« 停電 | トップページ | ワーキングプア »

2006/07/24

句会を楽しむ

S1 今日は句会をやった。初めて句会をしたが、俳句について知っていると思っていたのに、実際は何も知らない自分にショックを受けた。まだまだ勉強しなければいけないことがたくさんあるし、知らなければならないことと、知っていて当たり前のこともたくさんある。もっと学ぼうと思った。句会は誰の作品かわからないというのが面白かった。

T 知るってどういうことなのかなあと、時々考え直します。「分かるとできる」がセットになって知るなのかもしれませんね。そして、君たちはその先に「指導できる」が付いてくるのだと思います。教育という営みはとても豊かなものですから、簡単にはできるようになりません。だから、生涯をかけて取り組むことができる仕事なのだと思います。じっくり学んでください。

S2 俳句の知識について、基本的なことから分かっていなかった自分が本当にはずかしかったです。かなり反省しました。また挽回のチャンスがあるなら、その時こそはちゃんとした俳句を作りたいと思います。でも、こうやって先生の説明を聞いて、はずかしい思いをしたおかげで、これからは絶対にこんなありえない俳句をつくったりはしないと思いました。あと、テレビ番組が授業のヒントになるんだということが分かってこれからのテレビの見方が変わるかもしれないなと思いました。

T 挽回のチャンスを授業で作ると言うことはとても大切です。一回勝負では事前に知識のあるものだけが成功するような授業になってしまい、授業中に理解した生徒が悲しい思いをします。授業中に自分の過ちを理解しできるようになったのなら、それを表現できる挽回の場を用意してあげることが大事でしょう。次の句会、楽しみですね。

S3 俳句を作るの難しかったです。俳句の作り方の基本的なことも分かってなくて本当に恥ずかしかったです.基本が分かってしまうと、考えすぎて余計に作りにくくなるかもしれないと不安です。でも、精一杯がんばります。

T 基本という用語を誤解していますね。基本は十分に理解しなければなりません。プロだろうが素人だろうが、大人だろうが子どもだろうが、俳句を作る人は基本を理解していなければならないものです。その基本の上に自分の表現があるわけです。基本は難しいものではなく、なければならないものです。

S4 初めて句会と言うものをやりました。「季重なり」というのをはじめて知ったり、感情を表す形容詞は使ったらダメだというのを知らなかったりと自分の力の無さをとても感じてしまいました・・・。でも友達の作った俳句を鑑賞するのは楽しかったです。
先生の言ったことに反応するのは、先生の話を良く聞いているということと言ってもらえて嬉しかったです。でも、このほめ方は、中学生に対してなんですよね(笑)。

T まあ、そう僻まない(笑)。そこは中学生だろうが、大学生だろうが本質は同じなのだから。教育実習に行った時に、生徒から突っ込まれたらこの台詞で切り返すのだぞ。

S5 みんなの俳句は、誰が作ったのかわからないけど、楽しく鑑賞できました。夏は夜というのが、季語でないとは知らなかったです。夏とあるだけで、季語かと思っていたので良い勉強になりました。私の俳句は、清少納言が、枕草子で夏は夜とよんでいるけど、2006年の今も、私も夏は夜がいいなあという思いは変わらないという内容を読みました。でも、まだまだ俳句を作る能力はダメだなあと思いました。

T 正確に言うと、「夏」だけならば「夏の季語」です。ですが、「夏は夜」は季語ではありません。自分の世界を俳句で表現できたら楽しいでしょうねえ。私もまだ勉強中です。

S6 一つ目の俳句がダメと言われたので二つ目はもうダメだと分かっていたのでプリントが配られるのが本当に嫌でした。でも今日勉強したら、俳句のことが少し分かった気がします。二回生の時に授業で先生がよく俳句を作って授業の前に発表していたので、凄いことだなあとあらためて実感しました。次作る時は頑張りたいです。

T 生徒が嫌な気持ちになったとしても、間違いは間違いと正すのが教師の仕事なのですね。それを恐れてはなりません。

S7 メールでも送ったように俳句の力が全くないと思いました。さらに他の俳句で何が良い俳句なのかも分からなかったことが残念でした。俳句の指導ができるようになるのにはまだまだ先のように感じました。次頑張ります。

T 折角書道をやっているのですから、書道の仲間と句会を頻繁に開くと良いのですよ。そして、優秀な作品を筆で書く。面白いと思うけどなあ。

S8 自分が俳句のことを全然知らないことにショックを受けた。この授業を受けて何回もショックを受けている。今までの私の受けてきた授業とは何だったんだろうと思ってしまいました。将来、自分の生徒にそう思わせないように、今からしっかり勉強したい。俳句は5・7・5の短い文に一つの場面を閉じ込めるので作るのにとても大変だった。「ウム苦しみ」を感じた授業だった。普段から色々感じながら生きていかないとな。

T 分かっていると思っていたものが、実は分かっていなかったという思いを私の授業でしているとは実に光栄です。20歳ぐらいでは珍しいことではありません.私は今でもそんな思いをしています。そして、それは別に悪い気持ちはしません。むしろ、心地よいです。なぜならば、それが学ぶと言うことの本質に近いからです。たくさん学んで、その喜びを教師になって子どもたちに伝えてあげてください。

S9 俳句を作ったのが久しぶりでした。5・7・5で季語が入っているのが俳句だと思い込んでいたので、しっかりした俳句の作り方を学びました。今まで何を学んでいたのかと思うと事前勉強はしっかりしないといけないと感じました。作者と作品の切り離しはやらないといけないと思います。中学校の時に意見作文を全員が書いて発表していたのですが、その時クラス委員だからという理由で選ばれたりしている人がいました。それならば選ぶ理由が無いので、作者と作品の切り離しはできる限りしないといけないと感じました。

T 作品と作者の切り離しができるのが、この句会の面白さですね。文章を理解する立場は、大きく三つあります。「テキスト論」「作家論」「読者論」です。この三つの立場のそれぞれから味わえると面白いのですが、中学生ぐらいですと作者だけに引きずられてしまうことが多くあります。つまり、「○○さんが書いたから凄い作品」ということですね。だから、作者を切り離して作品を鑑賞し、その後作者との融合を試みる読解に導くのが良いのではないかと言うのが私の指導方法論です。

S10 今回の俳句の授業で改めて勉強しなければと思いました。逆選で選ぶべきものも初めは全く分からなくて正選におしたりしていて、知らないっていうのは罪だなと感じました。教えれる(ママ)レベルになるようにがんばります。きょうは初めて板書しました。大きく書いているつもりでも意外に小さくて、やってみないと分からないものだなと思いました。練習します。

S11 句会は、ほぼ初めての経験だったと思います。俳句は、季語を入れれば良いと思っていました。しかし、俳句はそれだけではなくて、奥深いなと感じました。俳句を教えられるくらい、勉強しないといけないと痛感しました。

S12 中学の時に俳句を作ったのを思い出しました。今回俳句について勉強したけど、こんなに難しかったのかな??と思いました。みんなの作った俳句はたくさん良いのがあってすごいなあと思いました。もっと勉強しないといけないと感じました。

T もちろん俳句を教えると言うことは大事ですが、この句会では生徒と一緒に言葉で遊ぼうという感覚も必要です。ですが、遊びと言うのは真剣にやらなければ面白くないものです。そこでやはり教師は十分な知識と指導力が必要になるのです。ですが、遊んでいるという感覚もしっかり持ちましょう。でないと、面白い授業にならないですよ。この場合の面白いは、funnyではなく、interestingですけどね。

(教科通信 修学 NO29、30より)

« 停電 | トップページ | ワーキングプア »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95613/11083794

この記事へのトラックバック一覧です: 句会を楽しむ:

« 停電 | トップページ | ワーキングプア »