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2006/06/24

日刊 池田修

今日から二泊三日で富山に行く。
ブログが書けるかどうか分からないので、書いておく。

引用開始 ーーーーーーーーーー

6/24 (土)

鳥羽沖で池田修捕獲される

昨日、三重県鳥羽市の沖合いで、サンマ漁の網に幻の怪魚池田修が掛かり、鳥羽漁港に運ばれた。
先日から網を食い破られる被害が相次いでいたが、その犯人はこの池田修だったようだ。長さ3m、重さ500Kgの池田修を捕獲したこの道40年の漁師、浦島亀吉さん(57歳)はその時の様子を興奮気味に語った。「池田修が網ん中でサンマを食い荒らしとるのを見た時はそりゃぶったまげたで!ワシの商売もんに何すんじゃーっ!と棒で頭をぶん殴ってやった。気がついたらぐったりと腹見せて浮かんどった。」
鳥羽水族館によると、池田修はちょうちんアンコウの一種で、額からちょうちんのようなツノが生えているそうである。「でも浦島さんが棒で殴ったので、せっかくのちょうちんが折れてしまって・・」同水族館の研究員はとても残念そうに話した。
息も絶え絶えで同水族館に保護された池田修だが、徐々に元気を取り戻しつつあるそうだ。池田修はあと1ヶ月ほどでその珍しい姿を一般公開されるとのことである。 (by おばさん)

池田修のサポートセンター

池田修の「パソコンなんでもサポートセンター」が開局した。
熱血指導には定評がある池田修。相手がまだ何も話さないうちから、「元気ですかー!!だぁぁぁーー!!!」などの奇声を発し、さらには「疲れたからちょっと休憩」といって、勝手に保留にしてしまう事もしばしば。6秒10円の情報料を支払わなければならない相談者からすればヒヤヒヤものだ。
自分のわからない質問がくると、「大丈夫。やればできる子だよ。昔からそうだったじゃないか。信じてるよ。それじゃ、また。」と、勝手に電話を切ってしまう一幕もあった。パソコンに関する相談は、是非池田修まで。受け付け時間は池田修によると、「ノリで」とのこと。

池田修が告白本を発売!

池田修がこれまでの人生を赤裸々に語った本、「不死鳥池田修伝説」が今日発売された。
生い立ちから現在まで、そして気になるあの人との破局に関しても、これ以上ないほど詳しく描写されている。池田修は、「この本を読んでくれた人が、共感してくれて、前向きに考えられるようになってくれたら嬉しいです。」と、記者会見で語った。
記者から「あの人にも読んでもらいたいですか?」と質問されると、急に目を見開き、「イエス!」となぜか英語で答えた。どうやら眠れる獅子を起こしてしまったようだ。さらには月100万円の借金を返していることも判明し、涙を誘った。
ちなみに、今この「不死鳥池田修伝説」を購入した人には、今ならもれなく池田修オリジナルストラップが付いてくる。

引用終了 ーーーーーーーーーー

実に下らないが、それなりに合っている感じもするf(^^;。

私の教え子の栗原君の日記にあった
http://www.p-apple.net/anata/
からである。

2006/06/23

ああ、余は満足じゃ

サッカーの日本戦を見て、もう一度寝た。今日は久しぶりにオフにする予定であった。
んが、先日の大学での懇親会の時にお店に忘れてしまった愛機のデジカメが大学に届いていると言うので、慌てて大学に向かう。

向かってしまうと言うことは、仕事が降ってきても受けて立つしかないと言うことで、明日から富山に二泊三日で出かける私としては、その仕事をやってからでないと出るのもちょっと気分が乗らないので、研究室にしばし籠ることにした。

            ◆

仕事が終わり帰宅する。家では住宅金融公庫から借りているローンについて、住まいを離れる為に書かなければならない書類があるとかでこれの書類を書く。

その後、堅田まで車を走らす。堅田は結構栄えていて、しかも物価が安い。ガソリンがプリペイドカードで購入すると1リットル122円。車を洗い、タイヤの空気をチェックして明日からの富山行きに備える。

堅田への本来の目的は、私の誕生日が近づいてきたので奥さんがプレゼントを買ってくれると言うので出てきたのだ。研究室に置く椅子を買ってもらうことにした。折りたたみ式のリクライニングチェアである。根を詰めてワープロに向かっていると身体を横にしたい時があるのだ。それようの椅子を手に入れた。

今の研究室は、一階の南西の角地。すぐに非常扉から外に出ることもできる。結構気に入っている。しかし来年は児童教育学科の新しい校舎ができるので、そちらにできるあたらしい研究室に移動する。だから今年一年限りの使用となる。そこで、あまり荷物は置かないようにしているのだが、だんだん荷物が増えてきた。

最終的には『動物のお医者さん』の漆原教授を目指したいと思っている私は、それなりに研究室の雰囲気作りも考えているのだが、今年はそんなことからちょっとだけの実験である。

            ◆

帰り道は、161号線沿いにある「浮き舟」や「坂本城趾」という史跡を見て、例のお気に入りの砂浜でちょっとだけ夕涼み。
早速購入した椅子を取り出して、ウヒウヒウヒと寝転がってみる。
ああ、余は満足じゃ。

しばらくは車に積んでおいて、お気に入りの場所で寛ぐかなあ。
単純な私である。

料理に似ている

C
S7 体験作文だけでも、こんなにたくさんの書き方があるということに少し驚きました。けっこう細かいところまで考えると、体験作文と料理とでは、こんなにも似ているところがあったのだなと改めて考えさせられました。今日の授業で一番印象に残ったのが、仮タイトルをつけるところで、はじめの書き出しを会話文や心内文で始めるということです。先生が実際に読み比べた時に「ああ、確かにインパクトがあるな」と思いました。そういう書き方をしてみようと思います。

S8 具体的な書き方を聴いたら、料理と作文は本当に似ていると思いました。今までの自分の感想文の書き方と比べてみると、書き始めをインパクトのあるものにしようと心がけたり、味見などはしていましたが、やっていない部分も多々あったので、今回は手順通りにやって、違いを見てみたいと思います。

T 基本的には、読者は文章を読みたくない状態にあると思っておけば間違いないです。その状態の読者をこちら側に振り向かせ、読ませてしまうような工夫を考えることが大事なのです。それが、タイトルであり、最初の三行なのです。

S10 今日の授業はすごく中身が濃い感じがした。このような作文指導をしたいなあと思ったが、自分が指導をした場合、生徒にうまくう理解してもらえるかなあと不安になりました。私が作文を書く時は、これをやって次にこれをしてと時間順に書いていたので今度自分が書く時は、インパクトがある作文を書きたいです。私が小学校のときに選ばれた作文はたしかに「   」から始めて書いていたなあと思いました。

T 指導者によって違ってしまうのが授業です。ならば、力のある指導者にならなければなりません。あなたに出会ったことで、子どもに力がついたという授業ができるように。そのために、学生時代に懸命に学んで下さい。

S11 こんなに詳しく学んだことはなくて、今日一気にやったのが消化できるのかが心配なくらいです。池田先生の生徒は中学生でやっていたと思うとすごいと思う反面で羨ましいと思いました。作文がちゃんと書けるかも心配です。今まで書いてきた作文は本当の作文ではないみたい。できていなかったから今回の作文は、緊張するかもしれません。

T まあ、10年以上研究を重ねて改良を重ねてきた指導方法を、60分で教えるのですから消化不良があるかもしれませんね。大丈夫です、分からなくなったら私を捕まえてもう一度聞いて下さい。文章を書くことの面白さと大変さを理解することが出来るようになれば、一歩前進です。

S12 作文の授業では用紙を渡されてそれでおしまいという授業が私の経験ではほとんどでした。しかし、今日の授業でスムーズに書けるようにするためにはたくさんの手順が必要だと言うことを知りました。しどうする側としても何もないとこrから指導するよりもきちんとした手順があれば生徒がどこでつまづいているかも分かると思いました。

T 「たくさんの手順」があることに気がついたことは良いことです。しかし、もう一つあります。その手順の段階を均等なレベルに整えることと、順番をしっかりと整えることです。ここがずれると生徒は「たくさんの手順」があるだけに、却って混乱することになります。指導とはそういうものでもあります。

(教科通信 修学 NO23より)

* ちなみに、この授業の流れはhttp://homepage.mac.com/ikedaosamu/kokugo/sakubunn/hou-to-write-taikensakubun.html
にあります。併せてご覧下さい。

* さらにちなみに、この料理の写真は私が作ったものです。渋谷にある開花屋さんで教わったメニューで、夏野菜を水なしで煮込んで、オリーブオイルやチーズ等で味を整えたものです。うまいんだなあこれが。

作文は、

「教師にとっては、経験が大切」と前回の授業で話したと思うが、それを理解したのであれば、9月21日の中学生相手の授業は、その経験を積む良いチャンスになるぞ。

冷静に考えると、普通はやりたくてもやれないことだからね。考え中の人、挑戦するようにね。

S1 料理と体験作文が、こんなにバチッと重なって感動しました。それに今まで自分が、どんだけテキトーに体験作文書いていたかを思い知りました。あと料理も・・・(笑)。人に読んでもらうための文章書くのって考えてるよりはるかに大変そうだと感じています。21日のやつ行こうかなあ・・・考え中です。

S3 作文は料理に似ている、というのは、今日どこがどういう風に似ているのか分かって、確かに似ているなあと思いました。私は、料理も作文も好きだけれど、料理は最後の片付けの項目がすごっく嫌いです。でも、全部が出来てはじめて料理も作文も出来上がるのだなあと思いました。

T 「はるかに大変そうだと感じています」。ですから、文章を書くとは考えると言うことに繋がるのですね。料理も作文もいっぺんに学べるのですから良いではないですか(笑)。

S2 今日の授業が進むにつれ、作文を書くことはすごく楽しいことなのだと思えた。書きたくて仕方のない状態まで持っていくことは簡単ではないと思うけど、作文と料理が似ているところから入って、説明、指導ができるようになれば、作文好きの子どもが増えると思った。私は途中ですごく書きたくなりました。

T 「書け!」では、子どもたちは書きません。いや、書いたとしても先生に付き合っているだけです。(書きたい!)という状態にいかにして持っていくか。ここが大事です。この授業で扱った部分以外でも料理と作文が似ている部分があるのですが、それは中級編以上と言うことで割愛しました。考えてみると面白いですよ。

S4 初めに、体験作文=料理に似ていると聴いた時はよくわからなかったのですが、今日、順を追ってみていくと本当にそっくりでびっくりした。今まで苦労していた作文も、こうやって書き方を教わると、もしかしたら書けるかもしれない、と少し思えるようになった。この書き方を中学時代に知っておきたかったと思った。

T 「この書き方を中学時代に知っておきたかったと思った」。残念ながらもう中学校には戻れません。ですが、教師として戻ることを決めたのですから、将来担当する子どもたちに教えてあげて下さい。中学でも、高校でもいいと思います。作文で苦しんでいる子どもを救うことが出来るかもしれません。

S5 体験作文は今まで何回も書いてきたけど、こんなに考えて書いたことがなかった。いつも思いついた順番で書いていたので今日は本当に勉強になった。読む人を意識することが本当に大切だと思った。

S6 体験作文は、自分が体験したことを好きに書くイメージがあったけれど、順序を踏んで、書いていくと今までより良い物が書けそうな気がしてきました。作文は本当に料理に似ていると思いました。

S9 似たものから考えると体験作文が実はめんどうなものではないと思えた。作文を書くと言ったら何かだらだらと思いつくままに書いていた。やはり、構成はとても大切だと改めて感じた。思いつきでなんとかなるものではないので、しっかり考えて書こうと思う。

T 自分がこの方法で書いてみて書き方を実感したら、この方法を教える体験をしてみて下さい。その時に、あなたが本当に理解しているかが分かるはずです。

(教科通信 修学 NO22より)

2006/06/22

教師を守らない世の中に

教師を守らない世の中になって、もうどのぐらいになるだろう。私が教師になったころであっても、ILOは、「日本の教師は最前線で戦う戦士と同じぐらいのストレスを受けている」と指摘し、早急に直すように勧告を出していたはずだ。

昨日の「クローズアップ現代」では、ベテラン教師が辞める構造を分析していた。私はかつてある研究会で「教師はコンビニエンスストアの店員ではない」と発言したところ、Japan Timesにその記事が取り上げられたことがあったが、まさにいま、この勢いが増してきていると思う。

つまり、学校が公ではなく、私の延長になっているのだ。親は学校に自分の子どもの利益になることだけを求めてくる。ある子どもの利益になることが、ある子どもの不利益にもなるということが許せない。いや、正確に言うと自分の子どもの利益は当然で、自分の子どもの不利益が許せないのだ。

「学校は、あなたの子どもだけの家庭教師をやっているのではありません」

何回も口元まで出かけた言葉だ。

            ◆

番組ではさらに教員免許を持つ人を対象とした大学院大学の紹介がされていた。河上亮一先生や、花田修一先生が就任されているとは思わなかったがそういう大学院である。教師になりながら早期退職した人でもう一度教師を目指す人なども通っていた。

和田中学校の藤原和博校長は、この教師が守られていない状況を次のように語っていた。
「三菱商事の人間が、三菱商事の名刺を持たずに仕事をするのってどんなに大変か、サラリーマンのひとなら分かりますよね。先生が大事にされないというのは、これと同じで大変なことです」
と話していた。

その問題を解消する為には、各学校が「学校のブランド力」を上げる方法をとるしかないのようにも話していた。

            ◆

教師が訴訟保険に入るのも当たり前の時代に、少なくともしっかりとした授業の力を付けて大学を送り出してあげたいと、改めて思う。「授業のブランド力」をつけて現場に立たせたい。

児童教育学科の開設準備

京都橘大学では、来年度から文学部に児童教育学科を開設する。私はこの学科に所属する教員になる予定である。この学科の大きな特徴を4つ挙げると、

1)三つの免許が取れる
2)わかるとできるを育てる
3)学内の他の専門教育からも学べる
4)キャリア獲得への支援がある

ということである。

1)は、四年制の私立大学では珍しいと思うのだが、幼稚園、保育園、小学校の教員、保育士の三つの免許を取得することが可能だと言うことである。幼稚園、保育園、小学校の採用状況は好転してきているとはいえ、一つの免許を持つだけではなく、二つ以上の免許を持つ学生の方が就職には有利であり、就職後も安定して仕事を行うことが出来る。この有利な条件を手に入れることが可能になる。

また、大学の中に入ってから、幼稚園、保育園の先生になるのか、または小学校の先生になるのか決めることが出来る。さらに、希望によっては中学校教員免許の取得も視野に入れることが出来る。

2)教育に置ける専門的な知識、研究を指導する教員と、学校教育現場で必要な知識、技術を指導する教員がバランスよく就任する。学校教育現場で長年実践に関わってきた教員が、14人の専任のうち、約半数就任する。「臨床の知」を重視する本学の立場を明確にしている。

授業にも、他の教員養成系の大学にはない「学級担任論」があったりする。また、現在建築中の新校舎には小学校の30人程度の教室を作る。これは模擬授業を行い、それをビデオカメラで収録して振り返ることの出来る「臨床教育実践スタジオ」として機能する。

3)「教育に一番必要なことは何か?」と学生に聞くと「愛です」と答えがくる。それも大事だが、私たちは「安全・健康」だと考えている。元気に学校に向かった子どもが、楽しく充実して学んで、元気に家に帰る。これが大事だ。しかし、学校で事故が起きることも事実。その時に、適切に対応することが大事。本学には、看護学部があり、専門的に子どもの事故に対応する方法を指導できる教員がいる。

小学校での英語教育が導入されることが決まったが、ここに置いて本学の英語教育の実績が活かされることになる。専門家による英語教育指導を受けることができる。

4)教育・保育支援センターの設置が行われる。教職に就こうとする学生、卒業生へのサポート機関としても位置を占めることになる。また、地域の教育に大学が積極的に関わるベースキャンプとなる。

            ◆

で、この新しい学科を立ち上げるためにいろいろと仕事をしているのだが、9月には「児童教育学科開設シンポジューム」を京都市内で行う計画を立てている。

現在、登壇して下さる4人の先生が決まったところである。日本の教育の最先端で活躍していらっしゃる先生達に、模擬授業をしていただく予定である。

細かいところまで決まったら、大々的に宣伝をする予定である。

今日は、その4人の先生方の近著を読み直して午前中を過ごす。一人二冊と決め、八冊読む。いやあ、やっぱり良いわ。この4人の先生をお招きすることが出来るなんて、私が幸せである。

2006/06/20

ひさしぶり〜〜!

うーん、やってしまった。スケジュールのダブルブッキングだ。確認したんだけどなあ。なんとか調整できそうだが、申し訳ない。

と思ったら、私の間違いと思っていたことは間違いで、私は正しいスケジュール管理をしていたことが分かった。はあ。いいんだか、悪いんだか。

            ◆

大学には教育実習終了第一波が戻り始めた。
あちこちで
「ひさしぶり〜〜!」
「ひさしぶり〜〜!」
という声が聞こえる。

この実習で教師の道を改めて進もうと決意を固めた諸君、
この実習で教師の道をはじめて選ぼうと思った諸君、
この実習で教師の道を断念することにした諸君、
色々いると思う。

どれも正解でどれも違うかもしれない。

教育実習は、あくまでも実習であり学校教育のほんの一部でしかない。
拙速な判断をするべきではない。

だけど、子どもたちから貰った笑顔への御礼と、課題に対して自分なりの決着はつけるべきだろう。それが教育実習に行ってきた諸君の責任だ。

その責任の取り方は、いろいろとある。
学び続けることもその一つだ。
いい大人になることもその一つだ。

ただ、私としてはやはり、良い先生になって欲しいなあと思う。

            ◆

さて、今日は授業の準備はそこそこに切り上げて帰ろう。

教師にとっての学校

S16 読書は好きな方ですが、考えてやる読書は自分の読書歴も振り返るとあんまり考えて読んだことはありませんでした。読書感想文は私も嫌いで、指導なんてしたくない、と思っていましたが、今日の授業でやりようにやっては(ママ)面白くできるということを知りました。

T 好き嫌いで、指導するしないが決められればまあ楽ですが、それは間違いですよね。「私がカレー嫌いだから、家ではカレーを作らない」なんてお母さんがいたら、「僕はカレーが好きなのに家ではカレーが食べられない」なんて子どもが出来てしまうことにもなります。

確かに好きか嫌いかという部分は、指導者でもありますが、目の前の子どもにとって必要か必要ではないかという視点で授業を作ることを忘れては行けません。そして、工夫次第によってはいろいろな授業が作れるのです。

S18 アニマシオンは思った以上に盛り上がると思いました。ただ、一人二枚持つのは少々つらいです。人数に合った教材を選ぶことが必要だと思いました。私は" 楽しみの読書 "をしているのか、考える読書をしているのか、ちょっとわからないので、これから少し考えてみたいです。それから、" 楽しみの読書 "と" 考えるの読書 "の定義と言うか、どういう読書が" 考える読書 "というのか、自分でも考えてみますが、是非先生の考えも聞きたいです。

T 教材に関する批判、いいですね。その通りです。私の準備がずれていました。12枚のつもりで作っていたんですけど、ちょっと多かったですね、枚数が。考える読書とは、私の言い方では批判的思考で読み続けることです。簡単に言えば、なぜなのか、本当なのかと確認しながら読む読書です。その為には、必ず筆記用具を持ちながら読むわけです。なぜ?とその答えを本に書き込みながら読むのですから。

S19 読書は大切ってよく聞きますが、実際に授業の中で大切にされていなと感じたことがなかったので、今日の授業内容も新鮮でした。読書の指導にあたっている先生とこれまで出会ったことがないので、なんなかイメージがわかないのですが、集団で学べる読書としての読書新聞等楽しそうだなと思いました。アニマシオンの時の教師の見方は、なるほどなと思いました。生徒に作業させている時も先生は気が抜けないんですね。

T 学校は集団で学んでいますので、読書もこの集団を活用する学習方法を取り入れることに意味があると考えています。『消える授業 残る授業』(明治図書 小西正雄著)は、私のこの点に関してずばっと述べています。名著ですので読むことをお勧めします。

基本的に、学校では先生はすべての時間がオンタイムです。気は抜けません。トイレでも給食でも休み時間でもです。子どもの前にいる時は、子どもが側にいる時はオンタイムです。ここが辛いと言う人は教師にはなりにくいだろうなあと思います。

たとえば、銀行等接客が大事な仕事では、かならずバックヤードがあってお客さんから見られない場所があるものですが、学校は基本的にはありません。子どもが体調悪い時には保健室がありますが、教師用の休憩室、つまり子どもの視線のない場所のある学校と言うのは珍しいわけです。

見られていることが快感な人が向いているとまでは言いませんが、教師にとっての学校とはそういう場所でもあります。

(教科通信 修学 NO21 より)

朝の10分間読書

S9 読書指導の話は私が司書教諭の授業をとっていたので、復習と言う感じでした。しかし、実際にすることを考えると難しいと思った。「読書と豊かな人間性」の授業でアニマシオンを聞きましたが実際にはしていなかったので、出来る機会があってうれしかったです。興味をひけるという点では学習ゲーム同様効果のあるものだと思いました。

T 学習ゲーム、読書へのアニマシオンなど体験させることを柱にした学習では、子ども、しかも集団としての子どもを動かす力量が教師に求められます。学習者が非常に楽しかったという気持ちになりつつ、内容を学ぶわけですから。これらの力量は理論を理解しつつ、練習を重ねることでしか身につきません。授業では体験をすることは出来ますが、トレーニングまでは手が及びません。子どもたちとふれあう機会を見つけ、チャレンジすることです。

S10 朝の読書という取り組みは今回の授業ではじめて知った。私は好きな本を読んで良いというところが一番良いと思った。この取り組みは絶対本を読むことが好きな子どもを増やせる良い活動だと思う。私も中学生や高校生の時にやっていればもっと本が好きになっていたのではないかなと思った。ただ読むだけではなくて考えて読むことが大切だと分かった。

T 「考えて読むこと」を実行するには、本を読む時には必ず筆記用具を持って読むと言うことです。逆に言えば私は筆記用具がない時には本は読みません。私は読みながら線を引いたり、思いついた事柄は本に書き込んでいきます。そうして本と対話を続けながら読みます。これが考えて読むの基本です。だから、私は本は借りて読むことはしません。買って読みます。本は、精神の食事と言う言い方をする人がいます。貪欲に「食事」しましょう。

S12 私は今まで本をあまり読んできていないし、考える読書もしてないと思う。それでも指導しなければいけないのだから大変だと思った。読書へのアニマシオンは、メモもなにもせずにただ聞いているだけだったから、私は何の役にも立たなかった。何をするにしても、覚えておくためにはメモが必要だと思った。

S15 読書の方法にも様々なものがあるなと思った。ただ、読むだけでなく、考えることが大切だと分かった。普段あまり本を読まないので、もっと本を読もうと思った。

S17 今日は読書指導に付いてやりましたが、私はあまり読書をしないし、読書感想文も好きではないので、もし自分が指導する立場になったら、どう指導すれば良いのかなと考えながら先生の話を聞いていました。いろんな指導の仕方があって、とても勉強になりました。私の場合、まず自分が本を読むようにならないといけないなと思いました。

T 「大変だと思った」というのは、教師側の立場からの意見ですね。しかし、もう一つ大事な立場があります。子どもからの意見です。「本をあまり読んできていないし、考える読書もしてない」先生から習う生徒は、実に可哀想です。

自信を持って笑顔で子どもたちの前に立つためにも、たくさん考える読書をしましょう。たくさんってどのぐらいかって? ま、年間100冊(文庫本相当)ぐらいは行きましょうか?

S14 読書の指導法にもいろいろあると知った。特に朝の10分間読書は短時間でとても効果のあるものだと知ってすごいと思った。書き抜きエッセイや読書郵便などの方法もおもしろと思った。特に書き抜きエッセイは「AをさせたければBをさせよ」の法則でよく思いついたなと思った。「読書へのアニマシオン」も実際にやってみてすごく楽しかった。ゲーム感覚の読書指導は本が嫌いな子どもにも楽しんでもらえると思うし、このゲームがきっかけで、本を読んでみようという気持ちになれば一石二鳥だと思った。

T 読書の楽しみを覚えた子どもと、そうではない子どもの成長の違いをしる大人は、なんとかして読書の世界に導こうと考えたわけですね。若い頭でもっと色々な方法を考えて下さい。

(教科通信 修学 NO20 より)

読書へのアニマシオン

S6 今日は、和綴じ本を作った。急いで作ったのできれいにはできなかったけど、楽しかった。「国語は、子どものこころが動く授業である。ことばの授業である。国語の先生が言葉をきちんと使わなければいけない」と聞いて、普段から気をつけようと思った。

T 生徒に何かものを作らせる時に知っておくと良いキーワードは、「速さ優先」「美しさ優先」「内容優先」などの言葉です。時間は限られているので、どこに優先順位(プライオリティー)を置くのかを指示してあげることです。今回の授業では、時間がないのが予め分かっていましたので、「速さ優先」で作ることを指示したわけです。

何を優先するのかは、指導者が意識していなければなりませんし、それを授業者にきちんと伝えなければならないと思います。

S7 授業妨害が公務執行妨害になるかという話ですが、高校時代にも同じ話を先生がしていました。その時は私語ではなく携帯電話でしたが。携帯電話禁止の高校で着信音が授業中に鳴れば、即授業が中断して捜索、または自己申告、没収でした。鳴る度に授業が中断するので、「公務執行妨害にならないのか」と言っていました。結果的に公務執行妨害になるかどうかはわかりませんが、公務を邪魔しているといことは事実なので、公務執行妨害になるのではないかと考えています。

T 公務とは、公務員の業務を言うわけで、その業務の進行を妨げたとき妨害となり、現行犯で逮捕することが出来るわけです。教員の公務の一つに授業があることは明確で、それを妨げるのですから、「公務執行妨害」になるのではないかと思うのですが、どなたか法律に詳しい方いませんか? 調べてレポートしてほしいな。

S8 最後のアニマシオンは、クラスのリーダー的な存在、ひとりでいそうな子どももわかるし、とてもいい方法だと思った。朝の読書はやったことがないのでやってみたかったなと思った。エッセイはすごく面白かった。もっとそういう話を聞きたい。最近は、授業のレポートで使う本を読んだだけで自分からは読んでいない。" ITと呼ばれた子 "" Deep Love "などすっごくはまっていたときには、どんどん本を読んでいたけど、今は、" これだ " と思う本がなく読む時間もあまりない。

S11 最後のアニマシオンは盛り上がって楽しいと思いました。朝の読書は中学校の時にやりましたが、朝の会にスムーズに繋がったと思いました。本を読まない子が減りTVなどを見る子が増える。TVだと目だけでなく耳からも情報が入るため本を読むよりも楽な気がする。人間は楽な方へ進みたがるから本を読まない子は増えてしまったのかな。

S13 最後のゲームは、私は自分の文章がどこか全然覚えてなかったけど、みんなが教えてくれたので、出来て、覚えているもんだなあと感心しました。読書指導には、様々な方法があったのだなあとも思いました。読書マラソンとか朝の読書ぐらいしかやったことがなかったです。朝の読書が、こういう4つの原則があったのは知らなかったです。

T あくまでもアニマシオンは、子どもたちを本の世界に招待するための方法であって、学級や学習集団を分析する手段ではないと言うことを理解しておくべきです。そんな手段をメインにしてアニマシオンをやれば、子どもたちに見抜かれるし、読書の世界へは招待できないでしょう。あくまでも、アニマシオンが主、分析は従で、たまたま見たということでやりましょう。

そして、そうであっても集団で読書する体験から、子どもたちは新しい学びを作っていくのだと理解して下さい。

時間がないから本を読めないというのは、私からすればまだ良い本に出会っていない、また、読む必要に迫られていないということかと思います。どんな本にはまりたいのか、相談にいらっしゃい。いくつかご紹介しましょう。

(教科通信 修学 NO19 より)

和綴じ本を作る

S1 (和綴じ本づくりは)はじめて作りましたが、やっぱりむつかしかったです。糸を通すのを忘れてしまったり・・・。最終的にこのマッピングメモ等を閉じる時には、完ペキに仕上げようと思います!! ホッチキスを左に付けるというのは、はじめて知りましたが、その後に書き込み回覧作文をして、とても納得しました。”読んでもらう人のことを考えて”と言っても、これまでは字をていねいに書くことくらいしか思い浮かばなかったし、実践もしていませんでしたが、読む立場に立つと新たに気づくことがあります。色んな立場から考えるって大切だと思ったし、それはとてもむつかしいということも知りました。

T 「むつかしい」と書く若者を久しぶりに見ました。私、この表現好きです。ちなみに、夏目漱石は「六かしい」と漢字で書き表していたと思います。これも好きです。相手の立場から考えるという想像力は知力の一つです。実際にやって気づくということを重ねて行くことで、頭の中でシミュレーションをするだけで分かるというところに繋がると良いですね。

S2 和綴じ本作りは、初めて作りました。作り方は、意外と簡単だったので、これからいろいろ自分で作ってみようと思いました。また、みんなのエッセイを読んですごく面白かったです。

T コンピュータが出来てからペーパーレスになると言う話もありましたが、現状は逆に紙だらけになっています。この和綴じ本の作り方を覚えていくと、資料の整理ができますし、外国に行った時に作ってあげると喜ばれますよ。

S3 回覧、大変でしたが楽しかったです。高校の時も古典でやりました。あの時は37人ぐらいでしたので手が痛くなりました。和綴じ本、初めて作りました。完成品は何度か見たことがあるのですが・・・。簡単そうに見えてけっこう難しいと思いました。

S4 濃く書くというのがどれくらいか分からなかったので、今日、自分が「もっと濃く」と指摘されて、薄いということが分かってよかったです。これからは気をつけたいです。書き込み回覧作文は、自分のにコメントが付けられて帰ってくる(ママ)のがうれしかったです。でも、私は時間がなくて、書き込めなかった作文もあり、もっと早く読んでコメントを付けられるようにならなくてはいけないと思いました。

T 私が指導してきた子どもたちも、この書き込み回覧作文をやると「濃く、太く、大きく」の必要性に気がつきました。私が言わなくとも、「薄く、細く、小さく」書いてある作品には、生徒同士で「もっと大きく書いて!」などのコメントがされていましたから。

早く読めないと言うのは、読む側に問題があることもありますが、読ます側、つまり作者にも問題があることがあります。読みにくく書かれていたら早く読めませんよね。そういう作品は、社会では没になります。読んでもらえません。

S5 手順が途中でわからなくなってしまい、作るのが結構大変だった。わかっている人が教えてくれたのでとても助かりました。感謝です。ただ、大学生の私達の中にも速さのばらつきが出たので、中高生の間ではもっとこの差が出るのではないかと思う。なので、作り方の大きな流れをプロントにしたり、黒板に書いた方が良いのかな。と思いました。そうすれば口頭の説明を補えるような気がしました。

T とても良い感想です。自分が受けた授業から、これから自分が行うであろう授業を頭に思い浮かべて批判的に考える。これが大事です。さあ、思いついたあなた。では、どのような板書計画が必要でしょうか、どのようなプリントが必要でしょうか。記憶の新しいうちに書いてみて下さい。今書かないと、あとから書くと言うことは出来ないと思います。

(教科通信 修学 NO18 より)

2006/06/19

リビングで撃沈してしまった

ワールドカップを見たまま、リビングで撃沈してしまった。
奥さんの御陰であんなにあった段ボールの山が、きれいになってリビングの床が出てきた。本当に感謝のみである。

そのリビングの床に、テレビを見ながら撃沈してしまった。はあ、聖蹟桜ヶ丘の生活が戻りつつある。

ま、実力から言えば引き分けで終われると言うのは大したものだとは思うが、希望が判断基準になってしまう悲しい私であった。

            ◆

お昼過ぎに、大阪の仲間が研究室に遊びにきてくれる。学芸大学の山田先生つながりで知り合ったS先生だ。現在教育委員会におつとめで、勤務の関係で今日がお休み。そんなお休みの中をやってきて下さいました。

2時間ほど研究室や学食でいろいろなお話をする。勉強になるなあ。

今度は大阪でお会いすることに。美味しい物をご紹介頂けるとのこと。お土産のお団子も相当美味しかったから、やはり大阪は美味しいのだろうなあ。楽しみ。

            ◆

さらに、教育実習後の「きときと」くんも研究室に顔を出した。
一回り成長し、さらに教師への道を踏み出した感じがあった。
三週間後に教員採用試験が始まるから実習の打ち上げは後回しだな。
教職を目指す諸君、一次試験が終わったら打ち上げような。

それまで、必死にがんばるんだぞ。

全国教室ディベート連盟近畿大会

全国教室ディベート連盟近畿大会があった。
私としては、関東甲信越から近畿への引っ越ししての最初の大会である。
新たな気持ちで、会場の膳所高校に向かう。
といっても我が家から電車で12分。170円の距離である。

            ◆

会場は新しい校舎。
大会本部に入ると、実は懐かしい顔が。

野寺君。彼が中学校二年生の時に瑞雲中学校の諸君と一緒に関東大会でなんかいも練習し、本番で対戦した相手でもある。彼が、近畿支部の学生事務局長をやってくれている。
もう大学3年。立派な関西弁で話していた。

他にも全国大会でお世話になった方や、楢原中学校が全国大会で対戦した相手だった元中学生やらと。実に嬉しいことだ。

私は3試合ジャッジをしたが、非常に気持ちの良い試合ばかりであった。奇をてらうわけではなく、丁寧に直球を投げ込むような議論が作られていた。

この感じでこれからも準備をしてほしいと思った。

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閉会式では大会講評を述べた。
まさか、私がそんな役をする年齢になるとは思わなかったが、だんだんそういう役回りになるのだろう。大人になるってのは面白いなあ。

講評の最初には、笑いを取ることが出来た。関東の笑いが関西でどのぐらい通じるかという不安はあったが、良かった良かった。これでやっていけるf(^^;。

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大会後の打ち上げでは、新しい企画のことも話を進めることが出来たし、良い一日であった。

これで日本が勝ってくれていればねえf(^^;。

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