« あちらこちらで | トップページ | スピーチの実際と評価 »

2006/10/28

探しても出てこないなあ

私の検索が不十分なのだろうか。
探しても出てこないなあ。

何かと言えば、「学生の怒り」だ。
この高校のカリキュラム偽装問題での怒りだ。
高校生の怒りを探しているのではない。大学生の怒りだ。

            ◆

ご案内の通り、教員採用試験は高校の社会科(いまは、地歴、公民のように別れているが)の教員になる試験が難しい。なんとなれば、社会科の教員にはいろいろな学部からなれるからである。文学部、法学部、経済学部から教職課程も受ければ社会科の教師になれる。だから、倍率も高いのだ。

という説明を私もしていたのだが、なんだ違うじゃん。

(世界史の授業をやっていないのならば、世界史の先生なんていらないんじゃん。だから、採用しなくてもいいのだから、募集は少なく採用試験の倍率は高かったんじゃん)

ということになる。
もちろん、自分の学力が低くて合格しなかったものもいるだろう。だけど、こんな偽装で採用を控えられていたんじゃ、ふざけるなだろう。

もちろん、世界史はやっていることになっているから、非常勤講師を呼んでやっていることになっているかもしれない。非常勤講師をつづけていて採用がないという人もここに関係があるかもしれない。

にも関わらず、怒りの文章が見つからないなあ。
匿名だったらありそうなもんだけど、ないなあ。
自分とは関係ないと思っているのか。

私が該当の学生であったら、怒り狂うだろうになあ。
ついでに、世界史の教科書会社の社員でも怒るだろうなあ。

            ◆

それにしても、優秀な大学を目指すために、必要のない教科を授業で扱わない。
そりゃあ、ダメだ。

私だって歴史に強いわけでもないが、優秀な大学を目指す人は
社会のリーダーを目指すのだろう?
歴史は認識の仕方でいろいろな歴史があるが、一つや二つの考え方を知っていないというのはだめだ。そうでなければ、簡単に視野の狭い人間になってしまう。

良い大学に入って、良い人生を送る。だから、必要なものだけ学ぶ。
うーん、本当に君はリーダーになれるのかねえ。

勉強は自分のために行うなんて思っているのは、リーダーではないね。
本当に力のある人たちは、その力を自分のためではなく、他人のために使える。
自分を幸せにするなんて小さい。
社会を、人類を発展させるためにその力を使っていけるかどうかである。

ほんの少しの時間だけ私達はこの世に存在しているのだと思う。
そのほんの少しの時間の間に、ちょびっとだけ社会を良い方向に変えることができるのは、このような高度情報社会においては、ごく一部の人だけだと思う。

そこを目指そうと思っているリーダー候補生が、広く学ばないでどうする。
これで世界史を学べれば、世界史の他に学んでいたことと併せれば人間的に成長するチャンスを、去年の先輩よりも多く貰ったことになるじゃないか。

三月も授業料払ってあるんだから、じっくりと学べば良い。
まだまだ、高校生じゃないか。
そして、立派な人類のリーダに育ってほしいぞ。

« あちらこちらで | トップページ | スピーチの実際と評価 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95613/12460214

この記事へのトラックバック一覧です: 探しても出てこないなあ:

« あちらこちらで | トップページ | スピーチの実際と評価 »