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2006/07/01

でも、気になる

気になっていることがある。
つまらないことだと思うが、どんなもんであろうか。

例の女子大生誘拐事件に関してである。新聞記事等では誰も問題にしていないので、事件とは直接関係ないし、不謹慎な話題かもしれない。

でも、気になる。

            ◆

保護された女子大生の母親が、渋谷警察署の前で記者会見に臨んでいた。
私の通っていた大学が渋谷にあるので、あそこはよくわかる。
(ほう、あそこで記者会見をやりますか)
と思った。

で、場所が気になるのではない。
あの女子大生の保護者である。

            ◆

美容整形を生業にして、HPではかなりの写りの写真を載せ、テレビにも出ている彼女である。テレビに出る時はかなりメイクで作り込んで出演しているであろう。

で、今回の事件で娘と一緒に記者会見に臨んだわけだが、あのときは「スッピン」だったのだろうか。まさか、スッピンと言うことは無いだろう。だとすれば、メイクをしていったわけだがその時の心境はどんなものだったのだろうか、というのが非常に気になる。

見られることを意識している彼女であるから、「被害者の保護者のメイク」というものにしたのであろうか。そうだとすれば、そんなに落ち着いていられたのであろうか。

            ◆

被害者の母親という「私」と、テレビタレントとしての「公」が、メイクの上でどのように表現されていたのか。そして、そのときの心境は?というのが非常に気になる。

メイクが分からない私だけに、非常に気になる。
小説が書ける人は、ここの辺りの機微を作品に書き表すことが出来るんだろうなあと思う。

            ◆

ちなみに、このお医者さん時給100万円で、一度着た服は二度と着ないという「セレブ」だと言われている。

が、私の感覚ではこういうのは「成金」という範疇に所属し、哀れんだりからかったりする対象になるのだが、私のそういう感覚は違うのかなあ。

蔵書を構想する

朝から大学で打ち合わせ。
来年度の児童教育学科開設に併せて図書館に置く図書の選定作業の作業部会である。

私の担当は、国語科、教職課目が中心である。文科省に申請する関係から4月からの開設とはいえ、これらの仕事は今年度前半の仕事となる。

今日伝えられた中身は、びっくり。
(うほほ〜〜〜〜〜〜〜い、そんなに本を買っても良いの?)
と思える分量であった。

だが、問題は選ぶ為に必要な時間が限られていること。
また、国語はいいとして、教職関連の書籍は一般的なものも揃える必要があり、これから着任される先生達にも満足してもらえるものでなければならない。ここが難しいなあ。

            ◆

会議後、研究室にこもって方針を立てる。結論。

・私が読んだ本で良い本を揃えよう。

である。
研究室には、個人でこの20年間で買い集めた仕事の本が置いてある。(楽しみの本は研究室には置かないようにしている)その仕事の本の中から、(これは!)と思う本を大学の図書館にも置いてもらうことにする方針を立てた。

メインは家本芳郎先生の関連の著書になるだろう。
家本先生の著作が全部揃っているなんていう大学の図書館になると良いんだけどねえ。

            ◆

そのあといくつかの事務仕事を終わらせて、家に帰り昼ご飯を食べて、大阪に向かう。今日は昨日の京都に続いて、大阪の北で本学主催の大学入試説明会である。なんだかしょっちゅう大阪方面に向かう新快速に乗っているなあ。

来週の月曜日は大阪南、火曜日は神戸で説明会。さらに週末の7/7、8は岡山だぞ。さて、まだ準備も終わっていないぞ。その間にある私の誕生日はゆったりできるのかなあf(^^;。

            ◆

大阪の説明会の後、さらにもう一つの会議があった。
これも入試関連の会議。
これを終えて、担当課長さんと大阪駅のガード下の店に行く。
魚の美味い「丸」という店。

実に美味かった。
たっぷり飲んで、いろいろと関西地区の仁義を教えていただき、ごちそうになってしまった。
ありがとうございました。

いやあ、疲れたけど充実した一日でした。

満足度70%ぐらいで

今週は梅雨が盛り返してきて雨が降ると言う予報だが、結構晴れている。
京都は蒸し暑いと聞いていたが、確かにその通りだ。
盆地と言うことで、風が通らない。これは、八王子のそれにも似ているなあと思う。

京都の市内で、本学主催の大学入試説明会があったのだが、終了後ホテルから出るともの凄い暑さであった。

比叡山を越えて滋賀に帰ってくると、琵琶湖の畔から吹き上げてくる風が心地よい。
山一つでこんなにも違うかと思う。

            ◆

昨日は、前日に食べたハバネロ加工の鳥の手羽先がお腹に直撃を食らわしたので、断酒。身体にいいのだか悪いのだか。

そして、アルコールの無い食事をしたのだが、そのアルコールの時間帯を夕涼みに出かけた。例の琵琶湖の畔の砂浜で、小一時間連れ合いと二人で読書をしながら、この三ヶ月を振り返る。まったくもって迷惑をかけっぱなしだった私は、感謝感謝である。

思ったよりも時間のない毎日。
次から次へと増えていく仕事。
それは、まあ、私が望んできた仕事であるし、やりがいもあるので私は良い。

だが、趣味の友人を東京に置いてきて、慣れない土地で友人もいないなか毎日のことをやってくれる奥さんには本当に感謝なのである。

         ◆

で、これから先のことも話す。

「あれも欲しい、これも欲しい」と次から次へとものを買うようには私は育てられていないと思うが、ここにきて大きな買い物を集中して買わなければならない時期に入っているようである。

テレビ、ビデオ、冷蔵庫、洗濯機、自動車・・・。一つ一つを吟味して選んでいる時間がない。さらに、この先の人生設計を考えるとどこでどうお金を使うべきかなんてことも考えなければならないのだが、いまは、満足度70%ぐらいでどんどん先に行かなければならない時期のような気もしている。

とても涼しい風が湖面から運ばれてくる。
だんだん対岸の街の灯りもくっきりと目に入ってくるようになった。

ほんの一時間だったが、良い時間だったなあ。

2006/06/30

富山へ その3

7時30分にホテルで待ち合わせをして中学校に向かう。
7時45分には中学校に着く。近い。職場と家が近いのはやはりいいなあ。

いつもながら思うのは、学校と言うのは本当に学校ごとに違うなあと言うことである。
だけど、子どもたちはそれほど変わらないというのも事実である。

            ◆

今回は、中学一年生に書写の授業をするという企画。門島さんからメールで書写の指導の仕方を聞かれていたのだが、どうにも隔靴掻痒で
「じゃあ、私が指導しましょうか?」
と書いてしまったのが始まり。

特別なことをやるのではなく、私が中学生に指導していた「蘇孝慈墓誌銘」の小筆による模書の方法を教えにいくというものである。

いや、私達書道をやっている人間からすると、この「蘇孝慈墓誌銘」の模書というのは当たり前のことであるので、特別なことではないのだが、一般的には特別かもしれない。

授業では、「言葉の持つ力の凄さ」「筆の扱い方」「書写の基本姿勢」「筆の特徴」「模書の仕方」「運筆の特徴」などを説明し、実際に書いてみると言う授業を行った。

本来なら少しずつ段階的に指導する部分だが、一回限りの授業と言うことで、どうしても説明が多くなってしまった。

子どもたちは、真剣に聞いて懸命に取り組んでくれた。
ああ、良かった。

            ◆

門島さんの授業も見せていただいた。小説「ゼブラ」の読解である。小説の構造を読み解いていく途中の授業である。リズムがあってとても分かりやすい授業であった。
こういう授業の見学、または模擬授業を教育委員会は新採研の研修で行えばいいのにと思う。

随分変わるはずだ。

            ◆

校長先生とも親しく話をさせていただいた。
剣道をやられているということで、書写の型から入る指導を理解していただける。

私は型というのは、自転車の補助輪のようなものだと思っている。ある程度走らせるためには必要で、十分に走れるようになったら自ら外すか、指導者が外すものだと思う。

もっと言えば、小学校の仕事はきちっと補助輪を付けることであり、中学校の仕事は補助輪を外し始める仕事ではないかと思う。

授業は、北日本新聞の取材も受けていた。新聞記者の方は教育学部出身であったが、この方法は知らなかったようで、「自分もやってみたい」と言うぐらい良い感想を持ってくれた。

楽しい時間をありがとうございました。

            ◆

授業後、門島さんのお気に入りの喫茶店で昼ご飯。
びっくり。
マスターが高校の先輩の池田さんにそっくりであった。本当に似ている。出身大学の学部まで同じだった。参った。おいしいパスタとコーヒーを頂く。

その後、富山の魚をゲットし、特産品を手に入れ、家路を急いだ。
300kmの移動はさすがに疲れたが、家に着くなり魚や貝をさばき、美味しく頂いた。

二泊三日は、あっという間であった。

2006/06/29

富山へ その2

真っ赤になってしまった。顔が真っ赤である。
明日の授業、こんな顔で良いのかなあ。

            ◆

朝起きて、早速風呂に入る。
日本海、富山湾を一望できる露天風呂である。
残念ながら曇り空なので立山は見ることは出来なかったが、波の音を聞きながら入る風呂は気持ちがよい。

朝ご飯を食べて、もう一度風呂に入る。
蟹座と言う星座が関係しているとは思えないが、私は一日に数回風呂に入ることも珍しくはない。このあたり、糸井先生やあべたか先生と共通している。

ところが、この民宿チェックアウトが9:30amということがわかり、慌てて宿を出る。ちょっと落ち着けなかった。

            ◆

阿尾城跡を見学した。海岸線に美しい崖があったので、それを見に行こうと思ったのだがそこには城跡があったのだ。本丸の跡に向かうにはちょっと上り下りが必要なのだが、それは行って良かった。美しい風景が眼前に飛び込んできた。180度の海である。お殿様は、こうでなきゃ。_aojo


            ◆

海鮮館という氷見の漁港の側にある魚を扱う道の駅にも向かう。
岩牡蠣が売っていて、その場で食べられると言う。
当然食す。
美味。

これが400円で食べられるとは。
東京だと、1000円からでしょうね。
また、地ビールをゲットして、氷見うどんも食べる。

            ◆

朝起きた時から身体が重いと言う奥さん。調子が良くないようだったので植物園もキャンセルし、近くの海岸んでのんびりと身体を休めることにする。キャンプ用の簡易ベッドと、誕生日で買ってもらった椅子が車に積んであるので、ベッドは奥さんに、椅子は私が使って海岸でくつろぐ。

で、なんの予防措置をしなかった私は、顔が真っ赤になってしまったのだ。
うむ。
波の音、気持ちよかったんだよねえ。Kaigan


            ◆

夕方から、門島さんのご自宅でお茶を頂き書斎を見せていただいたりする。
立派なお家だ。
自分の趣味を全面にバシッと出した家。
こういうのを建てるのは楽しいだろうなあ。

ま、私は鍵一つで戸締まりが完了するマンションの方が性に合っているのですけど。もし、精神的にも金銭的にもゆとりがあるなら、別荘に挑戦してみたいなあと思う。

            ◆

で、夜は富山のきときとの魚を食しに、お勧めのお寿司屋さんに出向く。
残念ながら奥さんはホテルで休養。
今の季節が一番魚がないと言われたのだけど、一番良い季節の冬に来たら、済んでしまいたくなるかもなあ。

十分に食べて、あの値段とは。
参りました。

            ◆

さて、明日は授業。
久しぶりに中学生に書写を教えます。
どんな出会いが待っているでしょうか。

顔を真っ赤にして出かけます。
では。

2006/06/28

「昼網」の明石のサバ

今日は明石方面の高校に出かけていって、教育分野のガイダンスをしてきた。
関西の交通機関の料金は高いと思っていたが、それは乗っている時間の割には高いと思っている部分もあって、そうだとすると私が間違っていた部分もある。

関西の電車は、速い。
特にJRの新快速は速い。だから乗っている時間が短い割には料金が係ると思うのだが、乗っている距離は関東よりも稼いでいることになる。結果的に遠くまで運んでもらっているので、値段が高くなるということだろうか。

ま、京都市営地下鉄はやっぱり高いと思うけど。

            ◆

で、電車の中から瀬戸内海を見た。
明石海峡大橋も見た。

東京からここまでくるのは、一苦労で場合によっては飛行機の方がなんてことを考える場所だが、京都からだとあっという間なのね。

以前、全国教室ディベート連盟中国支部の講座で岡山に来た時に、前泊で明石海峡大橋の側のほれるに泊まり、ライトアップされた大橋を見ながら露天風呂に入ったが(本当に、よく風呂に入っているなあ)そんなことを思い出した。

海側の景色に見とれていたら、山側に大きなタワーが。
何だと思って良く見ると、「グリニッジ標準時」の文字。
をを、ここが明石の標準時を示すタワーか。
ちょっと感動。

            ◆

授業の方は、恙無く終了。
授業の感想を見ても、教育の入り口、教師の仕事の楽しさ、厳しさを理解してもらえたようだ。

説明の途中で、ちょっと生徒の顔が納得していないという表情をしていた部分があったので、急遽、家本先生の本にあった事例で説明したところ、彼ら彼女らの顔もスッキリ。やっぱり、すごいや。

帰路は、明石、大阪などは寄り道せず、京都駅で本を買って、大学に行く日より早く帰宅。
夕日を楽しむか。

            ◆

と思って、京都駅で連れ合いに電話をしたら、
「いま京都駅にいる」
とのこと。うーむ、やはり私の人生で一番縁のあるのは奥さんだなあ。

京都駅ビルの伊勢丹で買い物をして帰宅。
「昼網」の明石のサバを200円引きでゲット。
これがまあ、びっくりするサバであった。

サバが、「こりこり」とした食感だなんて信じられるだろうか。
でも、こりこりなんだなあ。

途中下車しなくとも、明石の魚を手に入れることが出来たぞ。
満足満足。

京都から、日本の教育を少し変えるきっかけを

今から12年前に、全生研(全国生活指導研究協議会)の京都大会があった。
ディベート甲子園が始まる一年前のことである。
私はディベート甲子園が始まる前は、全生研の全国大会に参加していたのだが、ディベート甲子園の日程と重なることが多くなり、足が遠のいてしまっている。

その私にとっての最後の全生研の全国大会の閉会セレモニーで、ガンガンのロックコンサートをやっていた京都の小学校の先生がいた。今村克彦先生である。

私とて、中学、高校とバンドをやっており、教師になってからは軽音楽部の顧問もしていたぐらいであるからして多少のことは分かる。その私が見ても
(すげ〜〜)
と思うコンサートであった。

            ◆

で、その今村先生と昨日飲んだ。京都の駅前のホテルのビアガーデンで飲んだ。
今村先生のマネージャーのあやちゃんと、糸井先生と私の4人でビアガーデで飲んだ。

きっかけは今村先生の本である。今年出された『夢の見つけ方教えたる—タイマン先生と悪ガキどもの心意気』
を読んいるときに、先生が小学校現場を離れたことを知った。
(こ、これは!)

            ◆

全生研は、子どもの事実から教育を考えるという立場を取っており、私はこのことが全生研を全生研たらしめているポイントだと、勝手に思っている。

そして今村先生は、子どもの事実から教育を語ることの出来る先生だと思っている。もちろん、最初に到達すべき目標を設定して子どもを指導することは大事だが、それがすっとできるほど今の社会や子どもたちは簡単ではない。

子どもの一番近くにいて、子どもの事実から、子どもの伴奏者として、さらに伴走者として学校教育に携わることが出来る教師であること。これが今の、これからの教育にはもっと必要になると思っている。

            ◆

今村先生とは、コンサートもそうだがいろいろなところで繋がっていることが分かった。まず、恩師である。竹内常一先生つながりである。私が学生時代に竹内先生が今村先生の実践を話していたのを覚えている。

糸井先生は、奥さんが小学校の講師をされている時に今村先生が勤められている小学校に勤務されていたし、その学校には、小学生時代のあやちゃんもいた。ちなみに、上記のコンサート会場にもあやちゃんはいたそうだ。

糸井先生と今村先生は、カテゴリーは違うがダンスと言う共通項目もある。
さらにさらに・・・、とてもブログには書けないことで話は盛り上がった(^^)。
だって本当に書けないんだもんねえ。

            ◆

で、9月に行う大学での私の「特別活動論」の集中講義で、今村先生に一日特別授業をしていただくことが決定したのだ。バンザーイである。9/8から9/13の間のどこか1日である。本学の教育を目指す学生達に、凄いプレゼントが出来そうである。

学生らが今まで出会ったことの無い子どもたちの事実を、小学校教育と言う営みの中で、今村先生が伴奏し、伴走してきたのかを授業で伝えてもらえるのだ。本学の学生の大きな財産になるだろう。

ではあるが、事務方と調整して上手く行けば、私は公開で行いたいとも考えている。そのときは、告知します。

            ◆

「三人の会を続けましょうや。うちの子どもたちにも会って下さい」

今村先生に言われた。
いやあ、嬉しい。会いにいきますとも、お酒も飲みますとも(^^)。

京都から、日本の教育を少し変えるきっかけを作れるのではないかと思う。

2006/06/27

富山へ その1

ということで今は氷見の宿にいる。
いやあ、魚が美味しかった。今は旬ではないと言うことであるが、美味い。
風呂は、富山湾を一望できる露天風呂があり、これで部屋がもうちょっと良ければとは思う。
贅沢かなあ。Roten

今回の旅は、月曜日にその目的があるのだが、その前にちょっと早く富山に入り旅を味わう。
琵琶湖の湖西を161号で北上し、8号経由で北陸自動車道に敦賀インターチェンジから乗り込む。梅雨の晴れ間を得た今日は非常に心地の良いドライブが出来た。

新緑がまだ見事で、山間部に海沿いの道もありと変化に富だ北陸自動車道は走っていて楽しい。徳光SAでは、目の前が砂浜で海を触ることが出来た。もう、十分泳げる温度だった。
Tokumitu

後少しで待ち合わせ場所の高岡北ICというところで、対向車線を見たことのある人の運転してる珍しい車がすれ違った。私は赤色のフィアットバルケッタだと思っていたが、その車は青であった。しかし、見たことのある顔の人が運転していた。

(おかしいなあ)
と思っていたら電話。
「いやあ、間違えて高速道路に乗ってしまいました」
とのこと。待ち合わせをしていた門島先生である。

私が勝手に赤のバルケッタだと思っていたのだが、青であった。私のカペラカーゴを対向車で発見し、八王子ナンバーであることから私だと判断して電話をくれたのだ。
こんな出会いから旅は始まった。

二上山に登る。
景色は抜群。
立山を見ることが出来ないと残念がっていたが、十分の景色であった。
Futakami


実はこの場所、10年ぐらい前に奥さんと一緒にキャンプで泊まっていたことを思い出した。その頃は、夏の研究会に行く途中と終わってからをキャンプしながら日本を回っていたのだ。それでここ高岡のオートキャンプ場に泊まったのを思い出したのだ。

縁のある土地である。

さらに万葉歴史博物館に出向く。
この土地は大伴家持が若い時に都から赴任していた土地である。
彼の仕事は、当時建立されていた奈良の大仏のために米を作って都に送ると言うことだそうだ。
一種の左遷であったが、そのために彼はこの地の雄大な自然に出会うことになる。

海の向こうに3000m級の山を見ることが出来る場所と言うのは、世界でも数カ所しかないらしい。山と言えば大和三山ぐらいしか知らなかった彼にしてみれば衝撃であったろう。

衝撃と言えばこの記念館に門島さんの恩師がいたことだ。ボランティアのガイドがいるのだがそのガイドをされていたのだ。中学校の国語の教師を退職されてここでボランティアをされていたのだが、門島さん曰く、
「中学の時と全く変わっていない。正統派の富山弁でした」
とのこと。勢いのある解説でとても楽しかった。

その後、雨晴海岸などを案内してもらい、宿に着いたと言うことである。
そして、すぐに露天風呂に飛び込んだ。

走行距離300KMちょい。結構良いドライブであった。
明日は、近所を散策する予定である。

見れば分かる

岡田氏の後は、トルシエ、ジーコ、オシムと日本サッカーの代表チームの監督は移り変わっていく。出身国は違えど全員外国人である。サッカーをやっている人から見れば当たり前なのかもしれないが、凄いなあと思うのは「見れば分かる」と言うことである。

もう少し言うと、言葉で判断するのではなく目で見たもので判断できると言うことである。サッカーという現象は言葉で行われるものではなく、身体を使って表現される。だから、言葉等必要なくその動きを見れば、どんな選手なのか、どういうチームなのかが分かる。だから、外国人の監督でも大丈夫である。

ということなのだろうが、さて、私が外国人の子どもを見て、見るだけでその子どもたちに必要な指導の観点を理解し、適切な指導が出来るだろうかと思ってしまう。外人の子どもを、言葉の問題は気にしなくても良いと言われて、指導できるのであろうか。

もちろん、私が指導する部分は言葉を中心としているものだから、見るだけで子どもを理解して指導できる部分は少ない。が、それでも言葉の介入が必要のない部分で、できるのだろうかと思ってしまう。

外国人の指導者を考える時に、子どもを見る目という部分で参考になる何かがあるに違いない。

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