« この時間と空気が | トップページ | ちゃららっちゃ、ちゃっちゃちゃらららん。 »

2006/09/18

走りきるという感じだろうか

祭日とかゴールデンウィークとか関係なしに動いている。しかし、これは今に始まったことではない。もともと人ごみが好きではないので、GWにどこかに出かけて行こうという気持ちはほとんどなかったし、研究会やクラブ活動の試合などは、この期間も関係なしに行われるので、意識が弱いのかもしれない。

            ◆

なもんで、今日も大学に出かけてきてキャリア開発演習2の授業の準備をしている。残すところこの授業もあと7時間。2日間である。集中講義の集中で考えると、7/45ということになる。

修士論文を書いていた時も感じたのだが、ゴールが近づくとなぜか切なくなる。書いている最中は、腹筋も背筋も痛くてヒーヒー言っていたくせに、書き終わりが見えてきて後少しとなると、なぜか書き終わりたくなくなった。

この集中講義の集中も、8/28に始まった時には
(倒れないように。倒れないように)
と思って始めたが、ゴールが見えてきた今は、
(最後までリズム良く)
と言う思いと
(もうちょっと走りたいなあ)
という思いが交差する。

実に不思議な感覚だ。

            ◆

しかし、大学の授業ってのは中学校のそれとは違うなあと思うこともある。大学の授業は中学校のそれではなく、小学校のそれに似ているのではないかと。

中学校の授業は、一つを作ったらそれをいくつかのクラスで指導する。三クラスあれば三回指導することになる。だから各クラスで微調整をしながら、授業の質を高めることが出来る。最初のクラスはちょっとクオリティは低いが、年間通じてやればどこも最初になったり最後になったりするから大丈夫である。

だが、大学の授業はこれではない。一回一回の授業である。次の授業は来年以降になる。もちろん、その次の授業は社会情勢の変化や学問の進歩があるので、同じということにはならない。だから、走りきるという感じだろうか。

今までにあまり経験したことのない感覚だ。

            ◆

本当は、同時進行で進めなければならないメールの返信とか、原稿とか、仕事とか、研究とかがあるのだが、ごめんなさい。こっちの方を優先しています。あと二日間ですので、よろしくお願いいたします。

さて、帰るか。

« この時間と空気が | トップページ | ちゃららっちゃ、ちゃっちゃちゃらららん。 »

コメント

ノリノリですね(笑)

でもそうやって自分の身の回りを確かめながら授業に集中できるのは、自宅に帰ったら笑顔で迎えてくれる方の存在があってこそということをお忘れなく。

また一回しくじると、その修復のチャンスが与えられるのが1年後であることが「恐怖」に感じられることがあるかもしれません。どうしても自分はその恐怖と戦うことになってしまうので、ときに怖じ気づいてうまく行かないことがあります。

こいつとどうつきあうか、これからも向き合って行きます。

浅草ですf(^^;。

いや、このわがままの私がですよ、毎日のように「ありがとう」「ごめんなさい」の二言を欠かしたことが無いわけですよ。仕事に集中できる幸せというのを感じています。

そうそう、そのしくじりは怖いなあと思います。集中講義ですから、一度方向性を間違えると修復が効かないと思っていますので、ほとんどシナリオ状態にまで作り込んでいます。特に導入部は。

でも、学生の反応を見て、大胆に授業方針を変更することもあります。十分に準備がしてある場合は、リスクを取ることで却って上手く行くことが多いようです。

私の場合は、まだ目の前のことしか見えていないことが、怖いと思いながらも「恐怖」から離れていられる理由なのかもしれません。

この授業が終わったらもう後期の通常授業です。学生の課題を評価し、楢原中学校の修学旅行に関わり、開設シンポジュームのコーディネーターをし、教育実習の指導をしと10月に入るまでは休みがありませんが、10月からは、研究モードに入りたいと思っています。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95613/11945325

この記事へのトラックバック一覧です: 走りきるという感じだろうか:

« この時間と空気が | トップページ | ちゃららっちゃ、ちゃっちゃちゃらららん。 »