« 2006年7月9日 - 2006年7月15日 | トップページ | 2006年7月23日 - 2006年7月29日 »

2006/07/22

ご案内 多摩川花火鑑賞会取りやめについて

毎年楽しんでいただいている我が家から見る聖蹟桜ヶ丘の花火大会ですが、今年は8/10に開催されることに成りました。例年ならご案内の葉書をそろそろ送っているところなのですが、「今年は届いていないなあ」と思われる皆さんもいらっしゃるかと思います。

実は、今年は聖蹟桜ヶ丘の自宅で過ごす最後の夏になるということで、私の両親と奥さんの両親をご招待することにしています。あのマンションのあの部屋を手に入れるために、また手に入れた後も色々と助けてもらっている親に、あの花火はどうしても見せてあげたいと思っています。

毎年、池田家主催の多摩川の花火大会を見る夕べを楽しみにしていただいているみなさまには、申し訳ないのですが、そういう事情を理解していただければと思います。すみませんが、よろしくお願いいたします。

だから、簡単に納得しないことだ

このところ高校生に授業をすることが多い。大学の教育関係の模擬授業と言うことで、行う。
あちこちの高校生と授業ができるのは、非常に面白い。ま、飛び込み授業の連発と言うことで、こちらにも適度な緊張感があり、60分一本勝負という感じが面白い。

今日は京都の大学ということで京都コンソーシアムの企画で大阪府教育センターに出かけていって色々な高校の生徒50人ぐらいを相手に授業をした。

タイトルは、『教師入門 「はなしことば」による説明』である。教員の研修の内容を高校生向きにアレンジし直して行った。

内容は、

1)大学の説明
2)論理的に話すとは
3)話し言葉と書き言葉の違い
4)分かりにくい話し方の三大要因と、その対策
5)まとめ

大学の紹介も含めて70分の授業であったが、面白くできた。感想文を見ても「役に立った」「教師にならなくてもこれは使える」「教師になりたくなった」「うちの先生に聞かせてほしい」など過激な感想も含めて、まあ及第点であった。

「先生、オープンキャンパスに行ったら、先生の授業をまた受けられますか?」

と聞きにくる生徒もいた。
『おう、待っているよ』
と答える。嬉しいものだ。

            ◆

で、余談の中で高校の学びと大学の学びの違いを少し説明した。

『高校までは、基本的に世の中で解決している出来事を理解することを中心に授業が進む。しかし、大学では理解もあるが、その先に「自ら問いを立て、その問いに自らが答えを求める」ということが必要なんだね』

『なぜかと言えば、大学は世界中の誰もが分かっていないことに対して答えを見つけようとする営みをする場所でもあるからなんだね。だから、大学の先生は、高校の先生以上に「それはわからないなあ」ということもあるんだよ』

『で、高校時代の君も、授業中に分からないことが出てくることがある。その時ちょっと注意深くなると良いよ。それは君の頭が悪いから、つまり勉強が足りないから分からないということもあるが、実は、誰もが分からないことに気がついてしまっていると言うこともあるかもしれないのだよ。人類の進歩にとって重要な問いを見つけていることも無いとはいえない』

『だから、簡単に納得しないことだ。分からないことを記録し、ずーっと、そうね10年ぐらい考えることができれば、君に答えを解く実力が付いた時にその問いは解決することがあるんだな。でも、10年経ってしまうと、問いが作れなくなってしまうこともあるんだ。だから、いま、その分からないという問いを大事に記録してほしいし、大学ではその問いを解決するための学びをしてほしいんだな』

            ◆

分からないのは、自分の頭が悪いのではなく、

1)説明が悪い
2)本当はみんなも分かっていない
3)自分だけが深いところで理解している

という場合もあるということを話したかったのだ。

私なんぞ、周りが理解しているのに自分だけ理解しないということが小中学生の時に良くあり、それにこだわっていると一種の「問題児」のように扱われたが、そこを簡単に分からなかったことが、自分を成長させていたんだなあと今は思うので、高校生にはそんなことを話したのだ。

            ◆

大阪は暑かった。

移動の中で得る何か

まあね、こんなに新幹線に乗るとは思わなかったんだけど、実際乗っているわけね。
を、熱海の温泉街が見える。ということは、もうすぐ品川だな。

            ◆

『ヤバいぜっ!デジタル日本―ハイブリッド・スタイルのススメ』(高城剛 集英社新書)

では、これからの日本はハイブリッド、つまり異質なものを組み合わせることで新たな価値を作り出すこと、作り出せる力があることを、国のブランド力として提示するのが大事だと言う。それは、携帯電話でメールをしながら、側にいる友人と話をすることができる日本人の登場によって可能になっているという。

私達の時代には、それは「ながら族」という言い方で親に怒られたが、今は、マルチメディア、マルチタスクという言い方でも言い表せない、まるでCPUとHDが二個ずつあるような動きをする日本人が増えてきていると言う。それが、ハイブリッドである日本のブランド力を支えると予言している。

さらに、生き方の問題として、人は一つの仕事だけで生きるのではなく、副業ではなく二つの仕事を持つべきで、その結果家も二つ以上持ってそこを移動しながら、そう、インターネットが繋がるように、移動する生活が新しいものを生み出すという。移動する距離に比例して、アイディアも浮かんでくると言う。

            ◆

そうだよなあと思うこともたくさん書かれていたが、上記のような生活は、ほとんどの人には無理だろう。家を数カ所、あちこちに持つなんてのは、まあ無理。

だけど、結果として移動の多い生活に成っている私の思考過程にどんな変化が出てくるのかは、楽しみ。

            ◆

東京では久しぶりにラーメンの「きがら」に立ち寄る。ああ、美味しいなあ。今回はチャーシューメン。目の前に出てきた時のチャーシューは固いのに、スープを吸うにつれて柔らかくなる。絶品。

帰り際にマンションのパンフレットがあったので何気なく手にする。すると、あの「サクラ サンリバーボウル」の跡地にできるマンションとのことであった。どんどん新しくなるなあ。

            ◆

翌日は会議。
あるプロジェクトの為の会議なのだが、日本の国語教育に関わる若手のメンバーが集まった。多分私あたりがヤンゲストから二番目ぐらいだろうが、大御所の集まりではなく若手の集まりと言うのがこのプロジェクトの目玉。

なんというか、みんな真面目な方ばかりなので、勉強になります。

いえ、私が不真面目だと言うのではないのですが、いや、そうとも言い切れませんが、そのなんというか今までの伝統的な国語教師観を受け継いでいる国語の先生から見れば、私なんぞかなり違うところにいるので、そういう面で不真面目という言い方をしているのですが、ま、いいか。

新しい出会いを設定してくださるみなさんに感謝。

さて、明日の大阪での授業に備えて、大津に帰るか。

2006/07/20

雨の詩

今週末は忙しいぞ。
大阪、東京、大阪と行ったり来たりの仕事が入っている。
何にも無ければ週末は、琵琶湖で行われる鳥人間コンテストをライブで見に行こうかとも思ったのだが、これは来年へのお楽しみ。

外は雨が降っている。

            ◆

私なんぞ、
(ああ、今日もまた雨か)
と思うだけだが、この雨に向かって心の底から
(晴れてくれ)
と願う人もいるだろう、もっと降れと祈る人もいるだろう。

ちょうどそれは、室生犀星の詩のごときかもしれない。

引用開始 ーーーーーーーーーー

雨の詩  室生犀星

雨は愛のやうなものだ
それがひもすがら降り注いでゐた
人はこの雨を悲しさうに
すこしばかりの青もの畑を
次第に濡らしてゆくのを眺めてゐた
雨はいつもありのままの姿と
あれらの寂しいふりやうを
そのまま人の心にうつしてゐた
人人の優秀なたましひ等は
悲しさうに少しつかれて
いつまでも永い間うち沈んでゐた
永い間雨をしみじみと眺めてゐた

引用終了 ーーーーーーーーーー

私が雨が降らないでほしいと思ったのなんて、自分の結婚式とか中学の体育祭、それから聖蹟桜ヶ丘の花火大会ぐらいだなあ。

だが、この瞬間にも雨が降らないでほしいと切に願っている人がこの世の中にいることを思うと、こんな私でも鼻の奥がちょっと切なくなる。

            ◆

さあ、今日は大規模な大学説明会だ。気合いを入れて教育の魅力、京都橘大学の魅力を話すぞ。

2006/07/19

そして、事件は起こったのだ

守るんジャー結成式の後、結成記念パーティとなった。
一旦車を家に置いて、お金だけ持って大学の近くの店に向かう。

行ってみて驚いた。幹部だけのパーティかと思ったら、20人強のメンバーがいた。
なんというか、変な気持ちだ。卒業生と飲むのは分かるが、まだ卒業していない学生と飲むと言うのは。

今日の結成式は、大学の授業と重なってしまい参加が無理だったという学生が多かったと言うことだ。明日も試験があると言いながらも教育について延々と語っていた。良いんだか悪いんだか分からないが、良いんだろう。

岡山、愛知、高知などからも駆け付けてくれた他大学の守るんジャーの学生達ともいろいろと話す。『こんな時どう言い返す』も読んでいてくれたようで嬉しい。

            ◆

『多くのタレントを持った人が学校教育現場に関わってほしいと思う。教育は複雑で豊かである。人の命と将来に関わる仕事、人類の幸せに関わる仕事なのだから、十分に力を付けて取り組んでほしいと思う。良い仕事だよ、教師ってのは』

そんなことを話したと思うのだが、後半は眠くなっていたf(^^;。
そして、事件は起こったのだ。

            ◆

山科駅から自宅のある西大津駅までは、一駅である。
終電を待っていたのだが、電車が30分近く遅れるとのこと。そりゃあないだろう。
京王線なら考えられないが、駅で待つ人たちは特に怒った様子も無い。

仕方なしに、ベンチに座って待つ。
ところが、ここで熟睡。
気がつくと、その最終電車はもう行ってしまっている。
おい、起こしてくれよ。

折角買った180円の切符は無駄遣い。
タクシーで帰ることにする。
個人タクシーを拾うことができた。
しめしめ。個人タクシーの方がシートが良い。

数千円を払って西大津の自宅に着く。
で、マンションに入ろうとすると、ない。鍵が無いのだ。
体中のポケットを捜しても無い。

そして、こんな時に限って奥さんはいない。
さっき山科駅から東京に向かったばかりなのである。

さあ、落ち着け。どこで無くした?
店ならと思い、学生に確認のメールを出す。ない。
タクシーかと思い、領収書の電話番号を捜す。個人タクシーということで、電話番号はない。

万事休す。
このままでは明日の出張もどうにもならない。
まずは、寝ることを考えよう。
マンションのエントランスにはソファアがある。そこに寝るか。
だめだ、オートロックの扉の向こう側にある。この時間では誰もマンションには出入りしない。

そうだ。近くにビジネスホテルがあったはずだ。
慌ててホテルに向かう。
鍵がかかっている。
南無三、ドアホーンを押す。
事情を話してこれから泊まれるかを聞いた。
オッケーであった。はあ、地獄に仏である。
数千円支払って泊まる。

            ◆

翌朝、もう一度持ちもの検査をするが出てこない。
マンションの清掃員が出勤する時間を待ってホテルを出る。
事情を話して警備会社とのやり取りをすること小一時間。

やっとのことで警備会社の担当者がやってきてマンションのドアを開けてもらう。
数千円の出張費用を払う。

おそるおそる家の鍵置き場を覗いてみると、なんと、ありました!
はあ。
いやあ、凄い出費の飲み会であった。

守るんジャー諸君、まず、私を守っておくれ。

2006/07/18

京都子ども守り隊 守るんジャー

京都橘大学の学生たちの社会貢献活動に関わることにした。

京都子ども守り隊 守るんジャー
— Safe Kyoto for Children —

と言う活動である。
今日の午後、本学で結成式が行われた。

            ◆

私が教師になった時よりも、いまの大学生が教師になる時の方が教員を取り巻く状況は悪くなっていると思う。そんな彼らが力強く教職の一歩目を歩み出せるように、その手助けができるのならばと中学校から大学に仕事を移した。

学生達は学生達で、自分が小学生の時といまの小学生を比べて、厳しくなっているいまの状況に対して、自分達が何かをできないかと動き出そうとしているのである。なんか近いものを感じて、まず3年間ぐらいならと顧問を引き受けることにした。

たぶん私の仕事は、書類への判子押しと各方面への挨拶回りになると思うが、学生諸君はそれすらも自分達でやろうとしている。立派なもんだ。私の大学生の時よりも十分に立派だ。

私なんて大学生の時には、自分とごく近くの人たちのことしか考えることはできなかったもんね。大学の学区域にある小中学校なんて何にも気にしなかったもんな。

孔子は「出来の悪い教え子から学び教師は成長する」のようなことを述べているが、私は立派な学生から出来の悪かった自分の学生時代を反省するってところだろうか。

            ◆

「今の子どもたちはいいよね〜」

と大人が呟く社会。
これを私は「社会が進歩した」と言うのだと考えている。

大学生のお兄さん、お姉さんたちが下校時を見守ってくれるのを「今の子どもたちはいいよね〜
」と言って良いのか悪いのか、私にはよくわからない。

が、教師を目指そうとする学生が集まって何かを始めようとしているとき、後ろだか横っちょだかで少し見守ることぐらいはしようと思う。私も見守られることになるような気もするがf(^^;。

清水焼団地の「第32回陶器まつり」

午前中は、清水焼団地の「第32回陶器まつり」に行ってきた。
もう10年ぐらい前であろうか、修学旅行で生徒を引率して清水焼団地には一度行ったことがあるが、それ以来である。

10時から始まるので、10分ぐらい前に会場についてうろうろ始める。
私達二人にしては非常に計画的な行動である。
会場には、たくさんの窯元が作品を展示している。また、個人の陶芸家の作品も並んでいる。

(しまった)
と思ったのは、良い作品が多いこと。
(良かった)
と思ったのは、お金をたくさん持ってきていないこと。
これでお金をたくさん持ってきていたら、とんでもない買い物をすることになっていただろう。

ちょっと良いよなあと思う天目茶碗なんて、新車一台が買えてしまう金額が付いている。ま、それを良い作品と思えた私の眼力もなかなかだなあとうぬぼれもできたが。

            ◆

この会場には京都橘大学の文化政策学部の学生が、産学協同と言うことで出店している。これを遠巻きに見ようと思ってうろうろしていたのだが、目の合った学生にお辞儀をされてしまった。

いやあ、ラフな格好でいたし授業を教えている学生はいないはずなので、分からないと思ったのだがなぜかばれてしまった。うむ。

今日は雨だけど、頑張れよ。

2006/07/17

さて、どの車にしようか

今日こそ、オフ。
いやあ、午前中はしっかりと身体を休めた。

お昼ご飯は、西大津にあるラーメン屋に行く。
味はまあまあであったが、接客がダメ。
また昼時ぐらいは、禁煙にしてほしい。
カウンターで食べるのは辛かった。

午後、オフなんだけど大学に行こうと玄関を出た。すると、161号のバイパスが大渋滞しているのが見えた。急遽取りやめ。そのまま、堅田のショッピングセンターに向かう。

以前買ったアウトドア用のリクライングチェアーが、もう一台だけあると言うので買いに出かけたのだ。で、同時に研究室に置く電気魔法瓶もゲットした。

所期の目的を達成して、帰ろうとしたところ途中でかなりお値打ちの車を発見。慌てて戻って確認する。それで試乗もしてしまう。

その後、そのお店のご主人と車談義を2時間ほど。いやあ、面白かった。国の文化の違いが車にどのように影響しているのかと言うこと、京都の人間、滋賀の人間、大阪の人間などのお国柄の特性が、どのような車を買うのかなんて話まで。

さて、どの車にしようか。
いま候補にしている車は3種類。それぞれが全く違う個性を持っているので、絞るのは難しいなあ。

もうしばらく考えよう。

もっとも正しい主張

心地よい疲れを新幹線のシートに委ねて、京都に向かっている。
合計で6試合のジャッジをした。

ここに至るまでの子どもたちの、そして指導者達の道のりが分かるだけに、
一試合一試合のそれぞれの議論の裏側にある姿が見えてくる。

もちろん、判定は目の前で交わされた議論だけに基づいて行われる。それは間違いない。しかし、アドヴァイスのスピーチでは子どもたちの更なる成長を期待して、丁寧に行ったつもりだ。

『この試合では、私が今まで聞いた主張の中で、もっとも正しい主張がされていたと思います。それは、肯定側の第二反駁での主張です。この反駁の4点目で、第二反駁を担当した、そう、君ね。君はこう言いましたよね』

否定側は、プランを導入する前とプラン導入後の変化を述べるべきところで、プラン導入前のことを述べていなかった。

『「私達肯定側は第一反駁で、否定側の立論では、プラン導入後の変化を述べる際に、現状との比較を行っていないと主張しました。否定側は第二反駁で、やはり現状がどのようになっているのかを述べていませんでした。現状がどのようになっているのかを説明していないのですから、ダメです。つまり、今と現状は変わらないのです」って言ったよね』

「はい」

『うーん、すばらしい。やはり、今までで一番正しい主張だ。「つまり、今と現状は変わらないのです」って言ったんだよね』

「はい」

『そりゃあ、そうだよな。今と現状が違ったら困るよね(^^)』

「あ」

ま、いたいけな生徒をからかってはいけないのだが、ジャッジはちゃんと聞いているし、決めの台詞はきちんと決めてほしいという思いで話した。この程度間違いは、文脈で理解できるのできちんと理解するが、大事に言葉を使ってほしいと言うことだ。

で、分からないことがある。動物園廃止論題で肯定側から出る主張に「動物の権利を守る」というものがある。この主張が出るといつもどきどきする。次のような展開にならないかと思うからだ。

「肯定側は動物の権利を守ると言い、動物にも人間と同じ権利を認めると言いました」

そうである。こういうとととても気になることがある。
私は「権利があるなら、義務も発生する」と学んできた。となると、動物の権利を人間と同じように認めるなら、動物に義務も認めなければならない。じゃあ、動物の義務ってなんだろう? これが認められないのならば、動物の権利は認められないということになる。

また、夜一緒に飲んだ藤岡幹根先生じゃ、人間の権利の根本は生存権であり、動物にも権利を認めるなら、ライオンの生存権のために人間が食われてしまってもいいということになる。本当に良いのだろうか?

ってな話をしながら試合後の打ち上げをした。
楽しかったなあ。

終電の一本手前で自宅に戻る。乗ってしまえば、1時間40分ぐらいでつくんだなあ。
楽しい時間でした。

2006/07/16

ディベート指導の醍醐味

午前中の試合が終わった。

ひりひりした緊張感と集中した議論。
子どもたち、指導された先生、保護者のみなさん。
ディベートに関わる人たちの願いが議論を後押しする。

中学校現場にいなければ味わえない感覚だ。
会場からの実況中継ではないが、私が2001年に味わった
ディベート指導の醍醐味をまとめた文章がある。

http://homepage.mac.com/ikedaosamu/debate/01kiroku.html

長いんですけど、良かったら読んでください。
子どもたちは、こんなにも頑張っています。

見覚えのあるようなないような顔

ということで、まだ『1985年の奇跡』の余韻から抜け出せないでいる私です。

最後の十数ページは本当に映画を見ているように目の前に映像が広がる。しかも、私が青春時代を過ごした街の辺りが舞台なので、本当に良く分かる。映画にならないかなあ。

            ◆

東海地区大会の初日は恙無く終わった。
講評と判定を述べる時間が10分しか無いので、どんなコメントをしたら両チームに一番有益なのかを考えて話す。これが結構大変。

私が最初に考えるのは次のどちらを選ぶかというところ。

1)議論の中身に重点を置く
2)議論の仕方に重点を置く

1)のスピーチをする時は、ディベーターがある程度以上ディベートを理解しているときで、2)のスピーチの時は、ディベートの講座のようになってしまう。

昨日の試合はこれが半々ぐらいであった。

            ◆

東海支部の方に、ディベート甲子園OBで教職についた者がいるという嬉しい話を聞いた。今年で11回目の大会だ。そういうことがあっても良いだろう。他にも法曹界に転出したもの、国家公務員一種の職に就いたもの、医学の道を選んだものと立派に成長している。

議論のスキルを身につけた諸君、議論の厳しさを実感した諸君、議論の価値を信じる諸君が、今の社会を少しだけで良いから、良い方向に動かしてくれればと思う。

            ◆

夜は栄のビアレストランで食事会。ベルギービール等が結構揃っていて嬉しい限り。向かいの席のお客さんたちも結構盛り上がっている。

そんなとき
「池田先生、この方がお話をしたがっています」
との声。

顔を上げると見覚えのあるようなないような顔の男性がいた。なんだろうと思っていたら、なんと瑞雲中学校の時の教え子であった。私が本格的にディベートの授業を始めた時の子どもである。すっかり大人の顔になってしまい、分からなかった。

いやあ、嬉しいというよりびっくり。私のことを覚えているのもそうだし、名古屋で瑞雲中学校の時の教え子に会うとは。今年から小学校の先生になった大澤君、君の同期だよ。

こういう出会いは本当に嬉しい。

            ◆

その後ホテルに戻り、風呂に入って熟睡。
私はどこでもすぐに寝ることができる。
これはこういう身体に育ったことに、感謝である。

さあ、明日は中学校の試合だ。

« 2006年7月9日 - 2006年7月15日 | トップページ | 2006年7月23日 - 2006年7月29日 »