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2006/06/20

教師にとっての学校

S16 読書は好きな方ですが、考えてやる読書は自分の読書歴も振り返るとあんまり考えて読んだことはありませんでした。読書感想文は私も嫌いで、指導なんてしたくない、と思っていましたが、今日の授業でやりようにやっては(ママ)面白くできるということを知りました。

T 好き嫌いで、指導するしないが決められればまあ楽ですが、それは間違いですよね。「私がカレー嫌いだから、家ではカレーを作らない」なんてお母さんがいたら、「僕はカレーが好きなのに家ではカレーが食べられない」なんて子どもが出来てしまうことにもなります。

確かに好きか嫌いかという部分は、指導者でもありますが、目の前の子どもにとって必要か必要ではないかという視点で授業を作ることを忘れては行けません。そして、工夫次第によってはいろいろな授業が作れるのです。

S18 アニマシオンは思った以上に盛り上がると思いました。ただ、一人二枚持つのは少々つらいです。人数に合った教材を選ぶことが必要だと思いました。私は" 楽しみの読書 "をしているのか、考える読書をしているのか、ちょっとわからないので、これから少し考えてみたいです。それから、" 楽しみの読書 "と" 考えるの読書 "の定義と言うか、どういう読書が" 考える読書 "というのか、自分でも考えてみますが、是非先生の考えも聞きたいです。

T 教材に関する批判、いいですね。その通りです。私の準備がずれていました。12枚のつもりで作っていたんですけど、ちょっと多かったですね、枚数が。考える読書とは、私の言い方では批判的思考で読み続けることです。簡単に言えば、なぜなのか、本当なのかと確認しながら読む読書です。その為には、必ず筆記用具を持ちながら読むわけです。なぜ?とその答えを本に書き込みながら読むのですから。

S19 読書は大切ってよく聞きますが、実際に授業の中で大切にされていなと感じたことがなかったので、今日の授業内容も新鮮でした。読書の指導にあたっている先生とこれまで出会ったことがないので、なんなかイメージがわかないのですが、集団で学べる読書としての読書新聞等楽しそうだなと思いました。アニマシオンの時の教師の見方は、なるほどなと思いました。生徒に作業させている時も先生は気が抜けないんですね。

T 学校は集団で学んでいますので、読書もこの集団を活用する学習方法を取り入れることに意味があると考えています。『消える授業 残る授業』(明治図書 小西正雄著)は、私のこの点に関してずばっと述べています。名著ですので読むことをお勧めします。

基本的に、学校では先生はすべての時間がオンタイムです。気は抜けません。トイレでも給食でも休み時間でもです。子どもの前にいる時は、子どもが側にいる時はオンタイムです。ここが辛いと言う人は教師にはなりにくいだろうなあと思います。

たとえば、銀行等接客が大事な仕事では、かならずバックヤードがあってお客さんから見られない場所があるものですが、学校は基本的にはありません。子どもが体調悪い時には保健室がありますが、教師用の休憩室、つまり子どもの視線のない場所のある学校と言うのは珍しいわけです。

見られていることが快感な人が向いているとまでは言いませんが、教師にとっての学校とはそういう場所でもあります。

(教科通信 修学 NO21 より)

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コメント

 ピグマリオン@スペインアニマシオンセミナー・西日本唯一の受講者です(^_^)/

 アニマシオンでは、『授業づくりネットワーク』誌次号で、ちょっと辛口の原稿を書かせていただきました(^_^;) よかったら、読んでくださいね(^_^)/

 ミクシイでは、ちょこちょこ、アニマシオンのことやその他書いています。たまには、見に来てねm(_ _)m

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