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2006/08/24

模擬授業だけでは

翌日は9時から参加。
西郷竹彦先生の講演と模擬授業から始まる。
なんというか、人間国宝の浄瑠璃や落語を聞いているような感じであった。

話の内容は、詩の読解から西郷文芸学の基礎理論の説明であった。
深い学識、鋭い見識、静かな語り口。
ああ、こうでなければならないなあ。
と思いつつ、私にはできないなあと思ったが、
教育という同じ土俵にいる以上、尊敬はするが挑み続けなければならないと思った。

でも、説明の時に出てくる内容が近代科学史を踏まえたもので、これは国語の授業というよりは、哲学の講座であろうと思わせるぐらいのすごさであった。教養ってのはこういうのだろうなあと思った。

            ◆

午後は、阿部昇先生の模擬授業。安西冬衛さんの「春」の読解である。
読み研方式のエッセンスが盛り込まれていて、分かりやすい授業であったと思う。

また、この授業から違う側面にヒントを得た。
模擬授業をする先生は、授業が上手く子どもとの反応でも、ミスをすることがほとんどない。いわゆる取りこぼしがない。

だが、模擬授業を受けている先生、見ている先生は「初心者の先生」が多い。模擬授業通りにやったとしても、さまざまな教育技術が不足していることがあって、取りこぼしが出るであろう。

ベテランの先生の模擬授業では、取りこぼしがほとんどなく、あったとしても取りこぼしのフォローが上手い。しかし、模擬授業を見て挑戦する初心者の先生は、取りこぼしは多く、フォローが下手。

そうだとすれば、模擬授業だけでは初心者の先生の授業力の向上にはならないのではないかと思ったのである。課題だなあ。

            ◆

で、4時に大学に戻って、「虎の穴」のようなレッスン。
採用試験の二次試験で模擬授業のある学生へのレッスンである。
私と採用試験の講座を担当してくださっている先生で、2時間半みっちりと行う。

懸命に学ぼうとする学生には、こちらも全力で応えてあげたいと思う。
準備は時間との勝負だと思うが、しっかりな。

期待しているよ。

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