。

糸井先生と今村先生は、カテゴリーは違うがダンスと言う共通項目もある。
さらにさらに・・・、とてもブログには書けないことで話は盛り上がった(^^)。
だって本当に書けないんだもんねえ。

            ◆

で、9月に行う大学での私の「特別活動論」の集中講義で、今村先生に一日特別授業をしていただくことが決定したのだ。バンザーイである。9/8から9/13の間のどこか1日である。本学の教育を目指す学生達に、凄いプレゼントが出来そうである。

学生らが今まで出会ったことの無い子どもたちの事実を、小学校教育と言う営みの中で、今村先生が伴奏し、伴走してきたのかを授業で伝えてもらえるのだ。本学の学生の大きな財産になるだろう。

ではあるが、事務方と調整して上手く行けば、私は公開で行いたいとも考えている。そのときは、告知します。

            ◆

「三人の会を続けましょうや。うちの子どもたちにも会って下さい」

今村先生に言われた。
いやあ、嬉しい。会いにいきますとも、お酒も飲みますとも(^^)。

京都から、日本の教育を少し変えるきっかけを作れるのではないかと思う。

2006/06/27

富山へ その1

ということで今は氷見の宿にいる。
いやあ、魚が美味しかった。今は旬ではないと言うことであるが、美味い。
風呂は、富山湾を一望できる露天風呂があり、これで部屋がもうちょっと良ければとは思う。
贅沢かなあ。Roten

今回の旅は、月曜日にその目的があるのだが、その前にちょっと早く富山に入り旅を味わう。
琵琶湖の湖西を161号で北上し、8号経由で北陸自動車道に敦賀インターチェンジから乗り込む。梅雨の晴れ間を得た今日は非常に心地の良いドライブが出来た。

新緑がまだ見事で、山間部に海沿いの道もありと変化に富だ北陸自動車道は走っていて楽しい。徳光SAでは、目の前が砂浜で海を触ることが出来た。もう、十分泳げる温度だった。
Tokumitu

後少しで待ち合わせ場所の高岡北ICというところで、対向車線を見たことのある人の運転してる珍しい車がすれ違った。私は赤色のフィアットバルケッタだと思っていたが、その車は青であった。しかし、見たことのある顔の人が運転していた。

(おかしいなあ)
と思っていたら電話。
「いやあ、間違えて高速道路に乗ってしまいました」
とのこと。待ち合わせをしていた門島先生である。

私が勝手に赤のバルケッタだと思っていたのだが、青であった。私のカペラカーゴを対向車で発見し、八王子ナンバーであることから私だと判断して電話をくれたのだ。
こんな出会いから旅は始まった。

二上山に登る。
景色は抜群。
立山を見ることが出来ないと残念がっていたが、十分の景色であった。
Futakami


実はこの場所、10年ぐらい前に奥さんと一緒にキャンプで泊まっていたことを思い出した。その頃は、夏の研究会に行く途中と終わってからをキャンプしながら日本を回っていたのだ。それでここ高岡のオートキャンプ場に泊まったのを思い出したのだ。

縁のある土地である。

さらに万葉歴史博物館に出向く。
この土地は大伴家持が若い時に都から赴任していた土地である。
彼の仕事は、当時建立されていた奈良の大仏のために米を作って都に送ると言うことだそうだ。
一種の左遷であったが、そのために彼はこの地の雄大な自然に出会うことになる。

海の向こうに3000m級の山を見ることが出来る場所と言うのは、世界でも数カ所しかないらしい。山と言えば大和三山ぐらいしか知らなかった彼にしてみれば衝撃であったろう。

衝撃と言えばこの記念館に門島さんの恩師がいたことだ。ボランティアのガイドがいるのだがそのガイドをされていたのだ。中学校の国語の教師を退職されてここでボランティアをされていたのだが、門島さん曰く、
「中学の時と全く変わっていない。正統派の富山弁でした」
とのこと。勢いのある解説でとても楽しかった。

その後、雨晴海岸などを案内してもらい、宿に着いたと言うことである。
そして、すぐに露天風呂に飛び込んだ。

走行距離300KMちょい。結構良いドライブであった。
明日は、近所を散策する予定である。

見れば分かる

岡田氏の後は、トルシエ、ジーコ、オシムと日本サッカーの代表チームの監督は移り変わっていく。出身国は違えど全員外国人である。サッカーをやっている人から見れば当たり前なのかもしれないが、凄いなあと思うのは「見れば分かる」と言うことである。

もう少し言うと、言葉で判断するのではなく目で見たもので判断できると言うことである。サッカーという現象は言葉で行われるものではなく、身体を使って表現される。だから、言葉等必要なくその動きを見れば、どんな選手なのか、どういうチームなのかが分かる。だから、外国人の監督でも大丈夫である。

ということなのだろうが、さて、私が外国人の子どもを見て、見るだけでその子どもたちに必要な指導の観点を理解し、適切な指導が出来るだろうかと思ってしまう。外人の子どもを、言葉の問題は気にしなくても良いと言われて、指導できるのであろうか。

もちろん、私が指導する部分は言葉を中心としているものだから、見るだけで子どもを理解して指導できる部分は少ない。が、それでも言葉の介入が必要のない部分で、できるのだろうかと思ってしまう。

外国人の指導者を考える時に、子どもを見る目という部分で参考になる何かがあるに違いない。

2006/06/24

日刊 池田修

今日から二泊三日で富山に行く。
ブログが書けるかどうか分からないので、書いておく。

引用開始 ーーーーーーーーーー

6/24 (土)

鳥羽沖で池田修捕獲される

昨日、三重県鳥羽市の沖合いで、サンマ漁の網に幻の怪魚池田修が掛かり、鳥羽漁港に運ばれた。
先日から網を食い破られる被害が相次いでいたが、その犯人はこの池田修だったようだ。長さ3m、重さ500Kgの池田修を捕獲したこの道40年の漁師、浦島亀吉さん(57歳)はその時の様子を興奮気味に語った。「池田修が網ん中でサンマを食い荒らしとるのを見た時はそりゃぶったまげたで!ワシの商売もんに何すんじゃーっ!と棒で頭をぶん殴ってやった。気がついたらぐったりと腹見せて浮かんどった。」
鳥羽水族館によると、池田修はちょうちんアンコウの一種で、額からちょうちんのようなツノが生えているそうである。「でも浦島さんが棒で殴ったので、せっかくのちょうちんが折れてしまって・・」同水族館の研究員はとても残念そうに話した。
息も絶え絶えで同水族館に保護された池田修だが、徐々に元気を取り戻しつつあるそうだ。池田修はあと1ヶ月ほどでその珍しい姿を一般公開されるとのことである。 (by おばさん)

池田修のサポートセンター

池田修の「パソコンなんでもサポートセンター」が開局した。
熱血指導には定評がある池田修。相手がまだ何も話さないうちから、「元気ですかー!!だぁぁぁーー!!!」などの奇声を発し、さらには「疲れたからちょっと休憩」といって、勝手に保留にしてしまう事もしばしば。6秒10円の情報料を支払わなければならない相談者からすればヒヤヒヤものだ。
自分のわからない質問がくると、「大丈夫。やればできる子だよ。昔からそうだったじゃないか。信じてるよ。それじゃ、また。」と、勝手に電話を切ってしまう一幕もあった。パソコンに関する相談は、是非池田修まで。受け付け時間は池田修によると、「ノリで」とのこと。

池田修が告白本を発売!

池田修がこれまでの人生を赤裸々に語った本、「不死鳥池田修伝説」が今日発売された。
生い立ちから現在まで、そして気になるあの人との破局に関しても、これ以上ないほど詳しく描写されている。池田修は、「この本を読んでくれた人が、共感してくれて、前向きに考えられるようになってくれたら嬉しいです。」と、記者会見で語った。
記者から「あの人にも読んでもらいたいですか?」と質問されると、急に目を見開き、「イエス!」となぜか英語で答えた。どうやら眠れる獅子を起こしてしまったようだ。さらには月100万円の借金を返していることも判明し、涙を誘った。
ちなみに、今この「不死鳥池田修伝説」を購入した人には、今ならもれなく池田修オリジナルストラップが付いてくる。

引用終了 ーーーーーーーーーー

実に下らないが、それなりに合っている感じもするf(^^;。

私の教え子の栗原君の日記にあった
http://www.p-apple.net/anata/
からである。

2006/06/23

ああ、余は満足じゃ

サッカーの日本戦を見て、もう一度寝た。今日は久しぶりにオフにする予定であった。
んが、先日の大学での懇親会の時にお店に忘れてしまった愛機のデジカメが大学に届いていると言うので、慌てて大学に向かう。

向かってしまうと言うことは、仕事が降ってきても受けて立つしかないと言うことで、明日から富山に二泊三日で出かける私としては、その仕事をやってからでないと出るのもちょっと気分が乗らないので、研究室にしばし籠ることにした。

            ◆

仕事が終わり帰宅する。家では住宅金融公庫から借りているローンについて、住まいを離れる為に書かなければならない書類があるとかでこれの書類を書く。

その後、堅田まで車を走らす。堅田は結構栄えていて、しかも物価が安い。ガソリンがプリペイドカードで購入すると1リットル122円。車を洗い、タイヤの空気をチェックして明日からの富山行きに備える。

堅田への本来の目的は、私の誕生日が近づいてきたので奥さんがプレゼントを買ってくれると言うので出てきたのだ。研究室に置く椅子を買ってもらうことにした。折りたたみ式のリクライニングチェアである。根を詰めてワープロに向かっていると身体を横にしたい時があるのだ。それようの椅子を手に入れた。

今の研究室は、一階の南西の角地。すぐに非常扉から外に出ることもできる。結構気に入っている。しかし来年は児童教育学科の新しい校舎ができるので、そちらにできるあたらしい研究室に移動する。だから今年一年限りの使用となる。そこで、あまり荷物は置かないようにしているのだが、だんだん荷物が増えてきた。

最終的には『動物のお医者さん』の漆原教授を目指したいと思っている私は、それなりに研究室の雰囲気作りも考えているのだが、今年はそんなことからちょっとだけの実験である。

            ◆

帰り道は、161号線沿いにある「浮き舟」や「坂本城趾」という史跡を見て、例のお気に入りの砂浜でちょっとだけ夕涼み。
早速購入した椅子を取り出して、ウヒウヒウヒと寝転がってみる。
ああ、余は満足じゃ。

しばらくは車に積んでおいて、お気に入りの場所で寛ぐかなあ。
単純な私である。

料理に似ている

C
S7 体験作文だけでも、こんなにたくさんの書き方があるということに少し驚きました。けっこう細かいところまで考えると、体験作文と料理とでは、こんなにも似ているところがあったのだなと改めて考えさせられました。今日の授業で一番印象に残ったのが、仮タイトルをつけるところで、はじめの書き出しを会話文や心内文で始めるということです。先生が実際に読み比べた時に「ああ、確かにインパクトがあるな」と思いました。そういう書き方をしてみようと思います。

S8 具体的な書き方を聴いたら、料理と作文は本当に似ていると思いました。今までの自分の感想文の書き方と比べてみると、書き始めをインパクトのあるものにしようと心がけたり、味見などはしていましたが、やっていない部分も多々あったので、今回は手順通りにやって、違いを見てみたいと思います。

T 基本的には、読者は文章を読みたくない状態にあると思っておけば間違いないです。その状態の読者をこちら側に振り向かせ、読ませてしまうような工夫を考えることが大事なのです。それが、タイトルであり、最初の三行なのです。

S10 今日の授業はすごく中身が濃い感じがした。このような作文指導をしたいなあと思ったが、自分が指導をした場合、生徒にうまくう理解してもらえるかなあと不安になりました。私が作文を書く時は、これをやって次にこれをしてと時間順に書いていたので今度自分が書く時は、インパクトがある作文を書きたいです。私が小学校のときに選ばれた作文はたしかに「   」から始めて書いていたなあと思いました。

T 指導者によって違ってしまうのが授業です。ならば、力のある指導者にならなければなりません。あなたに出会ったことで、子どもに力がついたという授業ができるように。そのために、学生時代に懸命に学んで下さい。

S11 こんなに詳しく学んだことはなくて、今日一気にやったのが消化できるのかが心配なくらいです。池田先生の生徒は中学生でやっていたと思うとすごいと思う反面で羨ましいと思いました。作文がちゃんと書けるかも心配です。今まで書いてきた作文は本当の作文ではないみたい。できていなかったから今回の作文は、緊張するかもしれません。

T まあ、10年以上研究を重ねて改良を重ねてきた指導方法を、60分で教えるのですから消化不良があるかもしれませんね。大丈夫です、分からなくなったら私を捕まえてもう一度聞いて下さい。文章を書くことの面白さと大変さを理解することが出来るようになれば、一歩前進です。

S12 作文の授業では用紙を渡されてそれでおしまいという授業が私の経験ではほとんどでした。しかし、今日の授業でスムーズに書けるようにするためにはたくさんの手順が必要だと言うことを知りました。しどうする側としても何もないとこrから指導するよりもきちんとした手順があれば生徒がどこでつまづいているかも分かると思いました。

T 「たくさんの手順」があることに気がついたことは良いことです。しかし、もう一つあります。その手順の段階を均等なレベルに整えることと、順番をしっかりと整えることです。ここがずれると生徒は「たくさんの手順」があるだけに、却って混乱することになります。指導とはそういうものでもあります。

(教科通信 修学 NO23より)

* ちなみに、この授業の流れはhttp://homepage.mac.com/ikedaosamu/kokugo/sakubunn/hou-to-write-taikensakubun.html
にあります。併せてご覧下さい。

* さらにちなみに、この料理の写真は私が作ったものです。渋谷にある開花屋さんで教わったメニューで、夏野菜を水なしで煮込んで、オリーブオイルやチーズ等で味を整えたものです。うまいんだなあこれが。

作文は、

「教師にとっては、経験が大切」と前回の授業で話したと思うが、それを理解したのであれば、9月21日の中学生相手の授業は、その経験を積む良いチャンスになるぞ。

冷静に考えると、普通はやりたくてもやれないことだからね。考え中の人、挑戦するようにね。

S1 料理と体験作文が、こんなにバチッと重なって感動しました。それに今まで自分が、どんだけテキトーに体験作文書いていたかを思い知りました。あと料理も・・・(笑)。人に読んでもらうための文章書くのって考えてるよりはるかに大変そうだと感じています。21日のやつ行こうかなあ・・・考え中です。

S3 作文は料理に似ている、というのは、今日どこがどういう風に似ているのか分かって、確かに似ているなあと思いました。私は、料理も作文も好きだけれど、料理は最後の片付けの項目がすごっく嫌いです。でも、全部が出来てはじめて料理も作文も出来上がるのだなあと思いました。

T 「はるかに大変そうだと感じています」。ですから、文章を書くとは考えると言うことに繋がるのですね。料理も作文もいっぺんに学べるのですから良いではないですか(笑)。

S2 今日の授業が進むにつれ、作文を書くことはすごく楽しいことなのだと思えた。書きたくて仕方のない状態まで持っていくことは簡単ではないと思うけど、作文と料理が似ているところから入って、説明、指導ができるようになれば、作文好きの子どもが増えると思った。私は途中ですごく書きたくなりました。

T 「書け!」では、子どもたちは書きません。いや、書いたとしても先生に付き合っているだけです。(書きたい!)という状態にいかにして持っていくか。ここが大事です。この授業で扱った部分以外でも料理と作文が似ている部分があるのですが、それは中級編以上と言うことで割愛しました。考えてみると面白いですよ。

S4 初めに、体験作文=料理に似ていると聴いた時はよくわからなかったのですが、今日、順を追ってみていくと本当にそっくりでびっくりした。今まで苦労していた作文も、こうやって書き方を教わると、もしかしたら書けるかもしれない、と少し思えるようになった。この書き方を中学時代に知っておきたかったと思った。

T 「この書き方を中学時代に知っておきたかったと思った」。残念ながらもう中学校には戻れません。ですが、教師として戻ることを決めたのですから、将来担当する子どもたちに教えてあげて下さい。中学でも、高校でもいいと思います。作文で苦しんでいる子どもを救うことが出来るかもしれません。

S5 体験作文は今まで何回も書いてきたけど、こんなに考えて書いたことがなかった。いつも思いついた順番で書いていたので今日は本当に勉強になった。読む人を意識することが本当に大切だと思った。

S6 体験作文は、自分が体験したことを好きに書くイメージがあったけれど、順序を踏んで、書いていくと今までより良い物が書けそうな気がしてきました。作文は本当に料理に似ていると思いました。

S9 似たものから考えると体験作文が実はめんどうなものではないと思えた。作文を書くと言ったら何かだらだらと思いつくままに書いていた。やはり、構成はとても大切だと改めて感じた。思いつきでなんとかなるものではないので、しっかり考えて書こうと思う。

T 自分がこの方法で書いてみて書き方を実感したら、この方法を教える体験をしてみて下さい。その時に、あなたが本当に理解しているかが分かるはずです。

(教科通信 修学 NO22より)

2006/06/22

教師を守らない世の中に

教師を守らない世の中になって、もうどのぐらいになるだろう。私が教師になったころであっても、ILOは、「日本の教師は最前線で戦う戦士と同じぐらいのストレスを受けている」と指摘し、早急に直すように勧告を出していたはずだ。

昨日の「クローズアップ現代」では、ベテラン教師が辞める構造を分析していた。私はかつてある研究会で「教師はコンビニエンスストアの店員ではない」と発言したところ、Japan Timesにその記事が取り上げられたことがあったが、まさにいま、この勢いが増してきていると思う。

つまり、学校が公ではなく、私の延長になっているのだ。親は学校に自分の子どもの利益になることだけを求めてくる。ある子どもの利益になることが、ある子どもの不利益にもなるということが許せない。いや、正確に言うと自分の子どもの利益は当然で、自分の子どもの不利益が許せないのだ。

「学校は、あなたの子どもだけの家庭教師をやっているのではありません」

何回も口元まで出かけた言葉だ。

            ◆

番組ではさらに教員免許を持つ人を対象とした大学院大学の紹介がされていた。河上亮一先生や、花田修一先生が就任されているとは思わなかったがそういう大学院である。教師になりながら早期退職した人でもう一度教師を目指す人なども通っていた。

和田中学校の藤原和博校長は、この教師が守られていない状況を次のように語っていた。
「三菱商事の人間が、三菱商事の名刺を持たずに仕事をするのってどんなに大変か、サラリーマンのひとなら分かりますよね。先生が大事にされないというのは、これと同じで大変なことです」
と話していた。

その問題を解消する為には、各学校が「学校のブランド力」を上げる方法をとるしかないのようにも話していた。

            ◆

教師が訴訟保険に入るのも当たり前の時代に、少なくともしっかりとした授業の力を付けて大学を送り出してあげたいと、改めて思う。「授業のブランド力」をつけて現場に立たせたい。

児童教育学科の開設準備

京都橘大学では、来年度から文学部に児童教育学科を開設する。私はこの学科に所属する教員になる予定である。この学科の大きな特徴を4つ挙げると、

1)三つの免許が取れる
2)わかるとできるを育てる
3)学内の他の専門教育からも学べる
4)キャリア獲得への支援がある

ということである。

1)は、四年制の私立大学では珍しいと思うのだが、幼稚園、保育園、小学校の教員、保育士の三つの免許を取得することが可能だと言うことである。幼稚園、保育園、小学校の採用状況は好転してきているとはいえ、一つの免許を持つだけではなく、二つ以上の免許を持つ学生の方が就職には有利であり、就職後も安定して仕事を行うことが出来る。この有利な条件を手に入れることが可能になる。

また、大学の中に入ってから、幼稚園、保育園の先生になるのか、または小学校の先生になるのか決めることが出来る。さらに、希望によっては中学校教員免許の取得も視野に入れることが出来る。

2)教育に置ける専門的な知識、研究を指導する教員と、学校教育現場で必要な知識、技術を指導する教員がバランスよく就任する。学校教育現場で長年実践に関わってきた教員が、14人の専任のうち、約半数就任する。「臨床の知」を重視する本学の立場を明確にしている。

授業にも、他の教員養成系の大学にはない「学級担任論」があったりする。また、現在建築中の新校舎には小学校の30人程度の教室を作る。これは模擬授業を行い、それをビデオカメラで収録して振り返ることの出来る「臨床教育実践スタジオ」として機能する。

3)「教育に一番必要なことは何か?」と学生に聞くと「愛です」と答えがくる。それも大事だが、私たちは「安全・健康」だと考えている。元気に学校に向かった子どもが、楽しく充実して学んで、元気に家に帰る。これが大事だ。しかし、学校で事故が起きることも事実。その時に、適切に対応することが大事。本学には、看護学部があり、専門的に子どもの事故に対応する方法を指導できる教員がいる。

小学校での英語教育が導入されることが決まったが、ここに置いて本学の英語教育の実績が活かされることになる。専門家による英語教育指導を受けることができる。

4)教育・保育支援センターの設置が行われる。教職に就こうとする学生、卒業生へのサポート機関としても位置を占めることになる。また、地域の教育に大学が積極的に関わるベースキャンプとなる。

            ◆

で、この新しい学科を立ち上げるためにいろいろと仕事をしているのだが、9月には「児童教育学科開設シンポジューム」を京都市内で行う計画を立てている。

現在、登壇して下さる4人の先生が決まったところである。日本の教育の最先端で活躍していらっしゃる先生達に、模擬授業をしていただく予定である。

細かいところまで決まったら、大々的に宣伝をする予定である。

今日は、その4人の先生方の近著を読み直して午前中を過ごす。一人二冊と決め、八冊読む。いやあ、やっぱり良いわ。この4人の先生をお招きすることが出来るなんて、私が幸せである。

2006/06/20

ひさしぶり〜〜!

うーん、やってしまった。スケジュールのダブルブッキングだ。確認したんだけどなあ。なんとか調整できそうだが、申し訳ない。

と思ったら、私の間違いと思っていたことは間違いで、私は正しいスケジュール管理をしていたことが分かった。はあ。いいんだか、悪いんだか。

            ◆

大学には教育実習終了第一波が戻り始めた。
あちこちで
「ひさしぶり〜〜!」
「ひさしぶり〜〜!」
という声が聞こえる。

この実習で教師の道を改めて進もうと決意を固めた諸君、
この実習で教師の道をはじめて選ぼうと思った諸君、
この実習で教師の道を断念することにした諸君、
色々いると思う。

どれも正解でどれも違うかもしれない。

教育実習は、あくまでも実習であり学校教育のほんの一部でしかない。
拙速な判断をするべきではない。

だけど、子どもたちから貰った笑顔への御礼と、課題に対して自分なりの決着はつけるべきだろう。それが教育実習に行ってきた諸君の責任だ。

その責任の取り方は、いろいろとある。
学び続けることもその一つだ。
いい大人になることもその一つだ。

ただ、私としてはやはり、良い先生になって欲しいなあと思う。

            ◆

さて、今日は授業の準備はそこそこに切り上げて帰ろう。

教師にとっての学校

S16 読書は好きな方ですが、考えてやる読書は自分の読書歴も振り返るとあんまり考えて読んだことはありませんでした。読書感想文は私も嫌いで、指導なんてしたくない、と思っていましたが、今日の授業でやりようにやっては(ママ)面白くできるということを知りました。

T 好き嫌いで、指導するしないが決められればまあ楽ですが、それは間違いですよね。「私がカレー嫌いだから、家ではカレーを作らない」なんてお母さんがいたら、「僕はカレーが好きなのに家ではカレーが食べられない」なんて子どもが出来てしまうことにもなります。

確かに好きか嫌いかという部分は、指導者でもありますが、目の前の子どもにとって必要か必要ではないかという視点で授業を作ることを忘れては行けません。そして、工夫次第によってはいろいろな授業が作れるのです。

S18 アニマシオンは思った以上に盛り上がると思いました。ただ、一人二枚持つのは少々つらいです。人数に合った教材を選ぶことが必要だと思いました。私は" 楽しみの読書 "をしているのか、考える読書をしているのか、ちょっとわからないので、これから少し考えてみたいです。それから、" 楽しみの読書 "と" 考えるの読書 "の定義と言うか、どういう読書が" 考える読書 "というのか、自分でも考えてみますが、是非先生の考えも聞きたいです。

T 教材に関する批判、いいですね。その通りです。私の準備がずれていました。12枚のつもりで作っていたんですけど、ちょっと多かったですね、枚数が。考える読書とは、私の言い方では批判的思考で読み続けることです。簡単に言えば、なぜなのか、本当なのかと確認しながら読む読書です。その為には、必ず筆記用具を持ちながら読むわけです。なぜ?とその答えを本に書き込みながら読むのですから。

S19 読書は大切ってよく聞きますが、実際に授業の中で大切にされていなと感じたことがなかったので、今日の授業内容も新鮮でした。読書の指導にあたっている先生とこれまで出会ったことがないので、なんなかイメージがわかないのですが、集団で学べる読書としての読書新聞等楽しそうだなと思いました。アニマシオンの時の教師の見方は、なるほどなと思いました。生徒に作業させている時も先生は気が抜けないんですね。

T 学校は集団で学んでいますので、読書もこの集団を活用する学習方法を取り入れることに意味があると考えています。『消える授業 残る授業』(明治図書 小西正雄著)は、私のこの点に関してずばっと述べています。名著ですので読むことをお勧めします。

基本的に、学校では先生はすべての時間がオンタイムです。気は抜けません。トイレでも給食でも休み時間でもです。子どもの前にいる時は、子どもが側にいる時はオンタイムです。ここが辛いと言う人は教師にはなりにくいだろうなあと思います。

たとえば、銀行等接客が大事な仕事では、かならずバックヤードがあってお客さんから見られない場所があるものですが、学校は基本的にはありません。子どもが体調悪い時には保健室がありますが、教師用の休憩室、つまり子どもの視線のない場所のある学校と言うのは珍しいわけです。

見られていることが快感な人が向いているとまでは言いませんが、教師にとっての学校とはそういう場所でもあります。

(教科通信 修学 NO21 より)

朝の10分間読書

S9 読書指導の話は私が司書教諭の授業をとっていたので、復習と言う感じでした。しかし、実際にすることを考えると難しいと思った。「読書と豊かな人間性」の授業でアニマシオンを聞きましたが実際にはしていなかったので、出来る機会があってうれしかったです。興味をひけるという点では学習ゲーム同様効果のあるものだと思いました。

T 学習ゲーム、読書へのアニマシオンなど体験させることを柱にした学習では、子ども、しかも集団としての子どもを動かす力量が教師に求められます。学習者が非常に楽しかったという気持ちになりつつ、内容を学ぶわけですから。これらの力量は理論を理解しつつ、練習を重ねることでしか身につきません。授業では体験をすることは出来ますが、トレーニングまでは手が及びません。子どもたちとふれあう機会を見つけ、チャレンジすることです。

S10 朝の読書という取り組みは今回の授業ではじめて知った。私は好きな本を読んで良いというところが一番良いと思った。この取り組みは絶対本を読むことが好きな子どもを増やせる良い活動だと思う。私も中学生や高校生の時にやっていればもっと本が好きになっていたのではないかなと思った。ただ読むだけではなくて考えて読むことが大切だと分かった。

T 「考えて読むこと」を実行するには、本を読む時には必ず筆記用具を持って読むと言うことです。逆に言えば私は筆記用具がない時には本は読みません。私は読みながら線を引いたり、思いついた事柄は本に書き込んでいきます。そうして本と対話を続けながら読みます。これが考えて読むの基本です。だから、私は本は借りて読むことはしません。買って読みます。本は、精神の食事と言う言い方をする人がいます。貪欲に「食事」しましょう。

S12 私は今まで本をあまり読んできていないし、考える読書もしてないと思う。それでも指導しなければいけないのだから大変だと思った。読書へのアニマシオンは、メモもなにもせずにただ聞いているだけだったから、私は何の役にも立たなかった。何をするにしても、覚えておくためにはメモが必要だと思った。

S15 読書の方法にも様々なものがあるなと思った。ただ、読むだけでなく、考えることが大切だと分かった。普段あまり本を読まないので、もっと本を読もうと思った。

S17 今日は読書指導に付いてやりましたが、私はあまり読書をしないし、読書感想文も好きではないので、もし自分が指導する立場になったら、どう指導すれば良いのかなと考えながら先生の話を聞いていました。いろんな指導の仕方があって、とても勉強になりました。私の場合、まず自分が本を読むようにならないといけないなと思いました。

T 「大変だと思った」というのは、教師側の立場からの意見ですね。しかし、もう一つ大事な立場があります。子どもからの意見です。「本をあまり読んできていないし、考える読書もしてない」先生から習う生徒は、実に可哀想です。

自信を持って笑顔で子どもたちの前に立つためにも、たくさん考える読書をしましょう。たくさんってどのぐらいかって? ま、年間100冊(文庫本相当)ぐらいは行きましょうか?

S14 読書の指導法にもいろいろあると知った。特に朝の10分間読書は短時間でとても効果のあるものだと知ってすごいと思った。書き抜きエッセイや読書郵便などの方法もおもしろと思った。特に書き抜きエッセイは「AをさせたければBをさせよ」の法則でよく思いついたなと思った。「読書へのアニマシオン」も実際にやってみてすごく楽しかった。ゲーム感覚の読書指導は本が嫌いな子どもにも楽しんでもらえると思うし、このゲームがきっかけで、本を読んでみようという気持ちになれば一石二鳥だと思った。

T 読書の楽しみを覚えた子どもと、そうではない子どもの成長の違いをしる大人は、なんとかして読書の世界に導こうと考えたわけですね。若い頭でもっと色々な方法を考えて下さい。

(教科通信 修学 NO20 より)

読書へのアニマシオン

S6 今日は、和綴じ本を作った。急いで作ったのできれいにはできなかったけど、楽しかった。「国語は、子どものこころが動く授業である。ことばの授業である。国語の先生が言葉をきちんと使わなければいけない」と聞いて、普段から気をつけようと思った。

T 生徒に何かものを作らせる時に知っておくと良いキーワードは、「速さ優先」「美しさ優先」「内容優先」などの言葉です。時間は限られているので、どこに優先順位(プライオリティー)を置くのかを指示してあげることです。今回の授業では、時間がないのが予め分かっていましたので、「速さ優先」で作ることを指示したわけです。

何を優先するのかは、指導者が意識していなければなりませんし、それを授業者にきちんと伝えなければならないと思います。

S7 授業妨害が公務執行妨害になるかという話ですが、高校時代にも同じ話を先生がしていました。その時は私語ではなく携帯電話でしたが。携帯電話禁止の高校で着信音が授業中に鳴れば、即授業が中断して捜索、または自己申告、没収でした。鳴る度に授業が中断するので、「公務執行妨害にならないのか」と言っていました。結果的に公務執行妨害になるかどうかはわかりませんが、公務を邪魔しているといことは事実なので、公務執行妨害になるのではないかと考えています。

T 公務とは、公務員の業務を言うわけで、その業務の進行を妨げたとき妨害となり、現行犯で逮捕することが出来るわけです。教員の公務の一つに授業があることは明確で、それを妨げるのですから、「公務執行妨害」になるのではないかと思うのですが、どなたか法律に詳しい方いませんか? 調べてレポートしてほしいな。

S8 最後のアニマシオンは、クラスのリーダー的な存在、ひとりでいそうな子どももわかるし、とてもいい方法だと思った。朝の読書はやったことがないのでやってみたかったなと思った。エッセイはすごく面白かった。もっとそういう話を聞きたい。最近は、授業のレポートで使う本を読んだだけで自分からは読んでいない。" ITと呼ばれた子 "" Deep Love "などすっごくはまっていたときには、どんどん本を読んでいたけど、今は、" これだ " と思う本がなく読む時間もあまりない。

S11 最後のアニマシオンは盛り上がって楽しいと思いました。朝の読書は中学校の時にやりましたが、朝の会にスムーズに繋がったと思いました。本を読まない子が減りTVなどを見る子が増える。TVだと目だけでなく耳からも情報が入るため本を読むよりも楽な気がする。人間は楽な方へ進みたがるから本を読まない子は増えてしまったのかな。

S13 最後のゲームは、私は自分の文章がどこか全然覚えてなかったけど、みんなが教えてくれたので、出来て、覚えているもんだなあと感心しました。読書指導には、様々な方法があったのだなあとも思いました。読書マラソンとか朝の読書ぐらいしかやったことがなかったです。朝の読書が、こういう4つの原則があったのは知らなかったです。

T あくまでもアニマシオンは、子どもたちを本の世界に招待するための方法であって、学級や学習集団を分析する手段ではないと言うことを理解しておくべきです。そんな手段をメインにしてアニマシオンをやれば、子どもたちに見抜かれるし、読書の世界へは招待できないでしょう。あくまでも、アニマシオンが主、分析は従で、たまたま見たということでやりましょう。

そして、そうであっても集団で読書する体験から、子どもたちは新しい学びを作っていくのだと理解して下さい。

時間がないから本を読めないというのは、私からすればまだ良い本に出会っていない、また、読む必要に迫られていないということかと思います。どんな本にはまりたいのか、相談にいらっしゃい。いくつかご紹介しましょう。

(教科通信 修学 NO19 より)

和綴じ本を作る

S1 (和綴じ本づくりは)はじめて作りましたが、やっぱりむつかしかったです。糸を通すのを忘れてしまったり・・・。最終的にこのマッピングメモ等を閉じる時には、完ペキに仕上げようと思います!! ホッチキスを左に付けるというのは、はじめて知りましたが、その後に書き込み回覧作文をして、とても納得しました。”読んでもらう人のことを考えて”と言っても、これまでは字をていねいに書くことくらいしか思い浮かばなかったし、実践もしていませんでしたが、読む立場に立つと新たに気づくことがあります。色んな立場から考えるって大切だと思ったし、それはとてもむつかしいということも知りました。

T 「むつかしい」と書く若者を久しぶりに見ました。私、この表現好きです。ちなみに、夏目漱石は「六かしい」と漢字で書き表していたと思います。これも好きです。相手の立場から考えるという想像力は知力の一つです。実際にやって気づくということを重ねて行くことで、頭の中でシミュレーションをするだけで分かるというところに繋がると良いですね。

S2 和綴じ本作りは、初めて作りました。作り方は、意外と簡単だったので、これからいろいろ自分で作ってみようと思いました。また、みんなのエッセイを読んですごく面白かったです。

T コンピュータが出来てからペーパーレスになると言う話もありましたが、現状は逆に紙だらけになっています。この和綴じ本の作り方を覚えていくと、資料の整理ができますし、外国に行った時に作ってあげると喜ばれますよ。

S3 回覧、大変でしたが楽しかったです。高校の時も古典でやりました。あの時は37人ぐらいでしたので手が痛くなりました。和綴じ本、初めて作りました。完成品は何度か見たことがあるのですが・・・。簡単そうに見えてけっこう難しいと思いました。

S4 濃く書くというのがどれくらいか分からなかったので、今日、自分が「もっと濃く」と指摘されて、薄いということが分かってよかったです。これからは気をつけたいです。書き込み回覧作文は、自分のにコメントが付けられて帰ってくる(ママ)のがうれしかったです。でも、私は時間がなくて、書き込めなかった作文もあり、もっと早く読んでコメントを付けられるようにならなくてはいけないと思いました。

T 私が指導してきた子どもたちも、この書き込み回覧作文をやると「濃く、太く、大きく」の必要性に気がつきました。私が言わなくとも、「薄く、細く、小さく」書いてある作品には、生徒同士で「もっと大きく書いて!」などのコメントがされていましたから。

早く読めないと言うのは、読む側に問題があることもありますが、読ます側、つまり作者にも問題があることがあります。読みにくく書かれていたら早く読めませんよね。そういう作品は、社会では没になります。読んでもらえません。

S5 手順が途中でわからなくなってしまい、作るのが結構大変だった。わかっている人が教えてくれたのでとても助かりました。感謝です。ただ、大学生の私達の中にも速さのばらつきが出たので、中高生の間ではもっとこの差が出るのではないかと思う。なので、作り方の大きな流れをプロントにしたり、黒板に書いた方が良いのかな。と思いました。そうすれば口頭の説明を補えるような気がしました。

T とても良い感想です。自分が受けた授業から、これから自分が行うであろう授業を頭に思い浮かべて批判的に考える。これが大事です。さあ、思いついたあなた。では、どのような板書計画が必要でしょうか、どのようなプリントが必要でしょうか。記憶の新しいうちに書いてみて下さい。今書かないと、あとから書くと言うことは出来ないと思います。

(教科通信 修学 NO18 より)

2006/06/19

リビングで撃沈してしまった

ワールドカップを見たまま、リビングで撃沈してしまった。
奥さんの御陰であんなにあった段ボールの山が、きれいになってリビングの床が出てきた。本当に感謝のみである。

そのリビングの床に、テレビを見ながら撃沈してしまった。はあ、聖蹟桜ヶ丘の生活が戻りつつある。

ま、実力から言えば引き分けで終われると言うのは大したものだとは思うが、希望が判断基準になってしまう悲しい私であった。

            ◆

お昼過ぎに、大阪の仲間が研究室に遊びにきてくれる。学芸大学の山田先生つながりで知り合ったS先生だ。現在教育委員会におつとめで、勤務の関係で今日がお休み。そんなお休みの中をやってきて下さいました。

2時間ほど研究室や学食でいろいろなお話をする。勉強になるなあ。

今度は大阪でお会いすることに。美味しい物をご紹介頂けるとのこと。お土産のお団子も相当美味しかったから、やはり大阪は美味しいのだろうなあ。楽しみ。

            ◆

さらに、教育実習後の「きときと」くんも研究室に顔を出した。
一回り成長し、さらに教師への道を踏み出した感じがあった。
三週間後に教員採用試験が始まるから実習の打ち上げは後回しだな。
教職を目指す諸君、一次試験が終わったら打ち上げような。

それまで、必死にがんばるんだぞ。

全国教室ディベート連盟近畿大会

全国教室ディベート連盟近畿大会があった。
私としては、関東甲信越から近畿への引っ越ししての最初の大会である。
新たな気持ちで、会場の膳所高校に向かう。
といっても我が家から電車で12分。170円の距離である。

            ◆

会場は新しい校舎。
大会本部に入ると、実は懐かしい顔が。

野寺君。彼が中学校二年生の時に瑞雲中学校の諸君と一緒に関東大会でなんかいも練習し、本番で対戦した相手でもある。彼が、近畿支部の学生事務局長をやってくれている。
もう大学3年。立派な関西弁で話していた。

他にも全国大会でお世話になった方や、楢原中学校が全国大会で対戦した相手だった元中学生やらと。実に嬉しいことだ。

私は3試合ジャッジをしたが、非常に気持ちの良い試合ばかりであった。奇をてらうわけではなく、丁寧に直球を投げ込むような議論が作られていた。

この感じでこれからも準備をしてほしいと思った。

            ◆

閉会式では大会講評を述べた。
まさか、私がそんな役をする年齢になるとは思わなかったが、だんだんそういう役回りになるのだろう。大人になるってのは面白いなあ。

講評の最初には、笑いを取ることが出来た。関東の笑いが関西でどのぐらい通じるかという不安はあったが、良かった良かった。これでやっていけるf(^^;。

            ◆

大会後の打ち上げでは、新しい企画のことも話を進めることが出来たし、良い一日であった。

これで日本が勝ってくれていればねえf(^^;。

2006/06/17

そういえばこないだゴリエが来ていたよ

「関東地方は梅雨でじめじめした天気が続くでしょう」
という天気予報が流れていた。
こちらも梅雨なのだが、今朝はきれいに晴れていた。
午後から少し天気が崩れるようだが、じめじめした感じはない。琵琶湖を渡ってくる風がそのじめじめ感を吹き飛ばしてくれているのだろう。

            ◆

今日も大阪に出張。
なんか曜日の感覚がなくなってきている。

毎日、また毎晩、翌日のスケジュールを今まで以上に確認している。
思い込みで動いて間違えてしまうことは今までもお得意であったが、今まで以上に間違う可能性が高まっているので、注意をしている。

スケジュールを管理する秘書ってのは、この延長上に必要になるのだろうなあと少し実感。
これだけ土日も働いているのだから、平日に休みをとってもいいな。うむ。

            ◆

今日も大学の説明会である。
保育と幼児教育関連の大学、短大、専門学校が集まる中、うちの大学も参加である。
対象が保育と幼児教育ということで、参加している高校生は9:1で女子:男子であった。

最初の30分ぐらいはのんびりできたのだが、その後は怒濤の説明になる。食事の時間は1時間確保することが出来たが、まあ凄い人だった。

真剣に聞いてくれる生徒が多いので、こちらも丁寧に説明する。ディベートでいうところのユニークネス、つまり京都橘大学にはあるが、他の学校にはない点を中心に説明する。

パンフレットのクラブのページを見ていたら
「あ、チアリーディングもあるんですね」
というので、
『そうそう、そういえばこないだゴリエが来ていたよ』
と言ったら、
「え〜〜〜、嘘!」
というので、
『はい、嘘です』
とやってしまったf(^^;。
その後は和やかに説明が進んだ。

ま、正直に嘘をついたのだから許してね。

            ◆

終了後、ヨドバシカメラで外付けHDを買って、京都駅では教育関連の本を買って帰宅。
一日よく働いたわい。

明日は全国教室ディベート連盟近畿支部地区大会だ。
ちなみに、関東も大会だ。和田中学校ディベート部、がんばれ!

2006/06/16

ダンスで理科

中学校を退職する前に、体をチェックした。臓器が弱ってきていると思ったからだ。
結果は、年齢相当の状態だったわけだが、腹の調子は悪い。ちなみに、原の調子も悪い。

電車など時間で動くものを使いながら生活をする生活は、年中腹の調子の悪い者にとってはつらい。それなりに、前日から準備をするのだが、こればかりは当日のその時になってみないことには分からない。だから、待ち合わせに迷惑をかけることも多い。すみません。家を出るまでは大丈夫でも途中からあれーってなことも良くあるんです。

            ◆

京都駅に降り立ったときに、
(あれ、やばいかな)
と思う。
(でも、時間がないから乗ってしまえ)
と近鉄急行に乗るが、ますます状態は悪くなる。
(だ、だめだ)
とホームのトイレに向かう。

ということで、急行一本遅れてしまいました。
藤川先生すみません。

            ◆

私の住む滋賀県大津市の西大津駅から京都駅までは二駅。乗っている時間も十二分程度。だが、長いトンネルを抜けていくこともあり、世界が全然違うのを感じる。

京都駅に着くと、華やかという感じがよくわかる。
もちろん、観光に来ている外からの人たちも多いのだろうし、これから出て行く人も多いのだろう。が、やはり華やかだなあ。

で、どうなんだろうと思う。
その華やかな状態が日常の状態である毎日ってのは。
いつも、きりっとしていなければならない生活ってのは辛くないのかな。

ま、ネクタイのように慣れてしまうのかな。
Tシャツに半ズボンの生活は、それだけで楽しいと思う私にはダメということなのかな。

            ◆

糸井先生の学校についたら、関係者が揃っていた。総勢12、3人ということだろうか。今日は、「ダンスで理科」の発表会である。3、4時間目を使ってメダカの卵、孵化、稚魚、成魚、交尾、卵のサイクルをダンスで表すのだ。

なぜ、ダンスで理科なのか。
私の理解では、観察を表現に高める方法としてダンスで理科なのだと思う。観察した内容をまとめてラップミュージックで表現したり、いろいろな手法を使っている。

授業のメインのところでは、コーディネーターのダンサーが子どもたちを指導していく。コーディネーターのダンスをまねることで、子どもたちは身体の解しをしていく。

私が、一番面白いと思ったのは、ダンサーの「指示」の言葉は標準語なのに、「評価」「感動」「疑問」「呼びかけ」などの言葉は京都弁で語られていたこと。その差が授業の輪郭をきちんと伝えている。バイリンガルである。

授業後のちょっとした反省会でそのことを話したら、ご本人は
「そんなこと言われたのは初めて」
と言われてしまった。
気がついていなかったのだろう。私が関東の人間で、国語の人間なので気がついたのだと思う。

しかし、標準語と故郷の言葉の二つを持っている先生は、これを意識して使った方がメリハリのある良い授業になると思った。

他にも色々と発見はあったが、この発見を導いてくれた糸井先生とその子どもたちに感謝したい。

            ◆

その後、奥さんと待ち合わせをして京都の駅ビルで買い物。
週に一度ぐらいは京都で買い物と言うぐらいがちょうどいい感じだ。

今旬の、水茄子の漬け物をゲット。これが美味しいんだ。
水ようかんもおいしい。特に抹茶水ようかんがおいしかったのでそれもゲット。
山芋のわさび漬けもゲット。

久しぶりに外を歩き回って、疲れたあ。
しかし、心地よい疲れであった。

2006/06/15

肩車をしてもらいながら高みに登り続ける

このところ出張や授業がない場合は、午前中読書、午後授業の準備or論文書きというパターンで動いている。インプットを重ねて、アウトプットが動き出すのを促すと言う感じである。

インプットの種類には読書の他にもフィールドワークがある。外に出て、現地に行って確認するということだ。だが、まだこれはしていない。呼ばれていくことはあるが、自分からというのはまだしていない。

であるが、明日は初めて小学校に伺う。糸井先生の学校だ。
何が生まれるのか、実に興味がある。
よろしくお願いいたします。

            ◆

今日の授業は、国語科教育法1の山の一つ。体験作文の書き方だ。
90分の授業のうち60分でこの指導方法を説明したわけだが、学生さんはちょっと大変だったろう。短時間で一杯一杯の内容を伝えたのだから。

さらに、

「こんなことを教わった中学生は羨ましいと思う一方で、私に指導出来るのかと恐ろしくなった」

のような感想もあった。
たぶん、私に習っていた中学生はそんなに凄いことを習っていると言う感覚はなかったと思う。他の中学校の国語の授業を、塾以外では受けていないわけで、私の授業は
(ま、こんなもんだろう)
と思っていると思う。

だが、大学生の諸君は比較をしたわけだな。

            ◆

しかし、冷静に考えてみれば、そりゃあ無理だ。
私は中学校の現場で戦ってきた結果を大学の授業で出しているわけで、まだ戦う場所に立つこともない彼らが自分に出来ないのではないかと思うのは当たり前である。

だが、もし、私の授業を受け止めてくれるのであれば、そこから自分で更なる高みに登れば良い。学問てのは、そうして発展してきたのだ。肩車をしてもらいながら高みに登り続けるのだ。私は私でいろいろな人の肩に乗って一つの型を提示することが出来た。学生諸君は私の肩に乗ってさらなる高みを、時間がかかっても目指せば良いのだと思う。

私だって、学生時代に読んだ『授業 人間について』(林竹二著 国土社)や竹内常一先生の授業などから受けた衝撃に決着をつけるのに、長い時間を掛けている。教育はそんなに簡単に答えは出ないし、できるようにもならないのだ。

でも、挑戦を続けるのだ。

            ◆

実習生の諸君。
大学に戻ってきたら、研究室に顔を出すのだぞ。
どんな課題を手にすることができたか、話を聞くからね。

Asian Sea

近江の海、琵琶湖が身近にある生活ってのは、やっぱり豊かなんだろうなあと思う。

京都市内は観光や遊ぶためにはいいが、ゆったりと生活をするにはちょっと違うなと二ヶ月の京都市内の生活で感じた。土日どころか、平日まで人で一杯。さらに、盆地なのでバスや自動車の排気ガスが溜まる感じがした。

京都市内の生活にするか、琵琶湖の生活にするか考えたが、いまのところこちらにして大正解である。

クーラーの効いている部屋で関係の本を読ものも良いのだが、朝方涼しいうちに琵琶湖のお気に入りの浜に出かけていき、本を読む。

平日だと言うのに水上バイクを楽しむ人、ブラックバス釣りを楽しむ人、幼児を遊ばせる十代の母親と友人。そんなところにワゴンのハッチバックを開けて日陰を作って本を読んでいる私。

波の音と風が心地よい。
本当に、海のようだ。

「P6140009.MOV」をダウンロード

            ◆

Wong Wing Tsanの「Asian Sea」という曲がある。アルバム「Fragrance」に収録されている。(http://www.satowa-music.com/cd/cd-frag.htmlで視聴も出来る)

この曲を聴くと、夏の暑いそれでいて風が吹けばさわやかになる、あのタイやマレーシアの東南アジアの海を思い浮かべることが出来る。まさか、琵琶湖でこの曲を思い出すとは思わなかったが。梅雨の中休み、琵琶湖は一つの「Asian Sea」である。

2006/06/14

頑張れ先輩、続け後輩

再び、教育実習に向かう先輩達の話。授業をどのようにつくるかの相談である。自分が学ぶのと、自分で教えるのは全く別物だからなあ。焦っているのが分かる。

相談にくる先輩たちは、私に答えを求めてくる。つまり、どういう指導方法、指導案が良いのかを聞きにくるのだ。だけど、私は答えない。まずは、自分がその教材をどう解釈して、どういう指導方針を立てているのかを聞かない事には、私の話はしない。

だってね、そこが一番苦しく、面白いところだからなのだよ。教材に向き合い、自分の力量を鑑み、生徒を理解し、想像し、分析し、授業プランを作る事が、教師には必須の力量である。これに挑戦しない教育実習なんて、ほとんど意味がない。

授業は、これが正解といことはない。子どもの事実から、確からしさの精度を高めていくしかないのだ。だから、教師は現場で自分の頭で考えるのだ。教われないのだ。自分なら、どのように教えるのかを考える習慣をつけるのだぞ。

            ◆

で、相談の一つ目は高校の現代国語「メディアに軽重はあるか」という単元。要は、手紙とメールではどちらの方が良いのかということである。

『どんな風に授業を作る予定?』
と聞いてみると
「私は作者の主張に賛成で、私は手紙が好きです。だからそのように結論を持っていく心算です」
とのこと。うむ。

『残念ながら、それでは失敗すると思う。先生が好きか嫌いかは、この場合あまり意味がない。先生は好きですで授業が成立するのは、小学校のかなり低学年か、生徒が先生の人間的な価値を十分に認めている時に、(そうか、この先生が好きならば何か意味があるなうと思う時ぐらいです。あとは
(あっそ、好きなの。勝手にすれば)
と思われておしまいね』
「・・・・・・」
『だから、生徒が「私は好きだな」「いや、私は嫌だな」と議論が起きるように授業を構成して、先生は「なんでなの?」と聞いて回るようなものにすればいいんじゃないの?』
「それはどうやったらいいのでしょうか?」
『そこを考えるわけね(^^)』

『もう一つ、そもそも「メディア」って何?』
「えーっと・・・」
『これを小学校の四年生ぐらいにも分かるような説明を考えておかないとね。先生がきちんと教材を理解していることが大事。そして、説明できることが大事ですよ。じゃあ、来週その答えを聞こうか』
「はい」

            ◆

二つ目の相談は、「『五十歩百歩』の指導の仕方」でした。どのような順番でやるのか考えていると言う。聞いてみると、

1)訓点の説明
2)本文の説明
3)文化的、社会的な背景の説明

ということでやるとのこと。うむ。

私は生徒の立場から考えてみることを話した。
『たとえばね、サッカーの授業でインサイドキックを100本、リフティングを50回、スローインを50回やったあとにゲームに入るのと、「手は使うな、ゴールに足で蹴り込め、それいけ」でゲームに入るのでは、どっちの方が楽しい?』
と聞いてみた。すると後者だと言う。
『ならば、この授業もそのように作ってみたらどうかな?確かに訓点の説明も大事だけど、最初に本文に挑戦するほうがいいのでは? 例えば50回読んで暗記させてしまって、そのあと白文のプリントを元に、どの順番で読むのか数字を書いて、そして訓点で確認するという授業構成はどう?』
「面白いと思います」
『生徒も謎解きをしているみたいで楽しいんじゃないかな。ただし、その時にはあなたが五十歩百歩を暗唱していること、黒板に暗記でバッチリ書けること、五十歩百歩を「ゴジッポヒャッポ」と正確に読める等の知識があることが前提だよ。(この先生にはなんかある)(かなわないかも)と最初に思わせることが大事だよ』
「はい」

頑張れ、実習に向かう先輩。続け、後輩達。

(教科通信 修学 NO17 より)

読んでもらえるレポートを

細かい事ではあるが、君たちは教師になるのであるからして、知らないのであれば教える。レポートの提出のあれこれである。

ホチキスの止め方

レポートが数枚ある時、ホチキスは、通常左上を止める。今回君たちから提出されたものは、例外なく右上であった。そういう指導を受けたのかな? 私の時は、左上を止めるように。

なぜか?教師は、生徒のレポートを読むとき、右手には筆記用具を持つ事が多い。左手でレポートをめくり、右手で間違いを直したり、評価をしたりするのだ。左上に止めてあると、これがやりやすい。だからだ。右側は、先生が左利きの時にやる。

レポートは読んでもらうためにある。読み手が読みやすいように提出する事。

読みやすい字で

きれいな字は必要ない。きれいである事よりも、読みやすい字で書く事が大事である。

読みやすい字とは、「太く、大きく、濃く」書かれたものである。君たちが受ける採用試験の採点官は、年齢的にも小さい字、薄い字、細い字は見えないのだよ。そんな字で書かれたものは、読まれずに採点されない。「太く、大きく、濃く」書く事。

行の頭 付属語と単語の分解はダメ

ワープロを使っていると、それに慣れてしまいあまり意識をしないのだろうが、手書きの場合はやってはだめだ。

行の最初に、付属語(助詞、助動詞)がくるのは、おかしい。ダメである。(ただし、助詞の「と」「など」は会話の鍵カッコの後にはあり)

また、さらにダメなのが、単語の途中で行を変更するものである。もし、君が国語の教師になろうとしているのであれば、言葉の美的センスを疑われてしまう。

「でも、どうしてもなってしまうんです」

という反論があると思う。あるかもしれない。だから、その時は、引用の時は文字の大きさを調整して揃え、自分の文章であれば文案を工夫して文を書くのである。

そこに、文章力や常識や美的センスが現れるのである。

縦書きは漢数字を使う

縦書きのレポート等は、あまりないかもしれないが、だからといって間違えてはいけない。縦書きの文章を書くとき、数字については基本的には漢数字を使う。一二三四五だ。算用数字の12345は、横書きの時と指導するのだ。

表で終わる

指定された範囲で終わる事だ。たくさん書く事が良いと評価されるのは、生徒の意欲を評価するからであって、君たちはそうではない。

指定された範囲の中できちんと書く事である。ひっくり返して読まな書ければならない読み手の事を考えてみるとよい。面倒くさい。

指定された範囲の中で、質の高いものを書き上げよう。

            ◆

繰り返しになる。レポートは読んでもらうためにある。読み手が読みやすいように提出する事。

私の授業で評価Aを必要とする諸君は、上記の5つは、今後、必ず守らなければならない。

特に、提出する文章で、薄い字、小さい字、細い字で書かれているものは、読まないのでそのままCとなります。

良い習慣はなかなか身に付きません。悪い癖はすぐに身に付くのにね。

君たちは教師になるのですから、しっかりね。

(教科通信 修学 NO16 より)

2006/06/13

プリンス

家のネット環境がやっと整った。
それまでは、ウィルコムのPHSの無線でやっていたのだが、マンションについているネット環境の設定を終えたのだ。

通信の設定はこれまでに何度も大変な思いをしている。パスワードがどこかに行ったり、数字の簡単な打ち間違いがあったり。大体からして、毎日仕事でしている人でもないかぎり一度設定したことは、数ヶ月もすれば忘れてしまう。

だから、いつも最初からひーひー言いながらやっていた。
それで、なかなか手を出せないでいた。

            ◆

しかし、実に簡単であった。
インターネット対応のマンションなので、LANの接続口にケーブルを刺して、マックのシステム環境設定で、DHCPサーバーを参照を選べばおしまい。
(え? )
と思うほど簡単であった。
テレビの設定とは大違いである。

ま、これもマックだからだと思うが。

奥さんのご友人の皆さん。
ということで奥さん宛のniftyメールが開通しました。
よろしくお願いいたします。

            ◆

昨年実験して今年も頑張ろうと思っていたのが、スイカ作りである。その時は、なんとか小さなスイカを二個ほど作ることが出来た。なんとなく作り方が分かったので今年も作ろうと思っていたのだが、今年は苗を見つけることが出来なかった。

ところが昨日琵琶湖の回りを走っていたら、苗を見つけることが出来た。しかしスイカではなく、しかも時期が過ぎていて処分されそうになったものをゲットした。プリンスメロンである。Plm


研究室の回りの日当りの良いところにダメ元で植えてみた。さて、どのようなことになるだろうか。一個でも出来れば拍手喝采である。

今日は、30度まで気温が上がるとのことである。

そんな中、昼ご飯を食べに琵琶湖の畔まで出かけた。パンを買って紅茶を水筒に入れて。
いやあ、暑かった。まぶしかった。
でも良い風も吹いていた。

水蒸気で大津プリンスホテルが霞んでいた。Biwalake


プリンスつながりであった。
ちゃんちゃん。

小野道風の神社

大学につくと、まず自分のメールボックスを確認する。
大学からのお知らせや、郵便が届いている。
今日は『授業作りネットワーク』の7月号が届いていた。
この号では私も原稿を書いている。

自分が小市民だなあと思うのは、人の原稿を読んで勉強しなければならないのに、
まず、自分の原稿を読んでしまう。
原稿を書き終えた時に何回も読み直したのだし、もう変更は出来ないのに読み直してしまう。

で、今日はびっくりするような手紙が届いていた。信じられない。
何の手紙かはblogには書けないが、自分の記録として書いておく。
自分の成長に確実に繋がるきっかけを与えてくれる手紙であることは確かだ。

            ◆

今日も実習生の事前指導を行う。マンツーマンで指導できるのが大きくない大学のメリットだ。学生が自分の考えを元に、授業のイメージを作り、それを具体化する作業に付き合う。

私がやってしまう方が確実に簡単で安定しているのだが、それでは実習生の力をつけることにならない。ここはコーチングの発想で学生に付き合う。これはこれでは面白い。

小一時間指導する。

            ◆

近々富山に出かけることになる。書写の授業をしにいく。
そのこともあって、小野道風の神社が琵琶湖の畔にあるのを発見してお参りに行く。自宅から車で20分も走れば到着であった。

小野道風の作品は、以前見た。本当に嫉妬するほどの上手さであった。
いや、私ごときが嫉妬するなんてのは烏滸がましいのだが、とにかく嫉妬した。

で、挨拶ぐらいはしておこうと思って出かけたのだ。
こじんまりとした小さな神社であった。
『字がうまくなりますように』
と大声でお参りをしてきた。

この神社の近くには初の遣隋使である小野妹子や小野篁の史跡もある。
毎週一日ぐらいは、地域と歴史を勉強する日を作っても良いなあ。
うん、そうしよう。

            ◆

折角、オーストラリア産の肉を用意し、食らいつきながら応援したのに、
今日は逆転負けダア。

調子が良すぎた川口が、出なくて良いところで出てしまったところからリズムが崩れたなあ。ドンマイ、ドンマイ。まだ大丈夫だ。

さあ、明日に備えて寝よう。

2006/06/12

引っ越しは、恐ろしい

引っ越しは、恐ろしい。

そんな恐ろしい引っ越しができるのは、まず間違いなく奥さんの御陰である。
本人にとっては大切なものも、周りから見ればゴミというものがある。
これをきちんと判断して引っ越しの時に持ってくるのは、難しい。
しかし、奥さんはこれをきちんとやってくれる。

            ◆

今回、中学校から大学に籍を移して、今までは単に思い出として持っていただけのものが使えるかもしれないと思うようになった。
学級通信や教科通信など過去の通信はすべてとってあるのだが、日頃は見ないのだが、今回の引っ越しでは
「これ、授業の資料になるんじゃないの?」
と奥さんが奥にしまわないで取り出せるところに置いておいてくれたのだ。
さすがだ。

            ◆

いやあ、なんというか懐かしく恐ろしい昔の資料が引っ越しと同時に目の前に現れたのだ。
おそるおそるいくつか見てみる。
ひえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜である。
今の字よりも幼い字で、手書きで書いてある学級通信を確認。
でも、これはこれでいい味出しているなあ。

さらに、なんと教育実習の最後の時に書いてもらった高校生からの感想文の束も発見。
ひえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜である。
これもおそるおそる見てみる。

が、思ったよりも好意的なことが書かれているのでびっくり。
そして、私は生徒の感想で批判的なことを書いてくれている部分に赤線を引いて
どうしようかと考えているのだ。

ん〜〜〜ん。なんと真面目な私。
そして、多少はそのときの生徒達に教えてもらった私の弱点は直せたかなと思って、約束を果たせたのではないかと思った。

極めつけとして、教育実習日誌も発見された。
これもこれもおそるおそる見てみる。
ひえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜である。
なんて生意気な教育実習生だったんだろうf(^^;。

こんな日誌を書いていて良く実習でオッケーが出たな。
今私が指導教官なら、コテンパンに叩くだろうなあ。
でも、叩かれても叩かれていることに気がつかない私だったかもしれない。

            ◆

教育実習に行っている学生諸君よ、最後に生徒に感想文を書いてもらうんだぞ。宝物になるぞ。
良いことも悪いこともたくさん書いてもらいなさい。悪いところを直せれば、子どもにとっていい先生になれるってことなのだから。

その宿題を教師になってから少しずつ返していきましょう。

2006/06/11

なんか、凄い偶然

ざっと見たところ、100人ぐらいはいたかな?
児童教育学科のガイダンスである。
本日は京都橘大学の今年初めてのキャンパス見学。

小一時間、説明とワークショップでガイダンスを進めた。
興味を強く持っていて、高校で説明したのをきっかけにもう一度やってきてくれた高校生もいた。

ガイダンス後に、質問の行列ができたので対応した。
最後の一団の三人に、
『さて、どんな質問でしょうか?』
と聞いたところ、
「質問ではないんですけど・・・」
とのこと。なんだろうと思っていると、
「授業に感動しました。もっと受けたいです」
と言ってくれた。

なんというか、素直と言うか、礼儀正しいと言うか、ありがたいと言うか。
「先生が授業をされるのですよね」
というから、
『そうだよ』
と話す。

若者たちよ、四月に会おう。

            ◆

折角日曜日に大学に行ったので、少しの間集中して仕事をする。論文の基礎データをまとめる。二時間でも集中で結構まとまった仕事ができた。

こういう積み重ねが大事なんだろうなあ。

            ◆

家に帰ってテレビを待つ。設定が面倒くさいので業者にお願いしたのだ。
これが大正解。

今まで使っていたテレビはBSも映らないもの。デッキからBSチューナーを介してみていたぐらいだ。んでもって今回のTVはデジタル地上波を受信できるAQUOSである。赤、白、黄色のコードをつなぐだけの設定ではなく、チャンネルの選択からして面倒くさい。

B-CASカードぐらいは知っていたが、ここまでだったら私は一週間ぐらいテレビを見ることが出来なかったであろう。

で、設定が終わって何気なくテレビを見ていたら、目に飛び込んできた。
北海道札幌のYOSAKOIソーランである。ファイナルをBS-ASAHIで生放送していたのだ。

で、ファイナル進出チームを発表するところを見ていたら、なんと!「京都関西今村組」が5回目の挑戦にしてファイナルに初出場を決めた瞬間を見てしまったのだ。

今村先生は、全生研の先生で今年の三月まで京都の小学校で先生をされていた先生だ。著書でその活躍は拝見していたし、実はいま、ちょっとした私のプロジェクトに関わってもらう方向でお願いしている。

なんか、凄い偶然。こういうご縁ってあるんだよなあ。

しかし、テレビきれいになったもんだ。
しばらく説明書を読まなければならないがf(^^;。

2006/06/10

漏刻祭

いま、マックスウェーバーの『職業としての学問』を読んでいる。
実は、高校を卒業して、大学に入った時に一度読んでいる。
それは、高校時代の友人で、現在東工大で有機化学の先生をしている松本隆司君から勧められたのだ。
「やっぱり、これは読むでしょ」
と。

私はなんとなく教師になろうとは思っていたかもしれないが、学者になるなんてつもりはまったくなかったが、
(まあ、彼が言うなら読んでおくか)
と思って読んだのだが、内容の記憶は全くない。

あのとき思ってもいなかった「学者」になった私は、
(あ、そうだ)
と思い出して読み直している。

            ◆

・大学に職を奉ずるものの生活はすべて僥倖の支配下にある。
・学問に生きる者は、ひとり自己の専門に閉じこもることによってのみ、自分はここにのちのちまで残るようなを達成したと言う、おそらく生涯に二度とは味わえぬであろうような深い喜びを感じることができる。
・いやしくも人間としての自覚のあるものにとって、情熱なしになしうるすべては、無価値だからである。
・情熱はいわゆる「霊感」を生み出す地盤であり、そして「霊感」は学者にとって決定的なものである。
・こうした「霊感」が与えられるかいなかは、いわば運しだいの事柄である。学問に生きるものは、この点でも僥倖の支配に甘んじねばならぬ。

            ◆

たしかに、基礎的な勉強を徹底的に続けた上で、発見が降ってくるのを待つしかないのが研究なのだと思う。割と納得する部分があった本だ。しかしこれを20年前に読んでいるんだが、その時には分からなかったんだろうなあ。

琵琶湖の湖畔で、朝日が登ってくるのを見ながら朝の読書をして、読み終わる。

            ◆

歩いて15分のところに近江神宮がある。
今日は、1300年前に天智天皇が日本で初めて漏刻(ろうこく)という時計を作った記念日と言うことで、天智天皇がまつられている近江神宮で午前11時から漏刻祭という祭があった。

奥さんと二人で歩いて見に行ったのだが、なかなか面白かった。
お社の中には、さらに階段があって宮司さんがそれを登って、扉を開けるところから神事は始まる。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
と言いながら扉を開けるのだ。
そして、さまざまな神様が現れては祝詞をあげる。
なかには、外人さんもいた。

時計会社のお歴々が玉串を捧げ、舞楽が奉納され、式は滞りなく進んだ。Bugaku

舞楽をライブで見たのは、初めてかもしれない。

珍しい時計も見た。日時計ではなく、火時計である。Hidokei

ドラゴンの背中に大きな線香が置いてある。そこに紐が重ねてある。紐の先端には鉄の玉がぶら下がっている。線香が少しずつ燃えてきて、紐の場所に来ると、紐が燃えて切れる。すると、鉄の玉が落ちて、下にある鉄で出来た受け皿に当たる。すると、大きな音がするのだ。

これは、作ってみたいなあと思った。

            ◆

午後は、大学に行って授業の準備。そして明日のキャンパス見学の準備だ。

2006/06/09

5年後には3TB

昨日帰る前にする予定だった学生への資料の印刷をしないで帰ってきてしまったので、慌てて大学に向かう。こういうとき近くに住んでいるのは本当にいい。

ほんの2時間ぐらいで帰ってくる予定だったのだが、結局5時近くまで仕事。今日は事務ばかりしていた。研究費の精算、来年度の新入生キャンプの企画、高校の模擬授業の準備に後始末などをしていた。

新入生キャンプというのは、入学してきた学生に学ぶ姿勢と親睦とを兼ねて一泊二日で出かける行事なのだが、この企画を作り始めているのだ。児童教育学科の開設に先立って一年前に着任しているのは、こういう仕事もするためであるのだ。

高校の模擬授業では、授業後にアンケートを書いてもらうようにしているのだが、そこに質問を書いてくる生徒がいる。ま、すべてに答えるわけにもいかないが、大事だと思う内容・深刻だと思う質問には返事を書かなければなあと思い、書く。

            ◆

東京には、古いテレビを置いてきた。まだ使えると言えば使えるが、さすがにブラウン管の調子も悪くなってきていたので、新しいものを買った。でかい液晶テレビにしようかとも思ったが、それはやめて20インチにした。大きな映像は液晶プロジェクターに頑張ってもらうつもり。

また、録画用のデッキは地上デジタルとは関係のないものにした。HDは250GBで、VHSとDVDが使えるもの。これが5万円だった。私の読みでは、ムーアの法則により5年後には3TBのHDを装備した地上デジタル対応のデッキが5万円で売っていると見たので、現在はこれで良いと判断した。さて、予測は当たるか?

            ◆

明日は、地元の神社のお祭りを見に行く。
一つのお祭りが1000年単位で続いていたりする。
歴史にとけ込んでこようと思う。

2006/06/08

小学校4年生にも分かるように説明せよ

高校での模擬授業。45分の持ち時間であったが、チャイムがなってから教室に移動だったので予定していた45分の授業の枠通りに進めるのが厳しくて、参った。

授業の最初に教室を見たら、ペットボトルが一本机の上にあった。
『はい、それではそのペットボトルしまってくれる?』
と言った瞬間、教室の空気が重くなるのを感じる。しかし、そんなことでめげてはいられない。授業を受ける者として、飲み物を机の上に置いておくことを私は許さない。

ま、それでも授業の半ばから教室の空気も暖まり、最後には高校生達も喜んでくれたようだ。アンケート見るとわかる。薔薇という字も書けたことだし。「もっと授業をしてほしい」と書いてくれた生徒も多い。じゃあ、京都橘大学で待っているぜ(^^)。

            ◆

高校からはタクシーで大学に戻る。5時間目の授業がある。だけど、15分ぐらい遅れてしまった。すまん。京都は名神高速道路が集中工事で一般道路が混んでいる。んなもんで、タクシーもその渋滞にはまってしまったのだ。

今日の授業は、「作文の指導1」である。学校で指導する作文の種類を「体験の作文」「伝達の作文」「思考の作文」の三つに分類し、主に「体験の作文」の指導法について、その哲学や原稿用紙の使い方、作文指導のアナロジーなどについて話す。

予想した通り、中高で作文の書き方を習ったことのある生徒は皆無であった。なぜか、作文を書く時は「書け」「思った通りに書け」「時間内に書け」「書けなかったら宿題で書け」と命令なのだ。これは指導ではない。

次週は、具体的な指導法について述べることになる。

            ◆

研究室に戻り、実習生の指導。扱う教材は「メディアに軽重はあるか」というもの。一週間考える時間を置いての指導。

・「メディア」とは何かを、小学校4年生にも分かるように説明せよ

という課題を与えておいたのだが、彼女がやってきたのは、専門書を読み、そこに書いてある学術的な定義を書き写してきたことであった。真面目な学生がはまるパターンである。

彼女は、学術的な説明を調べ、自分でも理解した。それは正しいし、当然のことである。しかし、それは、説明ではない。小学校4年生が分かるはずもない。

そこで、私は次の説明をした。

『君がしてきたことは、定義を捜してきたことだね。子どもたちにその定義を話しても分からないよ。子どもたちは、手紙、新聞、パソコン、フロッピー、ラジオ、テレビ・・・と具体的なメディアから、抽象的な定義には至れない。教師は、具体と抽象との間の理解を促す「説明の言葉」が必要になるのだよ。そして、それはおそらく「比喩」がキーワードになるはずだ』

という話をしながら、私が中学校でやってきた実践の話、研究授業の山場はどうするか、授業全体のまとめはどうするかなどの話をして終わる。

やる気のある学生の指導は、気合いが入るなあ。

            ◆

家に帰ってから今日のことを奥さんに話していたら、奥さんから次の授業のアイディアを貰った。そうか、そういう手があったか。ありがたい。

『こんな時どう言い返す』という本を作った連載も、奥さんの一言から始まったのだが、奥さんのこういう一言は的を射ていることが多いからなあ。新しい展開があるかも。

うーん、いいなあ。

2006/06/07

この調子で

昼ご飯を久しぶりに「サイゼリア」で取った。
失敗した。

食事はあの値段できちんとエキストラバージンオイルを使っているようだし、それなりに良いと思う。しかし、客層が・・・。

ファミリーレストランだったら子どもを暴れさせても良いと思っている母親の集団がいた。5〜6人の子どもに、3〜4人の母親たち。奇声を上げて椅子の上で跳ねている。自分の家ではないぞ。公という概念がどこかに捨てられてきてしまっているのだろうなあ。

少子化でますます子どもに甘い親や社会が増えるか。
でも、甘やかされて育ったら、その後その子どもたちが抱える社会の厳しさに耐えられるのであろうか。少子高齢化ってことは、今の子どもたちが支える社会が重荷になるってことだぞ。

            ◆

午後からは予定通りに、研究室で授業の準備と論文の執筆に取り組むことが出来た。新しいことを提案するってのは、不安でもあるが楽しい。少なくとも私は楽しい方が上回る。

ディベートの授業に取り組み始めた時、他に誰もやっていなかった。だから、私が失敗したと思っても、私と子ども以外には私が失敗したことが理解できないという妙な状況が続いた。周りが分からないうちに、勉強し直してきちんとしたことをやるということが出来たf(^^;。

今取り組んでいるものも、教員養成課程の指導方法としては、新しいものになると考えている。さて、これが学会等で受け入れられるかどうかは私には分からない。でも、作り上げているこの瞬間が楽しいんだよなあ。今年度中にまとまると良いなあ。

            ◆

で、背中の筋肉痛も久しぶりだ。
修士論文を書いていたとき、腹筋と背筋がとても痛くなった。一日に12時間もワープロと戦っていたからな。その時以来だ。

やっぱり論文を書くために必要な力は、発想力>経済力>体力>知力だなと思う。

このところ、マンションの14階から1階まで歩いて降りるようにして筋力に活を入れている。さらに、昼ご飯も主食と同量の野菜を食べて体調をコントロールしようとしている。
気持ち、顔が小さくなり、ズボンのベルトの穴も一つ内側にずれたような気がする。

この調子でダイエット、ダイエット。
論文、論文。
授業、授業。

明日は、高校で授業だ。

2006/06/06

サボテンの花

新居に来て、サボテンの花が咲いた。
大きな一輪だ。

「サボテンの花」は、チューリップの名曲で冬の別れの曲だが、
ここでは新しい生活を祝ってくれているようだ。
よろしく、サボテンの花。

Photo_2

今月の歌詞 6月ー1 六月の詩

六月の詩 
      by カルメンマキ&OZ

私の心の隙間に 六月の風が吹いても
あの夏は やっては来ない
悲しみを 殺したままに
笑いながら 通り過ぎていった
生温い 六月の風

夏を待つ 都会の静けさ
渦を巻く 憂鬱な気分
喘いでる 私の自由を
つかみ取れるのは あなたじゃない
去年の 夏のままに
私は しゃがみ込んでいる

私の夏は続いている

夏を待つ 都会の静けさ
渦を巻く 憂鬱な気分
喘いでる 私の自由を
つかみ取れるのは あなたじゃない
去年の 夏のままに
私は しゃがみ込んでいる

私の夏は続いている

            ◆

高校生の時だろうか、この歌を聴いたのは。衝撃だったなあ。
クイーンが「ボヘミアンラプソディ」や「愛にすべてを」を引っさげて、ロックであるのに合唱がある構成で楽曲を作り世に送り出した後に、この「カルメンマキ&OZ」を知った。

明らかにニューウェーブではなく、オールドウェーブの彼らであったが、ぐいぐい惹かれた。

「夏を待つ 都会の静けさ
 渦を巻く 憂鬱な気分」

なんて的確な表現なのだろうと、敏感に言葉を感じる年代の私はいたく感動した。
当時住んでいたのは東京の多摩地区のはずれでにある武蔵村山市。この都会の静けさは実感としてはよくわからないでいたが、わざわざ原宿、霞ヶ関、大手町の昼下がりを歩いてこれを実感しにいったのを思い出す。

六月になると、あの高校生の時に歩いた都会の静けさをしっかりと思い出すことが出来る。

「私の夏は続いている」

私も続いている。

今日は060606の日である

午前中、警察に行き免許証の住所変更を再度しにいくが、再び頭にくることがあった。
警察署の駐車場の半分のスペースに鍵がかかっていて、停められない。
6/1から道交法が変わってナーバスになっている運転手の気持ちを考えているのか?

さらに、写真をもってこいというので持っていったら
「スナップ写真は困ります」
とのこと。後ろに壁が写っているだけなのにスナップだと?
『昨日はそんなことは言わなかった。上半身で脱帽のものと言っていたでしょ』
と頭にきてそのまま警察署を出る。
『ったく、きちんと伝えろよ。時間の無駄を何回させれば気が済むんだ?』
と言葉に出してしまうのは、辛うじて我慢した。

            ◆

大学に向かい、授業の準備に取り組む。今週と来週が一つの山になる。作文指導の指導方法である。学生諸君よ、気合いを入れて授業に参加するんだぞ。私も気合いを入れて準備をしている。

教えたいことはたくさんあるが、整理して伝えないことには時間が足りなくなる。その準備である。

で、取りあえず完成。プリントアウトして確認しようと思ったら、ファイルがない。え? 昨日今日で作った二時間分の細案がない? ないないないない! 保存してなかったのか? 悲しすぎる。がーん。

今日は060606の日である。まるでオーメンのようだ。
このことは忘れない。
仕方がない、もう一度作り直しだ。

            ◆

だけど、こうして作り直すことでより良い物が出来ていくのだろうと思う。実際、二回目に作った細案は、かかった時間は少なくてクオリティーはアップしていると思う。授業二日前で良かった。ふう。

            ◆

で、夕方は会議。新しくできる児童教育学科についての打ち合わせ。新しいところを立ち上げるのは、面白いなあ。ま、ひえーの内容があったりするのだが、これはこれで勉強だと思って。

明日は半日授業の準備、もう半日を論文執筆に使いたいなあ。

2006/06/05

社会科見学をしていた感じだ

関西は交通費が高いという嘆きをブログに書いたところ、本学の小暮先生からメールを頂いた。滋賀から大阪に行く時には、一度京都で降りて切符を買い直すと安いとのこと。なんか関東人の感覚ではよくわからないのだが、今度してみよう。情報ありがとうございました。

            ◆

しかし引っ越しと言うのは、いろいろなものが変わるのでパソコンのOSの変更のようなものだ。その第一のところが住民票の移動と、印鑑登録と、銀行の変更だろう。

昨日の代休で午前中はオフにして奥さんと一緒に行ってそれをやったのだが、まあ私がいかに社会性が弱いかと言うことが改めて分かった。

書類を書くための基礎情報がない。銀行口座は作った支店でなければ解約できないとかなんてのは知らない。

ほとんど、今日は奥さんに付いていって社会科見学をしていた感じだな。大津市役所の五階の食堂から見た景色がきれいだったから、遠足だったかもしれない。

            ◆

納得いかなかったのが、警察での免許書の住所変更。写真がないと受け付けないと言うのだ。なんだそりゃ。確かに私は危険人物ではあるが、写真を提出しないと免許書の住所を変更できないと言うのだ。

そんなに必要なら、そちらでポラロイドカメラかなにかで撮影すれば良いのに、こっちに用意をしろとのこと。さらに、ないのなら目の前のデパートに簡単に写真が撮れる機械があるからそちらで撮ってきてほしいと言うこと。

まったくなんてこった。道路の向こうまで行って高いお金を払って撮影だと? そんなに必要なら警察の中に一枚10円ぐらいで撮影できるように用意しておけば良いじゃないか。

と言いたかったが、いきなりブラックリストに載るのもなんなので、止めた。

            ◆

午後から大学に行き、授業の準備。いよいよ授業も半ばに入る。
今年担当している国語科教育法1の授業の基本コンセプトは、「学校現場で困ることの多い指導項目を、体験的に理解する」ということである。

だから、声の出し方、黒板の字の書き方、漢字の指導方法とやってきて、ここでいよいよ作文指導に入る。体験作文の書き方指導をやる。例のテレビ番組を見せてオシマイにするという手もあるが、それじゃあつまらない。

折角なのでエッセンスをやる予定である。その準備が半分終わったところで8時を過ぎてしまったので今日はおしまい。続きの準備は明日だ。

2006/06/04

大阪へ

まだ、書ける気がしたのだろう、今日も朝の五時半に起きてしまった。書き続けている。本来論文と言うものは、こんな風にして書くものではないと思うのだが、練り上げたり刈り込んだりする部分はさておいて、とにかく書いてしまおうと思っている。

で、朝のメールチェックをしていたら、嬉しい返信があった。
これはまだ正式にはスケジュール調整をしていないので書けないが、9月の私の特別活動論の講義にビックなゲストをお招きすることが出来そうになってきた。

キャリア開発演習という教職の科目でも現職の凄い先生を呼ぶのだが、特別活動論にお呼びする先生も、かなりの先生である。

正式に決まったらご案内します。授業は9月です。

            ◆

午後からは、大学の仕事で大阪に行く。関西地区の私立大学が集まって合同説明会をするのだが、大学の職員と一緒に私も参加と言うことだ。

しかし、西大津から大阪までは新快速で39分なのに、950円もかかる。関西は交通機関の料金がタクシー以外は高い。聞いてみると、京都と大阪間は安いのだが、京都を滋賀の方に越えると高くなるとのこと。許せない。

            ◆

説明会は72の大学が参加。本学のブースにも高校生がやってくる。やっぱり人気があるのが新しくできる児童教育学科、看護学部、歴史学科である。しっかりと力を付けて大学に来てほしい物だ。

            ◆

その後、奥さんと待ち合わせをして、梅田のヨドバシカメラで家電を見て歩く。すごく広いので疲れた。結局、冷蔵庫と洗濯機はゲット。それもかなり安くゲット。懸案のテレビ、プロジェクターは後回し。

あ、それから新しいオーブントースターを買った。今使っているものはまだ使えるのだが、もっと大きいのが欲しいと言うことで買った。だから、使えるオーブントースターがあまっています。欲しい学生諸君、早い者勝ちで差し上げます。メール下さい。

大きなテレビにするか、テレビを小さくして液晶プロジェクターにするか。プロジェクターにするなら何にするかと考え込んでしまっている。ワールドカップに間に合うか? 新居にはでかい壁(4.5m×2.2m)があるのでこの壁を使って見たいんだよな。

            ◆

んーん、疲れた。
おやすみ。

2006/06/03

ユリーカ!となったら

ユリーカ!となったら、それを論証せねばならない。
畑正憲氏は、

「アイデアを出すだけでは駄目であり、それを実行していくのは別の才能なんだよ」
『ムツゴロウの人生読本』

と言っている。
それが今日である。昨晩は興奮のあまり10時前に寝てしまった。
ところが、夜中に千葉大学の藤川先生が私に
「佐藤学先生に会った方が良いよ。これが電話番号だよ」
となぜか私に言い続ける夢を見た。

私は佐藤学先生は直接は存じ上げない。藤川先生は佐藤学先生に大学の時に習っているそうだ。
うーん、藤川さんと佐藤先生と今の私を結ぶものは何だ? うーんと唸っているところで目が覚めた。それが夜中の12時。

水を一杯飲んで寝直す。昨日はお酒も飲んでいないのにねえ。

            ◆

朝はまた5時半に起床。段ボールの間を縫ってパソコンのある食卓に向かう。
ジュースを一杯飲んで、ワープロに挑む。
教材を作り始めたのだが、そこからが大変。論文のプロットが出てきて、教材の修正案が出てきて、新しいアイディアが出てきてとそれに対応する私はてんてこ舞い。

私が動いているのではなく、私の中の何ものかに私が動かされているという感じだ。これを昨日は教育の神と言ったのだが。

            ◆

奥さんは
「面白いね〜。なんでこんな引っ越しの時にね」
と笑っている。
なんでと言われても困るのだが、引っ越しの片付けがしたくないからではない。そんなもの私には出来ませんから、したくない言い訳になんかならない。

考えてみるに、この二ヶ月間大学での授業を作るために、今まで読んでいた教育に関する名著を読み直したり、読んでいなかったけど読まなければなあと思って読んだ教育に関する名著らが、蓄積されてきて、大学が始まって二ヶ月後のこの辺りで、私が大学の生活に少し慣れた気持ちのゆとりの隙間を縫って、間欠泉のように吹き出したのではないかと思う。

間欠泉であることは分かっているので、吹き出している間にそれをなんとか形にしなければならないと思って、ひたすらワープロに向かい、メモを書きなぐりして、気がつくと8時を過ぎている。
うりゃああああああああああああと朝ご飯を食べて、大学に向かう。

今日は一日、この間欠泉との勝負なのである。

            ◆

ありゃあ、もう19時だ。
今日は10数時間論文と格闘したか。いやあ、これって修士論文以来だなあ。

明日は大阪梅田に出張ダア。

2006/06/02

ユリーカ!

奥さんは夜行バスで東京から、朝の五時半に山科駅に到着。迎えにいく。
本日、本格的な引っ越しである。

実は昨晩、寝ようとしたところに教育の神が舞い降りてきてしまった。いや、ありがたいのだが、この時間、よりによって今晩と言うタイミングであった。

慌てて、飛び起きコンピュータに向かう。
大学の授業での指導方法である。実践的に授業を指導する方法が思い浮かんだのだ。
それを、だーーーーーーーっと、一つの教材に仕上げる。寝たのは三時を過ぎていた。

            ◆

引っ越し。こういうとき、男は無力である。というか、私は無力である。
家具を何処にどのように配置するか、また、どこに何をしまうのかなど全く関与できない。というか、しない方が後々安全である。

子どものころ、男の大人の会話で
「もう、家の中の何処に何があるか分からないんだよな」
というのを聞くにつれ、
(馬鹿じゃないの? そんなの奥さんに任せっきりにするからだよ)
と思っていたが、最近はその気持ちがよくわかる。

私は日中外に出て仕事をするわけで、その間に奥さんは家の事を片付けてくれる。だから、奥さんが使いやすいようにするのが一番。食器棚とレンジ台をどの順番で並べるかであっても、こだわりが違う。そして、部屋の片付けが進むにつれて、何処に何があるのかがますます分からなくなる。

幸いにして、今回の引っ越しは今まで使っていた家具を基本としているので、その家具の中に何が入っていたかを思い出せば大丈夫だとは思うが、まあとにかく邪魔にならないように早めに片付いた寝室にこもり、授業の準備や大学の仕事を進める。

しかし、気分が優れなくなり体を休める事にした。
引っ越し屋さん、奥さん、ごめん。

            ◆

5時間かけてすべての荷物を14階まで運んでもらった。
いやあ、リビングと書斎は段ボールの山である。見事に山である。
その山に囲まれて、昼ご飯を食べそれぞれの実家に無事に終わった事を電話する。
いろいろとお世話になりました。

で、食事後、気分をリフレッシュするために、復活で出版された大西忠治先生の『授業つくり上達法』(民衆社)を読み直しながら風呂に入ったのだが、ここに再び教育の神が舞い降りてきたのだ。
「ユリーカ!」
アルキメデスじゃないが、それこそ慌てて風呂から飛び出し、引っ越しの荷物野山、じゃない、荷物の山の中から神を引っ張り出し、いや、紙を引っ張り出し、アイディアをメモメモメモメモ。

久しぶりの興奮。
これは上手く行くと大学の授業で面白い事が出来そうだぞ!

凄い一日だった。

2006/06/01

高校の授業から、大学の授業への一日

午前中の高校での模擬授業が気になって、早く目覚めてしまった。なんとなく家の中を歩き回ってみたら、玄関の方の部屋が明るい。なんだろうと思ってみたら、琵琶湖から登る朝日が見えた。

高層マンションがそちら側にあるので、見る事は出来ないかと思っていたのだが、この季節はしかりと見る事が出来た。しめしめ、朝の楽しみが増えた。

            ◆

で、模擬授業。教育学の分野で模擬授業をして下さいということ。対象は高校三年生12人と8人のグループに二時間。同じ事をやる。

1)教育学ってなに?
2)教師の仕事ってなに?
3)授業について 国語の授業で漢字指導を例に

と言う流れだ。

今日の京都は暑く、授業が始まるギリギリまで紙パックの何かを飲んでいたのだが、
『それでは、飲み物をしまってください』
と授業を始める。

            ◆

生徒の反応は良く、気持ちよく50分ずつが過ぎた。
授業が終わってからも何人もの生徒が、京都橘大学に入りたいと言ってくれる。6/11のキャンパス見学会に行く事を予定している生徒もいて、「待っているね」と話をする。

また、今ボランティアで英語を教えている母親の手伝いで子どもの面倒を見ている高校生の相談を受けたりもした。短時間しかなかったが、答えた。待ってますよ、そういう生徒さん、京都橘大学にいらっしゃい。時間をかけてやりましょう。

感想を読んでみても、教育、教師の仕事に興味を持ってくれた生徒が多い事が分かる。

引用開始 ーーーーーーーーーー

・ 教育における生徒とのコミュニケーションの取り方がやはりすばらしいなあと思いました。橘大学に興味があるので今度行ってみたいと思います。

・ 教師というものは難しいともう思うけど、子どもにできないものをできるようにするという所により教育学にひかれた。もっと面白いものも教えてほしいと思った。

・ 高校生だけれども、今日は途中から教育学の授業ではなく、漢字の授業をうけてしまいました。楽しかったです。今まで先生というのは進路の視野に入れていませんでしたが、今回の授業でかなり興味を持ちました。今からでは遅いでしょうか。

引用終了 ーーーーーーーーーー

嬉しい事だ。全然遅くないよ。
ただ50分じゃあできないなあというものもあった。

引用開始 ーーーーーーーーーー

・ 教育学の模擬授業はすごくためになりました。子どもの視点からどのようにすれば、楽しく学べるかを考えて、教える大切さがわかりました。ただ、もう少し、日本の教育法と海外の教育法の違い、受け身の授業と、進んで学ぶ授業の違い等を学べれば嬉しいです。ありがとうございました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

京都橘大学にいらっしゃい。時間をかけてやりましょう。

            ◆

大学の授業をしながら、高校に営業にいくのは大変だと言う先生方がいる。確かにそうだ。だけど、今の私に取っては価値のある時間だ。そりゃあ、中学校のそれとは違うけど、子どもの事実に触れる事が出来る。

そして、教育を選ぼうかどうかどうしようかと考え中の生徒に出会える事が出来る。教師としての後輩を育てようと思っている私には、やりがいのある部分でもある。

さらに、生徒と授業をしていると、大学の授業のアイディアも浮かんでくるから面白い。私はやっぱり、授業作りは「下からの道」が向いているようだ。

            ◆

昼ご飯は、京都駅の駅ビルのラーメンストリートにある、「京都ラーメン 宝屋」で食す。「宝屋ラーメン」650円也。並んでいるだけのおいしさはあった。合格。これで「きがら」が食べられない不安は少し解消。でも、「きがら」の系列の味じゃないんだよねえ。

            ◆

午後は、大学の授業。今日は、書き抜きエッセイ書き込み回覧作文を行い、その後、和綴じ本のつくり方を指導。

授業で配っているプリント、さらに、課題を和綴じ本に製本して提出することを課題として課してある。これは一種のポートフォリオ学習なのである。

しかし、シーズンだと思うのが教育実習である。
授業の前に一人、授業の後に一人と指導方法の相談に来る。
自分が学ぶのと、自分で教えるのは全く別物だからなあ。焦っているのが分かる。

学生は、私に答えを求めてくる。つまり、どういう指導方法、指導案が良いのかを聞きにくるのだ。だけど、私は答えない。まずは、自分がその教材をどう解釈して、どういう指導方針を立てているのかを聞かない事には、私の話はしない。

だって、そこが一番苦しく、面白いところだからだ。教材に向き合い、自分の力量を鑑み、生徒を理解し、想像し、分析し、授業プランを作る事が、教師には必須の力量である。それをしない教育実習なんて、ほとんど意味がない。

さあ、頑張れ、学生達よ。まずは、自分で考えよう。

をを、そうだ、実習中の諸君よ、何か指導教官に相談しにくいことなんかあったらメールをよこすんだぞ。もう現場に出ている諸君には、多少は力になるぞ。

            ◆

研究室に戻って、事務仕事をしていたら、メールが届く。
引っ越しの荷物がトラックに積み終わったところの写真が貼付されていた。うるうるである。さらば、聖蹟桜ヶ丘。

明日は、新居に荷物が届くぞ。

自分のブランド力を上げる

四回生は教育実習に行きながら、一方で教員採用試験の勉強をし、願書を出願しなければならない。

公立学校の教員になるには、当たり前だが閣都道府県の教育委員会の採用試験に合格しなければならない。

その時、君たちは驚く事になるだろう。

君たちの人生において、はじめてテストで受験料を払わない試験になる。そうなのである、教員採用試験は受験料はいらないのである。模擬試験でも、大学入試の試験でも君たちは数千円から、数万円の受験料を払ってきただろうが、ないのだ。タダなのだ。

これは何を意味するのだろうか。

            ◆

簡単に言えば、

「良い人に、私の都道府県の先生になってほしいのね。だから、受験しやすいようにタダなのね。良い先生候補のみんさん、私の都道府県を受験してね」

ということなのである。
だから、君たちはそういうような先生候補にならならければならないのだ。

そして、そのような諸君であることを明らかにする文章を、採用試験の申請用紙に書かなければならない。学生支援センターにいくと、今年の用紙があるから今のうちに、一度書いてみると良い。

            ◆

という話をすると、
(ん〜ん、書けない)
という思いを抱く諸君がいるだろう。そこを考えてみよう。

なぜ書けないか。その理由は二つある。

1)良い先生候補であるために必要な知識がない。また、指導力、人格の力、管理の力がない。
2)どのように書いたら良いのかが分からない。

ということである。では、それについての考察である。

1)は、それを身につける学習をすれば良いのだ。やり方は授業で指示する。あとは、諸君がやるだけだ。まだ1年間ある。しっかりやれば良い。

2)自己紹介の文章で書く事は、大きく二つの事しかない。自己紹介のスピーチでも基本は同じ。

a. 私は今まで何をしてきたのか
b. 私はこれから何ができるのか

である。これを具体的に書くのである。

a.について述べる。たとえば、書道専攻の諸君。君たちは、この三年間でどのぐらいの練習をしてきたであろうか。もの凄い量を書き続けてきた事だろう。だけど、まさか自己PRの文章に「もの凄く書きました」なんてことは書けない。

どう書くか。たとえば、一週間に半紙10枚書いていたとする。すると、一ヶ月で40枚、一年間で約500枚となる。三年間では1500枚だ。となると4年間では2000枚だな。「私は4年間でもの凄く書きました」と「私はこの4年間で半紙2000枚書きました」と書くのとでは、どちらの方が印象に残る?

しかし、まだこれではダメ。相手のイメージに届きにくい。
「私はこの4年間で半紙2000枚書きました。これは、『現代用語の基礎知識』と同じぐらいの厚さになります」
と例えを出すのだ。これで書道をよくわからない相手であってもあなたの努力を理解しやすくするのだ。

こうして君の「ブランド力」を高めるのである。ブランド力が高められれば、宣伝をしなくとも相手の方から欲しいと言ってくる。
「私の県で先生になって下さい」
となるのである。

まず、書いてみて自分というものを見つめてみる事から始めましょう。

採用試験一年前、早すぎる事はありません。

(教科通信 修学 NO15 より)

採用試験の基礎学力とは?

「基礎学力を付けたいのですが」
とある学生が研究室にやってきた。
『ん? なんの?』
と聞いてみると、教員採用試験に向けてとの事。
大学三年生であるから、一年前からの準備ということになる。早すぎる事はない。

            ◆

私の場合、純粋な試験勉強は現役の時も二年目の時も三ヶ月だけであった。自分の性格を考えるとコツコツと試験勉強をする事は出来ないからだ。高校入試も三ヶ月だった。

私の時代は、「教職教養」「一般教養」「専門教養」の三領域からの出題であった。

教職教養とは、教師として知っておかなければならない、子どもに対する知識や教育の歴史、法律など。一般教養は小論文。専門教養は国語のテストであった。

塾の講師を続けていた私は、専門教養や子どもを動かす技術の勉強をしたことはなく、一般教養は小論文だからこれも国語の教師が特別にする必要もなく、ということで教職教養だけ三ヶ月必死にやりました。それだけやれば良かったわけです。

今は、一般教養は国語の教師を目指す諸君にはあまり縁のない「数学」「生物」「英語」などの科目からも出題されます。だから、
(あ、三ヶ月だけやればいいんだ)
と良い子の皆さんは誤解しないように。

            ◆

で、教員採用試験の基礎学力ってなんだ? 
なかなか難しいが、三領域についてちょっと考えてみる。

教職教養は、受験を希望する都道府県の過去の問題を解く事であろう。今は満点を取る必要はない。過去の問題を解きながら、自分に足りない部分を発見し、そこを補う勉強をするのだ。

例えば「大村はま」という人が問題に出てきたとする。採用試験前であれば、彼女の業績を徹底的に暗記するのであるが、今からなら、彼女の代表的な本を数冊読んでみるという事が出来る。これが後々大きな力になる。具体的には、小論文や面接であり、教師に採用された時に自分の指導の哲学を確認する時にである。

教育に関係する実践書、雑誌、研究会などに参加し、自分の教師観、指導観、子ども観を育てることである。遠回りではあるが、これが教職教養を支えると考える。

一般教養は、現在本学の学生が苦しんでいるところである。大学の入試にはなかった科目であっても、教員採用試験にはあるのだ。まずは、高校入試のレベルで良いので見直す事である。県立高校の入試問題で満点を取れる程度の力を蓄える事である。国語科の教師が苦手な部分である。後回しにして点数が伸びなくなるのは、厳しい。

専門教養は、大学入試レベルの国語の問題で満点を取れる力である。私が受験した時は、95点以下は不合格だと思って取り組んでいた。何と言っても専門領域である。高校の教師になるのであれば、高校の指導内容が理解できていなければならないのは当然である。

            ◆

戦略を持って臨む事です。私は、受験科目と自分の性格と、自分の置かれている環境を分析し(というほど大げさな分析ではありませんが、一応考えてみるぐらいの事です)、上記のような受験対策をした。

一言付け加えるのなら、自分一人で勉強を続ける事が得意な人は、それでも良いのかもしれないが人は弱いものでなかなかやりきる事は出来ない。私は塾の教師仲間が支えてくれ、遊んでくれ、批判をしてくれた御陰でたどり着けたと思うが、一人でやり続けたらどうなっていたか分からない。

教員採用試験を受ける仲間で勉強会をしている自主ゼミもあるし、生協主催の講座もある。また、大学の主催するセミナーもある。そういうところに参加しつつ、ペースを保ちながら学習を進めることが大事だ。

アンダスタン?

(教科通信 修学 NO.14 より)

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