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2006/03/18

卒業に寄せて

穏やかな春の朝を迎えました。
三年生のみさん、ご卒業おめでとうございます。

去年の春、入学式の準備をテキパキと、しかも笑顔で行う君たちを見ていて、
(ああ、いい学年を担当することができそうだ)
と嬉しく思ったのを昨日のように思い出します。

みなさんとは、たった一年間、同じ時を過ごしただけでした。こんなに気持ちの良い諸君と学びをともにすることができたことは、私にとって大きな喜びでした。ありがとう。

君たちの一人一人の三年間は、良くは分からないけど、私は中学校の時代というと、萩原朔太郎の次の詩を思い浮かべてしまいます。

  中学の校庭

  われの中学にありたる日は
  艶めく情熱になやみたり
  いかりて書物をなげすて
  ひとり校庭の草に寝ころび居しが
  なにものの哀傷ぞ
  はるかに青きを飛びさり
  天日直射して熱く帽子に照りぬ。

少年期に別れを告げ、青年期に突入した君たちが、和田中学校で大いに学び、大いに感動し、大いに傷つき、大いに助け合い、大人への一歩目を踏み出したことを、そしてその側にいられたことを、私は嬉しく思っています。

                  ◆

こんなにすばらしい諸君であれば、あと二三年は一緒にいたいなあ、同じ時を過ごし、学びを深めたいなあと思うのが本心ですが、それは当然あり得ないこと。君たちは、自らが獲得した新しい道に向かって、今日、その新たな一歩目を踏み出していくことになります。

中学校は義務教育です。将来の君たちに向けて、その基礎を作ります。于武陵が作り、井伏鱒二が訳したこんな詩を身につけておくことも、君の人生に彩りを添えてくれるでしょう。

  勧酒 

  コノサカズキヲ受ケテオクレ
  ドウゾナミナミツガシテオクレ
  ハナニアラシノタトヘモアルゾ
  「サヨナラ」ダケガ人生ダ

  勧君金屈卮
  満酌不須辞
  花発多風雨
  人生足別離

君たちとは、まだどこかで出会う気がします。
ですが、それは中学の時の君とではなく、中学校の教師としての私ではありません。それぞれ、成長した人として出会うわけです。

お酒が飲めるようになったとき、飲める人とはお酒を、飲めない人とはお茶でも愉しみながら、また会いたましょう。その時を、とても楽しみにしています。

                  ◆

  人生無離別
  誰知恩愛重

  人生 離別無くんば
  誰か恩愛の重きを知らん

蘇東坡(そとうば)が、言いたかったことを、今、私は感じています。君たちとサヨナラすることが、君たちから受けた幸せな時間を、こころから感じさせてくれるのです。

もし、私の授業が君たちの人生を支える一部になっているのであれば、本当に幸せです。

私は、君たちに出会えて本当に良かった。ありがとう。

ご卒業、
心から、
おめでとうございます。

(教科通信「志学」 NO. 56 より)

2006/03/17

ものもらいである。はあ。

さすがは私である。
明日を卒業式に控えた昨晩から、左の頬から上が痛い。
なんとなくこすっていたら、腫れて来た。
何かと思っていたら、ものもらいである。はあ。
自分では、小学生の頃になった記憶しかない。

実は、昨日杉並区教育員会から表彰された。
私の作った教材が、区の教材展に入賞し、教育長から賞状と図書券を頂いたのだが、それからものもらいになったのではないかと、シャレにもならないことを話していた。

                  ◆

今日、学校には眼帯をしていった。
花粉症のマスクに眼帯ということで、顔面は右目しか出ていない。
完全に怪しい人である。
幸いにして、効き目が右目だったのでまあ、良かった。

学校では、子どもたちが
「先生、どうしたんですか!!!」
とあちこちで訊いてくる。ありがたいことだ。

そんな彼ら彼女らに、私は

『んーとね、朝起きたら目が溶けていたんだよ』
「でええええええ! 本当ですか?」
『嘘に決まってんだろう(^^)』

といつものようにからかう。
なんというか、引っかかるんだよなあ。

また、
『さっきね、鬼太郎の目玉おやじがやってきてね、鬼太郎にもう一個目玉がほしいってんで、あげたんだよ』
「ええええええ。それは嘘でしょ」
なんて会話を楽しんだ。

全く持ってかわいい子どもたちである。
世の中は悪い大人もいるんだよ、少し冷静になろうね(^^)。

                  ◆

さて、明日の卒業式には腫れは引いているでしょうか。
そして、いい卒業式になりますように。

2006/03/16

校庭で 小野十三郎

わたしは 
未来という言葉が好きだ
よく考えると
あなたたちの一人一人に
それがどんな意味をもつのか
なかなかふくざつで
かんたんには使えないけど
あなたたちと別れる日が近づくと
なぜか、さからいがたく
未来という
そんな言葉が
心の中からとび出してくるのだ。
夢とか
倖せという言葉では
いいつくせないものが
その未来という言葉にあるからだろう。
いまうす陽がさしる校庭には
だれもいない
わずかに光をあつめて
冬薔薇だけが
咲きのこっている。
いってみれば
未来とは
かすかに風にゆれる
この一輪の
白い花のようなものだ。
ゆく雲のかげさえそこにうつっていて
世界はかぎりなくしずかで
かぎりなく美しい。
しかしそこにあれば
この庭にみちあふれていた
あなたたちの
明るい笑い声が聞こえる。
わたしは
あなたたちのそばを
なんども通った
そんな日があったことを
忘れない。

(教科通信「志学」 NO. 55 より)

アンソロジーノートに書いてね。

期末考査に、「先生がアンソロジーノートに書く詩の中で一番好きな詩は何ですか?」という質問があった。難しい質問である。私のデータベースには詩、短歌、俳句だけで600以上、名文になると1200以上のデータがある。その中で一つか。

考えて選んだのが、以下の詩である。中学生のときに出会い、中学生の時から大好きになった詩だ。2Bでは書く時間があったが、他のクラスではなかったので、志学で紹介する。アンソロジーノートに書き写しておいて下さい。

                  ◆

ネロ ー愛された小さな犬にー
                        谷川俊太郎
ネロ
もうじき又夏がやってくる
お前の舌
お前の眼
お前の昼寝姿が
今はっきりと僕の前によみがえる

【インターネットのため中略】

しかしネロ
もうじき又夏がやってくる
そして
僕はやっぱり歩いてゆくだろう
新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬をむかえ 春をむかえ 更に新しい夏を期待して
すべての新しいことを知るために
そして
すべての僕の質問に自ら答えるために

                  ◆

少年時代に別れを告げ、本格的に青年時代に向かって歩み出す決意が描かれている。
これがなんとも言えず、勇気を与えてくれる。

実は、この詩は私の結婚式の時に、参列して下さったみなさんに結婚の承認として、この詩の一部を読んでいただいのである。私達の結婚式は人前式だったので、参列して下さった皆さんに結婚を誓おうと決めたのだ。君たちに紹介していて思い出した。

三年生、諸君。私のアンソロジーノートはここで終わるが、できればこの先、君が出会うさまざまな名言を、あなたのアンソロジーノートの続きに書き続けていくことをお勧めするよ。

3年続けると宝物になるよ。

(教科通信「志学」 NO. 54 より)

2006/03/14

家本先生が感動された詩

全生研の仲間が、家本先生の感動された詩を紹介していました。

引用開始 ーーーーーーーーーー

千の風になって
           作者未詳(原作英詩)


私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています

引用終了 ーーーーーーーーーー

もし、この詩を家本先生が感動していらっしゃったのなら、
なんか私は少し楽な気持ちになりました。

(そうか、家本先生は、風になって全国の教室を回ることにしたんだな)

と思えました。それなら、私の教室にもやってきて
「お、頑張っているね。無理しないでね」
とか
「そこは、あの本に書いてある、あそこのところを読むんだよ」
なんて言ってくれていそうな気がします。

悲しいんだけど、元気が出てきます。

2006/03/12

訃報 家本芳郎先生

家本芳郎先生が亡くなられた。
先月の25日に亡くなられていたとのことだった。
このお話が、全生研の仲間から伝えられた。

今日、連れ合いと何気なく家本先生の話をしていたのだが、まさかそんなことになっているとは思わなかった。体調が優れないとのことで、私達後輩の指導から引退されたのはつい最近であったが、急だ。

私の教師修行は、家本先生から学ぶことが非常に多かった。
群読のレッスンも受けたし、教育の本に関する文章の書き方も学んだし、そして私淑で終わるかと思っていたら、一緒に仕事をさせていただくこともでき、食事を一緒にさせていただくこともできた。論文も書くことができたし、読んでいただくこともできた。

家本先生のご業績は、日本の教育の宝である。
私の後輩の教員にも伝えていかなければならないと、改めて思う。

ご冥福をお祈りしたい。
ありがとうございました。

発見ではなく編集

卒業遠足は、ディズニーランドであった。賛否両論あるが、私はここでの遠足は将来的には限界に達すると思っている。なぜなら、キャパシティが限界に来ていると思うからである。

ま、これを「無事に」終わらせて、一日が終わった。
久しぶりに歩きまくったので、ちょっと疲れたかな。
でも、昼ご飯が思ったよりもよかったので、満足。

                  ◆

次の日、土曜日の朝。年に数回、高校時代に感じることができた、あの清々しい朝を迎えることが久しぶりにできた。空は晴れ、空気は暖かく、日差しは穏やかで、気持ちのよい音楽に出会うことができる。今朝はそんな朝であった。

それは、今朝聴いていた音楽と関連するのかもしれない。
80年代の音楽をitunesの一つのフォルダに入れていたのを聴いていたのだ。

いや、そんなことは関係ないのかもしれない。
気持ちよく時間が流れることを受け入れる私に、やっとなれていたのかもしれない。

                  ◆

午前中は、細かい仕事をして過ごす。そして、午後から全国教室ディベート連盟研究開発委員会主催の研究会に出席する。今日は、明治大学の辻脇葉子先生による、講座である。

辻脇先生は10年ぐらい前に私の講座を受けていただいた仲だ。
相変わらず明瞭な(つまり質問した内容にはきちんと焦点を当てた)、受け答えをしていただいて、嬉しくもあり、納得の度合いもありの講座であった。

                  ◆

この研究会の良さは、ディベートのなんたるかをほぼ理解している人もいれば、全くの初心者の人もいることである。

で、初心者の方の「分からない」という発言から、議論が深まることがさらに良いことである。

成長社会を経て、これだけ成熟社会にたどり着いた私達が目指せるものは、発見ではなく編集であるというのが私の主張である。新しい哲学を発見するのでなく、哲学のアウフヘーベン、または、視点の提示・転換・融合が重要である。

そうだとすれば、この初心者の「分からない」という発言は非常に大事なものになるのだ。

                  ◆

研究会後は、懇親会へ。初対面の人とも楽しくなれる。
ディベートや読書のとる学びのスタンスについてなどについて、話す。

私は、マトリックスを書いて自分の考えを説明した。
このところ、この考えをもとに授業を見直しているのだ。

そして、最後にもう一件行く。私の大好きなバーだ。作家の山口瞳さんが愛した店で、大人にならないと行けないなあと思い、30歳になるまで我慢していた店だ。

そこで仲間達と静かに、酌み交わす。
相変わらず、いい感じであった。良い一日であった。

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