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2006/06/03

ユリーカ!となったら

ユリーカ!となったら、それを論証せねばならない。
畑正憲氏は、

「アイデアを出すだけでは駄目であり、それを実行していくのは別の才能なんだよ」
『ムツゴロウの人生読本』

と言っている。
それが今日である。昨晩は興奮のあまり10時前に寝てしまった。
ところが、夜中に千葉大学の藤川先生が私に
「佐藤学先生に会った方が良いよ。これが電話番号だよ」
となぜか私に言い続ける夢を見た。

私は佐藤学先生は直接は存じ上げない。藤川先生は佐藤学先生に大学の時に習っているそうだ。
うーん、藤川さんと佐藤先生と今の私を結ぶものは何だ? うーんと唸っているところで目が覚めた。それが夜中の12時。

水を一杯飲んで寝直す。昨日はお酒も飲んでいないのにねえ。

            ◆

朝はまた5時半に起床。段ボールの間を縫ってパソコンのある食卓に向かう。
ジュースを一杯飲んで、ワープロに挑む。
教材を作り始めたのだが、そこからが大変。論文のプロットが出てきて、教材の修正案が出てきて、新しいアイディアが出てきてとそれに対応する私はてんてこ舞い。

私が動いているのではなく、私の中の何ものかに私が動かされているという感じだ。これを昨日は教育の神と言ったのだが。

            ◆

奥さんは
「面白いね〜。なんでこんな引っ越しの時にね」
と笑っている。
なんでと言われても困るのだが、引っ越しの片付けがしたくないからではない。そんなもの私には出来ませんから、したくない言い訳になんかならない。

考えてみるに、この二ヶ月間大学での授業を作るために、今まで読んでいた教育に関する名著を読み直したり、読んでいなかったけど読まなければなあと思って読んだ教育に関する名著らが、蓄積されてきて、大学が始まって二ヶ月後のこの辺りで、私が大学の生活に少し慣れた気持ちのゆとりの隙間を縫って、間欠泉のように吹き出したのではないかと思う。

間欠泉であることは分かっているので、吹き出している間にそれをなんとか形にしなければならないと思って、ひたすらワープロに向かい、メモを書きなぐりして、気がつくと8時を過ぎている。
うりゃああああああああああああと朝ご飯を食べて、大学に向かう。

今日は一日、この間欠泉との勝負なのである。

            ◆

ありゃあ、もう19時だ。
今日は10数時間論文と格闘したか。いやあ、これって修士論文以来だなあ。

明日は大阪梅田に出張ダア。

2006/06/02

ユリーカ!

奥さんは夜行バスで東京から、朝の五時半に山科駅に到着。迎えにいく。
本日、本格的な引っ越しである。

実は昨晩、寝ようとしたところに教育の神が舞い降りてきてしまった。いや、ありがたいのだが、この時間、よりによって今晩と言うタイミングであった。

慌てて、飛び起きコンピュータに向かう。
大学の授業での指導方法である。実践的に授業を指導する方法が思い浮かんだのだ。
それを、だーーーーーーーっと、一つの教材に仕上げる。寝たのは三時を過ぎていた。

            ◆

引っ越し。こういうとき、男は無力である。というか、私は無力である。
家具を何処にどのように配置するか、また、どこに何をしまうのかなど全く関与できない。というか、しない方が後々安全である。

子どものころ、男の大人の会話で
「もう、家の中の何処に何があるか分からないんだよな」
というのを聞くにつれ、
(馬鹿じゃないの? そんなの奥さんに任せっきりにするからだよ)
と思っていたが、最近はその気持ちがよくわかる。

私は日中外に出て仕事をするわけで、その間に奥さんは家の事を片付けてくれる。だから、奥さんが使いやすいようにするのが一番。食器棚とレンジ台をどの順番で並べるかであっても、こだわりが違う。そして、部屋の片付けが進むにつれて、何処に何があるのかがますます分からなくなる。

幸いにして、今回の引っ越しは今まで使っていた家具を基本としているので、その家具の中に何が入っていたかを思い出せば大丈夫だとは思うが、まあとにかく邪魔にならないように早めに片付いた寝室にこもり、授業の準備や大学の仕事を進める。

しかし、気分が優れなくなり体を休める事にした。
引っ越し屋さん、奥さん、ごめん。

            ◆

5時間かけてすべての荷物を14階まで運んでもらった。
いやあ、リビングと書斎は段ボールの山である。見事に山である。
その山に囲まれて、昼ご飯を食べそれぞれの実家に無事に終わった事を電話する。
いろいろとお世話になりました。

で、食事後、気分をリフレッシュするために、復活で出版された大西忠治先生の『授業つくり上達法』(民衆社)を読み直しながら風呂に入ったのだが、ここに再び教育の神が舞い降りてきたのだ。
「ユリーカ!」
アルキメデスじゃないが、それこそ慌てて風呂から飛び出し、引っ越しの荷物野山、じゃない、荷物の山の中から神を引っ張り出し、いや、紙を引っ張り出し、アイディアをメモメモメモメモ。

久しぶりの興奮。
これは上手く行くと大学の授業で面白い事が出来そうだぞ!

凄い一日だった。

2006/06/01

高校の授業から、大学の授業への一日

午前中の高校での模擬授業が気になって、早く目覚めてしまった。なんとなく家の中を歩き回ってみたら、玄関の方の部屋が明るい。なんだろうと思ってみたら、琵琶湖から登る朝日が見えた。

高層マンションがそちら側にあるので、見る事は出来ないかと思っていたのだが、この季節はしかりと見る事が出来た。しめしめ、朝の楽しみが増えた。

            ◆

で、模擬授業。教育学の分野で模擬授業をして下さいということ。対象は高校三年生12人と8人のグループに二時間。同じ事をやる。

1)教育学ってなに?
2)教師の仕事ってなに?
3)授業について 国語の授業で漢字指導を例に

と言う流れだ。

今日の京都は暑く、授業が始まるギリギリまで紙パックの何かを飲んでいたのだが、
『それでは、飲み物をしまってください』
と授業を始める。

            ◆

生徒の反応は良く、気持ちよく50分ずつが過ぎた。
授業が終わってからも何人もの生徒が、京都橘大学に入りたいと言ってくれる。6/11のキャンパス見学会に行く事を予定している生徒もいて、「待っているね」と話をする。

また、今ボランティアで英語を教えている母親の手伝いで子どもの面倒を見ている高校生の相談を受けたりもした。短時間しかなかったが、答えた。待ってますよ、そういう生徒さん、京都橘大学にいらっしゃい。時間をかけてやりましょう。

感想を読んでみても、教育、教師の仕事に興味を持ってくれた生徒が多い事が分かる。

引用開始 ーーーーーーーーーー

・ 教育における生徒とのコミュニケーションの取り方がやはりすばらしいなあと思いました。橘大学に興味があるので今度行ってみたいと思います。

・ 教師というものは難しいともう思うけど、子どもにできないものをできるようにするという所により教育学にひかれた。もっと面白いものも教えてほしいと思った。

・ 高校生だけれども、今日は途中から教育学の授業ではなく、漢字の授業をうけてしまいました。楽しかったです。今まで先生というのは進路の視野に入れていませんでしたが、今回の授業でかなり興味を持ちました。今からでは遅いでしょうか。

引用終了 ーーーーーーーーーー

嬉しい事だ。全然遅くないよ。
ただ50分じゃあできないなあというものもあった。

引用開始 ーーーーーーーーーー

・ 教育学の模擬授業はすごくためになりました。子どもの視点からどのようにすれば、楽しく学べるかを考えて、教える大切さがわかりました。ただ、もう少し、日本の教育法と海外の教育法の違い、受け身の授業と、進んで学ぶ授業の違い等を学べれば嬉しいです。ありがとうございました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

京都橘大学にいらっしゃい。時間をかけてやりましょう。

            ◆

大学の授業をしながら、高校に営業にいくのは大変だと言う先生方がいる。確かにそうだ。だけど、今の私に取っては価値のある時間だ。そりゃあ、中学校のそれとは違うけど、子どもの事実に触れる事が出来る。

そして、教育を選ぼうかどうかどうしようかと考え中の生徒に出会える事が出来る。教師としての後輩を育てようと思っている私には、やりがいのある部分でもある。

さらに、生徒と授業をしていると、大学の授業のアイディアも浮かんでくるから面白い。私はやっぱり、授業作りは「下からの道」が向いているようだ。

            ◆

昼ご飯は、京都駅の駅ビルのラーメンストリートにある、「京都ラーメン 宝屋」で食す。「宝屋ラーメン」650円也。並んでいるだけのおいしさはあった。合格。これで「きがら」が食べられない不安は少し解消。でも、「きがら」の系列の味じゃないんだよねえ。

            ◆

午後は、大学の授業。今日は、書き抜きエッセイ書き込み回覧作文を行い、その後、和綴じ本のつくり方を指導。

授業で配っているプリント、さらに、課題を和綴じ本に製本して提出することを課題として課してある。これは一種のポートフォリオ学習なのである。

しかし、シーズンだと思うのが教育実習である。
授業の前に一人、授業の後に一人と指導方法の相談に来る。
自分が学ぶのと、自分で教えるのは全く別物だからなあ。焦っているのが分かる。

学生は、私に答えを求めてくる。つまり、どういう指導方法、指導案が良いのかを聞きにくるのだ。だけど、私は答えない。まずは、自分がその教材をどう解釈して、どういう指導方針を立てているのかを聞かない事には、私の話はしない。

だって、そこが一番苦しく、面白いところだからだ。教材に向き合い、自分の力量を鑑み、生徒を理解し、想像し、分析し、授業プランを作る事が、教師には必須の力量である。それをしない教育実習なんて、ほとんど意味がない。

さあ、頑張れ、学生達よ。まずは、自分で考えよう。

をを、そうだ、実習中の諸君よ、何か指導教官に相談しにくいことなんかあったらメールをよこすんだぞ。もう現場に出ている諸君には、多少は力になるぞ。

            ◆

研究室に戻って、事務仕事をしていたら、メールが届く。
引っ越しの荷物がトラックに積み終わったところの写真が貼付されていた。うるうるである。さらば、聖蹟桜ヶ丘。

明日は、新居に荷物が届くぞ。

自分のブランド力を上げる

四回生は教育実習に行きながら、一方で教員採用試験の勉強をし、願書を出願しなければならない。

公立学校の教員になるには、当たり前だが閣都道府県の教育委員会の採用試験に合格しなければならない。

その時、君たちは驚く事になるだろう。

君たちの人生において、はじめてテストで受験料を払わない試験になる。そうなのである、教員採用試験は受験料はいらないのである。模擬試験でも、大学入試の試験でも君たちは数千円から、数万円の受験料を払ってきただろうが、ないのだ。タダなのだ。

これは何を意味するのだろうか。

            ◆

簡単に言えば、

「良い人に、私の都道府県の先生になってほしいのね。だから、受験しやすいようにタダなのね。良い先生候補のみんさん、私の都道府県を受験してね」

ということなのである。
だから、君たちはそういうような先生候補にならならければならないのだ。

そして、そのような諸君であることを明らかにする文章を、採用試験の申請用紙に書かなければならない。学生支援センターにいくと、今年の用紙があるから今のうちに、一度書いてみると良い。

            ◆

という話をすると、
(ん〜ん、書けない)
という思いを抱く諸君がいるだろう。そこを考えてみよう。

なぜ書けないか。その理由は二つある。

1)良い先生候補であるために必要な知識がない。また、指導力、人格の力、管理の力がない。
2)どのように書いたら良いのかが分からない。

ということである。では、それについての考察である。

1)は、それを身につける学習をすれば良いのだ。やり方は授業で指示する。あとは、諸君がやるだけだ。まだ1年間ある。しっかりやれば良い。

2)自己紹介の文章で書く事は、大きく二つの事しかない。自己紹介のスピーチでも基本は同じ。

a. 私は今まで何をしてきたのか
b. 私はこれから何ができるのか

である。これを具体的に書くのである。

a.について述べる。たとえば、書道専攻の諸君。君たちは、この三年間でどのぐらいの練習をしてきたであろうか。もの凄い量を書き続けてきた事だろう。だけど、まさか自己PRの文章に「もの凄く書きました」なんてことは書けない。

どう書くか。たとえば、一週間に半紙10枚書いていたとする。すると、一ヶ月で40枚、一年間で約500枚となる。三年間では1500枚だ。となると4年間では2000枚だな。「私は4年間でもの凄く書きました」と「私はこの4年間で半紙2000枚書きました」と書くのとでは、どちらの方が印象に残る?

しかし、まだこれではダメ。相手のイメージに届きにくい。
「私はこの4年間で半紙2000枚書きました。これは、『現代用語の基礎知識』と同じぐらいの厚さになります」
と例えを出すのだ。これで書道をよくわからない相手であってもあなたの努力を理解しやすくするのだ。

こうして君の「ブランド力」を高めるのである。ブランド力が高められれば、宣伝をしなくとも相手の方から欲しいと言ってくる。
「私の県で先生になって下さい」
となるのである。

まず、書いてみて自分というものを見つめてみる事から始めましょう。

採用試験一年前、早すぎる事はありません。

(教科通信 修学 NO15 より)

採用試験の基礎学力とは?

「基礎学力を付けたいのですが」
とある学生が研究室にやってきた。
『ん? なんの?』
と聞いてみると、教員採用試験に向けてとの事。
大学三年生であるから、一年前からの準備ということになる。早すぎる事はない。

            ◆

私の場合、純粋な試験勉強は現役の時も二年目の時も三ヶ月だけであった。自分の性格を考えるとコツコツと試験勉強をする事は出来ないからだ。高校入試も三ヶ月だった。

私の時代は、「教職教養」「一般教養」「専門教養」の三領域からの出題であった。

教職教養とは、教師として知っておかなければならない、子どもに対する知識や教育の歴史、法律など。一般教養は小論文。専門教養は国語のテストであった。

塾の講師を続けていた私は、専門教養や子どもを動かす技術の勉強をしたことはなく、一般教養は小論文だからこれも国語の教師が特別にする必要もなく、ということで教職教養だけ三ヶ月必死にやりました。それだけやれば良かったわけです。

今は、一般教養は国語の教師を目指す諸君にはあまり縁のない「数学」「生物」「英語」などの科目からも出題されます。だから、
(あ、三ヶ月だけやればいいんだ)
と良い子の皆さんは誤解しないように。

            ◆

で、教員採用試験の基礎学力ってなんだ? 
なかなか難しいが、三領域についてちょっと考えてみる。

教職教養は、受験を希望する都道府県の過去の問題を解く事であろう。今は満点を取る必要はない。過去の問題を解きながら、自分に足りない部分を発見し、そこを補う勉強をするのだ。

例えば「大村はま」という人が問題に出てきたとする。採用試験前であれば、彼女の業績を徹底的に暗記するのであるが、今からなら、彼女の代表的な本を数冊読んでみるという事が出来る。これが後々大きな力になる。具体的には、小論文や面接であり、教師に採用された時に自分の指導の哲学を確認する時にである。

教育に関係する実践書、雑誌、研究会などに参加し、自分の教師観、指導観、子ども観を育てることである。遠回りではあるが、これが教職教養を支えると考える。

一般教養は、現在本学の学生が苦しんでいるところである。大学の入試にはなかった科目であっても、教員採用試験にはあるのだ。まずは、高校入試のレベルで良いので見直す事である。県立高校の入試問題で満点を取れる程度の力を蓄える事である。国語科の教師が苦手な部分である。後回しにして点数が伸びなくなるのは、厳しい。

専門教養は、大学入試レベルの国語の問題で満点を取れる力である。私が受験した時は、95点以下は不合格だと思って取り組んでいた。何と言っても専門領域である。高校の教師になるのであれば、高校の指導内容が理解できていなければならないのは当然である。

            ◆

戦略を持って臨む事です。私は、受験科目と自分の性格と、自分の置かれている環境を分析し(というほど大げさな分析ではありませんが、一応考えてみるぐらいの事です)、上記のような受験対策をした。

一言付け加えるのなら、自分一人で勉強を続ける事が得意な人は、それでも良いのかもしれないが人は弱いものでなかなかやりきる事は出来ない。私は塾の教師仲間が支えてくれ、遊んでくれ、批判をしてくれた御陰でたどり着けたと思うが、一人でやり続けたらどうなっていたか分からない。

教員採用試験を受ける仲間で勉強会をしている自主ゼミもあるし、生協主催の講座もある。また、大学の主催するセミナーもある。そういうところに参加しつつ、ペースを保ちながら学習を進めることが大事だ。

アンダスタン?

(教科通信 修学 NO.14 より)

2006/05/31

そんな初夏の風

朝早起きして、家の中の床という床、棚という棚のすべてを水拭きする。二時間ぐらいかかる。新築とはいえ、二ヶ月間使っていなかったためか結構な埃。だけど、スッキリだ。奥さん、新居の準備はバッチリだぜ。

ついでに、先日の一人カラオケの時に着ていたタバコの匂いの付いてしまったラガシャツも洗濯。まだ洗濯機がないので、洗面所で手洗い。ふう。こういうのもなんか良いな。

さらについでにミストサウナを体験。ここで分かった事は、ミストサウナの時には風呂で本が読めないという事f(^^;。痛し痒しである。

            ◆

大学では新学科開設のための準備。学会の時につかった研究費の清算。また、明日の高校での模擬授業の準備などをしながら過ごす。

気がつくと日が落ちようとしていた。笑っちゃうぐらい一日が早い。
事務方に用事があって、外に出たら下弦の月が出ていた。
そして、初夏の夜の匂い、木々の精霊のため息のような何かが、風に乗って流れてきた。

そんな初夏の風と言えば、川上澄生である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

わがねがい 川上澄生

われは かぜとなりたや
あのひとの うしろよりふき
あのひとの まへにはだかる
はつなつの かぜとなりたや

引用終了 ーーーーーーーーーー

この詩は、アンソロジーノートではほぼ確実に教えてきた詩である。
やっぱり、いい詩だなあ。

切ない五月が今日で終わる。

2006/05/30

を、JR湖西線の列車の音がする

ふう、引っ越し第一陣が終わった。

6階のマンスリーマンションから荷物を運び出し、11階の新居に運ぶ。
たった二ヶ月のマンスリーマンションであったが、感謝感謝。最後に部屋を出る時には、
『家神様ありがとうございました』
と御礼を述べた。

新居はJRの西大津駅の駅前のマンションである。
マンションは、ちょっと新しくなると設備が格段に良くなる。聖蹟桜ヶ丘のマンションにはない設備も揃っている。風呂好きの私にとっては「ミストサウナ」が楽しみである。

新居から大学までは10KM以内なので、通勤も楽になる。今日は旧居、大学、新居、旧居、大学、新居と動き回ったのだが、走行距離は30キロも満たないかなあ。

を、JR湖西線の列車の音がする。

聖蹟桜ヶ丘の家の時は、京王線の明かりと音が聞こえたが、ここでは湖西線。で、気がついたのだが聖蹟と西大津は結構似ているかもしれない。

1)ランドマークタワーのマンションが街にある。
2)駅に近い。
3)水に近い。
4)花火がある。
5)大きなスーパーがある。

特に夜バイパスから西大津の街を見ると、そっくりだと思う。

意外と早くこの街に馴染めるかもしれない。

2006/05/29

今月の歌詞 5月ー2 いつか街であったなら

いつか街であったなら 中村雅俊

何気ない毎日が風のように過ぎていく
この街で君と出会い この街で君と過ごす
この街で君と別れたことも 僕はきっと忘れるだろう
それでもいつか どこかの街であったなら 肩を叩いて微笑んでおくれ

さりげない優しさが僕の胸を締め付けた
この街で僕を愛し この街で僕を憎み
この街で夢を壊した事も君はきっと忘れるだろう
それでもいつか どこかの街であったなら 肩を叩いて微笑み合おう

それでもいつか どこかの街であったなら 肩を叩いて微笑み合おう
それでもいつか どこかの街であったなら 肩を叩いて微笑み合おう

            ◆

新緑から深緑へと移り変わる季節に、私はこの街を離れて次の街に行こうとしている。別に誰かに恋をしたわけでもないし、誰かを憎んだわけでもない。だけど、そんな気持ちがしてくる。

京都の木屋町、河原町、東山、祇園と歩いていると井の頭公園で歩いていたあの頃の事がよみがえる気がする。

「出会い、過ごし、別れ、愛し、憎み、夢を壊し」と心を動かしながら、時間は過ぎていく。
そうであっても、緑は美しく街は輝いたままだ。そんな五月の歌ではないか。

一人カラオケ

関根勤さんの『バカポジティブ』という本がある。私は彼の笑いが好きで、本も楽しく読む事が出来た。その中に、
(うーん、禁断の遊びだなあ)
と思うものが紹介されていた。それは、

「一人カラオケ」

である。

一人でカラオケに入るなんて、友達がいない奴ではないかと思われるし、そもそも聞いてくれる人がいないのに楽しいのかという問題もあるが、関根さんは勧めていた。

            ◆

学会に行く前の仕事、さらに学会での三日間週末を過ごした私は、今日をオフと決めてジュンク堂まで本を買いにいったのだ。その前に腹ごしらえ。

昼ご飯に、「眠眠」の餃子を食べる。
実は京都の餃子は「王将」ではなく「眠眠」がルーツであるという事を聞いたので食べた。「王将」より上品だが、私は「王将」に慣れてしまったなあ。

で、ジュンク堂で本を漁り、帰りを急いでいたらちょっと雲行きが怪しくなってきた。パラパラと来た。そんなところにカラオケボックスがあった。これは禁断の遊びをするしかないと、入店。

しかしねえ、昼間とはいえソフトドリンク飲み放題で、一人30分で140円は安すぎないか?1時間いたけど280円だったぞ。これじゃあ、喫茶店でコーヒーを飲むよりも安い。

順番を気にせず自分の歌いたい曲を歌いたいように歌う。
確かにこれはいい。

平井堅、イーグルス、中村雅俊、杏里、アンルイス、森高千里と、そりゃあ日頃なら歌わない曲をガンガン歌う。ちょっと癖になるかも。

            ◆

とまあこんなことができる木屋町がすぐ近くにあるマンションの生活も、今月一杯でオシマイ。6月からは正式に新しい家で過ごす事になる。奥さんはいま東京で引っ越しの下準備をしてくれている。ありがたいことだ。

で、奥さんと電話で話していたのだが、青梅の教員住宅から聖蹟桜ヶ丘のマンションに引っ越す時は、実のところそんなに切なさを感じなかった。自分たちが選びに選んで買った住まいに引っ越せる喜びに満ちあふれていたのだろう。

だから、聖蹟桜ヶ丘の家を離れて京都に来るということが動き出すと、本当に切なかった。でもそれは持ち家だからかと思っていたのだが、今、この京都でたった二ヶ月間だけ過ごしたマンションを離れるとなると、聖蹟桜ヶ丘の家を離れる事の切なさには及ばないが、それでも切なさがあることに驚いている。

なんでかと考えていたのだが、東京から京都へ移ってきた時の混乱の二ヶ月間を支えてくれたからではないだろうかということに落ち着いた。そう、もう京都の生活を始めて二ヶ月が経つんだな。

            ◆

明日は新居の鍵の引き渡し。このマンスリーマンションの荷物も新居に運ぶ。下準備はもうしてもらってあるのだが、最終の準備を始める。なんもと切ないや。しかし、この切なさの積み重ねが人生なんだろうなあ。

明日の夜は新居かも。

2006/05/28

二日目

二日目は、午前中知り合いの先生が発表をされていて、全部回ろうとしたのだが、朝、なぜか熱っぽくてしばらくホテルで様子を見ていたら、門島先生と寺崎先生の発表しか見る事が出来なかった。残念。今度富山に伺います。そして、授業を見せて下さいね。さらに、「きときと」の魚も食べさせて下さいねf(^^;。

だが、午後の提案授業とその後の検討会も熱かった。
難波先生が、小学校4年生を対象にして授業を行う。宮沢賢治の詩をもとに太鼓を叩きながら詩を読み、生徒の表出を狙おうとするものであった。

45分の授業の後、検討会では東北福祉大学の上條先生と岩手大学の藤井先生が提案者に加わりながら、小学校国語の授業の今後の方向性について検討を重ねた。司会は秋田大学の阿部先生。

            ◆

で、授業の評価であるが、二つに分かれた。非常に提案性のある授業で良かったという意見と、これは国語の授業なのか、いやそもそも授業なのかというものである。

授業研究は難しいなあと改めて思った。
提案授業であるから、提案の方向性をきちんと伝える事が大事である。そして、その方向性に導かれて検討を行うものだと私は思う。

しかし、

・方向性が見えない人
・方向性が見えない授業
・方向性が違うと考える人
・方向性が良いと考える人
・自分の方向性に縛られて授業を見る人

など色々なスタンスを持つ人が、一つの授業について考えを述べる。中には、一回目は褒めておきながら、二回目の発言ではケチョンパンに言う人もいて、なんだあと思ったりもした。

授業は、やりたいことと出来た事の差があって当然で、飛び込み授業(つまり、日頃授業をしていない子どもたちに向かって行う授業)であり、提案授業であれば提案の大胆さによってその可能性はさらに広がるのは当然だと思う。

だから、何をしたかったのかという方向性を元に議論する事が大事だと思う。

会場では、岩手の中学国語教育の巨人、南先生にも会う。同じ年齢ではあるが、私とは違いじっくりと落ち着いた実践をされる方だ。なにが凄いと言って、自分の実践を毎年冊子にまとめているのが凄い。今年で第7集となる。これを頂いた。こういう地道な研究が太い実践を支えるのだろうなあ。

良い刺激をまた貰った。

終了時間を3分残し、会場を後にする。盛岡駅から飛行場に向かうバスに乗り遅れそうだったからだ。乗れてよかったけど。

            ◆

飛行場では、飛行機の出発が遅れるとのことだったので、ちょと早めの食事。ジャジャ麺を食す。これで盛岡三大麺、椀子そば、冷麺、ジャジャ麺を食すことができた。良かった良かった。

で、麺を食べながら思った。私はどこに帰るのであろうかと。

聖蹟桜ヶ丘に戻るという感覚はもうあまりない自分に気づいた。だけど、京都に帰るという実感もあまりない。引っ越しを控えていて「戻る」という感覚がないのかもしれない。奥さんは、聖蹟桜ヶ丘の家の荷物を整理し始めたと電話で話していた。

帰るのではなく、新しい旅立ちということを体が理解しているのかもしれない。

さあ、搭乗が始まった。


全国大学国語教育学会初日

全国大学国語教育学会初日。朝食の会場で国立教育政策研究所の有元先生とお会いする。私が大学に移った事を喜んでくださり、今後の事もいろいろとアドヴァイスをしていただいた。嬉しいねえ。

            ◆

大熊先生と待ち合わせをして、タクシーで岩手大学にに移動。
広いなあ。大学の中もタクシーで移動するわけだから。
新緑がとても美しい。

            ◆

午前中は5つの発表を聞く。
圧巻は、岩手大学の望月善次先生であった。
望月先生では歌人でもある。有名な先生だ。
昔、先生とはインターネットを使って連句を遊んでいただいたことがある。

その作風、作品に、あたたかく熱いお人柄を感じていたが、実際にお会いするようになってからますますその思いを強く抱くようになった。

今日のご発表は、
「教師力量モデルと大学教育の距離 〜 国語科教師教育研究整理の一環として 〜」
というタイトルであった。

先生が、教師に成りたいと若き日に思ったその熱い思いからスタートした研究を、続けられていることに胸を打たれた。そして、その研究から学びたいと思った。

朴訥とした語り、そう発表ではあるのだが、「語り」という表現がぴったりのご発表であった。

私もその熱さに打たれて、質問をしてしまった。

『教員の免許更新制度が、現職の教員にもという話が出てきていますが、先生の教師力量モデルとの関連からすると、どのような関連が考えられるでしょうか』

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060526-00000033-mai-soci&kz=soci

と質問をしたところ、
「池田会員からのご質問ですが、更新制度そのものは大事なところがあると思いますが、今回の免許更新制度には、教育に対する愛がないので反対です」
とズバッと答えていただいた。

同じく国語の研究を志す者として、学会に参加している研究者に対して、望月先生は、どんなに若い必ず「○○会員」と同じ土俵に置いて話をされる。こういう言葉遣いをされると、しっかりと勉強しなければなあと思う。

            ◆

もう一つ挙げるとすれば、やはり難波先生@広島大学の発表だった。
国語科の解体と再生をキーワードにし、これを真摯に研究されている。

私も今の国語科は二つの部分で大いに不満である。
1)授業時数が少なすぎる。
2)扱う領域が偏りすぎる。
というものである。

私の研究キーワードは、「国語科を実技教科にしたい」であるが、難波先生の知見に学びながら、研究を進めたいなあと思った。

            ◆

午後は、パネルディスカッション。先週も全私教協のパネルディスカッションでお顔を拝見した藤原和博先生が登壇。ご縁があるなあf(^^;。

途中で突然に私に話を振られてしまい参ったが、まあ、それもありか。

            ◆

学会の懇親会は、そりゃあ日本の国語教育のお歴々だらけである。雑誌か、遠くからお顔を拝見しただけの先生ばかり。ちょっと緊張しながら参加。
オープニングに岩手農林高校の学生による、鹿踊が披露される。いいもんだなあ。

懇親会では、たくさんの研究者の方とお話ができた。
広島大学の難波先生のブログも読んでいる事を本人に伝えるf(^^;。かなり驚かれていた。
信州大学の藤森先生は、なぜか私と似ているという話で難波先生と日体大の奥泉先生が盛り上がる。そういえば、私の母方のおじさんに似ているかも。
秋田大学の阿部先生には、山梨大学の須貝先生を紹介してもらう
「私と同じ、竹内先生のゼミで、私の後輩ね」
と。

そして、みなさんが
「良かったね、池田さん。大学でのご活躍楽しみにしているよ」
と言って下さった。幸せである。

            ◆

その後、二次会で学芸大学の仲間達と飲む。
若い仲間達と飲むというのは、非常にエネルギーを貰える。
自分の実践や研究で、考えになる前の思いを語り合っていると、自分の思いが考えの方向に向かっていくのを感じる瞬間がある。これが嬉しい。

この時に感じた瞬間が、後から具体的に何らかの形になることもある。
もちろん、お酒を飲まなければなんも出てこないというのでは、単なるアル中ーだ。
そうではなくて、心がゆったりしたときに出てくるこの閃きの瞬間がいいんだなあ。

会計をしているときに、みなさんと逸れてしまい、私は一人でホテルに戻る。
戻れてよかったあ。

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