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2006/06/22

教師を守らない世の中に

教師を守らない世の中になって、もうどのぐらいになるだろう。私が教師になったころであっても、ILOは、「日本の教師は最前線で戦う戦士と同じぐらいのストレスを受けている」と指摘し、早急に直すように勧告を出していたはずだ。

昨日の「クローズアップ現代」では、ベテラン教師が辞める構造を分析していた。私はかつてある研究会で「教師はコンビニエンスストアの店員ではない」と発言したところ、Japan Timesにその記事が取り上げられたことがあったが、まさにいま、この勢いが増してきていると思う。

つまり、学校が公ではなく、私の延長になっているのだ。親は学校に自分の子どもの利益になることだけを求めてくる。ある子どもの利益になることが、ある子どもの不利益にもなるということが許せない。いや、正確に言うと自分の子どもの利益は当然で、自分の子どもの不利益が許せないのだ。

「学校は、あなたの子どもだけの家庭教師をやっているのではありません」

何回も口元まで出かけた言葉だ。

            ◆

番組ではさらに教員免許を持つ人を対象とした大学院大学の紹介がされていた。河上亮一先生や、花田修一先生が就任されているとは思わなかったがそういう大学院である。教師になりながら早期退職した人でもう一度教師を目指す人なども通っていた。

和田中学校の藤原和博校長は、この教師が守られていない状況を次のように語っていた。
「三菱商事の人間が、三菱商事の名刺を持たずに仕事をするのってどんなに大変か、サラリーマンのひとなら分かりますよね。先生が大事にされないというのは、これと同じで大変なことです」
と話していた。

その問題を解消する為には、各学校が「学校のブランド力」を上げる方法をとるしかないのようにも話していた。

            ◆

教師が訴訟保険に入るのも当たり前の時代に、少なくともしっかりとした授業の力を付けて大学を送り出してあげたいと、改めて思う。「授業のブランド力」をつけて現場に立たせたい。

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コメント

昨日の放送を見逃してしまいました。
池田さんがおっしゃる保護者の考え方は、都会ほどではないにしろ、地方にも見られる傾向です。
そして、子どもたちの中にも同様の考え方が根付いています。
つまり、自分に何かをしてくれる、自分を助けてくれることが当たり前であって、何もしてくれない人は「悪」、嫌なことをする人は「極悪」という意識です。
助けてもらえることが当たり前なのですから、当然「有り難い」という感謝の気持ちは生まれるはずもありません。
後ろ手に縛られてリングに上げられているボクサーのような状態で、現場教師は闘っているわけです。
知性だけでは勝負になりませんから、足技(?)を開発して磨きをかけるしかない状態ですね。(笑)

土曜日からお世話になります。
楽しみにしております。

教員の訴訟保健のチラシ。

確か私の所に来ていました。
保険にはいるかどうかは別として、
いかに、説明責任を話し、学級・学年の舵取りをするか、しばらく研修課題です。 支援教育・遅れていますが評価制度。ICT、様々な行事の対応。もちろん授業の力、分掌をこなす力。

総合的に力が必要な時代の教師なんだな、訴訟保険の話を読んで 明日、その保健のチラシをもう少しきちんと読んでみようと思いました。

わたしもこの番組見ました。
これを見た、教育界以外の一般の方々はどのような感想を持ったのか興味があります。

「おい、先生よ。自分たちの力でどうにかしろよ!」
と突き放して思っているのか。
それとも
「先生達、大丈夫か!がんばれ!」
と思っているのか。

世間一般はともかく、自分たちを守ってくれる側の方々(具体的な名称は避けますが)が、どうも「あちら側」に行ってしまっているように感じるときがあり、脱力感を感じるときがありますね。

門島さん、一応書写の準備は終わりました。あとは天気が良いことを願います(^^)。

私は生徒指導はそろそろ契約の時代に入っても良いのではないかと思うことがあります。どこまで指導するのかを生徒ごとに契約するのです。

教育は、出来ることと出来ないことがあり、さらに、出来ることの中にはやって良いこととやってはいけないことがあるというのが、『教育には何ができないか—教育神話の解体と再生の試み』で広田 照幸の論じるところでありますが、これを進めると契約もありかなと思うわけです。http://www.amazon.co.jp/gp/product/4393332210/249-7567656-9681964?v=glance&n=465392

子ども中心主義の学校教育を見直し、学校教育の範囲を提示するってことは大事ではないかと思うのです。これは、医者や行政は、サービスの限界を示すのは変ではないのに、学校は示さないのですよね。不思議なことです。学校だって行政サービスでもあるのに。

とまれ、一年生の授業楽しみにしています。
では。

最北の中学校教師さん、保険は入るべきですよ。東京では共済組合がやっているものと他のものもあり、他の方が安かったです。

民事訴訟は、訴えられたとき受けて立たなければ自動的に負けになるはずです。で、受けて立つと裁判費用がそれだけで20〜30万ぐらいになるのではないかと思います。

おそらく管理職の先生は数年前から入っているはずです。東京でも管理職の先生達が有志で保険に加入し始めたのが最初だったと思います。

予防接種と思って加入を勧めます。

あべたかさん、負けてしまいましたねえf(^^;。ま、冷静に考えればあのブラジルから一点取ったということが凄いのですが。

日本の社会がごね得を容認していて、文句を言ったものが勝つような感じになりつつありますよね。嘘でも何でも言った方が勝ちのような感じです。

事実を分析してどこに問題があるのかなんて考えている時間を奪われてしまうぐらい忙しい学校現場ですから、ますますそのごね得が幅を利かすわけです。

守ってくれるべきところが、教育委員会、管理職、組合、職員集団、学年教員集団といくつもあったのでしょうが、それがまあ見事に崩壊していた学校もありました。もちろん、見事に機能していた時代もありましたが。

自分で守るとなると、やはりまず訴訟保険でしょうか。なんか営業しているなあf(^^;。

では。

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