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2006/05/06

GWの読書 学び論、構成主義

問題意識が呼び寄せるのか、セレンディピティーなのかわからないが、手にする本が、私が追いかけているテーマに立て続けにヒットしている。嬉しいものだ。

『先生はえらい 』 ( 内田 樹 (著) ちくまプリマー新書 (002))

『効果10倍の〈教える〉技術』 (吉田新一郎著 PHP新書)

『教師のための「聞く技術」入門』(家本 芳郎著 高文研)

成長の時代から成熟の時代へと転換したと言われるのが1985年。モダンからポストモダンへと移り変わり、学習だけを主体に組み立てる授業は厳しくなり、学びを主体にした授業の創造が求められ、と私が個人的に感じているこの20年を論じている本たちだ。

学び論、構成主義などを理解するのにもいいかもしれない。

そこに居場所を作る事はなかった

府中では、大国魂神社で暗闇祭りが行われていた。この暗闇祭りに合わせて、神社の横にあるビアハウスケンでは、ビールの有料試飲会がある。今年も参加する事が出来た。いつも肴がなくて口が寂しかったので、今年は聖蹟桜ヶ丘で蛸のマリネと手羽先のスモークを買って出かけた。

府中はもの凄い人であった。
大国魂神社の暗闇祭りは、約1900年前から続いている。府中というのは、武蔵の国の首都だったわけだし、歴史は凄いものがある。奈良の春日大社は、この府中からの使いによって開かれたなんて話も聞いたような気がする(未確認)。

大きな太鼓を叩き、飛び子が跳ね、植木市があり、出店が並ぶ。そんな中で私は一人ビールを頼み、本を読みながら、肴をつまむ。

そして、私はあの中に入る事はこれからもないのだろうなあと思う。
団地に住まいし、下宿、教員住宅と住まいを変え、聖蹟桜ヶ丘の家を手にしたが、地域に積極的に入るほどの時間を教師の生活は与えてくれなかった。

もちろん、あの祭りの中に入っている先生達もいるとは思うのだが、私はそこに居場所を作る事はなかった。地域に根ざした教育をというが、土日に地域にいる事が難しい教師にはそりゃあ、不可能だ。とくに、お盆が絶対のような思いの強く残る東北や沖縄なら話は別だろうが、東京ではねえ。

何もかも手に入れるということはないと思うし、外側から見続けるという事もあるのだろうなと思う。もちろん、こんな私が京都の生活を始めるぐらいだから、あそこに入る事もあるかもしれないが、いまはこうして外から見る私であり続けると思う。

街に住みながら、街を見ているだけなのかもしれない。
でも、そういう生き方もあるのかなあと思っている。

2006/05/05

民衆を救おうとする手の勢い

従兄弟の結婚式で山形に来た訳だが、いろいろと考える時間が出来て良かった。

            ◆

従兄弟は山形で小学校の先生をしている。私と違って非常に真面目な彼は良い子どもたちを育てている。結婚式の披露宴で子どもたちが先生のために歌った歌が流れたのだが、これが良い合唱であった。これだけで従兄弟は良い実践をしているのだなあと思った。

もう一人の従兄弟の子ども(こういうのはなんて呼ぶのか分からないが)が小学校三年生になっていた。人の子どもの成長は早いというが、まさに早い。いつのまにこんなにむずかしいことを訊くのかと思う。
「は、と、がのない主部はどうやって見分けるのですか?」
なんてことを小学校三年生が訊くか?
例文を出してくるので、その場合については答えたが、一つ答えると次から次へと質問をしてくる。小学校三年生の言葉で説明しなければならない。全くもう面倒くさい。その面倒くさい事にきちんと付き合う小学校の先生に敬意を表したいと思う。

            ◆

山形でおいしかったのは「うるい」。山菜なので、この時期にしか食べる事が出来ないが、これを茹でてごま和えのドレッシングで食べる。「ウド」かと思ったが、これがそうではなく、シャキシャキしながら甘みがあって、お気に入りになってしまう。お土産にも買う。

            ◆

山形の庄内を支える景色と言えば、なんと行っても「鳥海山(ちょうかいさん)」である。とにかく美しい山だ。私達が山形にいた時期に庄内では田植えが始まった。父の話によれば、
「鳥海山に、『種まきじいさん』が出てきたら、田植えをするのだ」
ということである。

鳥海山の山肌に雪解けによって出てくる模様が、種まきじいさんだという。私はその姿が分からなかったが、どうやらそれが出たらしいのだ。気温とか、気象庁の予報だとかではなく、目の前の鳥海山が示してくれる姿が答えであるというのは、いいなあと思う。

            ◆

結婚式の翌日には、「土門拳写真美術館」に足を運んだ。ちょうど入江泰吉との二人展覧をやっっていたので見に行ったのだが。

これが良かった。

同じ大和路を撮影しながら、二人の作品に対する姿勢の違いがきちんと作品によって描かれている。切り取ろうとする土門、包み込もうとする入江というところであろうか。これが見事であった。

書道では、作家の作品の上に半紙を置いて写し書きをする事を「模書」という。絵画では、作品を見ながら、その通りに描くことを模写という。教育では先達の授業を記録の通りにやることを「追試」という。

二人の作品を見ながら思ったのは、写真にも「模写」または「追写」ということが可能なのではないかという事である。

場所を探す事はそんなに難しい事ではないと思うが、時間、季節、風、気温、湿度、天気などを揃えて同じ一枚を手にすることの道のりを経ることで、書道、絵画、授業と同じように作者の技術や意図を追う事が出来るのではないかと思った。

            ◆

土門写真の中で印象的なものはいくつかあったが、千手観音の写真は凄かった。千手観音を横から撮影し、その手だけを写しているのだ。

民衆を救おうとする手の勢い。いや、救われたいと思っている人たちの多さか。その手の多さをリアルに感じていたであろうその時代の姿を、この角度で切り取ったのかと思った。

            ◆

酒田は高田屋嘉兵衛が活躍した日本海航路の重要な港であった。今でもその時の名残が、山居倉庫として残っている。往時は凄かったのだろうと思わせる。しかし、今は駅前も割とひっそりとしている。船よりも電車、電車よりも自動車と人々の流れが変わってきたので栄えている場所が変わっているのだ。

確かに自動車があれば、非常に快適に過ごせる町になっている。庄内空港まで30分。そして、自動車は無料で停められる。買い物にしても、遊びにいくにしてもすぐである。ただ、冬の厳しさはあるし、派手な喧噪はない。刺激という点では若者には物足りないかもしれない。生活するにはいいとは思うのだが。

            ◆

今回も東京へは夜行バスを使う事にした。
一つ分かったのは、バスの後ろは跳ねるということである。後ろの席が空いていたので私はそちらに移動して足を伸ばしていたのだが、まあ、跳ねる。あれがダメな人は、足を伸ばせてもダメだろうなあ。

21時30分に酒田駅前を出て、途中に二カ所でピックアップして渋谷に着いたのが6時30分。ちょっと首が痛くなったが、夜行バスに少し慣れたかな。

朝の渋谷は、夜の疲れを引きずっていながらもきれいに輝いていた。
バスはマークシティに到着する。乗客はトイレに向かう。私はトイレ付きのバスに乗る事にしているが、ついていないバスもある。だから、下車と同時にトイレに向かうのかと思いきや、そうではない。

化粧である。

トイレに入る前と後で、こんなにも違うかと思うぐらいに化けている。とくに目玉の化け方が異常である。そこだけ別の生物がいるかのような化け方である。自分で怖くないのだろうか。私は気持ち悪い。

            ◆

さあ、GW後半だ。

2006/05/03

憲法記念日

今日は憲法記念日だ。
憲法を最初に勉強したのは、中学生の時だが、本格的にやったのは高校時代だ。

私は文学部出身のくせに、大学受験では倫社政経で挑んだわけで、歴史をやらなかった。倫社政経であるので、世界史は1919年のワイマール憲法よりこっち、日本史は文学史という偏ったものである。

であるので、憲法は必須のものとして暗記した。

その時に、なんで憲法があるのかということを考え、調べた。
私の結論は、
「人間は馬鹿なので、人間の行動が暴走しないように重りを置く」
というものであった。

憲法9条なんて、その考えをそのまま表しているのだと思う。

現在、改憲の話が多くあるが、確かに今の社会に必要な理念が欠けているものもある。環境権なんてその最たるものであろう。しかし、現状での生活が動きにくいから、その重しを外そうというのは、憲法の持つ意味そのものを変えてしまうのではないかと思う。

人間が暴走できないように、人間が冷静なうちに人間の手で重しを置く。
それが憲法の意味なのではないだろうか。

2006/05/02

あちこちを見ていたら

朝、実家に向かうときモノレールに乗った。多摩モノレールである。日頃自動車で移動している街を空中から眺める感じで、なかなか気持ちがよい。ちょっと曇っていたが、晴れているとあちこちから富士山を見ることもできる。

んなわけで、あちこちを見ていたら車内で妙な動きをしている女子高生がいるのに気がついた。椅子に座っているのだが、なんか辛そうな顔をしている。座っているから大丈夫か、私と同じように朝はお腹が厳しいのかななんて思っていたのだが、顔色が青くなり、土色になってきて腰の辺りをしきりにさすっている。どうしようかと思ったが、私が声をかけるよりは奥さんの方が良いだろうと思って、奥さんに声をかける事を促したん。

これから学校に向かう予定だったが、家を出た時から急に腰に痛みが走ってきて、とても辛いという。それじゃあ、降りて駅員さんに助けを求めようということで、女子高生と一緒にモノレールを降りる。

奥さんに彼女を任せて、私は階下の駅事務室に向かう。そこで連絡をとり救急車を手配した。こういうときは救急車に限る。

数分後、救急車到着。心肺停止に備えて電気ショックを与える道具や、呼吸装置も持参。彼女の血圧を測り様子を見て、これは必要ないと考えてその道具は撤収。代わりに座って乗れる担架を取りに戻った。

ま、一応の連絡先をと言われるので、私の名刺を渡してやってきたモノレールに乗る。

こういう場面に出会う事が割とあるなあと思う。
助けられるうちに助けておこう。そのうち、私達がお世話になる時が来るだろうから。

2006/05/01

移動

バスの時間は23:00京都駅発なので、ゆったりと過ごす。夕ご飯を三条京阪に出かけていって食べる。時刻は20:00ぐらいだろうか。鴨川縁にはもうカップルが出ている。夏の風物詩かと思ったが、そうではなく春の宵にも。ま、寒くもなく暑くもなくである。しかも、心地よい風が吹いている。良い季節だ。

高瀬川沿いの店をチェックし、京都の夜景を堪能する。一番高い建物は、京都ホテルオークラだろう。そのうちあの最上階のバーで一杯やろう。今日は、この二日間飲み過ぎたので、断酒。ipodからは、フォービートジャズを集めたセレクションを流して、歩く。うむ、いいもんだ。

            ◆

今回は前と違うバス会社で帰ってみる事にした。ハーベスト観光である。参列独立シートではあるが、多摩バスよりも少し安い。京都新宿をつないでいて、途中二回の休憩が入って5:30に到着。休憩時間に人の出入りがあるのと、毛布がないのが難点かな。それに、新宿着だと各駅停車で聖蹟に戻らなければならないからさらに1時間かかる。足下の広さはいいんだけど、多摩バスの方が良いかな。

それにしても、京都駅のバス乗り場は旅を盛り上げてくれるいい雰囲気であった。
ちょうど中国の汽車の駅のような雰囲気である。私が旅していた15年ぐらい前は、切符をとるために駅前に二泊するなんてことは当たり前のようにあり、ものすごいたくさんの荷物を持った中国人が群れをなしていたのを覚えている。

いや、京都駅前のバスターミナルが切符待ちの人でごった返していた訳ではなく、出発待ちの人たちで混んでいただけなのだが、
(これから旅やで〜)
という雰囲気が似ていて、私も
(大丈夫だろうか、忘れ物はないだろうか、乗り遅れる事はないだろうか)
とドキドキが増して、出発だと言う気持ちになる。

            ◆

5:00ぐらいに目が覚めた。
バスのカーテン越しに朝日が射してきたのである。そして気がついた。耳が痛くないのである。そうなのである。今回のバスは、東名高速道路経由なのである。前回は中央高速経由である。さすがに東名高速道路経由は、山岳地帯を走らないので高度の差がなく、耳が痛くなる事もなかったということであろうか。

新宿駅前は、昨晩の宴の後があちらこちらに見る事が出来た。傘を振り回しながら何か呟きながら歩く若者。ビルの壁に寄りかかって泣いている女。そしてその横で困った顔で立ち尽くす男。若い女性達にいきなりイタリア語を教えようとしているおじさんのイタリア人。見ているだけで面白いなあ。

            ◆

さて、GWの準備だ。

2006/04/30

学級経営の足並みを揃える是非

ネットワークの最後の講座に、講師達がステージに登り上條さんや会場からの質問を受けるという企画があった。まず、授業成立の基礎として必要な事と思われる4つについて意見を述べた。

これに答えた後、会場からの質問で、小学校の先生が
「学年でクラスの掲示物等を統一しようといことがあるのですが、これは良いのでしょうか?」のような質問があった。つまり、学級経営を統一すべきかどうかということである。もちろん、質問の先生は、反対の意見である。

講師の先生は5人だが、私以外は小学校がベースの先生である。その先生達は学級経営の統一には反対であった。理由は個性豊かなものができない、また、合わせる時は低い方に合わせてしまうからであるというものであった。

私は
『中学校では一般的には合わせます』
と言った。教師のキャラクターの部分や、細かーいところは別にしても合わせる。それは、学級経営も大事だが学年で動いていくという意識が強いからである。また、進路指導や生徒指導でクラスごとにブレがあってはならず、いろいろな先生が授業に来るためクラスごとに運営の基礎が違っているとやりにくいからである。

            ◆

ただ、この学年で合わせるというものにも、いろいろなレベルがある。

1)低い方に引っ張られて合わせられる。
2)高い方に引っ張られて合わせられる。
3)高い方に支え合って合わせ合う。

もちろん、一番良いのは3)である。私の経験では2回ほどあった。ということは、そんなに実現するものではないということだ。

場合によっては、1)がやってられなくて、そこから離反する事もあったし、2)に疲れてやってられないということもあったし、そもそも一緒にするなんて考え方を持っていない学年にも所属した事もある。

しかし、中学校での指導は学年の教員のチームワークが必要であり、クラスだけで解決できる問題はいいのだが、学年で揃えないと解決できない問題の方が多いのである。

            ◆

小学校の場合、学級王国という言葉に象徴されるように、担任がすべてであることが多い。私は小学校の場合、理想的な学級王国はあってもいいのではないかと思っている。それは、隣のクラスは隣のクラスで凄い学級に成長しているのに、子どもたちは(私は、このクラスで良かった)と思えるようなクラスである。これは担任が自分のクラスの一人一人の子どもをきちんと理解しているとういうことからできることである。どのクラスの子どもも自分のクラス、先生が大好きなクラスである。

ただし、自分のクラスだけは良いクラスにしようとか、自分のクラスに問題があっても「私のクラスの問題だから」と抱え込んだり、介入を拒否したりというような「学級王国」になってはまずいと思う。

3)というのは、学年に所属している子どもの実態を分析し、どのような学年に育てようかと考え、方向目標を立てる。そして、そのために学年に所属している先生を中心にして、自分の得意な指導の分野を活かしながら、その方向目標に向かって学級、学年を育てていくというものである。

これが出来ているときは、仕事をしていても充実しているし、子どもたちも生き生きと伸び、問題が発生しても実りある解決をする事が多い。

            ◆

これから小中一貫の学校が増えてくると思うが、この小学校と中学校の学校文化の違いを、お互いの特性として理解して、活かすレッスンは作れないものかと思う。

国語の授業名人の野口先生と

「授業づくりネットワーク2006in大阪」プレ集会 IN 京都が終わった。
関西地区では、はじめての参加で、はじめての講師だったのでどうなるかと思ったが、やっぱりネットワークであった。非常に充実した会であった。

上條さんの、授業成立はどのような前提で行われているのかの分析。赤坂先生のアドラー心理学に基づく学級経営。土作先生の爆笑ミニネタ授業。深沢先生の熱い道徳の授業。野口先生の国語の授業成立の基礎の講座。いやあ、凄かった。

一応、私の『こんな時どう言い返す』方式の生徒指導講座も好評だったようで、講座のアンケートも事務局からの話ではすべて肯定的なものだったとの事。本も完売でした。やった。

            ◆

講座が終わってから懇親会。
私はあまり話をした事がない野口先生の近くに座り、いろいろと質問をさせていただく。
野口先生とは、昨年の授業作りネットワークin福島の時にちょこっと「わくわく授業」つながりでお話をさせていただいたぐらいである。

国語の授業名人の野口先生と直接膝を交えてお話を聞けるのだから、すごいことだ。

で、いくつか禁断の質問をしてしまったf(^^;。

『「うとてとこ」の授業でのここは違うのではないでしょうか』
『先生は、学校現場の教師を(ああ、もうやめたい)と思った事はないのでしょうか』
『今日の授業の前半と後半の作りが違っていましたが、あれは意図的でしょうか』

一つ一つ答えていただいた。
で、思ったのが野口先生と私の父親は同じ年であった。誕生月も同じである。ふーむ。

            ◆

さらに、懇親会参加のみなさんから私の講座のありがたい感想も頂いたり、二次会では赤坂先生とディープな話をしたりと楽しく過ごしました。

今度は大阪で夏に大会があります。
こちらも、楽しみです。

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