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2006/06/17

そういえばこないだゴリエが来ていたよ

「関東地方は梅雨でじめじめした天気が続くでしょう」
という天気予報が流れていた。
こちらも梅雨なのだが、今朝はきれいに晴れていた。
午後から少し天気が崩れるようだが、じめじめした感じはない。琵琶湖を渡ってくる風がそのじめじめ感を吹き飛ばしてくれているのだろう。

            ◆

今日も大阪に出張。
なんか曜日の感覚がなくなってきている。

毎日、また毎晩、翌日のスケジュールを今まで以上に確認している。
思い込みで動いて間違えてしまうことは今までもお得意であったが、今まで以上に間違う可能性が高まっているので、注意をしている。

スケジュールを管理する秘書ってのは、この延長上に必要になるのだろうなあと少し実感。
これだけ土日も働いているのだから、平日に休みをとってもいいな。うむ。

            ◆

今日も大学の説明会である。
保育と幼児教育関連の大学、短大、専門学校が集まる中、うちの大学も参加である。
対象が保育と幼児教育ということで、参加している高校生は9:1で女子:男子であった。

最初の30分ぐらいはのんびりできたのだが、その後は怒濤の説明になる。食事の時間は1時間確保することが出来たが、まあ凄い人だった。

真剣に聞いてくれる生徒が多いので、こちらも丁寧に説明する。ディベートでいうところのユニークネス、つまり京都橘大学にはあるが、他の学校にはない点を中心に説明する。

パンフレットのクラブのページを見ていたら
「あ、チアリーディングもあるんですね」
というので、
『そうそう、そういえばこないだゴリエが来ていたよ』
と言ったら、
「え〜〜〜、嘘!」
というので、
『はい、嘘です』
とやってしまったf(^^;。
その後は和やかに説明が進んだ。

ま、正直に嘘をついたのだから許してね。

            ◆

終了後、ヨドバシカメラで外付けHDを買って、京都駅では教育関連の本を買って帰宅。
一日よく働いたわい。

明日は全国教室ディベート連盟近畿支部地区大会だ。
ちなみに、関東も大会だ。和田中学校ディベート部、がんばれ!

2006/06/16

ダンスで理科

中学校を退職する前に、体をチェックした。臓器が弱ってきていると思ったからだ。
結果は、年齢相当の状態だったわけだが、腹の調子は悪い。ちなみに、原の調子も悪い。

電車など時間で動くものを使いながら生活をする生活は、年中腹の調子の悪い者にとってはつらい。それなりに、前日から準備をするのだが、こればかりは当日のその時になってみないことには分からない。だから、待ち合わせに迷惑をかけることも多い。すみません。家を出るまでは大丈夫でも途中からあれーってなことも良くあるんです。

            ◆

京都駅に降り立ったときに、
(あれ、やばいかな)
と思う。
(でも、時間がないから乗ってしまえ)
と近鉄急行に乗るが、ますます状態は悪くなる。
(だ、だめだ)
とホームのトイレに向かう。

ということで、急行一本遅れてしまいました。
藤川先生すみません。

            ◆

私の住む滋賀県大津市の西大津駅から京都駅までは二駅。乗っている時間も十二分程度。だが、長いトンネルを抜けていくこともあり、世界が全然違うのを感じる。

京都駅に着くと、華やかという感じがよくわかる。
もちろん、観光に来ている外からの人たちも多いのだろうし、これから出て行く人も多いのだろう。が、やはり華やかだなあ。

で、どうなんだろうと思う。
その華やかな状態が日常の状態である毎日ってのは。
いつも、きりっとしていなければならない生活ってのは辛くないのかな。

ま、ネクタイのように慣れてしまうのかな。
Tシャツに半ズボンの生活は、それだけで楽しいと思う私にはダメということなのかな。

            ◆

糸井先生の学校についたら、関係者が揃っていた。総勢12、3人ということだろうか。今日は、「ダンスで理科」の発表会である。3、4時間目を使ってメダカの卵、孵化、稚魚、成魚、交尾、卵のサイクルをダンスで表すのだ。

なぜ、ダンスで理科なのか。
私の理解では、観察を表現に高める方法としてダンスで理科なのだと思う。観察した内容をまとめてラップミュージックで表現したり、いろいろな手法を使っている。

授業のメインのところでは、コーディネーターのダンサーが子どもたちを指導していく。コーディネーターのダンスをまねることで、子どもたちは身体の解しをしていく。

私が、一番面白いと思ったのは、ダンサーの「指示」の言葉は標準語なのに、「評価」「感動」「疑問」「呼びかけ」などの言葉は京都弁で語られていたこと。その差が授業の輪郭をきちんと伝えている。バイリンガルである。

授業後のちょっとした反省会でそのことを話したら、ご本人は
「そんなこと言われたのは初めて」
と言われてしまった。
気がついていなかったのだろう。私が関東の人間で、国語の人間なので気がついたのだと思う。

しかし、標準語と故郷の言葉の二つを持っている先生は、これを意識して使った方がメリハリのある良い授業になると思った。

他にも色々と発見はあったが、この発見を導いてくれた糸井先生とその子どもたちに感謝したい。

            ◆

その後、奥さんと待ち合わせをして京都の駅ビルで買い物。
週に一度ぐらいは京都で買い物と言うぐらいがちょうどいい感じだ。

今旬の、水茄子の漬け物をゲット。これが美味しいんだ。
水ようかんもおいしい。特に抹茶水ようかんがおいしかったのでそれもゲット。
山芋のわさび漬けもゲット。

久しぶりに外を歩き回って、疲れたあ。
しかし、心地よい疲れであった。

2006/06/15

肩車をしてもらいながら高みに登り続ける

このところ出張や授業がない場合は、午前中読書、午後授業の準備or論文書きというパターンで動いている。インプットを重ねて、アウトプットが動き出すのを促すと言う感じである。

インプットの種類には読書の他にもフィールドワークがある。外に出て、現地に行って確認するということだ。だが、まだこれはしていない。呼ばれていくことはあるが、自分からというのはまだしていない。

であるが、明日は初めて小学校に伺う。糸井先生の学校だ。
何が生まれるのか、実に興味がある。
よろしくお願いいたします。

            ◆

今日の授業は、国語科教育法1の山の一つ。体験作文の書き方だ。
90分の授業のうち60分でこの指導方法を説明したわけだが、学生さんはちょっと大変だったろう。短時間で一杯一杯の内容を伝えたのだから。

さらに、

「こんなことを教わった中学生は羨ましいと思う一方で、私に指導出来るのかと恐ろしくなった」

のような感想もあった。
たぶん、私に習っていた中学生はそんなに凄いことを習っていると言う感覚はなかったと思う。他の中学校の国語の授業を、塾以外では受けていないわけで、私の授業は
(ま、こんなもんだろう)
と思っていると思う。

だが、大学生の諸君は比較をしたわけだな。

            ◆

しかし、冷静に考えてみれば、そりゃあ無理だ。
私は中学校の現場で戦ってきた結果を大学の授業で出しているわけで、まだ戦う場所に立つこともない彼らが自分に出来ないのではないかと思うのは当たり前である。

だが、もし、私の授業を受け止めてくれるのであれば、そこから自分で更なる高みに登れば良い。学問てのは、そうして発展してきたのだ。肩車をしてもらいながら高みに登り続けるのだ。私は私でいろいろな人の肩に乗って一つの型を提示することが出来た。学生諸君は私の肩に乗ってさらなる高みを、時間がかかっても目指せば良いのだと思う。

私だって、学生時代に読んだ『授業 人間について』(林竹二著 国土社)や竹内常一先生の授業などから受けた衝撃に決着をつけるのに、長い時間を掛けている。教育はそんなに簡単に答えは出ないし、できるようにもならないのだ。

でも、挑戦を続けるのだ。

            ◆

実習生の諸君。
大学に戻ってきたら、研究室に顔を出すのだぞ。
どんな課題を手にすることができたか、話を聞くからね。

Asian Sea

近江の海、琵琶湖が身近にある生活ってのは、やっぱり豊かなんだろうなあと思う。

京都市内は観光や遊ぶためにはいいが、ゆったりと生活をするにはちょっと違うなと二ヶ月の京都市内の生活で感じた。土日どころか、平日まで人で一杯。さらに、盆地なのでバスや自動車の排気ガスが溜まる感じがした。

京都市内の生活にするか、琵琶湖の生活にするか考えたが、いまのところこちらにして大正解である。

クーラーの効いている部屋で関係の本を読ものも良いのだが、朝方涼しいうちに琵琶湖のお気に入りの浜に出かけていき、本を読む。

平日だと言うのに水上バイクを楽しむ人、ブラックバス釣りを楽しむ人、幼児を遊ばせる十代の母親と友人。そんなところにワゴンのハッチバックを開けて日陰を作って本を読んでいる私。

波の音と風が心地よい。
本当に、海のようだ。

「P6140009.MOV」をダウンロード

            ◆

Wong Wing Tsanの「Asian Sea」という曲がある。アルバム「Fragrance」に収録されている。(http://www.satowa-music.com/cd/cd-frag.htmlで視聴も出来る)

この曲を聴くと、夏の暑いそれでいて風が吹けばさわやかになる、あのタイやマレーシアの東南アジアの海を思い浮かべることが出来る。まさか、琵琶湖でこの曲を思い出すとは思わなかったが。梅雨の中休み、琵琶湖は一つの「Asian Sea」である。

2006/06/14

頑張れ先輩、続け後輩

再び、教育実習に向かう先輩達の話。授業をどのようにつくるかの相談である。自分が学ぶのと、自分で教えるのは全く別物だからなあ。焦っているのが分かる。

相談にくる先輩たちは、私に答えを求めてくる。つまり、どういう指導方法、指導案が良いのかを聞きにくるのだ。だけど、私は答えない。まずは、自分がその教材をどう解釈して、どういう指導方針を立てているのかを聞かない事には、私の話はしない。

だってね、そこが一番苦しく、面白いところだからなのだよ。教材に向き合い、自分の力量を鑑み、生徒を理解し、想像し、分析し、授業プランを作る事が、教師には必須の力量である。これに挑戦しない教育実習なんて、ほとんど意味がない。

授業は、これが正解といことはない。子どもの事実から、確からしさの精度を高めていくしかないのだ。だから、教師は現場で自分の頭で考えるのだ。教われないのだ。自分なら、どのように教えるのかを考える習慣をつけるのだぞ。

            ◆

で、相談の一つ目は高校の現代国語「メディアに軽重はあるか」という単元。要は、手紙とメールではどちらの方が良いのかということである。

『どんな風に授業を作る予定?』
と聞いてみると
「私は作者の主張に賛成で、私は手紙が好きです。だからそのように結論を持っていく心算です」
とのこと。うむ。

『残念ながら、それでは失敗すると思う。先生が好きか嫌いかは、この場合あまり意味がない。先生は好きですで授業が成立するのは、小学校のかなり低学年か、生徒が先生の人間的な価値を十分に認めている時に、(そうか、この先生が好きならば何か意味があるなうと思う時ぐらいです。あとは
(あっそ、好きなの。勝手にすれば)
と思われておしまいね』
「・・・・・・」
『だから、生徒が「私は好きだな」「いや、私は嫌だな」と議論が起きるように授業を構成して、先生は「なんでなの?」と聞いて回るようなものにすればいいんじゃないの?』
「それはどうやったらいいのでしょうか?」
『そこを考えるわけね(^^)』

『もう一つ、そもそも「メディア」って何?』
「えーっと・・・」
『これを小学校の四年生ぐらいにも分かるような説明を考えておかないとね。先生がきちんと教材を理解していることが大事。そして、説明できることが大事ですよ。じゃあ、来週その答えを聞こうか』
「はい」

            ◆

二つ目の相談は、「『五十歩百歩』の指導の仕方」でした。どのような順番でやるのか考えていると言う。聞いてみると、

1)訓点の説明
2)本文の説明
3)文化的、社会的な背景の説明

ということでやるとのこと。うむ。

私は生徒の立場から考えてみることを話した。
『たとえばね、サッカーの授業でインサイドキックを100本、リフティングを50回、スローインを50回やったあとにゲームに入るのと、「手は使うな、ゴールに足で蹴り込め、それいけ」でゲームに入るのでは、どっちの方が楽しい?』
と聞いてみた。すると後者だと言う。
『ならば、この授業もそのように作ってみたらどうかな?確かに訓点の説明も大事だけど、最初に本文に挑戦するほうがいいのでは? 例えば50回読んで暗記させてしまって、そのあと白文のプリントを元に、どの順番で読むのか数字を書いて、そして訓点で確認するという授業構成はどう?』
「面白いと思います」
『生徒も謎解きをしているみたいで楽しいんじゃないかな。ただし、その時にはあなたが五十歩百歩を暗唱していること、黒板に暗記でバッチリ書けること、五十歩百歩を「ゴジッポヒャッポ」と正確に読める等の知識があることが前提だよ。(この先生にはなんかある)(かなわないかも)と最初に思わせることが大事だよ』
「はい」

頑張れ、実習に向かう先輩。続け、後輩達。

(教科通信 修学 NO17 より)

読んでもらえるレポートを

細かい事ではあるが、君たちは教師になるのであるからして、知らないのであれば教える。レポートの提出のあれこれである。

ホチキスの止め方

レポートが数枚ある時、ホチキスは、通常左上を止める。今回君たちから提出されたものは、例外なく右上であった。そういう指導を受けたのかな? 私の時は、左上を止めるように。

なぜか?教師は、生徒のレポートを読むとき、右手には筆記用具を持つ事が多い。左手でレポートをめくり、右手で間違いを直したり、評価をしたりするのだ。左上に止めてあると、これがやりやすい。だからだ。右側は、先生が左利きの時にやる。

レポートは読んでもらうためにある。読み手が読みやすいように提出する事。

読みやすい字で

きれいな字は必要ない。きれいである事よりも、読みやすい字で書く事が大事である。

読みやすい字とは、「太く、大きく、濃く」書かれたものである。君たちが受ける採用試験の採点官は、年齢的にも小さい字、薄い字、細い字は見えないのだよ。そんな字で書かれたものは、読まれずに採点されない。「太く、大きく、濃く」書く事。

行の頭 付属語と単語の分解はダメ

ワープロを使っていると、それに慣れてしまいあまり意識をしないのだろうが、手書きの場合はやってはだめだ。

行の最初に、付属語(助詞、助動詞)がくるのは、おかしい。ダメである。(ただし、助詞の「と」「など」は会話の鍵カッコの後にはあり)

また、さらにダメなのが、単語の途中で行を変更するものである。もし、君が国語の教師になろうとしているのであれば、言葉の美的センスを疑われてしまう。

「でも、どうしてもなってしまうんです」

という反論があると思う。あるかもしれない。だから、その時は、引用の時は文字の大きさを調整して揃え、自分の文章であれば文案を工夫して文を書くのである。

そこに、文章力や常識や美的センスが現れるのである。

縦書きは漢数字を使う

縦書きのレポート等は、あまりないかもしれないが、だからといって間違えてはいけない。縦書きの文章を書くとき、数字については基本的には漢数字を使う。一二三四五だ。算用数字の12345は、横書きの時と指導するのだ。

表で終わる

指定された範囲で終わる事だ。たくさん書く事が良いと評価されるのは、生徒の意欲を評価するからであって、君たちはそうではない。

指定された範囲の中できちんと書く事である。ひっくり返して読まな書ければならない読み手の事を考えてみるとよい。面倒くさい。

指定された範囲の中で、質の高いものを書き上げよう。

            ◆

繰り返しになる。レポートは読んでもらうためにある。読み手が読みやすいように提出する事。

私の授業で評価Aを必要とする諸君は、上記の5つは、今後、必ず守らなければならない。

特に、提出する文章で、薄い字、小さい字、細い字で書かれているものは、読まないのでそのままCとなります。

良い習慣はなかなか身に付きません。悪い癖はすぐに身に付くのにね。

君たちは教師になるのですから、しっかりね。

(教科通信 修学 NO16 より)

2006/06/13

プリンス

家のネット環境がやっと整った。
それまでは、ウィルコムのPHSの無線でやっていたのだが、マンションについているネット環境の設定を終えたのだ。

通信の設定はこれまでに何度も大変な思いをしている。パスワードがどこかに行ったり、数字の簡単な打ち間違いがあったり。大体からして、毎日仕事でしている人でもないかぎり一度設定したことは、数ヶ月もすれば忘れてしまう。

だから、いつも最初からひーひー言いながらやっていた。
それで、なかなか手を出せないでいた。

            ◆

しかし、実に簡単であった。
インターネット対応のマンションなので、LANの接続口にケーブルを刺して、マックのシステム環境設定で、DHCPサーバーを参照を選べばおしまい。
(え? )
と思うほど簡単であった。
テレビの設定とは大違いである。

ま、これもマックだからだと思うが。

奥さんのご友人の皆さん。
ということで奥さん宛のniftyメールが開通しました。
よろしくお願いいたします。

            ◆

昨年実験して今年も頑張ろうと思っていたのが、スイカ作りである。その時は、なんとか小さなスイカを二個ほど作ることが出来た。なんとなく作り方が分かったので今年も作ろうと思っていたのだが、今年は苗を見つけることが出来なかった。

ところが昨日琵琶湖の回りを走っていたら、苗を見つけることが出来た。しかしスイカではなく、しかも時期が過ぎていて処分されそうになったものをゲットした。プリンスメロンである。Plm


研究室の回りの日当りの良いところにダメ元で植えてみた。さて、どのようなことになるだろうか。一個でも出来れば拍手喝采である。

今日は、30度まで気温が上がるとのことである。

そんな中、昼ご飯を食べに琵琶湖の畔まで出かけた。パンを買って紅茶を水筒に入れて。
いやあ、暑かった。まぶしかった。
でも良い風も吹いていた。

水蒸気で大津プリンスホテルが霞んでいた。Biwalake


プリンスつながりであった。
ちゃんちゃん。

小野道風の神社

大学につくと、まず自分のメールボックスを確認する。
大学からのお知らせや、郵便が届いている。
今日は『授業作りネットワーク』の7月号が届いていた。
この号では私も原稿を書いている。

自分が小市民だなあと思うのは、人の原稿を読んで勉強しなければならないのに、
まず、自分の原稿を読んでしまう。
原稿を書き終えた時に何回も読み直したのだし、もう変更は出来ないのに読み直してしまう。

で、今日はびっくりするような手紙が届いていた。信じられない。
何の手紙かはblogには書けないが、自分の記録として書いておく。
自分の成長に確実に繋がるきっかけを与えてくれる手紙であることは確かだ。

            ◆

今日も実習生の事前指導を行う。マンツーマンで指導できるのが大きくない大学のメリットだ。学生が自分の考えを元に、授業のイメージを作り、それを具体化する作業に付き合う。

私がやってしまう方が確実に簡単で安定しているのだが、それでは実習生の力をつけることにならない。ここはコーチングの発想で学生に付き合う。これはこれでは面白い。

小一時間指導する。

            ◆

近々富山に出かけることになる。書写の授業をしにいく。
そのこともあって、小野道風の神社が琵琶湖の畔にあるのを発見してお参りに行く。自宅から車で20分も走れば到着であった。

小野道風の作品は、以前見た。本当に嫉妬するほどの上手さであった。
いや、私ごときが嫉妬するなんてのは烏滸がましいのだが、とにかく嫉妬した。

で、挨拶ぐらいはしておこうと思って出かけたのだ。
こじんまりとした小さな神社であった。
『字がうまくなりますように』
と大声でお参りをしてきた。

この神社の近くには初の遣隋使である小野妹子や小野篁の史跡もある。
毎週一日ぐらいは、地域と歴史を勉強する日を作っても良いなあ。
うん、そうしよう。

            ◆

折角、オーストラリア産の肉を用意し、食らいつきながら応援したのに、
今日は逆転負けダア。

調子が良すぎた川口が、出なくて良いところで出てしまったところからリズムが崩れたなあ。ドンマイ、ドンマイ。まだ大丈夫だ。

さあ、明日に備えて寝よう。

2006/06/12

引っ越しは、恐ろしい

引っ越しは、恐ろしい。

そんな恐ろしい引っ越しができるのは、まず間違いなく奥さんの御陰である。
本人にとっては大切なものも、周りから見ればゴミというものがある。
これをきちんと判断して引っ越しの時に持ってくるのは、難しい。
しかし、奥さんはこれをきちんとやってくれる。

            ◆

今回、中学校から大学に籍を移して、今までは単に思い出として持っていただけのものが使えるかもしれないと思うようになった。
学級通信や教科通信など過去の通信はすべてとってあるのだが、日頃は見ないのだが、今回の引っ越しでは
「これ、授業の資料になるんじゃないの?」
と奥さんが奥にしまわないで取り出せるところに置いておいてくれたのだ。
さすがだ。

            ◆

いやあ、なんというか懐かしく恐ろしい昔の資料が引っ越しと同時に目の前に現れたのだ。
おそるおそるいくつか見てみる。
ひえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜である。
今の字よりも幼い字で、手書きで書いてある学級通信を確認。
でも、これはこれでいい味出しているなあ。

さらに、なんと教育実習の最後の時に書いてもらった高校生からの感想文の束も発見。
ひえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜である。
これもおそるおそる見てみる。

が、思ったよりも好意的なことが書かれているのでびっくり。
そして、私は生徒の感想で批判的なことを書いてくれている部分に赤線を引いて
どうしようかと考えているのだ。

ん〜〜〜ん。なんと真面目な私。
そして、多少はそのときの生徒達に教えてもらった私の弱点は直せたかなと思って、約束を果たせたのではないかと思った。

極めつけとして、教育実習日誌も発見された。
これもこれもおそるおそる見てみる。
ひえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜である。
なんて生意気な教育実習生だったんだろうf(^^;。

こんな日誌を書いていて良く実習でオッケーが出たな。
今私が指導教官なら、コテンパンに叩くだろうなあ。
でも、叩かれても叩かれていることに気がつかない私だったかもしれない。

            ◆

教育実習に行っている学生諸君よ、最後に生徒に感想文を書いてもらうんだぞ。宝物になるぞ。
良いことも悪いこともたくさん書いてもらいなさい。悪いところを直せれば、子どもにとっていい先生になれるってことなのだから。

その宿題を教師になってから少しずつ返していきましょう。

2006/06/11

なんか、凄い偶然

ざっと見たところ、100人ぐらいはいたかな?
児童教育学科のガイダンスである。
本日は京都橘大学の今年初めてのキャンパス見学。

小一時間、説明とワークショップでガイダンスを進めた。
興味を強く持っていて、高校で説明したのをきっかけにもう一度やってきてくれた高校生もいた。

ガイダンス後に、質問の行列ができたので対応した。
最後の一団の三人に、
『さて、どんな質問でしょうか?』
と聞いたところ、
「質問ではないんですけど・・・」
とのこと。なんだろうと思っていると、
「授業に感動しました。もっと受けたいです」
と言ってくれた。

なんというか、素直と言うか、礼儀正しいと言うか、ありがたいと言うか。
「先生が授業をされるのですよね」
というから、
『そうだよ』
と話す。

若者たちよ、四月に会おう。

            ◆

折角日曜日に大学に行ったので、少しの間集中して仕事をする。論文の基礎データをまとめる。二時間でも集中で結構まとまった仕事ができた。

こういう積み重ねが大事なんだろうなあ。

            ◆

家に帰ってテレビを待つ。設定が面倒くさいので業者にお願いしたのだ。
これが大正解。

今まで使っていたテレビはBSも映らないもの。デッキからBSチューナーを介してみていたぐらいだ。んでもって今回のTVはデジタル地上波を受信できるAQUOSである。赤、白、黄色のコードをつなぐだけの設定ではなく、チャンネルの選択からして面倒くさい。

B-CASカードぐらいは知っていたが、ここまでだったら私は一週間ぐらいテレビを見ることが出来なかったであろう。

で、設定が終わって何気なくテレビを見ていたら、目に飛び込んできた。
北海道札幌のYOSAKOIソーランである。ファイナルをBS-ASAHIで生放送していたのだ。

で、ファイナル進出チームを発表するところを見ていたら、なんと!「京都関西今村組」が5回目の挑戦にしてファイナルに初出場を決めた瞬間を見てしまったのだ。

今村先生は、全生研の先生で今年の三月まで京都の小学校で先生をされていた先生だ。著書でその活躍は拝見していたし、実はいま、ちょっとした私のプロジェクトに関わってもらう方向でお願いしている。

なんか、凄い偶然。こういうご縁ってあるんだよなあ。

しかし、テレビきれいになったもんだ。
しばらく説明書を読まなければならないがf(^^;。

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