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2006/09/23

キャリア開発演習4があってもいい

楢原中学校の生徒に向けての授業では、学生達はたくさん学ぶことが出来たようだ。
大学の授業では、なるべく実践に即して指導しているつもりだが、実際に教えることで学ぶこととは質が違う。

私が授業で教えてきた内容が、
(ああ、こういうことだったのね)
と理解できる場面が多くあったようだ。

たとえば、私は
「授業は性善説で作らないこと。性悪説で作ること」
のように指示を出している。
人間が性善説か性悪説かということではない。授業づくりはということである。
簡単に言えば、

(質問すれば、生徒は答えてくれるだろう)

という立場に立たないということだ。
もちろん、質問したら答えてくれる場合もあるし、答えさせるように授業をつくるのだが、何の疑いもなく(質問すれば、生徒は答えてくれるはずだ)という思い込みで授業をつくると、そうでない場合、パニックになる。

だから、
(質問に答えてくれない場合は、どうやって展開しようか)
と予め考えておかなければならないわけだ。これが「授業は性善説で作らないこと。性悪説で作ること」という意味である。

こんなことを、今回の授業で学生は実感することが出来たというのである。良かった良かった。

            ◆

溜まっている事務仕事をしに大学に向かい、その後、京都駅に楢原中学校の子どもたちを見送りに行った。

入場券を買って新幹線のホームに入るなんて、初めてかなあ。
ホームには疲れきった子どもたちがいた。
私が直接教えていた生徒達ではないので、交流はなかったが、嬉しい時間を作ってくれた子どもたち、そして先生達を京都に住むものとしてお見送りしたいなあと思ったわけだ。

ホームでは修学旅行の臨時の新幹線を待つ中学生だらけ。
この列車には何人かの知り合いの先生が乗っているようだったが、そこまでは挨拶には行けなかった。

窓から見える子どもたちに手を振って、別れを告げた。

            ◆

夕食は、この夏の集中講義を乗り切った学生達と食事。中華料理だ。蒸し鶏が絶品であった。

最終課題を出し終えた学生達は、口々に
「なんか、あの充実感が懐かしくなります」
という。
つまり、
「今の生活が物足りない」
というのだ。

課題を提出したある学生のメールに、
「キャリア開発演習3の授業がある夢を見ました」
という言葉が添えられていたのを、ここで紹介したのだが、学生は
「悪夢だ!」
と爆笑であった。
でも、
「あったら受けたい!」 
「キャリア開発演習4があってもいい」
と話す学生も多く、なんというか
(うーむ、倒れるぞ)
と思った。もちろん、学生の方だが。

ただ、こんな話もした。
『足りないと思っているのならば、そこを自分と自分の仲間でやるのが大学生なんじゃないかね。先生、お願いしますというのもいいんだが、自分たちでどうしたらいいかと考えてやるのが大切なんじゃないかな。そこが高校までと圧倒的に違うのではないかと思うのだけどね』
と。

高い要求かなあf(^^;。
しかし、気持ちのよい志を持つ学生達だ。
楽しみ楽しみ。

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