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2006/12/11

教育は現場で子どもを見ること

で、吹奏楽部の演奏会であった。

改めて思ったのだが、教育は現場で子どもを見ることだなあということ。
演奏会の曲目とか演奏の質とかそういうことではなく、そこにいる子どもを見ると言うことなんだと思った。もちろん、今は子どもというのではなく、学生なのだが構造そのものは変わらないなと思った。

授業で見せていた顔とは違う顔でステージにいる。どちらも本当の顔なのだが、別の顔と言うのが面白い。片方だけを見て、その学生を理解したつもりになっているとは思っていないが、改めてその顔を見ると、
(ふ〜ん、やるねえ)
と思ってしまう。

楽しませて頂きました。

            ◆

その会場に行く時に、西大津のホームで見たことのある人がいた。一瞬で分かった。元厚生労働大臣である。

お供の人が一人いて、二人でホームにいた。そして、一人で湖西線に乗って京都まで。京都から奈良方面に向かって行った。一国の大臣であった人が、一人で湖西線に乗っていると言うのも何か変な感じがした。

恐らく気がついてたのは、私だけであろう。周りにいたクラブ帰りの女子中学生などは、普通のおじいさんという意識すらなかったろう。存在に気がついてさえいない。

そういうものか。

            ◆

コンサート後、すぐに家に帰る。翌朝、1限に学生から模擬授業の相談を受けることになっていたので、コンサート後の軽く一杯は外でせずに家でしようと思ったからだ。

で、帰ったらNHKで放映されてた。
ワーキングプアの第二弾があったのを忘れていた。今回は女性が中心。
放送の内容が事実だとすれば、やっぱりふざけんなという内容だ。

学生諸君、再放送をきちんと見るんだよ。
君たちが出て行こうとする社会は、こんな風にもなっているんだぞ。
そして、そこに君たちが出会う子どもたちもいるんだぞ。

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