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2006/05/26

え、ここが?

MKタクシーは、ドアツードアで飛行場まで運んでくれる。京都市内からだったら2000円/人である。地下鉄を使って空港リムジンバスで行くよりも安い。これで伊丹空港に向かう。

道が空いていて、出発の1時間30分も前に着いてしまった。ま、そういうのも良いだろう。御陰で翼より前の窓側の席を確保する事が出来た。

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離陸直後の飛行機からは、大阪の街がよく見えた。一番印象的だったのは、学校が多いということだ。やたらグラウンドが目に入る。

さらに、一瞬だが確実に「太陽の塔」が見えた! 大阪万博のシンボルだ。なんかとても得した気分であった。

その後、飛行機は雲の中を飛び続け、この世なのか、あの世なのか分からない景色であった。

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いわて花巻空港を眼下に収める頃には、一緒に田植えが終わったばかりの一面の田圃が飛行機の窓に広がった。旋回をしながら飛行場に迫っていくので、なかなか刺激的なアングルであった。

乗り継ぎバスで、一路盛岡駅に向かう。ひたすら寝る。旅行の疲れは時間ではなく、移動距離だというが確かにその通りだ。はあ。

盛岡駅でスーパー等を見て歩いていたら、回転寿しがあった。時間は11時過ぎだが朝ご飯が早かったので軽く食すかと思って入る。ところが、これがおいしい。ほやの握りなんて珍味であった。たっぷり食べてしまった。恐るべし三陸の海。

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食後、宿泊先のホテルに荷物を預け次の予定を確認しているときに、ふと思いついた。
(そうだ、盛岡なんだから、佐藤さんに連絡を取ってみよう)
ダメもとで連絡をして、上手く行ったら夕ご飯を一緒にとなれば嬉しいと思ったわけだ。

職場に電話をしてしまって申し訳なかったが、佐藤先生は気持ちよく電話に出てくれた。ところが、残念ながら明日が運動会という事で、今晩も明日の夜も無理。

しかし、つい昨日、突然やってきた学生に文句を言っているその口が乾かないうちに、突然佐藤先生に電話をしている私って、まったく情けないなあf(^^;。

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その佐藤先生との話は、「森の風」というホテルからした。私が泊まろうとしているホテルから無料のシャトルバスが出ていて、ゆっくり出来そうだったので向かった。そこでの会話。

『いやあ、いま森の風というホテルにいるんですよ』
「え、それはすごい。岩手で一番良いホテルですよ」
『え、ここが?』
「ま、岩手ではそんなもんです」

いやあ、言葉は難しいなあと思った。私が『え、ここが?』と言ったのは、(この程度で岩手で一番なの?)という意味で言ったわけではない。私は
(たまたま無料のシャトルバスがあったので言ってみようと思ったホテルだったのに、一番良いところに来られたのだ! ラッキー)
と言う意味で、『え、ここが?』と言ったのだが、そのようには伝わらなかった。佐藤先生、そういうことです!

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ホテルでは、じっくりと本を読んで過ごす。
久々に、良い実践の本だ。来年の教科書に指定しても良いぐらいかもしれない。
まだ半分だが、読み終えたらこの本について書こうかな。

            ◆

森の風ホテルから盛岡駅にバスで戻る。
駅前で、大熊先生らと待ち合わせである。
今宵は「わんこそば」である。私ははじめての挑戦である。

結果的に101杯平らげる事が出来た。記念のお札も頂いた。
いやあ、お腹いっぱい。わんこそばの次に軽く飲みに行こうなんて言っていたが、とても無理であった。

今宵は、静かにおやすみなさいである。

2006/05/25

学生から相談を受ける

生活指導で急遽授業が振り回されるという事はさすがに大学ではないが、学生からの相談で振り回されるということはある。

ま、相談しにくるようになった事は喜ばしい事だ。そして、私も予約も取らずに先生の研究室に突然訪問して、相談しては
「もっと早くに相談しにくるように」
と言われていたのだから、今年は文句は言わない。いや、言えないf(^^;。

ぎりぎり授業の準備が間に合ったから良かったか。

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今日の相談の一人目は、教員採用試験の自己紹介の文章を見てほしいというもの。一読したが、及第点には及ばないものであった。本人もそれは分かっているのだが、どこをどう直したら良いのかが分からないとのこと。

そこで、いくつかの観点を示し、具体例を出し、書き直すように指示。月曜日に提出だというが、私は明日から日曜日まで盛岡で学会。授業の後に見ることを約束する。

            ◆

なんとか仕上がった授業のプリントを印刷に行く途中に、もう一人の学生から相談を受ける。
「教育実習でやる教材が指示されたのですけど、先生に教えていただいた授業の導入の大切さを考えると、どうやって導入をしたら良いのか分からなくなってしまったので、教えていただきたいんです」
とのこと。

うーん、今夜は学科の先生方と親睦会があり、授業が終わったらすぐに出発する事になっているんだが、この学生も月曜日から実習との事。

実習の範囲がギリギリまで分からないというのは、現場ではギリギリ進度が揃わないことがあるので仕方のない事。よし、親睦会ちょっと遅れる事にして、面倒見よう。

            ◆

5限の授業の後、研究室で二人の指導をする。
一人目の生徒は、自己紹介を具体化したことで前半はかなり良くなる。前半の流れから後半のポイントにつなげ方を考えさせた。

二人目は、前回の自主勉強会で仲間がやった模擬授業を見て、導入の大切さを理解したものの、さてどうしたらいいのかということだったので、導入の一般的なパターンと、指示の的確さが大事だという事と、いくつかのアイディアを話して考えさせた。
参考図書を三冊持たせて、
『うしゃあ、頑張れよ!』
と送り出す。私は懇親会に15分遅れで参加できた。

この懇親会で出た話題が凄かったが、これはblogには書けない。いやあ、大学ってすごいや。

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さて、明日は5:50amに伊丹空港直行のタクシーが迎えにくる。
荷物はなんとかまとまったので、寝る事にしよう。
おやすみなさい。

枕詞で語られる事

元ヤンキー義家先生、真鍋かおりさんを見ていて、最近思うことがある。私の思いなのでそこそこに読んで下さい。

なんかね、義家先生は元ヤンキーを代表して発言していて、真鍋さんは若者を代表してコメントする事が多いんだけど、どうもズレている感じがするんですね。つまり、現役ヤンキーはもう義家さんを相手にしていないし、若者も真鍋さんを相手にしていないと感じるのですよ。

ところが、二人を取り上げる時には相変わらず「元ヤンキー」「若者代表」という枕詞で語られる事が多い。そして、二人もそれをその通りとして受け入れている。

            ◆

特に義家先生を見ていると、痛々しさも感じてしまう。教師になるまでのストーリーは、事実であるとすればすごいなあと思う。私には出来ないなあと思う。

であるが、義家先生からは、読者や生徒が先生の姿を見て学ぶ事であり、自分の生き方から生徒に指導する事ではないような気がする。さらに言えば、自分の生き方をベースにした教育論ではなく、生徒を指導してきた部分からの教育論が薄いなあとも思う。

子どもの事実は非常にさまざまで、臨床から学ぶことは多い。そして、論証の事例は一般化できない事も多い。だけど、彼は自分の事例を一般化しているとも言えるわけだ。

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と、他人を批判しているようであるが、実はこれは自戒の文章なのである。

中学校の現場から大学に移った私は、実践ベースの指導をする。中学校現場の代表だというつもりはないが、いつの間にかそのような枕詞で定義され、思い込むようになり、やがてそう思っているのは自分だけとならないように自戒しなければならない。

2006/05/24

吉祥寺でも行ったHUBに出向き

で、急遽思いついた。車で京都に行こうと。

引っ越しの荷物で研究室に置くものを車に積んで、朝の5時に家を出た。
中央道に進路を取った。
霧の出ていた諏訪湖までの道では、眠気が襲いPAで寝ながら進んだ。

名古屋を過ぎてからはあっという間に大津PAにたどり着いた。そこから今度の新居も見えた。大学についたのは、家を出て6時間後、485KMであった。新緑の中の疾走は、心地良かった。

この程度のドライブなら、まあ、ありだなと思った。

             ◆

教授会の後、昔の仲間と飲む。
全国教室ディベート連盟の前に、ディベートの研究会に参加していたのだがそのときの仲間が
今年大学に奉職し、同志社大学で授業のために京都に来ていたのだ。もう、15年前からの仲間だ。

吉祥寺でも行ったHUBに出向き、仲間の友人ご夫妻と一緒に4人で楽しい時間を過ごす。この友人ご夫妻も大学の先生で、私の疑問に対して、いろいろな事を教えてもらう。いやあ、楽しい。

専門家に質問をすると、自分の予測とは違う答えが返ってくる。知らない内容が返ってくるというよりは、知っている内容の知っている方向、つまりベクトルが違っているという事を教えてくれる。これが嬉しい。つまり、定義とか哲学とかという世界だ。

出会いを作ってくれた、仲間に感謝。

引っ越す算段が始まった

いよいよ聖蹟の家から引っ越す算段が始まった。
引っ越し業者を選定。我が家を貸し出す準備である。

東京からの引っ越し。見積もりをしてもらったらなんと70万円弱とのこと。ひえ〜で
ある。しかし、それは定価。ここからが値引き交渉である。もちろん3月などの一番忙
しいときには、定価から値引かれることはない。しかし、今は繁忙期ではない。どちら
かというと暇な時期である。強気の交渉(笑)。結果的には驚きの金額で妥結。ディベ
ートはやっておくもんだわい(笑)。

新居は滋賀県の大津市。琵琶湖が玄関やテラスから望める。おそらく花火大会も見るこ
とができるのではないかと思う。京都駅まで12分で着く。西大津駅が最寄りの駅にな
る。駅からは驚きの一分。新幹線を京都で降りて20分もすれば、我が家にいるでしょ
う。
しかし、まあ、京都・滋賀の不動産を借りるのは面倒くさい。保証金はすんごい高いし
、契約書に連帯保証人は二人も必要だし。実家を回って契約書に実印を押してもらう。
ありがたい。

我が家を貸すかどうかは考えたが、やはり使っても使わなくても痛むし、資産の有効運
用を考えれば、そのままにしておくことはできない。いくつかの業者を選んで貸し出し
を考えているけど、このblogを読まれている方で聖蹟の我が家を借りたいという方いら
っしゃいますか。優先的に考えますけど(笑)。

非常に疲れたが、近来まれに見る充実した一日だった。
引っ越しは、月末になる。

2006/05/22

ルールには幅がある

大学のある椥辻駅の交差点は、幹線道路の青信号が長くとってあり、地下鉄の入り口に向かう歩行者用の信号は結構待つ事になる。先日も待っていた。向こう側にはおばあさんがいた。こちら側には、青信号を待ちきれないでイライラしている高校生がいた。そして、青信号になるちょっと前に横断歩道を渡り始めた。
(危ない)
向こう側のおばあさんが、その高校生の動きを見て歩き始めたのだ。

幸いにしておばあさんは大丈夫であったが、こういうのは非常にまずいと思う。私が学活で子どもたちに良く言っていたのは、
『先生だって、真夜中の赤信号で車が来なければ渡ってしまう事はあります。が、絶対やってはいけないのが、その交差点で信号待ちをしている人に、子どもとお年寄りがいる時です』
ということだ。
『子どもは、ルールを守らなくてもいいと大人から学んでしまう。そして、お年寄りは信号ではなくて人の動きに反応してしまう。君たちは、車が来たら戻ったりよけたりする事は出来るかもしれないが、お年寄りはこれが出来ない。だから、状況を判断して赤信号でも絶対に渡っては行けない場合があることを理解しなければならない』
と。

ルールに幅があるなんてのは、本当かどうかは分からないが、私はそこが運用というか教育だと思っている。

            ◆

教師になりたての頃、職員会議で大笑いされた事がある。
「○○ということを子どもたちにきちんと守らせて下さい」
という発言があった。○○は名札を付けさせるかなにかだった気がする。私は、
『ちょっと時間が欲しいのですが』
「なぜですか」
『守らせるのには、なんというか生徒に指導の段階と言うか、幅を持たせないと上手く行かないと思うのです』
と言ったところ、
「決まりに幅があるなんて聞いた事がありません」
と大笑いされたのだ。

私はそれでも
『いや、ルールがある以上、目標としては分かるのですが、それは私が分かる事であり、子どもたちが分かる事かというと、違うんではないかと。また、分かったとしても納得するのにはいろいろな説明が必要になると思うのです』
のようなことを言った。
しかし、
「ルールなんだから、とにかく守らせれば良いんだ」
の一言が支配した。私の次の言葉を言わせない発言であった。

私は争うのをやめて
『努力します』
のように答えたと思う。

            ◆

でも、今でも考え方は変わっていない。名札なんて学校によっては個人情報が漏れるから危険で付けるなというところもあれば、プラスチックの板に名前を彫ってそれを制服に縫い付けている学校もある。学校によって理由は色々なのだ。それをきちんと説明して、子どもたちが、なるほどそういう流れがあったのかと分からせる事が大事だと思っている。

ルールは、守る事と変える事が大事で、どういう流れでルールが出来たのかと学習する事が、新しいルールを作る事、または今のルールを守る必要性を学ぶ事になると考えている。

とにかくルールなんだから守らせろという考え方を持つ先生に、その後の見通しがあるのであれば、それはそれでいいのであろうが、そういうことはなかった事が多かったと思う。

指導とか、説得とかってのは面倒くさいが、こういうことを繰り返すことでしか本当のところは出来ないのではないかと思う。

だから、ルールは指導の流れに沿って幅があって良いという事だ。
違うかなあ。

2006/05/21

学校でワールドカップを見る

今回のワールドカップはドイツ。
なもんで、時差の関係で難しいかもしれないが、学校で子どもたちと一緒にワールドカップを見るという企画を作ってはいかがか。

大人は、ビールを飲みながら仲間達と店で大騒ぎをしながら見る事が出来る。
しかし、子どもたちはビールをジュースに変えても無理だろう。
スポーツは多くの仲間と見る方が面白い。

楢原中学校に勤めている時に、「大人の粋な計らい」ということをやりたいと思い、体育館で一緒に見た。この時は、すばらしい職員室の仲間、校長、そして節度をわきまえた子どもたちと凄い条件が揃って実現する事が出来た。

写真は、予選リーグを勝ち上がれるかどうかの対チュニジア戦。そう、日本が開催国になったときのものだ。
後半、森島のゴールが決まった直後のシーンである。
体育館にテレビのアンテナコードを引っ張り込み、プロジェクターでステージに映してみたもの。

良い時間でしたよ。
生徒会の企画として、お勧めです。

教員養成の大学は動くかも

亜細亜大学で行われた全国私立大学教職課程研究連絡協議会であるが、なんというか、私って良い教育環境にいたのだなあと、思う。

今回のシンポジュームのシンポジュームニストは去年お世話になった和田中学校の藤原校長が出ていた。また、話題に出てくる大学の名前に國學院大学や東京学芸大学がホイホイ出てくる。内部を知っている私としては、今日の話は非常にリアリティーを持って聞けたし、課題も得る事が出来た。

            ◆

教員養成GPという制度があるのだが、学芸大学は落ちていたんだなあ。シンポジュームの席で、パネラーの学芸大学の先生が自ら話していた。
うーむ、確かに残念ながら私も一昨年授業を受けていて衝撃を受けたのは、
「僕は、教育の事は分からないから」
と授業で言い放つ先生がいた事。教員養成大学なのに?!と思った。
このことからも推察できるのかもしれない。

もちろん、今まで先生を輩出してきた歴史、現場で活躍している先生の多さはさすがであるが、でもそれは小学校がメインで、中学は6割、高校は8割が私立大学出身なんだね。

いやあ、教員養成の大学は動くかもしれないなあ。

            ◆

会議が終わった後、関西地区の教員と職員で飲みにいく。東京に来るのがはじめての方もいるので、吉祥寺ぐらいならと、私がガイドする事になる。ただ、予定していた「いせや 公園口店」は一杯だったので、THE ENGLISH PUB HUB に行った。山田先生に教えてもらって、それ以来お気に入り。京都にある店にも行ったぐらいだ。イギリスの料理が貧しいということは良く聞く話だが、ここは料理もうまい。

初対面のみなさんであったが、良くしてくれてとても楽しい時間を過ごした。京都でも遊ぶ約束をする。さらに、九州の法律が専門の先生ともう一件行った。かねてから疑問であった憲法のことについて伺う。なーるほど。

ぎりぎり終電で帰りましたf(^^;。

            ◆

翌日、つまりは今日も参加。今日は分科会で「学校インターンシップ」について研修。私は中学校の教員の時にインターンシップでやってきた大学生を指導した経験があり、今度はインターンシップを送り出すことになるかもしれない。

京都の佛教大学と立命館大学が先行取り組みをしているので、その実践から課題を課題を考えたのだが、なんというか、今の学生は使えるチャンスが多いなあと思った。

これらのチャンスを生かして力を付けてほしいねえ。

はい、このブログを読んでいる京都橘大学の諸君、研究室にいらっしゃい。紹介するから(笑)

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