雨の詩
今週末は忙しいぞ。
大阪、東京、大阪と行ったり来たりの仕事が入っている。
何にも無ければ週末は、琵琶湖で行われる鳥人間コンテストをライブで見に行こうかとも思ったのだが、これは来年へのお楽しみ。
外は雨が降っている。
◆
私なんぞ、
(ああ、今日もまた雨か)
と思うだけだが、この雨に向かって心の底から
(晴れてくれ)
と願う人もいるだろう、もっと降れと祈る人もいるだろう。
ちょうどそれは、室生犀星の詩のごときかもしれない。
引用開始 ーーーーーーーーーー
雨の詩 室生犀星
雨は愛のやうなものだ
それがひもすがら降り注いでゐた
人はこの雨を悲しさうに
すこしばかりの青もの畑を
次第に濡らしてゆくのを眺めてゐた
雨はいつもありのままの姿と
あれらの寂しいふりやうを
そのまま人の心にうつしてゐた
人人の優秀なたましひ等は
悲しさうに少しつかれて
いつまでも永い間うち沈んでゐた
永い間雨をしみじみと眺めてゐた
引用終了 ーーーーーーーーーー
私が雨が降らないでほしいと思ったのなんて、自分の結婚式とか中学の体育祭、それから聖蹟桜ヶ丘の花火大会ぐらいだなあ。
だが、この瞬間にも雨が降らないでほしいと切に願っている人がこの世の中にいることを思うと、こんな私でも鼻の奥がちょっと切なくなる。
◆
さあ、今日は大規模な大学説明会だ。気合いを入れて教育の魅力、京都橘大学の魅力を話すぞ。
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