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2006/05/20

『アイディアのつくり方』

のぞみ114号で東京に出張。亜細亜大学で行われる全国私立大学教職課程研究連絡協議会に参加するためだ。

            ◆

新幹線の乗り方も随分と慣れてきたかなと思っている。
私が指定する席は、700系の車両で、車両の真ん中の窓側である。

足許が広く作られているし、連結部の人の出入りに影響される事なく仕事だったり、睡眠だったりに集中する事が出来る。さらに、気のせいかもしれないが車両の真ん中は、揺れが少ない。快適である。

新幹線は、田植えの終わり、台風一号の影響の残る日本列島を突っ走る。
揖斐川あたりでは、雲の中を走っているかのような霧。かと思えば新横浜ではすばらしい青空。
田んぼに映る景色もさまざまな表情を見せる。
東京着は11:52。今日は28度まで気温が上がるとのこと。ひえ〜。

会議は13:00からなので、しばらく時間がある。
そうか、これからはこの空いた時間を有効に使う場所を探さなければなあ。今までは、時間にぴったり合うように家を出ていたから、どこかで時間をつぶすという発想はなかったもんな。

東京駅だと八重洲ブックセンター、新宿駅だと紀伊国屋書店か。
でも、荷物が多くなってしまうか。これから業務という時には、つらいか。東京都区内の切符は西荻窪まで使える。ふむ、これは面白いテーマが見つかったな。

            ◆

新幹線の中では、
『アイディアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング著 阪急コミュニケーションズ 777円)
を読み切る。と言っても60分で読めると書いてある本だ。私としては特に目新しい情報があったわけではないが、著者の「日本の読者のみなさんに」という前書きに驚いた。

「1961年7月」

とある。私の生まれる前にかかれている本ということだ。
ということは、世にあるアイディアのつくり方に関する本のルーツに当たる本なのかもしれない。著者はアメリカの広告代理店の有名人である。

この本によれば、アイディアのつくり方も、どんな技術の習得の仕方と共通で「原理と方法」を学ぶ事であるという。そして、非常にシンプルではあるが実行可能が難しい方法を通じて、アイデアは生まれ、形になるという。すなわち、

1 資料収集
2 資料理解
3 データの組み合わせ (放置・熟成)
4 アイデアの誕生
5 アイデアの磨き上げ

という段階を経てアイデアは作られるという。(ただし、この1〜5の見出しは、池田が自分の言葉で付けたもの。原典とはちょと違う)また、アイディアとは、「組み合わせ」であると言い切っている。

            ◆

論文を書く時の事を考えると、上記の1〜5は非常に当てはまるのが分かる。私は修士論文を書く時に、ファイルメーカープロに500枚のカードを蓄積したが、これが1と2。ときどきパラパラカードを見てはそのままにしていた時間が3。突然わき出してくるアイディアの瞬間が4。論文に落とし込み、文章として磨きをかけるところが5ということだ。

解説の竹内均さんの話も非常に面白いし、60分で読み終える事が出来るので、お勧めである。

2006/05/19

夜の祇園を歩いて

京都に来てそろそろ二ヶ月が経つ。
東山の辺りは随分土地勘が持てるようになった。
が、夜の街は全然わからない。

今夜、夕ご飯を食べた後、腹ごなしに奥さんと一緒に祇園を歩いた。
今の住まいから10分も歩くと祇園なのだ。
祇園は、桜の頃昼間に白川沿いを歩いた。
しかし、その時とは全く別の顔であった。

いやあ、凄い。
ちらっと見えた町家作りのお店の中は高級なクラブであったり、
川沿いの料亭はどこをみても
「ふふふ、御主も悪よのう」
と言っているようで、面白かった。

ま、私には縁のないところだろうが、こういうところがあるんだと知れるだけでも東山に住んだ甲斐があったというもんだ。

            ◆

聖蹟桜ヶ丘の我が家にいる時は、我が街、我が家こそがすべてだと思っていた。もちろん、今でも聖蹟桜ヶ丘が我が家だと思う。しかし、たった二ヶ月しか住んでいないこのマンスリーマンションも、今では自分の家という気持ちになっている。

ありがたい事に、生きていくことの可能性が広がっていくのを感じている。
そして、改めて分かったのは、今を生きるということだ。

この先にあることの出会いを楽しみにして、今の生を充実させようと思う。
この家で生活するのもあと少しだ。

思うを行動にする凄さ

GWの読書ということで、次の三冊を挙げた。

http://ikedaosamu.cocolog-nifty.com/kokugogakkyuu/2006/05/gw_956e.html

その内の一冊、『効果10倍の〈教える〉技術』 (吉田新一郎著 PHP新書)について、凄い実践があった。京都の、いや全国の最先端を行く実践である。

http://susumu.exblog.jp/d2006-05-19

何が凄いって、この本の内容を全校体制で行うのが凄い。
思う事と行動に移す事は別の才能、別のエネルギーが必要だが、糸井先生は見事に一致させている。この実践のこれからが楽しみだ。

模擬授業に挑戦

午後から大学へ。教職を目指す学生達の自主学習会、つまりは自主ゼミに向かう。大学の醍醐味は、自主ゼミにあると思う。自主ゼミ、つまり、単位にはならないが自分の学びたい事を仲間達と学ぶ。そして、先生に教えを請うというものだ。

私も大学時代には、竹内常一先生の自主ゼミに参加した。人気のある先生だったので、水曜日と金曜日の二回も先生はゼミを開いて下さっていた。いま思うとそれは凄い事だと思う。

今日は間近に迫った教育実習に向けて、授業の導入の模擬授業である。まっさらなところから授業を作るのは時間もないし、難しいのでいくつかの導入に適した教材を元にそれをやってみることを先週指示しておいたのだ。

            ◆

最初の学生は「人生名言集」をやった。私の授業記録からである。
二人で指導案を考えて、一人が実際に授業をやるというものだ。

正直言って、授業の導入の15分でやれるネタではない。しかし、それを説明してもダメ。自分で実際やってみて、この授業がどういう構成になっているのかを理解し、自分には何が足りないのかを実感しなければ模擬授業をやる意味はない。

指摘したのは、

・だんだん盛り上げる授業ではなく、いきなりクライマックスから始まる授業を目指そう。
・「指示」の順番を良く考えて、子どもたちの思考が流れるようにしよう。
・「指示」の内容を指導者がよく理解して、子どもにどういう動きが発生するか十分に予測しておこう。

15分の予定が20分ぐらいかかる事が判明。途中で止める。

二人目も私の授業記録から「擬音語ゲーム」である。擬音語を使ってものを説明し、そのものを当てるゲームだ。

始まり方は良かったのだが、指示した内容と子どもが違う応答をした時の反応の甘さや、ゲームで使う語句の説明の甘さ、まとめをせずに終わる授業等に問題が見られた。

『なぜ、まとめがなかったのだろうか?』

と質問する。
すると生徒役の学生が発言した。
「授業の目的がなかったからではないでしょうか」
この授業ではそうであった。

『教師は、授業をする時に、この授業でどんな力を誰に付けさせようかと考えて授業に臨みます。それを授業の最初に言うか言わないかは別にして、それを持って臨みます。そして、授業後にその目的が達成できたかどうかを確認し、まとめとします。いまの模擬授業は、教師が「この授業でどんな力を誰に付けさせようか」と考えているものが感じられなかったので、まとめがなかったのでしょうね』

のように話した。授業をほとんどしたことのない学生にとっては難しいかもしれないが、実習に行くのであれば、少なくともこれらの観点を持って授業に臨んでほしい。

            ◆

ゼミ後、学生達は「とても勉強になりました」と素直に学ぶ姿を見せていた。そうそう。それなら大丈夫さ。素直に学ぶ。そして、学んだ事を自分の力で出来るようにする。さらに、批判してアウフヘーベンする。その繰り返しだからね。

頑張れ、教育実習!

2006/05/18

飛び回った一日

飛び回った一日だった。
朝一番で、健康診断。目の検査を丁寧にしてもらう。
パソコンからくる疲れが心配だから。

バリュウムも飲んで胃の検査も受ける。
三月に胃カメラを飲んだのだが、一応念のため。
なんか、バリュウムがおいしかったのがびっくり。

びっくりと言えば、問診票に「三月に胃カメラを飲んでポリープを切除」と書いたのを見た技師が確認してきて、
『念のためにもう一度やるんですよ』
と答えたら、
「ありがとうございます」
と答えていた。なんでありがとうございますなのか、よくわからないが、でも健康管理を指定校という気持ちにはなる。

教師はこうはいかないだろうなあ。

『あれ、あなた3月に漢字検定の三級受けたよね』
「はい。でも、もう少し高得点で合格したいのでもう一度受けました」
「ありがとうございます」

てなことにはならないだろうなあ、なんてことを思いながら胃カメラに挑んだ。

            ◆

検診後すぐに、近江八幡に出張。高校の進路ガイダンスで教育の分野を担当する。40分の授業を2回やる。なかなかの感触があったようで、

「先生、新しい児童教育学科はもう受けられるのですか?」

と男子生徒が聞いてくる。嬉しいねえ。説明して

『男子学生、待っているよ!』

と伝える。やる気のある学生が集まってほしいなあ。

しかし、私は大変であった。二回の授業の合間にバリュウムの後処理があり、授業も実は必死だったのだf(^^;。なんとかクリア。

            ◆

大学に戻り、明日の授業の準備などをする。その合間に、今日の高校生を相手に行った授業から、新しい授業のアイディアが出てきたので、それを必死にまとめる。私は、やっぱり授業をする中で何かを生み出すタイプなのだろうなあと改めて思った。

やっぱり子どもたちに接するのは楽しいなあ(^^)。

            ◆

夜は、教員養成講座の担当講師であるK先生と飲む。
いやあ、久しぶりに飲んだ。
才能の固まりであるK先生と、西日本を中心にして若手の教師の育成に関わって何か出来ないだろうかと明け方まで語り合う。

私に出来る事など程度が知れているが、声を掛けていただいたので、ご縁があるのならば出来る範囲で何かしてみたいなあと思う。

2006/05/16

わがままは言ってみるものだ

現在ワンルームマンションに仮住まいしている。
いや、この世そのものが仮住まいという説もあるが、まあ、ワンルームマンションは仮住まいである。であるからして、転職転居のご案内も出せないままでいる。

で、いよいよなんとかしなければならないと思っている。
ただ、今の聖蹟桜ヶ丘の家を買った時によくわかった事がある。
それは、家はお金がなくては買えないが、お金があったとしても買えない事もあるということである。

もう少し正確に言うと、お金の方は、仕事人としての信用と多少の持ち合わせががあれば、いろいろと調整したり助けてもらったりして何とかなる事がある。だが、問題はもう一つの方であるところの「ご縁」である。

            ◆

聖蹟桜ヶ丘の家も最初は欲しい部屋に売約済みのマークがついていて、
「ま、良いところだからな。でも、残っていたとしてもこの金額では買えないよな」
と奥さんと話していた。

が、ある時に違う部屋を考えて見に行ったところ、狙っていた部屋の売約済みの印である花が無くなっていたのだ。
(あれ? どっかに落ちたかな?)
と思って近辺を見てもない。そこで、聞いてみたらキャンセルが出たというのだ。
そこで、慌てて押さえる事にした。

とまあそういうことで、家は縁がなければ買えない、手に入らないと今のところ思い込んでいる。だから、京都での物件もそんなに慌てていない。というか、慌てても無駄だろうと思って腰を据えていたのだが、もう一ヶ月半も過ぎるからなんとかしようかと思ったわけだ。

            ◆

で、良いなと思った物件を見つけたので、東京からの指令で不動産屋を訪ねた。そしたら、一昨日まではあった物件が無くなってしまっていた。
(うーむ。不動産屋の策略だ、ぐれてやる)
と思ったのだが、出るものがあれば入るものもありで、新しい物件が入ったという。それもかなり良いという。

折角なのでいくつかの物件と一緒に見てみる事にする。
とにかく駅に近い事が第一条件の私。そして、風呂がでかくて、景色が良くて、花火が見えて、職場に近くて、床暖房があって、スーパーがあって、自然が豊かで、公共施設が近くて・・・。そんなわがままを満たす物件なんて、あるわけないと思っていたのだが、あったのだ。ひえーである。

本日の教訓

「家探し、わがままは言ってみるものだ」

ひょっとしたら凄いところに住む事になるかもしれない。
あそこなら、東京からのみなさんをご招待することもできるなあ。

正式に決まると良いなあ。

葵祭の一日

今朝は四時台に目が覚めた。
そうであっても、もう外は明るい。
そのまま起きて、締め切りを過ぎてしまった原稿の最終推敲を行う。

朝食をとり、読書読書。
そんなに読んでいない方ではないと思うのだが、来年度の準備に必要と思われる本を時間のあるうちに、とにかく読み進めようと思って読んでいる。4月の本代はちょっと考えたくない。

            ◆

今日は京都三代祭りの一つの葵祭。人々が古式ゆかしい格好をして、京都御所、下鴨神社、上賀茂神社と練り歩く。何を祭っているのかはよくわからないが、とにかく見ておこうと思っていった。

Aoimaturi_1


京都橘大学は、そんなに大きな規模の大学ではないが学生は全国各地からやってくる。来年私が担当する児童教育学科もそういうことになるであろう。その時、18歳で地方からやってくる学生達に多少は京都の事を説明できるようになっていた方がいいだろう、と思いなるべく京都らしいところには顔を出しておくことにする。

頭に来たのが、新聞社のカメラマン。S新聞の女性記者であった。記者が記事を作るために列の中に入って写真を撮るのは、分かる。しかし、撮り終わった後にどうどうと一緒に歩いているのには、頭に来た。こっちは、一枚の写真を撮るのにずっと良い場所に立っているわけである。その記者がフレームに入ってしまうと台無しになるということが分かっていない。

人の気持ちに立てない新聞記者は、良い記事が書けるとは思わない。

            ◆

午後は大学に戻って、事務仕事と授業の準備。書き終えた原稿を送り、手紙を書き、本を調べてといつも通りの私。そんな私が楽しみにしているのが、三時過ぎ。
三時を過ぎると、子どもたちが釣り竿を持って研究室の前を通る。
研究室の前には小さな池があるのだ。

釣っていいのかどうか分からないが、子どもたちが嬉しそうに、それでいてオドオド研究室の前を通るのを見ると、なんかこっちもニコニコしてしまう。だけど釣れたような様子はないなあ。

            ◆

夜は、東京から来た知り合いの編集者さんとお食事。高瀬川の畔の店だ。Gakasegawa1_1

ゆったりと京都の料理を味わう。一品ずつの小鉢もおいしかったが、最後に出たショウガご飯が絶品であった。編集者さんの体調が悪く、二次会はなしにして、帰宅。

はあ、良く歩いた一日だった。

2006/05/14

I'm off

久しぶりにぐっすりと寝たかな。

追いかけられているという感覚がまだ抜けないんだな。本当は追いかけなければならないのに。でも何に追いかけられているんだろうか。ま、分からないでもないが、完全に抜ける事はないだろう。

部屋の窓を開けると、知恩院を包み込む山と空が非常にきれいだった。新緑を渡ってくる風も心地よい。ふう。

Photo_1


ということで、洗濯である。
通常の洗濯の他に、タオルケットを洗う。これだけ風通しが良ければ、きれいに乾くだろう。

            ◆

昼ご飯を食べながら、「横丁へよーこちょ!」を見る。関西地区限定のお笑い番組である。関東では若手というか、新人というかそういう芸人達が、ばりばりでやっている。

授業作りネットワークの春の京都の大会で土作さんがやっていたネタも、理解できた。
下らねーなと思いながらも楽しんで見る。

         ◆

今年のディベート甲子園の中学論題は、【日本は動物園を廃止すべきである。是か非か】である。

動物が好きな私は、小さい頃は母親が嫌いで飼う事が出来なかった。独立したら自分で飼うぞと思って飼った二匹の子猫は、学校から帰ったら逃げ出していた。結婚したら奥さんが嫌いということで飼えない。人生は思う通りにならない。

聖蹟桜ヶ丘の家の近くにも多摩動物園があるのだが、結局一度も行かなかった。そこで、今回の京都暮らしである。東山区の私の今のマンションの近くには、市営動物園がある。今日はそこに行った。

            ◆

いやあ、凄い人だった。昨日の旭山動物園をモデルにしたドラマの影響かな。だけど、面白かったなあ。

小動物に触れるコーナーがあって、黒豚と羊とヤギと触った。黒豚を触った子どもが
「父さんの髪の毛みたいや」
と言っていたのが笑えた。父さん、そんなに髪の毛固いのか?

「ひと」と書いた看板のある檻もあった。何があるのかと訝って中に入った人を観察するという檻である。さすが、関西!

爬虫類館では、カイマン(鰐)を見ていたら、
「お前一緒に風呂に入るか?」
と親の声。
「いやや!」
「じゃあ、やっぱり鰐はすきやないやん」
との会話。好きでも普通一緒に風呂に入らないでしょ。

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動物に食事をさせる時間を予め予告しておいて、その姿を見せながら飼育員がその動物の開設をしてくれるという企画もあった。アシカ、ゴリラ、ゾウ、ライオン、サルなどなど。良いよなあ、こういうの。

ゴリラの食事の時に、どうもゴリラが落ち着かないでいた。
すると、飼育員が
「今日は雄の○○だけを見てもらうために、メスの△△を向こう側に閉じ込めてあるんですよ。いつもなら一緒に食べるのに、こっちに来ないから心配なんですね」
なんて言っていた。もののあはれである。

動物園と言えば、高村光太郎である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

ぼろぼろな駝鳥 高村光太郎

何が面白くて駝鳥を飼うのだ。
動物園の四坪半のぬかるみの中では、
脚が大股すぎるじゃないか。
頚があんまり長すぎるじゃないか。 
雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろすぎるじゃないか。
腹がへるから堅パンも食うだろうが、
駝鳥の眼は遠くばかり見ているじゃないか。
瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまえているじゃ ないか。
あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいているじゃないか。
人間よ、
もうよせ、こんな事は。

引用終了 ーーーーーーーーーー

確かにダチョウはそんな気にさせるなあ。

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たっぷりと三時間いて、500円。いやあ、お得だ。
天気のいい時であっても研究室にいると、太陽の光を直接体に受けない。だけど、今日はたっぷりと浴びたので、心地よかった。

閉園ギリギリまでいた。個人的には動物園は廃止してほしくないなあf(^^;。

            ◆

動物園から家に帰る時に、奥さんが探してきてくれていたお店に寄る。イタリア料理の小品を出す店。テイクアウトで色々なパテやペーストを楽しめる。今日は、食べた事のないものを指名。

それを手にして、京都市美術館の前にあるベンチに向かう。
黄昏時に、ビールと一緒に味わう。はあ、休日だ。

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鳩が一羽近寄ってくる。
鳩は、私から何か餌を貰えると思ってやってきたのだろうが、生憎手持ちはない。こちらをじっと見て、首をぴょこぴょこしながら私の周りを歩く。あれで鳩から見える画像は、ぶれないのだろうかなあ。

やたら媚を売ってくるので、鳩をじっと見ていた。
鳩って鳥は、細かいパーツはかなり見事だという事が分かった。首の色はクジャクにも負けない。羽根のストライプは、シマウマのそれにも似ている。だけど、それがバランス悪く一つの体に集中しているんだなあと思った。

            ◆

琵琶湖疎水を通って帰る時に面白いものを見た。
カルガモの親子である。上流に向かって一直線に並び、泳ぐ練習をしていた。

もの言わぬ四方の獣すらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ

四方ならぬ、二方であってもかあと思った。

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            ◆

家に戻り、実家に電話。
そりゃあ母の日だもんね。
元気そうで何より。

ああ、良い一日だった。

さて、明日は葵祭だ!

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