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2006/12/20

もう一度戻ることが幸せ

松坂の大リーグ移籍は華々しいが、私としてはそれよりも桑田が気になる。

40歳を前にして「修行しに行く」と言い、代理人を立てることなく交渉し「これが英語の勉強になりますから」と言う。

自分がやってきた仕事の延長上に何があるのか。
それを見てみたいと思う気持ちは、分かる。
それが、今までと同じ平面の延長上の場合もあるだろうし、違う平面の上であることもあるだろう。次元んが違うこともあるだろうし、立場が違うこともあるだろう。

なんというか、仕事を続けていると一種の閉塞感に包まれる時が、40歳前後にはあるのではないかと思う。転勤のある職場であれば、まあ、それは急激に煮詰まることもないだろうが、それでもじわじわと来ると思う。私もそれがなかったと言えばウソになる。

それまでも死と再生を繰り返しながら仕事を進めてきたのだが、この国では、仕事上の大きな死と再生の物語が40歳前後に訪れるようになっているのではないかと感じている。

            ◆

「寄席芸人伝」という漫画に、会社の社長を引退した老人が、落語家に弟子入りをして修行を始めるという物語がある。師匠よりもずっと年上の老人の弟子入り。師匠はこれを断るが、最終的に受け入れる。

師匠の自宅の廊下をぞうきんで水拭きもする。その水拭きをしながら
(あのときが戻ってきた)
と老人は笑顔で呟く。
自分の丁稚奉公時代の姿を思い出している。

高校生の時にこれを読んだ私は
(なんのこっちゃ?)
と思っていたが、今は分かる。

            ◆

音痴を直そうとして、もがいていた高校2年の時。
小筆でひらがながまったく書けなくて、格闘していた大学3年の時。

とにかくそのど真ん中にいるときは、自分の出来なさ加減に相当落込んでいた。
だけど、楽しくて悔しくてただやっていた。もう一度戻りたいかと言われれば、この分野では戻りたくはない。だが。

            ◆

当時に比べれば客観的に見れば今の方がどちらも上手い。
だが、ただのめり込んでいたあの時の胸の高まりは、負ける。
心理学的にはフロー効果というものなのだろうが、そんな言葉は知らなかったが、それを実感していた。

内的欲求に突き上げられて自分を修行の場に置くことは、おそらく生きて行く上で贅沢の極みなのだと思う。

指図をされるわけでもなく、条件を突きつけられるわけでもなく、競争をあおられるわけでもなく。ただ、自分がやりたいからやる。それも徹底してやる。それを40歳前後で得られるというのは、人生のかなり幸せな瞬間ではないかと思う。

            ◆

桑田の挑戦を見ながら、私も挑戦をつづけられることに感謝をしつつ、行くぞと思う。
挑戦のど真ん中にいる時は、とてもしんどい。
だけど、後から振り返るとそのしんどい時が輝いて見えることを知っている今は、
もう一度戻ることが幸せなのだと言うことも知っている。

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