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2006/12/31

良いお年を

年賀状を書いて印刷してという実に私らしい大晦日である。
自慢じゃないが、夏休みの宿題を8/31前に終わらせたことなんて一度もない。

ではあるが、今年はうっかりと締め切りを間違えていたもの以外の原稿は、きちんと締め切りまでには書けたと思う。人間は、少しずつ成長もするのだ。

            ◆

嬉しいことが続いて起きている時は、その幸せの感情を色々な人にお裾分けすることが大事。自分だけで独占しようなんてふうに思っていては、ダメ。嬉しさの感情の流れを作るようなことが大事。実にそのように感じるこの一年であった。

京都・滋賀というのは、まあ神社仏閣の多いところで、桜と紅葉を見て歩いた今年は、今までの人生でお参りしたのと同じぐらいの神社仏閣にお参りしたのではないかと思う。

そんなんであれば、宗教についても考えることが多くなる。
今、凄いなあと思っているのは仏教である。
これは行動のための哲学のように感じている。

特に浄土真宗の他力という考え方は、「人の力に任せる」ではなく、「宇宙の意志に乗る」というようなものであって、そういうのがあるかもしんないなあと感じさせる何かが、京都・滋賀にはある。

            ◆

「科学的に考えたら、それはありえない」
というのは科学的ではなく、「科学的に考えたら、それは今のところよくわからないが、あなたの人生とそれがどう関連しているのかを話してみて」と言えることが科学的であると内田樹先生は言う。

そうやって科学は人と重なり合いながらアウフヘーベンし、いよいよ宗教もそのアウフヘーベンの領域に取り込もうとしているのかもしれない。いや、宗教がいよいよ科学に挑戦してきているのかもしれない。

遠藤周作さんは、「21世紀は科学と宗教の融合の世紀になる」と予言してこの世を去ったが、実にそうなのかなあと思う。

            ◆

さて、これから年越し蕎麦を頂いて、いつもとはちょっと違った大晦日だ。
来年も、みなさんにとって良い年になりますように。

追伸:
http://homepage.mac.com/ikedaosamu/thisyear.mov
に今年であった風景をまとめた小さなムービーを載せました。
正月だけの限定です。興味があったら見てみてください。

七味五悦三会 2006

一年を振り返るわけであるが、こういうのは来年の今頃になってやっても出来ない作業なので、取り残しがあるやもしれないが、年内にやっておくことにする。

私が好んでやるのは、七味五悦三会(しちみごえつさんかい)である。簡単に言うと、一年間に出会った七つの美味しいもの、五つの喜び、三つの出会いを思い出し、「良い一年だったね」と確認する江戸時代の庶民の振り返り方である。

悪かったことをカウントアップせず、良いことだけを思い出し、良い一年だったと振り返る。なんともすばらしい振り返り方である。

中学校から大学へ、東京から京都・滋賀へと移った区切りの年である。記録しておこう。

            ◆

ということで順不同ではあるが、

七味

・ 「王将の餃子」

いやあ、京都の楽しみはやはりこれでしょ。時々ある一人前105円のときにごっそりと買ってきて、冷凍庫に保存。麦酒と餃子。ああ、美味。

・ 「京乃一滴(きょうのひとしずく)」

京都に引っ越してきて最初に住んだ三条東山にあるそば屋で飲んだ日本酒。白川を見ながらテンプラそばの「ぬき」を頼み、ぬる燗でちょびちょび。あ〜、京都に来たんだなあと思った。

・ 「京料理」

藤や:京都の日本料理は、数が多すぎて何処に入ったら良いのか分からない。紹介してもらえないと分からない。が、ここは紹介してもらって通った。あまりに美味しかったので、二週間連続で通ってしまったこともある。ショウガご飯が絶品であった。


いし田:これも紹介。祇園で食事なんてありえないと思っていたのだが、決行。一つ一つの料理が食べてしまうのがもったいない造り。時には奮発も良いものだと思った。

・「京都橘大学生協 野菜炒めライス」

わが大学の学食の野菜炒めライスである。塩加減が絶妙である。今年の最後の生協の昼食のメニューもこれにした.私を待っていてくれたかのように、最後の一皿であった。続けて「あ、私もこれを下さい」と頼んでいた森○くん、すまん。人生は厳しいのだよ。

・「刺身」

「大津は、サバ寿司ぐらいしか魚はない」と東京の知り合いに言われて、がっかりしていたがなんのなんの。それは江戸時代の話。今は、凄いことになっている。敦賀・小浜などから日本海の魚、津などから太平洋の魚、明石などから瀬戸内海の魚と三つの海から新鮮な刺身を味わえる。こんな土地は、日本中でもなかなかないんじゃないかな。明石に昼間あがったサバが、夕方には私の家の食卓に並ぶのですから。
その中でも、小浜は二回通ったが、凄かった。「赤ちょうちん」というなんの変哲もない店で食べたサバの刺身は、衝撃的であった。ああ、来年は岩ガキを食べに行こう。筑田さん、一緒にね。

・「すぶる」

西大津が誇るタイ料理の店。いやあ、うまい。ランチ980円のバイキングがお得。でも、本命は、ワタリガニの卵とカレー炒め、2300円。絶品。

・「和菓子」

なんというか、変なしつこさがないのが京都の和菓子。和三盆を使っているとかなのかもしれないが、京都駅の駅ビルの地下で売っている蓮根を使った黒いお菓子(ああ、名前が出てこない)が上手い。もちろん、一緒に頂くお茶も美味。一保堂のほうじ茶、さらには玉露の粉茶。美味。

みなさん、京都にお越しの際はご案内しまっせ。

            ◆

五悦

・「BMW MINI COOPER S」

言うまでもない。
新型が出るが、私は敢えて現行型で行きたい。
1600CC,170馬力。スーパーチャージャー付き。
細かい不満はないわけではないが、それを上回るすばらしさがある。
毎日イグニッションキーを回すのが、こんなに楽しいとは。
移動するではなく、走る、操縦するというのがクリアに分かる車である。

・「桜・紅葉」

京都・滋賀のこれには参った。たくさん回ったつもりだが、まだ京都の西の方や北の方は見てない。これは来年。だが、東と南。さらに滋賀県の湖西は随分楽しんだ。これで地方からのお客さんもご案内できまっせ。お仲間のみなさん、来年は一番いい時期にお越しやす。ご案内しまっせ。

・「びわ湖」

東京から引っ越しをする時に、一番こだわりたいと思ったのが住環境。東京の家は多摩川のすぐ側で電線のない広い空と、夏の大花火があった。これをなんとか捜したいと思って見つけたのがびわ湖のほとり。塩分を含んでいないべたつかないびわ湖からの風は、ほんとうに心地よい。読書にぴったり。

・「授業」

大学の授業、教職を目指す他大学の学生への授業、高校生への模擬授業、先生方への校内研修会と、たくさんの授業をすることが出来ました。私はやはり授業や授業づくりを通して、いまここにいるんだなあと改めて思いました。私の授業が、人の役に立つのであれば、それは悦びです。


・「読書」

今年は例年よりもちょこっと多い200冊ちょっとぐらいかな。研究と授業の資料の本を買い直したり、買い足したりしていたので、多くなっています。じっくりと読む本と速読で読む本の住み分けをしたいのだが、結局読んでしまうなあ。読み直しも含めて印象に残っているのは、

『1985年の奇跡』
『マネジメント革命』
『不道徳教育』
『夢のつかみ方教えてやる』
『ダッセン』
『授業入門』
『マスターキートン』

ちなみに、繰り返しになるが『こんな時どう言い返す』が、学事出版で瞬間的に売り上げ一位だったのは、嬉しい。

            ◆

三会

・「京都橘大学のみなさん」

仕事を支えてくださる教職員の皆さん、研究室を掃除してくださる用務の方、休日に研究室に行くと冷暖房のスイッチを入れてくれる警備員さん。美味しい食事を出してくれる生協のみなさん。ありがとうございます。あ、頑張っている学生も、まあ、がんばれ。

・京都の先生たち

今村先生、糸井先生、土作先生をはじめ、京都に来て今までよりももっと交流が深まった先生がた。ありがとうございます。教職を目指す学生、若い先生たちを盛り上げて行こうという思いが共有できる仲間がいることを嬉しく思います。また、来年からもよろしく。

・吹野安先生

問題児だった私のことを覚えていてくださって、「何かやる学生だと思っていたよ」と言い、「な、池田先生」と呼んでくださいました。恐縮です。これからも厳しくご指導願います。

            ◆

ということですが、あとは自分のメモのためにもちょこっと「印象に残った仕事」をあげておきます。

・「よのなか」科のワークシート完成
・富山の中学校で飛び込み書写の授業
・守るんじゃーの顧問になる
・楢原中学校の修学旅行生徒に、学生が模擬授業
・夏の集中講義の集中
・京都橘大学児童教育学科開設記念シンポジューム
・シナリオ方式によるディベート指導方法DVD発売
・「児童心理」に執筆

いやあ、よく遊んだ。
よく仕事をした。
感謝感謝。

来年もよろぴく。

彼女に最初に会ったのは

12/30

彼女に最初に会ったのは、私が高校三年になる春休みだった。四月から使う教科書を買いに高校に行ったときであった。

そのとき、仲間から凄いことを聞いた。なんと薬師丸ひろ子が、いま「翔んだカップル」の映画撮影でここにいると言うのだ。しかも、サインを貰えると言うのだ。

慌ててサインをしてもらえるものを探す。が、ない。
ないので、教科書にしてもらうことにした。ということで、私の現代国語三の教科書には、薬師丸ひろ子のサインがあるのだ。楷書体のかちっとした字だった。

特に彼女に興味があったわけでもなかったので、正直そのサインを手にしても、
(フーン)
であった。人気のある人のサインを貰ってみたかっただけかも知らない。今からだとそう思う。

で、そのときに初めて彼女を見た。「翔んだカップル」の杉浦(村?)さんの役をやる女の子だと言う。サインが書かれた教科書を受け取りに行った、いつもは私達が授業を受けている教室の「控え室」に彼女はいた。薬師丸ひろ子のサインのある教科書の別のページに、サインをしてもらい握手をした。

とっても小さくて、とっても柔らかくて、とてもあたたかい手であった。
太い眉毛に柔らかな瞳。
(いや〜、芸能界って凄いのね。こんな子がいるのね)
いたく感激した。

彼女の名前は、石原真理子である。

            ◆

それから彼女のことを何とはなしに追いかけるようにテレビも見ていた。ドラマでも
(を、出ているな)
(ん、少し大人びたな)
なんてぐらいである。

それからいろいろなスキャンダルに巻き込まれたり、巻き込んだりして、彼女はどこかに行ってしまった。写真集を出したが、買うこともなかった。そして、今年は例の暴露本である。ああ、あの時の彼女はどこに行ってしまったんだと思った。

芸能界なんかに巻き込まれなければ、彼女は彼女のままでいたんじゃないかとも思った。

            ◆

で、その彼女に昨日会ってしまった。
所用があって渋谷の街を歩いていたのだが、渋谷のロフトの前の交差点で信号を待っている時である。

渋谷のみそかである。そりゃあ、凄い人であった。が、私はその信号待ちの人ごみの中に彼女を一瞬で見つけてしまった。で、バシッと目が合ってしまった。ほとんど、織田哲郎の名曲、「ルーシーマイラブ」である。って、誰も知らんだろうけど。

その瞬間彼女は、その信号待ちの人ごみとは反対方向に歩き出していた。
(ああ、なんか用事でも思い出したのかな)
と思ったところ、彼女はそこに立ち止まり信号が変わるのを待ち続けた。
(ん?)
と思ったときに信号が変わった。私は駅の方向に坂を下って行くつもりであったが、彼女のことがちょっと気になり見ていた。すると、彼女は信号が青にならなくて行ける方向、駅に向かって右側、スペイン坂方面に向かって、一人で、歩いて行った。

その間30秒ぐらいであろうか。
あんなに人が多い中に、白い帽子、白いコート、少し短めのスカートを履いてロフトの黄色いビニール袋を持っている彼女が、その渋谷の人ごみの中に隠れてしまっていること、周りの人がまったく気がつかないことに、驚いたり、当たり前のように思ったりしながら、一人で、歩いて行く彼女を見ていた。

            ◆

それは、彼女のオドオドした瞳が気になったからである。誰かに見つけてほしい、だけど、大声をあげられたりしたら困る。一人で時間を過ごすのは嫌だけど、普通の一人として扱われるのは嫌。私は特別な人間なの。そんなことを訴えているような瞳、体の固さが気になったのだ。

そりゃあ、年齢がくれば変わる。人は変わる。
だけど、残酷だなあと思った。
あのあとの20数年がこんなふうに人を変えるのか。

年末の渋谷の街で、目が合った一人のオジさんが、実は、あなたがデビューした時に握手をしたことのあるオジさんであるなんてことは、彼女はまったく分からない。
彼女はこれからどうやって過ごすのかなあと思いながら、私は新宿に向かった。

人生は味わい深い。

450KMを一気に走る

12/29

朝6:00に起きる。
風呂を沸かし、朝ご飯の用意を始める。まだ、外は暗い。

風呂の後朝ご飯を食す。だんだん、そらが光に包まれてくる。
ああ、いい天気だ。

            ◆

なのに、なんだよ。
ベランダの花木に水をあげようと思ったら、雪じゃないか。しかも、結構な雪。
今日は東京に車で戻る日だぞ。

ガソリンを満タンにし、タイアの空気圧を確認し大津ICから名神に飛び乗る。しかし、関ヶ原まではどうしょうもなく動かない。
(ああ、これが今年はやりのノロウイルスか)
と、くだらないことを思う。

            ◆

関ヶ原を越えて、長野県に入るぐらいでやっと道路の雪はなくなる。ところが、融雪剤が飛び散って車は汚れ放題。これは参った。

参ったと言えば、中央道の山々である。南アルプスと中央アルプスの間を走る中央道であることは分かっていたが、こんなに見事に山並みを見るドライブは初めてだ。すごいの一言である。

車に流れる音楽を消し、エンジンの音を楽しみながらその雄大な景色を堪能する。そうか、こうなっていたのか。すんごいなあ。

            ◆

昼ご飯も食べずに運転していたので、諏訪SAでモスバーガーを購入。諏訪湖もきれいだ。八ヶ岳もきれいだ。そうとなれば、以前からなんとかしようと思っていた、あそこに行くしかない。「諏訪SA温泉」である。

サービスエリアの中にある温泉と言うのは、ここだけかもしれない。いつも入りたかったのだが諸般の事情で入れなかった。今回はあの美しい景色に誘われるままに、入った。

二つの浴槽があり、熱いのとぬるいのがある。熱い方が景色がいい。できればぬるい方に切り替えてほしかった。

            ◆

短い時間ではあったが堪能して、温泉を後にする。
風呂上がりは気持ちよくなるので、いつもより多めに休憩を取って、人生初めての帰省を果たした。いやあ、450KMを一気に走るのは、気持ちよいものだ。

二つの醤油差し

12/28

この十年ほど、我が家の醤油は決まっている。
醤油は日本料理の土台であるため、これが定まらないとその家の料理は定まらないと言えるだろう。

我が家の醤油は「キッコーゴ丸大豆しょうゆ」である。東京の秋川で作っている醤油で、原材料は「大豆、小麦、食塩」という至極当たり前のものである。

京都には京都の醤油があるが、こればかりは変えられないなあと思い、買いだめしてこっちに持ってきてある。

            ◆

通常は1リットルのガラスの瓶に入っているのだが、それを小さなガラスの醤油差しと、瀬戸物の醤油差しの二つに移し替えて使っている。

これが非常に心地よい。

通常はガラスの方を使うのだが、ガラスの方は小さいため中身の回転が早い。だから、新鮮な醤油を味わえる。一方瀬戸物の方は少しずつ水分が蒸発するので、味が濃くなって行くのが分かる。

            ◆

こんな小さなことの変化を楽しめるようになったのが、私は嬉しい。

2006/12/28

このところ、ぐっすり

疲れているのか、緊張しているのか、はたまたリラックスしているのか。このところ、ぐっすりと寝ることが出来る。

朝4時、5時に起きなければならないという緊張感が一昨年はずっとあった。そのため、睡眠後2〜3時間で一回目が覚めると言うことが良くあった。このところ、その緊張感が取れてきたのか昨日は晩酌もしなかったのに9時間寝た。途中目が覚めた部分もあったが、寝た。

1年間掛けて染み付いた緊張は、1年間掛けて解れるのかもしれない。15年間掛けて身についてしまった生活習慣を受験前だからといって急に直しても、直らないと受験生には良く行っていたものだが、改めてそうなんだろうなと思う。だから、日頃が大事なんだとも言っていた。

15歳のときに気がつけば、30歳には間に合うかな。これが志学であり、而立なのであろう。

            ◆

昨日見た夢は、実に切ない夢だった。
人生の別れの場面が多かった。
夢の中で面白いことがあり、大声を出して笑ってその笑い声に驚いて目が覚めるということは、今までに経験している。が、夢の中で泣いたのはどれぐらい振りだろうか?

(そうじゃないんだ)

と思いながら、そうせざるを得ない事実に直面し、ただ泣くことしか出来なかった。実際にはあり得ないシーンなのだが、夢に出てくると言うことは無意識が私に訴えているんだろうなあと思う。

ま、映像化された次点で無意識は無意識のレベルから少し離れて、意識に近づいてくるので正確には違うかもしれないが、ちょっと意識しなければなあと思う。

            ◆

今日は、予定では年内最後の研究室。一日中事務仕事だ。研究の方は、ちょっと一休み。今年の振りかえりと年末年始の予定のチェック、そして、1〜3月までのスケジュールの確認などをしつつ、あーだこーだと考えながら過ごす。

もうあと三ヶ月で、本格的に動き出すのだなあと外壁の周りにある足場を外し、館内の電気系チェックをしている児童教育学科の新校舎を見ながら思う。

            ◆

そんなところに良い知らせ!
やった!!

            ◆

研究室の電源を入念にチェックして、扉にちょっとした正月飾りをして、児童教育学科のパンフレットを大量に手に入れ直して、大学を出る。

さあ、明日はロングドライブだ。

思考実験

「捕らぬ狸の皮算用」
「来年のことを言うと鬼が笑う」

不確定な先のことをもとにあれこれ考えても仕方がないという忠言であろう。この考え方は日本人には慎重な行動を促すには良い忠言となっている。が、ブレーキになることもある。

国会の答弁等を見ていても
「そんな先のことが分かるはずないでしょ」
なんてことを国民を代表して、国の方向性を決める政治家たちが言っている。

これではディベート初心者の中学生が
「それは可能性でしかありません」
と言っているのと変わらない。
しかし、そんな国会議員の答えを聞いて簡単に引き下がっている。

未来にはあらゆる可能性がある。だから、今話している事例についてどのような可能性があり、その可能性はどのぐらいなのかを予測し、対策を立てるのが政策立案能力なはずである。それができないなら政治家は失格である。

            ◆

私はどちらかというとこの「捕らぬ狸の皮算用」は、比較的たくさんしてきた。これをかっこ良く言うと「思考実験」と言うのかな。

もし、自分が○○の立場にいたら。
もし、この政策の責任者になったとしたら。

なんてことをあれこれ考えるのは、面白い遊びだ。

            ◆

だが、この「遊び」は結構大事なのだろうなあと思う。
ビジネス書では、一つ上の役職から自分の仕事を考えろなんてことは良く言われている。課長であれば
(部長としてはどのような働きを課長に求めるだろうか)
(オレが部長なら、課長にこの仕事を任すな)
とか。
これが、一つ上の役職になった時にすぐにスタートを切る準備になると言うのだ。

今はPCもあり、簡単に思考実験が出来る。マッピングもマンダラートも、エクセルも音声メモもHDの十分な容量に溜めておくことが出来る。そして、その時期が来るのを待って熟成させておくことができる。

今の時代だからこそ簡単にできるツールがある。これを使って「思考実験」の貯蓄を増やす私であった。さて、これを実行に移すその時期はいつ来るのかなあ。楽しみ楽しみ。

2006/12/27

3時間一本勝負

午前中に掃除をすませ、午後から大学で仕事と思っていたのだが、食後の読書ついでに見ていなかった「明石やサンタ」の録画を見始めたのが良くなかった。気がついたら3時過ぎ。慌てて大学に向かう。ま、家でも出来るのだが、集中してやろうと思い車に乗る。

            ◆

さすがに学生のいない大学は静かだ。
暖房は足許のヒーターだけにして、頭寒足熱。3時間一本勝負。
滋賀大学の教職サークルから頼まれている1/16の講座の準備をする。

            ◆

ふう。
完成。
添付ファイルにくっつけて学生事務局に送付。
年内に終わってよ良かった。

打ち合わせをして、学生たちのリクエストを聞いて、そのリクエストを2時間の講座形式にレイアウトする。まさに、下からの教材作り、授業づくりだ。

今ままでの授業で活用してきた資料があるから3時間で準備できるが、その資料の作成時間まで考えると考えたくないだけの時間がかかっているなあと改めて思う。ではあるが、

「その資料下さい」

と簡単に言う人が大学生のみならず、教職関係者には割と多くいる。こういう準備をしたことのない人なんだろうなあと思う。そして、多くの場合あげても御礼のメールもなければ、使ったという報告もないことが多い。なんだかなあと思う。

            ◆

これからの時代、著作権がどのように動いて行くのか分からない部分もある。実際のところインターネットを通じて音楽にしても、映画にしても、漫画にしてもどんどん手に入る時代だ。

だけど、作者に何らかの敬意と対価がないような方向には行かないだろう。学生だから、子どもたちのためだからだけでは、「その資料下さい」ということの理由にはならないのではないかと、私は思っている。

本日は、大学の最終日

本日は、大学の最終日。ま、実際は警備員さんにお願いをしつつ大学は動き続ける。私も、もうしばらく研究室で仕事をしようと思う。この時期が「研究の稼ぎ時」であることは、中学も大学も変わらない。

            ◆

で、午前中は打ち合わせをした。今取り組み始めた研究の打ち合わせである。ほんとうに色々な方の力を借りて、この研究はいま動き出そうとしている。

毎回の打ち合わせのたびに
(うーむ。凄い。こことこれがこうなって繋がって行くのか)
と感動を覚える。

私の思い付きや構想を具現化しようとしてくれるみなさんの御陰で、私は良い夢を見ることが出来ている。いや、夢で終わらせてはならない。実際に研究を成功させなければと強く思う。

来年の大きな課題だ。

            ◆

話は変わるが、昨日土作先生から聞いたちょっと嬉しい話。
学事出版から出している『こんな時どう言い返す』という本が、学事出版のHPの「売り上げトップ10」でしばらく第一位を占めていたということを聞いた。

なんとまあ、嬉しいことよ。
ただし、この本が売れると言うことは裏返せば、この問題で苦しんでいる先生たちがたくさんいると言うことだ。

「あなたは簡単に言い返せるけど、言い返せないで困っている先生が多いのよ」

と奥さんに言われてはじめた「授業づくりネットワーク会員版」での連載。半年間を予定してはじめた連載であったが4年半も続き、こんなことになるなんて思いもしなかったなあ。

            ◆

夜は大阪教育大学の学生たちと、講座の打ち合わせ。ALL関西教育フェスタ2006で出会った学生たちとの交流が続く。来年に大阪教育大学で学級経営講座をすることになる。

私のHPを比較的丁寧に読んできていることが分かり、打ち合わせのための準備をしてきていることが感じられた。よし、やってやろうじゃんという気持ちになる。

こういうのがとても大事なのだと思うのだが出来ない人が割といる。私だって去年和田中学校に赴任する前は、藤原さんの教育に関する本はすべて読んでから4月を迎えたぞ。

            ◆

この日は、マジカルミステリーツアーもなしに帰宅。
さあ、しばらく研究に没入するぞ。

2006/12/26

関西青年塾

予定を調整することができたので、午後から関西青年塾に向かう。
「授業作りネットワーク」の主催する、若手教師&若手教師候補の育成のための研究会である。関東でも行われているこれを、関西でもやろうと言うことになり土作先生を中心に立ち上げた。今日はその一回目。橿原まで近鉄で向かう。

(ひっさしぶりに、講師をしないで研究会への参加だな)
と思って参加したところ、土作先生から
「ということで、この研究会に池田先生も来てくださいました。ま、探偵ナイトスクープでいえば、キダタロウ先生の役、つまり顧問ですね」
と紹介されてしまう。

うーむ。確かに私は活舌が悪い時は、電話で自分の名前を名乗った時に
「え? 木田さんですか?」
と言われてしまうが、まさかこんな場所でもキダさんになるとは。

            ◆

当日の参加者は、関西の学生を中心に20人程度。このぐらいがちょうどいいかも。道徳と社会の小さな講座をして、教育質問コーナー。このコーナーには急遽回答者として参加。

そして、メインの「ミニネタの授業をつくる」というワークショップ。5人ぐらいのグループになってアイディアを出し、5分程度の授業を作って実際にやってみるというものである。

時間の関係で、この授業の後に行うべき講評ができなかったが、この企画そのものは面白いなあと思った。講評をしないと、ウソの情報で授業をつくってしまったときに、修正が出来なくなる。これはまずい。そこが一つのポイントだなと思った。

            ◆

このワークをやっているのを見て感じたことがある。前向きにやっている学生たちである。だが、基礎的な学力というか、雑学の知識が足りないなあとここでも思う。ミニネタの授業は、私は、

1)膨大な知識
2)1)をリンクづける力
3)2)を伝えるための指導力

これらがないと成立しないと考えている。その基礎的な部分の1)が足りなかったり、あやふやだったりしていると、出来ない。

5分や10分で一つのトピックを扱うミニネタは、時間が短いから簡単なのではなく、時間が短いから授業者の力量が問われる方法でもあると私は考えている。

そういう点からすれば、「ミニネタ授業開発」は若手教員の修行方法の有効な一つの方法になりうるのではないかとも思った。

            ◆

終わってからは、忘年会。
教育のことをたっぷりと話す。

参加者の中に夏の私の大学の授業に参加した学生がいた。
その時に、今後の進路のことを相談を受けていた。多少アドヴァイスしたのだが、そのアドヴァイスが上手く行ったようで
「御陰さまで、上手く行きました」
との話があった。

こういうのは素直に嬉しいな。「後輩」の成長に一つ関われたということだからね。次回はうちの学生たちも連れて行こう。

2006/12/24

久しぶりのシングルベル

200612242109000
諸般の事情があり、ひっっさしぶりにシングルベルである。特にキリスト教信者ではない私だから、まあ良いのだが一人で過ごすのもなかなか味わい深いものがある。

            ◆

今日は家でだらだらしつつも、緊張しながら過ごした。
昨日の私は久しぶりにスケジュールの歯車が小さくずれる一日であった。

若手の先生の一泊二日の研究会に参加しようと思いながら、
(いや、何かあったはずだ)
と顧問をしている学生にスケジュールの確認をしたのだが、連絡がない。おかしいなと思いながら、昼ご飯を食べている時に
(あ、今日は守るんじゃーの発表の日だ)
と気づく。

文部省の主催のボランティア関係の発表で、学生たちが京都の大学を代表して発表する日であった。「見に来てください」とは言われていなかったものの、そういうところは見てあげたいものだと思っていた。そう、思っていたのだがスケジュールにはメモしてなかった。はあ。

スケジュール確認のメールは、本番の打ち合わせ中に届いたそうだ。いやあ、すまん。

            ◆

反省会だけでも参加しようと連絡する。すると、「山科の安加郎」で行うという連絡あり。ふむふむとメールを読んで、私は「椥辻の彦太郎」に向かう。椥辻駅についたところ、「今、椥辻駅」と到着のメールを送ったら突然電話。

「先生、今日は大学からですか?」
『んにゃあ、家からだが』
「先生、ということはひょっとして彦太郎に向かっていませんか?」
『んだ』
「先生、椥辻ではなくて山科です。彦太郎ではなくて、安加郎です」
『あんだと?』

なんてこった。わざわざ地下鉄二駅分も乗ってしまったじゃないかい。似たような店で間違えてしまったじゃないかい。

それにしても、「今、椥辻」だけで私が彦太郎に向かっているのを読み取り、電話をかけてきた学生たちは、なかなか顧問を理解してきている。頼もしい限りである。そういう読みができるようになるのって、先生になった時に大事だからねえ。

なんとか反省会にたどり着くことが出来て、学生たちとあれこれ楽しい時間を過ごす。

            ◆

で、一度崩れたスケジュールはどこかでダラーンとゆったりと過ごすことで調整することが、私の経験上は重要で、今日はその日とした。ふう。

そうすると、トラブっていたものを復活の波に乗せる事が出来るのである。何かと言えば、ipod shffleである。

いやあ、見事に洗濯をしてしまったのである。ワイシャツの胸ポケットに入れたまま、洗い、すすぎ、柔軟剤、脱水のフルコースで洗濯してしまった。このipod suffleが条件付きだが復活したのだ。

mac本体につないでみると機能するが、単体では動かない状態が続いていた。そこで、バッテリーがやられたなと思い、USBから電源を補給できるようにすれば良いと判断し、車のシガーソケットからFMトランスミッターでカーステレオに飛ばすグッズのUSB充電部にコードをつないで、ipod suffleを動かしてみたところ(って、わかるかな?)、見事に復活したのである。

このipod suffleはMINI COOPER専用にしよう。

            ◆

そのUSBから電源を補充するためのコードを買いに浜大津に出かけてみた。
流石にクリスマスであったなあ。

恋人たちや家族たちでにぎわっていた。どこぞのゴスペルグループも歌っていた。もう少し自己陶酔のレベルを下げて、つやのある太い声で歌ってくれれば良いのになあと思いつつ、少し辺りをブラつく。

            ◆

日本のクリスマスは、この40年ぐらいで色々と変わってきたように思う。
40年前は会社の忘年会と一緒のようなものであった。昔一緒の職場にいた下町出身のM先生は、
「クリスマスは父親がキャバレーに言ってお酒を飲む日だと思っていた」
というような証言もある。あの三角帽子をかぶっていたころだ。

それが、私が子どもの時代になると家族のクリスマスになった。ケーキのクリームがバタークリームから生クリームに変わる辺り。中にはアイスのケーキを食べる家もあったと思う。

そして、ユーミンの登場により、クリスマスは恋人たちのものに変わる。バブルの頃にはホテルの予約に奔走する輩もいた。クリスマスを一人で過ごすのだけは、避けたい。これから24歳までの結婚と25歳での結婚で女性の価値が変わるような話も流れていた。

さて、それでは今のクリスマスは何だろうか。
やっとなんでもありのクリスマスになったかなと思う。

当たり前だが、クリスチャンはきちんと教会に通い、家族は家族で恋人は恋人で、一人は一人で。それぞれの人たちがこの日を過ごしているのを、ぼーっとびわ湖を巡る船の明かりを見ながら、思っていた。

            ◆

よくわからないけど、みんなが幸せを確かめようとしている。そんな思いがびわ湖を包むように広がっているように感じられた。

そんな思いをつづけられるような世界を作らなければなあと、柄にもなくでかいことを考える私でもあった。

The Singers UnlimitedのChristmasを聴きながら。

もうすぐ77777です

クリスマスイブのこの日に、77777番が出そうです。
ぴったりの方、近辺の方、是非コメントを残してくださいね。

みなさんに幸せな年末が来ますように。

2006/12/22

美味しいものを食べている人たちは

美味しいものを食べている人たちは、争いをしないのではないかと改めて思った。

昨晩でかけていって突然の休業日にあたってしまったタイ料理の店に、本日もう一度挑戦した。西大津にある店だ。

前から食べたかった、ワタリガニとカレーの卵炒め。さらに、魚介類と野菜のオイスターソース炒めwithタイ米。

私と奥さんの味覚の趣味は違うのにも関わらず、二人して
「美味しいね。美味しいね」
と何度も繰り返す。そして、笑顔になる。

            ◆

料理を食べるなら、王朝のある国。またはあった国。これがある料理人から教えてもらったキーワードである。王朝のある国、あった国は美味しいのだ。ただし、イギリスのような例外もあるが。

タイの料理は、酸っぱ、甘、辛いの料理である。だが、これらのバランスがびしっと合ったとき、魚介類を好む彼の国と我が国の味覚がチューニングされて、どかんといい味を生み出すのだ。

            ◆

あまりの美味しさに、デザートを頼むのがもったいなくなってしまった。この美味しい味の余韻を保ちつつ、店を去りたいという気持ちに、二人してなったのだ。

ああ、また行こう。
とても幸せな気持ちになった。こんな気持ちになる食事をしていて、戦争をしようなんて思わないよな。戦争をしている国や地域は、やっぱり食事が貧しいのではないかと改めて思った夜だった。

脱力系の親父ギャグ

かつてイグサという名前の生徒がいた。その生徒がちょっと暴言を吐いたことがあった。そのことに関して学年の先生たちは、厳しく注意をした。

が、一人だけ敬愛するS先生は、
「イグサ、なんだその言い草は!」
と注意されていた。
職員室が、ハラヒレホレとなったのは言うまでもない。

もちろん、このS先生の言葉が熱くなっていた職員室のテンションを下げ、イグサくんの感情を抑え、指導がスッキリと入る土壌を作ったのは言うまでもない。

職人の技だと思った。

            ◆

が、昨日の社民党のコメントはダメだ。
税制調査会の本間会長の辞任を受けて、
「辞任して当然です。これが、ホンマにまずいということです」
なんてことを言っていた。

はあ。

社民党、どうなってるんだ? 国民に脱力感を与えて。
それでは政府を応援しているのと同じではないか。

            ◆

脱力系の親父ギャグは、使い方を間違わなければ、親父にしかできない高度な効果を生み出すが、そうでないときは目も当てられない。そこには、場の空気を読む力と言語感覚が求められる。

「およびでない? およびでない。こりゃまた失礼いたしやしたー」

どうせやるなら、ここまでやってほしかった。

2006/12/21

それが正しい感覚です

はい、本日の国語課教育法2で年内の正式な授業は終了。あとは、いくつかの会議や打ち合わせを残す飲み。いや、のみ。

意欲的に取り組もうとする学生が多く、年度のはじめに描いた授業デザインは、まず達成することが出来たと思う。大変であったと言えば大変であったが、それよりもやり切った感の方が圧倒的に上回っている。サポートしてくださっている事務方に感謝である。

残りの授業は年明けの一月中で終わるが、学生が学んだことを自分の体に残すようなまとめをしたいものである。

            ◆

今日の授業は、デジタルストーリーテリングである。メディアリテラシーの授業として行った。メディアリテラシーでは、主に

1)メディア断食
2)CMの分析
3)デジタルストーリーテリング

という三段階で行った。メディアとは何ぞやと言うことを考えるための1)。マスメディアの代表のテレビ。そのテレビの胆であるところのCMの分析から、メディアに隠されているコードを読み開くのが2)。そして、リテラシーということで実際に作ってみるのが3)である。

            ◆

3)に関しては予め
『デジカメで写真を100枚ぐらい撮影しておくように』
と後期のはじめに指示。それから作らせた。このデジタルストーリーテリングとは、簡単に言えば音声、音楽つきの電動紙芝居である。静止画像に音楽と文章とナレーションを入れて、ちょっとした映画に仕上げるのである。

これを行うために、ウインドウズXPユーザーなら無料でダウンロードできる「フォトストーリー3」というソフトを使った。

やってみれば分かるが実に簡単に、静止画像から音楽付きの簡単な映画が出来る。ま、このソフト、Macのimovieのパクリだと言うことがよくわかるソフトでもある。

が、操作性の良さはMacゆずり。まずは、学生がこのソフトで遊びながら作品を作る喜びに触れさせることが第一である。これは達成できただろう。

しかし、こんな簡単に作品が出来てしまうと言うことは、プロは大変だなあと思う。この上を行くわけでしょ。大変だ。

            ◆

今年最後の授業と言うことで、ちょっとサービスもした。
授業の最後にあたりに、”The Singers Unlimited”の ”Christmas” をBGMに流してあげた。頑張った学生だから少しぐらいは良いだろう。

そして、インストールしておいてもらった「Google Earth」を紹介した。知っているかなと思ったが、誰も知らなかったようで。紹介する側としては嬉しいが、授業をする側としては学生なら知っていても良い情報かなと思った。

『Google Earthに自分の実家の住所を打ち込んでご覧』
と指示を出してやらせてみる。すると、教室に歓声があがる。自分の実家が映るのだ。凄い凄いと感動する一方で、しばらくすると、
「これ、怖い」
という学生の声。そうです、それが正しい感覚です。簡単に自宅の住所を教えてしまったらこんなに簡単に自宅がばれてしまうのです。

『インターネットにあげた貴方の情報は、あなたが一番知られたくない人が見ていると考えておくほうがいいでしょ。だから、他人の悪口は載せてはならないんだよ。その人が見ていると思ったら良い』
『インターネットの世界は匿名だと言われているが、そうではないことが分かってきたでしょ。君たちが思っているよりインターネットの世界は進んでいて、簡単に君たちの情報を捕まえることが出来るようになっているのですよ』

もちろん、実家が田舎過ぎて拡大画像がないという学生もいて。それは悲しいんだか、嬉しいんだかf(^^;。

            ◆

とまれ、良い年末年始を過ごすんだよ。
課題もしっかりね。

2006/12/20

もう一度戻ることが幸せ

松坂の大リーグ移籍は華々しいが、私としてはそれよりも桑田が気になる。

40歳を前にして「修行しに行く」と言い、代理人を立てることなく交渉し「これが英語の勉強になりますから」と言う。

自分がやってきた仕事の延長上に何があるのか。
それを見てみたいと思う気持ちは、分かる。
それが、今までと同じ平面の延長上の場合もあるだろうし、違う平面の上であることもあるだろう。次元んが違うこともあるだろうし、立場が違うこともあるだろう。

なんというか、仕事を続けていると一種の閉塞感に包まれる時が、40歳前後にはあるのではないかと思う。転勤のある職場であれば、まあ、それは急激に煮詰まることもないだろうが、それでもじわじわと来ると思う。私もそれがなかったと言えばウソになる。

それまでも死と再生を繰り返しながら仕事を進めてきたのだが、この国では、仕事上の大きな死と再生の物語が40歳前後に訪れるようになっているのではないかと感じている。

            ◆

「寄席芸人伝」という漫画に、会社の社長を引退した老人が、落語家に弟子入りをして修行を始めるという物語がある。師匠よりもずっと年上の老人の弟子入り。師匠はこれを断るが、最終的に受け入れる。

師匠の自宅の廊下をぞうきんで水拭きもする。その水拭きをしながら
(あのときが戻ってきた)
と老人は笑顔で呟く。
自分の丁稚奉公時代の姿を思い出している。

高校生の時にこれを読んだ私は
(なんのこっちゃ?)
と思っていたが、今は分かる。

            ◆

音痴を直そうとして、もがいていた高校2年の時。
小筆でひらがながまったく書けなくて、格闘していた大学3年の時。

とにかくそのど真ん中にいるときは、自分の出来なさ加減に相当落込んでいた。
だけど、楽しくて悔しくてただやっていた。もう一度戻りたいかと言われれば、この分野では戻りたくはない。だが。

            ◆

当時に比べれば客観的に見れば今の方がどちらも上手い。
だが、ただのめり込んでいたあの時の胸の高まりは、負ける。
心理学的にはフロー効果というものなのだろうが、そんな言葉は知らなかったが、それを実感していた。

内的欲求に突き上げられて自分を修行の場に置くことは、おそらく生きて行く上で贅沢の極みなのだと思う。

指図をされるわけでもなく、条件を突きつけられるわけでもなく、競争をあおられるわけでもなく。ただ、自分がやりたいからやる。それも徹底してやる。それを40歳前後で得られるというのは、人生のかなり幸せな瞬間ではないかと思う。

            ◆

桑田の挑戦を見ながら、私も挑戦をつづけられることに感謝をしつつ、行くぞと思う。
挑戦のど真ん中にいる時は、とてもしんどい。
だけど、後から振り返るとそのしんどい時が輝いて見えることを知っている今は、
もう一度戻ることが幸せなのだと言うことも知っている。

2006/12/19

読書の効用

話すのが仕事だが、どうにも困っていることがある。
歯が悪いのだ。
引っ越しの際に一番心配していたのが、新しく良い歯医者が見つかるかどうかということであった。

ではあるが、にっちもさっちもいかなくなって、とうとう新しい歯医者を求めて通い始めた。もし、私の人生から歯医者の時間をカウントしないですむのであれば、もう少し活動する時間が増えたかなと思う。

            ◆

が、ものは考えようでその時間は読書の時間と考えれば良い。随分読んだものだ。
読書の効用というものの一つに、待ち時間を有効に過ごせると言うものを挙げても良いだろう。

さらに、今はノートPCを持ち込んで待合室で仕事をすることも可能である。ま、どこでも仕事ができると言うのは良いんだか悪いんだか分からない部分もあるが、ON状態に入っている時に通院の待ち時間がもったいなくなくなるのは、いい。

            ◆

歯の方は、かなり厳しい状態であることは、私自身も分かっている。
なんとか誤摩化しながらやり過ごしてきたがそろそろ限界だろうなあとも思う。

アンチエイジングなんてのが流行っているが、少しずつ自分がふけて行くこと、老いて行くことを自分が受け入れなければ、後々のショックは却って大きくなるのではないかと思うが、いかがなものか。

            ◆

若々しくありたいということと、若いと言うことは違う。
だが、生きてきたことの積み重ねを受け入れる。
良いことも悪いこともあるのが生きて行くと言うことだ。

もちろん、それが難しいと言うのは私も分かっている。
が、受け入れて行くことが大事だと言うことも分かっているつもりだ。

            ◆

研究室の前の庭に降り注ぐ日差しが暖かそうだ。
研究室から椅子を持ち出して、日差しを感じながら本を読み耽る。
うーん、学級担任論に重要な視点を与えてくれる本だぞ、これは。

一つ年を重ねる。
新しい年はもうすぐだ。

2006/12/18

「大人とは何か」

教職総合演習では、めでたくディベートと小論文の部分を終え、今日から残り三回。最後のテーマに入る。テーマは、「大人とは何か」である。

このテーマの授業は、私が中学校の生徒を教えている時、彼らが中学三年生になったときには必ず扱っていたテーマだ。教師になって一年目にこのテーマを手に入れ、それからずっとやっている授業である。

「後輩に残した方が良い授業は何か?」というアンケートを生徒に取ると、必ず上位に挙ってくる授業である。

            ◆

大学院に行った時、国語でなければこのテーマで修論を書こうかと思っていた。それぐらい面白いテーマだと思っている。

今回、授業に向けて資料を整理していたら、なんとなくではあるが二千年を越えるぐらいから、急に「大人」関係の書籍が増えてきているように感じた。大人とは何なのかと考える本である。

そういう時代になったんだなあと思う。

            ◆

授業が終わったら、一つ、このテーマで論文書いてみるかね。

「雪、雪よ」

「雪、雪よ」
と奥さんに起こされた。
比叡山の上の方に今年初めての冠雪だ。

            ◆

子どものころは本当に良く寝ていた。
小学校のときは、基本的には夜の8時には寝ていて、翌朝の7時過ぎまで寝ていた。土曜日だけ「8時だよ全員集合!」を見るために起きていたぐらいだ。

朝は起きられなかった。
熟睡したら起きそうなものだが、起きない。
すると、家の下から
「修、起きなさい!」
と母親の声がする。
私は、
『起きているよ』
と答える。すると、
「そういうのは、起きているとは言わない。目が覚めたというの。起きたと言うのは、布団をたたんで顔を洗って、おはようございますと挨拶すること」
と反駁。
私の『こんな時どう言い返す』という実践は、この時から修行が始まっていたと、今は思う。

            ◆

起きない私に母親は、いろいろな作戦で起こそうと試みた。
その一つが、
「修、雪だよ。雪が積もっているよ」
である。

朝一番の誰も踏んでいない、誰も遊んでいない雪で遊ぶのは子どもの夢である。
そりゃあ、大変と飛び起きる。
そして、二段ベッドの上から飛び降りて窓を開ける。
がーん。また、やられた。

母親は、布団をせっせと畳んでいる。

            ◆

毎年、雪が降るとあのときの母親の勝ち誇った笑顔が思い出されるf(^^;。

2006/12/17

びわ湖一周

年の瀬だと言うのに暖かい日曜日。
念願のイベントを実行してきた。
できれば今年中にやっておきたいと思っていたことだ。
それは、びわ湖一周である。

びわ湖は、上から見て右側が開けている側、東海道側である。私が住んでいるのは左側、湖西という。地図を見てみるとびわ湖の下の方がぐっと細くなっているが、そこには琵琶湖大橋がかかっており、その北が湖北。南が湖南という。

私の生活はほとんど、その湖西の湖南で済ませているのだが、今回はなるべくびわ湖際を通りながら、びわ湖一周に挑戦してみた。

            ◆

何も立ち寄らなければ5時間ぐらいだろうか。
私達は、反時計回りに車を進めた。

道の駅や景色の良いところに停まったりしながらの一周だったので、もう少しかかった。距離にして230KMぐらいかな。MINIの燃費がどんどん良くなるぐらい、道は快適。全部一般道なのに、渋滞はなし。

びわ湖の一番北に、すばらしい桜並木を発見。四月が楽しみだ。
また、いくつかプライベートビーチも発見。来年の夏は、ここでのんびりしようと思った。

マキノプリンスホテルにたどり着いて、遅めの昼ご飯。
目の前のびわ湖では、この季節に水上スキー(ウエークボード?)をしていた。
そんなのを眺めながら寛ぐ。

私達が入った時にはほとんど人がいなかったのに、出る頃には半分ぐらい席が埋まっていた。なぜかこのようなことが多い。

            ◆

夕方近く湖西の湖岸を進めていたら、見事に凪の湖面の広がる砂浜を発見。あまりの気持ち良さに車を止める。

外に出た時に見えた景色が、見事であった。

Pc70136


堅田あたりで161号バイパスに飛び乗って帰宅。
遊んだ遊んだ。

まずは学ぶことだ。そして、

昨日につづいて今日も研究室で一日仕事。
昼ご飯が食べたくなったので、ラーメンを食しに行く。
北野にある某お店。
愛用しているラーメン紹介本で割と良いように紹介されていたので行った。

が、失敗。

私は天下一品のラーメンの良さの分からない者だが、ここのラーメンは天下一品で修行した人ではないかと思うスープであった。ドロドロのつぶつぶで、きちんとした主張のないスープは私はどもう好きになれない。

悲しい思いで研究室に戻る。
ま、そういうこともある。

            ◆

失意の底から立ち上がりつつ、昨日から今日に掛けての仕事が完成。ふう。

次はひまわり社の連載原稿だな。
来週は、高校への模擬授業やら何やらが今年の最後の仕事としてどーんとある。
充実して今年一年も終われそうである。

            ◆

それにしてもこの状況である。
教育基本法を変えることで、この状況は良くなるのだろな。

これから関連法案の変更がされていく。
そして、そのときこの基本法を変えた本当の意味が見えてくるだろう。

ラーメンの失敗なら、笑って済まされるが
そんなレベルではないことは明白。

まずは学ぶことだ。
そして、仲間たちと手をつなぐことだ。

2006/12/15

もう一つ教師の仕事

うーん、時間が飛んで行く。
コンドルは飛んで行くが、el condle pasaだから、時間が飛んで行くは、el tiempo pasaか? 
中学校の教師のときとは違う時間の飛び方だ。

            ◆

中学校三年生の担任であれば、この時期は三者面談を終えいよいよ高校訪問ということである。東京の私立の高校は、12月15日が高校訪問の解禁日だ。三者面談の結果を抱えて三年の担当の先生が中心になって高校を巡る。

内申点によって推薦で合格できるかできないかなどのおおよその判断が、ほぼこの日に出る。

信じられないが、この時期には、期末考査を作り、採点し、成績を出して、クラス全員の面談をしてそして進路関係の書類を書いて、クラブ活動をやり、職員会議ではそろそろ来年度に向けての今年度の反省を始め、通信簿に載せる成績や所見を書き、おっと、授業もしなければならない。その合間を縫って高校に訪問に行くのだ。

さらに、精神的に追いつめられている子どもたちは、生活指導上での問題も起こす。その対応等も入って来ることがある。

もちろん、教師だって人間だ。個人のプライベートな時間も必要である。
しかし、この時期にはほとんどない。
「みんな大丈夫? 倒れない? 倒れるときは一緒だぜ。12/25日以降にね」
なんて言いながら分刻みの仕事に立ち向かっている時だ。

東京のみんな、倒れないでね。

            ◆

で、私はなんで忙しいのかというと、来年度の準備や、学生から相談を受けて答え続けていることもあるのだが、本を読む時間に追いまくられているということである。なんというかもう少し読み進めると、ドカーンと金鉱脈にぶち当たるのではないかというような予感で読んでいるのである。そんな波が来ている感じがするのだ。

それがなんだかは分からない。
研究上の核心なのか、10年後の自分の方向性なのか、明日の仕事のヒントなのか、分からないのだが来そうだという感触がある。

こういうときの読書は、極めてスリリングである。

            ◆

で、手当り次第に読んでいるのだが、『MASTER キートン』も久しぶりに読んでいる。漫画だ。なんで漫画家と言えば、テンションを下げずにリラックスするためだ。

Mk


読書と言っても疲れるものは疲れる。だから、休憩は必要。しかし、休憩でテンションを下げてしまってはまた読書に戻った時にテンションをあげるのに時間がかかる。これでは意味がない。

休憩をしながら、テンションは下げない。そのための方法を私はいくつか持っているが、今は漫画だ。『頭文字はD』も27巻読み終わってしまったし、『MASTER キートン』も全18巻行くだろう。その次は『のだめカンタービレ』全16巻かもしれない。

            ◆

『MASTER キートン』を読みながら、新しくもう一つ教師の仕事、教師の役割を発見してしまった。以前にも読んでいたはずなのに、記憶がほとんどない。その時は、そこではそんなにぐっと来なかったのだろう。

だけど、今回は一気に来てしまった。
そうか、そうだったな。
教師はそうだよ。
と具体的には書かないでおこう。

            ◆

さて、この波が何を私に運んで来るのか。
怖いような楽しいような気分になりながら、先に進もう。

2006/12/14

姿を見せた。

姿を見せた。
いやあ、感動。
来春から動き出す、京都橘大学児童教育学科の新築校舎だ。

P1010082

まだ足場が組まれているところが残っている。
私の研究室もこちらに移動することになる。

新しいドラマが始まる。
その瞬間に立会えるのは、なんと言っても嬉しい

            ◆

だが、教育をとりまく環境は一向に改善されない。
教育基本法だって強行採決で決めるものか?

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/03/06032718/001/003.pdf
を見れば分かるが、「国内総生産(GDP)に対する学校教育費の比率」を国際比較すれば
、日本政府がいかに学校教育に金をかけていないかも分かる。

そんなんで、これからの社会を良いものにして行く子どもや、その子どもを指導する先生たちを守れるのか。

             ◆

ふん。
さあ、明日も頑張っぞ。

近江塩鶏麺

私は一週間に一回ぐらいは食べたいかなあぐらいの、ラーメン好き。
折角京都に来たのだからと、カーナビに電話番号を入力して美味しそうな店に向かって食べてもいる。

先日食べたのが、
支那そば 大津 天下ご麺
だ。

基本的にはラーメン一杯に500円以上というのはいかがなものかという気もしているが、美味しいのならタクシーの初乗り料金ぐらいまでは許すというのが私の判断基準。で、ここの「近江塩鶏麺」であるが、650円。許します。美味しかったです。

塩ラーメンは作るのが難しいと思う。素材の味がもろに出るし、スープの濁りが誤摩化せないからである。「きがら」に通えなくなって寂しい思いもしているが、「人間到る所に青山あり」である。

小さな幸せをまた一つ見つけた。

2006/12/13

12月12日は、

12月12日は、マラソンの日とも言われているが、私にとっても意味のある日である。何回か書いたかもしれないが、書く。書くことに意味があると思うからだ。

            ◆

私が小学校六年生だったこの日、私は人生で初めて学校と言うものを休んだ。それまでは夏の登校日、プール、ラジオ体操まで含めて休んだことはない子どもであった。保育園の時にはしかと水疱瘡もやっていたので、それらに引っかかることはなく、風邪と言うものは土曜日の午後に体調を崩し、日曜日に寝ていれば治るという私であった。

だが、この日は休んでしまった。ついでに言えば翌日も休んだ。風邪である。
何か特別な時間が流れているのをはっきりと感じた。

私の時代は、保健室に行くことはみっともないという感じがあった時代である。もちろん、学校を休むなんてのは、実にみっともないことであった。登校拒否とか不登校なんて言葉はなく、お腹の具合が悪くて家でぐだぐだしていると、
「なにさぼっているの」
と母親に文句を言われる時代であった。

(オトナは分かってくれない)
と思っていたが、そのぐらいで良かったのかもしれないと思う。
大人は分かっていたのだろう。

            ◆

私が高校2年生だったこの日、クラブの仲間が亡くなった。風邪をこじらしてである。入院していると言うので一週間前に見舞いに行ったが、病室には入れなかった。それが期末考査の最終日であるこの日に、亡くなったという連絡が入ったのだ。

それからもう数十年。
昨晩は彼の実家に久しぶりに電話を入れた。
オバさんもオジさんも元気だとのことで何よりだ。

誰それが家を継いで社長になったとか、誰それは海外勤務になっているとかそんな話が出る。そりゃあそうだ、私だって東京を離れて京都にいるのだから、仲間にも色々なことが合って当然だなあ。

オバさんに言われた言葉で、そう?と思ったのは、
「池田くん、なんか声が落ち着いたわね」
とのこと。もちろん、その後に
「飲んでいるの?」
と言われたが、落ち着いたなんて言われたのは初めてかな。

まだまだ落ち着く私ではありませんが、そう感じられる私になったのかねえ。

            ◆

今年は御陰さまで、風邪を引いていない私でした。

2006/12/12

あ、ドンピシャだ。

歴史を専攻する学生から授業作りの相談を受けている。
高校の先生と大学生が一緒に高校の日本史の授業をつくるという研究の一環で、大学生側を担当している学生たちである。

ちょっとした縁で私のところに相談に来ることになったのだが、まあ、私の歴史は自慢じゃないが万葉集とワイマール憲法からこっちの世界史ぐらい。あ、清原なつのさんの『光の回廊』も守備範囲と言えば守備範囲。そのぐらいだから丁重に逃げ出そうと思っていたのだがf(^^;。

ところが、この学生たちの行う授業の範囲がなんと、聖武天皇の大仏建立の辺りだと言う。まいったなあ、ドンピシャだ。

            ◆

そうではあるが、それこそそこを授業にしようというぐらいだから、歴史を学ぶ学生たちの知識の方が私よりも深い。

知識から入るのは諦めて、分からないから入る指導方法にした。

『授業の指導案からは、ここが分からないだが、どうなっているの?』
『なんで、この説明をしているの?』
『この政策をするのは、何が不満だったから?』
『そもそも、仏教て何? 今の仏教と当時の仏教て同じ?』
『「先生」、なんで日本史なんて勉強しなければならないの?』

とほとんどディベートの質疑状態である。
ではあるが、授業をする「先生」なら答えてほしいものだ。そして、

「なるほど。それじゃあ、もっと勉強したいな」

という台詞を学んでいる生徒たちに是非言わせてほしいものだ。

            ◆

授業者は、ちょっと体調を崩してしまったようだが、本番は明日。
無理しないように。良い授業になりますように。

2006/12/11

最終戦に相応しい良い試合

教職総合演習では、ディベートを通して現代社会の問題を考えるということをしている。本日、全勝同士のチームのファイナルが行われた。良い試合だった。学生の授業掲示板に載せたものを再掲する。

引用開始 ーーーーーーーーーー


ディベートに取り組んだ諸君、ご苦労様でした。
今日の最終戦は、最終戦に相応しい良い試合でありました。

何が良かったか。

1)時間管理がきちんとできていた。

肯定側も否定側も時間をきちんと使いながら、議論ができていました。

2)資料が調べられていた。

自分たちの議論を支える資料、さらに、相手の主張に反駁するための資料のどちらもが適切に用意されていたのが、良かったです。

3)チームで戦おうという姿勢があった。

肯定側は、スーツ姿で登場。きりっとした雰囲気を醸し出していました。否定側は、自分たちの立論にこだわり、これを使いながら議論を伸ばしていました。

そんな試合のオーディエンスジャッジは、肯定側4票、否定側4票。またしても、見事にスプレッドでした。

私の判定では、肯定側の指摘する誤判による死刑の可能性を否定側がかなり押さえたこと。さらに、再犯によって関係のない人の命が一人でも殺されてしまうことが問題であるという否定側の主張が上回っていると判断して、否定側の勝ちにしました。

が、議論の仕方では肯定側もまだまだ勝てましたし、否定側ももっと圧倒して勝つことができたと思います。

例えば、肯定側では「国が国民を殺す」ということそのものがおかしいのだという基本的な考え方(哲学)を全面に出して主張をする。否定側は、結局現状でも誤判によって死刑が執行されて死刑囚が死んだことはない。三審制度で助かっていると主張するとかでです。

とまれ、少しずつ力を付けてきた君たちに拍手を送りたいと思います。ご苦労様でした。

            ◆

さて、このディベートを元にしたアフターディベートとしての「小論文」ですが、前回行ったものを少しヴァージョンアップしたものを校正例として載せます。

ヴァージョンアップした部分は、

1)主張を3つにしました。

3つめは、廃止後、終身刑を入れるというものです。これが一番難しくなります。選ぶ人はよく考えてください。

2)理由付けを1つ増やしました。

2つから3つにしました。丁寧な論証を求めることになります。

これらを踏まえて、小論文を書いてみてください。

引用終了 ーーーーーーーーーー

来週からは、大人とは何かの授業に入る。

教育は現場で子どもを見ること

で、吹奏楽部の演奏会であった。

改めて思ったのだが、教育は現場で子どもを見ることだなあということ。
演奏会の曲目とか演奏の質とかそういうことではなく、そこにいる子どもを見ると言うことなんだと思った。もちろん、今は子どもというのではなく、学生なのだが構造そのものは変わらないなと思った。

授業で見せていた顔とは違う顔でステージにいる。どちらも本当の顔なのだが、別の顔と言うのが面白い。片方だけを見て、その学生を理解したつもりになっているとは思っていないが、改めてその顔を見ると、
(ふ〜ん、やるねえ)
と思ってしまう。

楽しませて頂きました。

            ◆

その会場に行く時に、西大津のホームで見たことのある人がいた。一瞬で分かった。元厚生労働大臣である。

お供の人が一人いて、二人でホームにいた。そして、一人で湖西線に乗って京都まで。京都から奈良方面に向かって行った。一国の大臣であった人が、一人で湖西線に乗っていると言うのも何か変な感じがした。

恐らく気がついてたのは、私だけであろう。周りにいたクラブ帰りの女子中学生などは、普通のおじいさんという意識すらなかったろう。存在に気がついてさえいない。

そういうものか。

            ◆

コンサート後、すぐに家に帰る。翌朝、1限に学生から模擬授業の相談を受けることになっていたので、コンサート後の軽く一杯は外でせずに家でしようと思ったからだ。

で、帰ったらNHKで放映されてた。
ワーキングプアの第二弾があったのを忘れていた。今回は女性が中心。
放送の内容が事実だとすれば、やっぱりふざけんなという内容だ。

学生諸君、再放送をきちんと見るんだよ。
君たちが出て行こうとする社会は、こんな風にもなっているんだぞ。
そして、そこに君たちが出会う子どもたちもいるんだぞ。

2006/12/10

ふう。気持ちがよい。

昼前から研究室に行く。
ま、中学校の教員のときも土日は、家にいても仕事をしていたと思うのだが、いまは仕事道具が研究室にあるので大学まで足を運ぶということだ。

研究室の前の紅葉は、まだ頑張っている。
名残の紅葉と言う言葉があるかどうかはわからないが、そんな感じだ。

来年度の児童教育学科開設がらみの仕事がいくつか溜まっていて、それをやらねばと思って大学に来ているが、今授業を受け持っている学生たちが上回生になり、四回生は卒業という気持ちがまだ湧いてこないので、あと三ヶ月でスタートとという気持ちもなかなか実感を持てない。

だってそうでしょ。あと三週間で今年が終わるなんて実感持っています、みなさん。

            ◆

箇条書きにして9つの仕事をこなすつもりで始めたが、なんと10の仕事を仕上げた。ふう。気持ちがよい。

それにしても今日の夕焼けは見事だったな。
気分転換に研究室から出て散歩している時に遭遇した。
昨日の雲海もそうであったが、一瞬の光景に悠久のときの流れを感じさせる場面ってのが、あるんだな。そんな場面に出会ったら、それこそ時を忘れて時の流れを感じる私を大事にしたいと思う。

たっぷりと息を吐き、その後、たっぷりと息を吸う。
今この瞬間、ここにいることを改めて確認するわけだ。

            ◆

さて、今宵はこれから京都橘大学吹奏楽部の定期演奏会がある。
三回生にとっては引退のステージだ。授業で持った学生も何人か出演する。
折角
「先生、見に来てください」
と声を掛けてもらったのだから、見に行くとするか。

夕方から一路、神戸へ

さあ、楽しくなるぞ。
上手く行けば大きなプロジェクトが動く。

このプロジェクトが動き出せば、日本中の子どもたちが楽しく力を付けることができる成果を出せるだろう。

大学に来て学生の教育を中心にここまでやってきている。これはこれで非常にやりがいがあるし、意味のあることだと思っている。

だが、大学の教員の4つの仕事の「教育、研究、社会貢献、学内行政」のうちの研究は、今年はあまりしていないf(^^;。いよいよこれを始めることができる感じがしてきた。

楽しみだなあ。

            ◆

夕方から一路、神戸へ。
奥さんの誕生日のお祝いを六甲山のホテルで行うためである。
ところが、調べてみたら神戸ルミナリエの開催がこの日からということが分かった。へー、ラッキーね。

三宮の駅に車を止めて、交通規制のかかる直前にスタート地点に並ぶ。店頭一時間前だと言うのに、すっごい人。しかし、みんな騒ぐこともなく生前と時間が来るのを待つ。この辺りは日本人だなあと思う。

            ◆

点灯の直前、小学生の合唱があり、鐘を鳴らす。そうだ、阪神淡路大震災があったんだよなと改めて思う。あの日、私はなぜか4時過ぎに起きてしまい、お茶を飲んでいた。青梅の築35年にもなる教員住宅でである。

お茶を飲みながらぼーっとしていたら、微かに揺れを感じた。
(を、地震か?)
古い建物だけに地震には敏感であったが、それがまさか神戸の地震だとは思わなかった。あんなに大きな被害になるとは思わなかった。

            ◆

点灯の直前、一斉に携帯カメラがそちらの方向に向けられる。後ろから見ていた私は思わず、
「携帯カメラの明かりが、ルミナリエだなあ」
と呟いたら、周りから失笑を買ってしまった。だって、そうなんだもん。

で、明かりはきれいであった。これでミレナリオとルミナリエの両方を制覇したことになる。なんだかんだ言ってもきれいだ。

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            ◆

その後、裏六甲バイパスを駆け上がる。
COOPER Sが気持ちよく反応する。いやあ、運転が楽しい。
途中の展望台からの景色も凄かったが、ホテルからの夜景も絶品であった。

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本来なら雨が降ると予報で言っていたはずなのに、きれいに晴れ。さすが、晴れ女の奥さんである。
この景色を大正時代から楽しんでいるなんて、やっぱり関西の人たちは違うなあと思う。

ゆったりと食事をして、部屋にあったマッサージチェアに身を委ねて、夜景を見ていたらそのまま寝てしまった。うう、体が痛いf(^^;。

            ◆

翌朝は、雲海の中に目覚める。
昨日の天気がウソのようである。水墨画の中に漂っているような気分。
ここまで雲海の中だと、太古の時代に戻っているかのような気持ちになる。
思わず、深呼吸。ふう。

遅めの朝食をとってホテルを後にする。
特に目的も決めていなかったが、六甲山の裏が有馬温泉と言うので、そちらに向かうことにする。

途中、天狗岩なる場所があると言うので言ってみる。
凄い。
これは中国の黄山(ファンシャン)で見た山と同じである。山水画の世界だ。山から雲が湧き出て来るのがよくわかる。
一瞬の光景に、悠久のときの流れを感じさせるものであった。

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            ◆

有馬温泉は、関東の人間にとっての箱根温泉だということを言われていたが、感じとしては海のない熱海という感じであった。

私は、早速「金の湯」に入ることとする。このお風呂には、舒明天皇をはじめとして、各年代の有名人が入っている。

風呂の入り口に掲げられている表に寄れば、平安時代は、在原業平、藤原道長、和泉式部、小野小町、西行法師など。以下適当に言えば、藤原定家、足利義政、豊臣秀吉、石田三成、林羅山、近松門左衛門、福沢諭吉、伊藤博文、新渡戸稲造、西園寺公望、竹久夢二、谷崎潤一郎、高浜虚子、孫文ときて、現代の欄には「あなた」とある。なかなか。

            ◆

風呂の中は44度と42度の二つと、水道水を湧かしたお風呂の三つであった。金の湯というのは、鉄分を豊富に含んだ有馬温泉のお湯は赤茶になっているところから言われている。一時間ほど浸かってみたのだが、肌がつるつるになった気がした。

ただ、金というのは言い過ぎで、私はどう考えても「赤出しの湯」ではないかと思った。赤みそのみそ汁にそっくりなのである.私は具になった気がしていた。

            ◆

中国道宝塚インターチェンジから一路自宅へ。途中大学によってちょこっと仕事をして、家に着いた。高速に乗ってしまえばあっという間に家に着く。

奥さんの御陰でまた関西の情報を手に入れることができた。
来年度新しくやってくる新入生に、関西の情報を語れないことには困ってしまうから、今のうちにあちこち見て回って情報を得ておこうと思っている。

次は、どこだ?

2006/12/07

模擬授業の10回

さあて、これで三回の模擬授業が終わった。

学生たちの授業を見る目も随分変わってきたと思う。授業を受ける側から、授業をする側の視点で模擬授業を見ることができるようになってきたように感じる。

今日は、古典。
『竹取物語』をやった。
本学の甲斐睦朗先生にも相談しに行って授業の準備をしていた。

導入部分をゲームにしたり、歴史的仮名遣いの説明にこだわったりして努力を重ねていたが、どうも気になることが。それは、読み方の癖である。

普通に淡々と読めば良いところを、何か面白いことがあるように、特別なことがあるかのように読むのだ。あそこまでひどくはないが、ジャパネットタカタの商品説明の仕方と言ったら良いのだろうか、アニメのキャラクターと言ったら良いのだろうか、なにか妙な抑揚を付けて話す。

もちろん、その話し方がマッチする場合もあるだろう。だが、相手は中学一年生だ。相当上手くやらないと、生徒は引いてしまうだろう。

淡々と読む。淡々と説明する。生徒に媚を売らない。
これらのやり方ができない学生が、割といる。

            ◆

見本を見せなければと思い、竹取の物語の冒頭の文を二種類の読み方で示す。「ナレーション読み」と「物語読み」と学生には説明をしたが、「音訳」と「朗読読み」という言い方のほうが一般的だろうか。

淡々とテキストの事実を伝える読み方。読み手の解釈を極力入れないで、音の事実から読み手が自分でイメージを構築するために読む読み方が一つ。もう一つが、読み手の解釈を思いっきり入れてその解釈を聞き手に伝えるような読み方である。

この二つができることが、大事である。
見本ではできていたと思うのだが、実際のところどうだったか分からなかったので、きときと君に聞いてみた。
『どう?』
できているとのこと。ああ、良かったf(^^;。

            ◆

できれば、学生時代に10回は模擬授業をやらせたいなあと思う。
ディベートも10試合すると見えて来るものがあるが、模擬授業も10回ぐらいやらせてあげたいなあ。

今日の学生たちも、
「ああ、もう一度やりたい。今日の授業をやり直したい」
と言っていた。そうだね、いろいろと指摘を受けてそれを元に作り替えたいよね。やってみると良いよ。模擬授業はそれが許されるのだよ。実際の学校教育現場での授業では、やり直しは、できないことはないけど、基本的にはできないことだからね。今のうちに、納得のいくものに練り上げる練習をしておくと良いよ。

模擬授業の10回。
多いか少ないか。
教師になれば、場合によっては二日間でこなす分量の授業量だ。
しかし、指導案を書いて準備を重ねてという模擬授業は、かなり力がつく回数だと思う。

さあ、教育実習に向けて、ここからスタートだよ。
あと6ヶ月で教育実習だよ。
自分の取り組む課題は見えてきたでしょ。

諸君、期待していますよ。

一つの月に重なった夜

12/5 

一日自分のことをして過ごす。
ひっさしぶりだあ。

このところ気になっていた本を読みふけり、文章を書き、あれこれと考える。
一週間に一日はこういう日が欲しいなあ。それができるようにスケジュール調整をするのが、これからの課題かな。

            ◆

研究室の前の紅葉も、いよいよ散り始めた。

 裏を見せ表を見せて散る紅葉

良寛和尚の辞世の句だ。
すごい句だなあと、毎年思う。

すごいと言えば、蕪村の学問の句も凄い。

 学問は尻から抜ける蛍哉

私のやっているのは、学問なのだろうか。
学問だとすれば、どんな蛍なのかとも思う。

            ◆

今日の月齢は14.8。ほぼ満月だ。
月の出を琵琶湖の湖畔で待つ。
今年私が見るびわ湖の最後の満月だろう。

静かに待つ。

出た。

紀貫之が、
フェノロサが、
最澄が、
見た、
月だ。

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こんなに凄い景色なのに、周りには誰もいない。
季節は違うが、李白のあれを思い出す。

 花間一壷酒  独酌無相親  
 挙杯邀明月  対影成三人

「月下独酌」だ。
車で湖畔まで出かけたので、まさかお酒を楽しむわけにもいかず
(お茶を持ってくれば良かったなあ)
と思う。

            ◆

いくつもの思いが一つの月に重なった夜だった。

2006/12/04

そのまま役に立たなくても良い

研究室で事務仕事。
そして、少し自分の研究。
今週で最後になるであろう紅葉を時に愛でつつも、没入。

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教職総合演習では、ディベートの試合の三試合目。
上手くなってきているが、詰めが甘い。
来週は全勝同士の決勝戦である。
楽しみだ。

            ◆

授業後帰宅しようとしたら、メール。
今年度依頼されている大きな仕事の最大の山場が来ていて、
思わず大学に残り、うんうんと唸る。
唸ってなんとか捻り出す。

私のこのアイディアが、そのまま役に立たなくても良い。
誰かの頭脳を刺激して、もっとすばらしいものが出来上がるための
ちょっとした刺激になればと思って、取り組む。

100%の仕上がりを一人で目指していたら、こんな大きなプロジェクトは完成しないと思っているので、とにかく自分のできる範囲で精一杯やる。あとは、仲間が助けてくれるはず。

            ◆

明日は一日研究日である。
一日中どこかに籠るつもりだ。
そして、まとまった時間をもとに研究するつもりだ。

もしかしたら、大学で私を見かけることがあるかもしれないが、
それは私ではないので、声をかけても振り返ることはありません。
見かけた人は、別人です。
研究室で人の気配を感じても、それはあなたの気のせいです。
気にしないでください。

では。

この国は十分に

COOPER Sでロングドライブがしたいと思い、若狭まで駆け抜けた。単純な片道で75キロ。あちこち回って200キロのドライブだ。途中、名残の紅葉を楽しみ、土砂崩れの跡を眺めのドライブであった。

小浜で魚を食べ、風呂に入り、景色を目で、深呼吸をした。
ふう。
雲の流れがはやい。
その雲の影が若狭の入江を作る山山に移りながら変化を与えている。
命の洗濯。

            ◆

帰る時に、もう一つ神社に行こうと言うことになった。
「神宮寺」である。
私は入り口で急激な睡魔が襲ってきたので、帰りの運転に備えて仮眠を取ることにした。奥さんだけが中に入る。

一時間ぐらい立ったろうか、奥さんが興奮して帰ってくる。
「すごいすごい」
その日の最後の参詣者だったようで、中で宮司さんが丁寧に説明してくれたそうだ。紅葉が美しいだけではない。

            ◆

この小浜という街はシルクロードの日本のスタート地点と言うことも言える。大陸の文化がここから日本に入って行ったのだ。そして、その証拠に小浜と奈良とをつなぐものが残っている。そういえば、小浜から大学に来ている学生が
「小浜は海のある奈良です」
ということを言っていたが、なるほど、そんな感じがする。

この神宮寺は毎年三月二日に「お水送り」という行事を行う。
このお水送りとは、奈良の二月堂で行う「お水取り」の水を、小浜から奈良まで送るという行事である。二月堂を作ったお坊さんがこの小浜と関係があることもあるのだが、まあ、とにかく壮大なロマンである。

奈良のお水取りの水は、小浜から送っているのだという。つまり十日間掛けて届くと言うのである。繋がっているのだと言う。これがお水取りと同じだけ毎年つづけられているのだ。

            ◆

美しい国なんてことをわざわざ言わなくても、この国は十分に魂を揺さぶるものに包まれている。

うむ。弾けたぞ。

広島からは新幹線で帰ってきたのだが、途中で停車。
ん?

なんと線路内に子ども二人が入っていると言う情報があり、確認のために停まったとのこと。
入れるんだ。
37分遅れたが、京都に到着。
すんごい人。

京都駅近辺で昼ご飯を食べようと思ったが、あまりの人の多さにメゲて帰宅。

             ◆

夜からは学生たちと食事。
京都子ども守りたい守るんジャーの引き継ぎの後の打ち上げである。

よう頑張ったなあ。
地域の子ども、保護者に受け入れられて活動をしているのがよくわかる。
ありがたいことだ。
子どもたちを守っているように見えるが、その一方で社会から学ばせてもらっているのも事実。良い経験をさせてもらっている。

            ◆

二次会でカラオケ。
学生の前で初めて歌ってしまった。
うむ。弾けたぞ。

怒濤の11月の最後を締めくくったなあ。
12月は自分の仕事をしよう。

2006/12/02

待っていたな、牡蠣!

さあて、12月だ。怒濤の11月の最後は、今日で終わる(といいいな)。

今日は広島まで行く。高校の校内研修会に呼ばれているのだ。この高校からは通算三回目のご指名。一回目はディベート、二回目は国語の指導方法。ここまでは国語科の先生方を対象にしたもの。で、今回は三回目で学校全体に向けて授業の作り方と小論文指導についての話をしてほしいとのこと。

今までの講座を受けられた方が約20人。そして、初めての方が60人。前回の話の延長でありつつ、今回初めて話を聞く方にも対応していて、なおかつ新しい話題も入れなければならないというかなり難しい状況設定である。

さて、事前の準備がうまく機能しますように。

            ◆

授業の後の研修会ということだが、折角だから学校での授業を見てほしいとのリクエストもあり、お昼過ぎに学校に到着するように家を出る。

明石海峡大橋、瀬戸内海と眺めながら、この景色を身近に感じている自分に驚いている。
授業づくりネットワークの岡山大会のときに、初めて四国を見て、明石海峡大橋を渡って鳴門教育大学にお邪魔してなんてころには、今の自分を想像することだにできなかった。

人生は思うようにならない。良いようにも、悪いようにもである。

            ◆

駅に迎えにきて頂いてそのまま昼ご飯を食べに行く。若いご主人がしっかりとした味を出しているそば屋だ。そこで、牡蠣のいろいろを出して頂いた。待っていたな、牡蠣!ってやつだ。酢の物、天婦羅、焼き牡蠣と堪能。そばも当然上手い。幸せ。

学校について校長先生にご挨拶をした後、いくつかの授業を見せて頂く。教室の廊下側の壁がすべてガラスの窓で、なんとも不思議な感覚。久しぶりの中学生の授業。ちょっとだけ私も授業をしたくなったなあ。

            ◆

さて、放課後になっていよいよ私の出番となる。
授業観点の整理、作文指導と小論文指導の実際についてワークショップを取り入れながら行う。

予定の時間より少し遅れて始まったため、その分予定の時間をオーバーしてしまったが、2時間ちょっとで講座は無事終了。大きな拍手を頂いたから、講座は及第点を得たと判断して良いかな。

            ◆

ホテルに戻りどぶんと風呂に浸かって、夕食に向かう。
これがいいお店であった。ここは昼に食べたおそば屋さんの友人のお店。一品一品が入魂の作品で、純米吟醸酒が飲み放題というとんでもないお店。和食をベースにしていて、魚介類の使い方も絶妙。幸せ。

二次会のカラオケでは私は新曲を披露する。先生たちも熱唱。
それにしても仲がいい先生たちだなあ。先生たちが仲良くないと良い教育はできないからなあ。

さらに、もう一件行ったところで、私は撃沈。
いやあ、堪能した。

お世話になりました。


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