« 2006年8月13日 - 2006年8月19日 | トップページ | 2006年8月27日 - 2006年9月2日 »

2006/08/26

夏山登山&キャンプ

Tachiyuukei
28日からの集中講義の集中に備えて、授業の準備をしている。
これから、集中講義の授業が3つあるのだ。
授業漬けというのは、まあ、嬉しいのだがちょっと多いかなあとも思っている。

今日も午前中からずっと研究室で準備。
夏山登山&キャンプという気がしないでもない。

蝉の鳴き声のあとに、雷鳴。
で、さっきまで雷がごろごろ鳴っていたかと思ったら、
今は雷も終わり、秋の虫の声がしている。

ブラインドを下ろしているので、外の景色は全く分からない。
音だけで、感じる変化である。

さあ、明日も研究室キャンプだ。
明日は、日曜日だから生協はやっていない。昼ご飯、どうしようかなあ。

写真は、大学の夕景。
駐車場に向かって行く時に見える景色だ。
明日は、この時間には帰りたいなあ。

2006/08/25

今月の歌詞 8月ー1 Smoke Gets in Your Eyes

They, asked me how I knew,
My true love was true,
I of course replied, something here inside,
Can not be denied.

そうだ、Smoke Gets in Your Eyes「煙が目にしみる」の歌い始めだ。
今日、たまたま研究室でitunesで音楽を流していたら、流れてきた。
夏に、この曲を聴くとあの中国の夜を思い出す。

            ◆

寧波(ニンポー)という街は、空海が漂着した普土山(プドゥサン)という島から近い港町である。私は15年ぐらい前に普土山に船で渡る前の日に、この寧波の街の寧波国際海員倶楽部というホテルに泊まっていた。

部屋に荷物を置き、シャワーを浴びて
(さて、軽くビールでも飲んで食事とするか)
とホテルのレストランに向かった。

レストランには相応しくないような大きな観音開きの扉を押して中に入ると、このSmoke Gets in Your Eyesが大音量で流れ出した。そして、テーブルに座っていた男女がフロアに出てきて踊り出したのだ。

私が入ったのは、レストランとダンスホールを兼用している店であったのだ。

私は、目を閉じてこの曲に包まれ、
(アジアの夏にこの曲かよ。何でか知らんが合うなあ)
と思いながらビールを飲んでいた。

            ◆

今も、日本の若者は世界中を旅しているんだろうなあ。

夏もそろそろ終わりだなあ。

9月24日に行われる児童教育学科開設シンポジュームの下見に、京都国際交流会館まで行く。以前、修学旅行で生徒を引率したとき、ここで休憩しお茶を飲んだことがあるが、こういうご縁になるとは思わなかった。

200人が入る会場ということで、締まった感じのいい会場であった。
エキサイティングな時間になるだろうなあ。

下見の後、もう一度大学に戻って仕事。
集中講義の準備と、開設シンポジュームの準備。
集中講義は8/28から始まる。残りの日々も準備だろうなあ。
よし、やるぞ。

            ◆

P82400463

夕方、膳所(ぜぜ)の方まで買い物に行く。
膳所からの夕方の景色もきれいだ。
今日は、風に湿気が無く心地よい。

夏もそろそろ終わりだなあ。

* 写真は、膳所の近く「におの浜」から見た、私の住む西大津の街。
後ろの山は比叡山です。私は大きなタワーマンションの左辺りに住んでいます。
お気に入りの浜辺は、そのタワーマンションの右前方です。
クリックで大きくなります。

2006/08/24

模擬授業だけでは

翌日は9時から参加。
西郷竹彦先生の講演と模擬授業から始まる。
なんというか、人間国宝の浄瑠璃や落語を聞いているような感じであった。

話の内容は、詩の読解から西郷文芸学の基礎理論の説明であった。
深い学識、鋭い見識、静かな語り口。
ああ、こうでなければならないなあ。
と思いつつ、私にはできないなあと思ったが、
教育という同じ土俵にいる以上、尊敬はするが挑み続けなければならないと思った。

でも、説明の時に出てくる内容が近代科学史を踏まえたもので、これは国語の授業というよりは、哲学の講座であろうと思わせるぐらいのすごさであった。教養ってのはこういうのだろうなあと思った。

            ◆

午後は、阿部昇先生の模擬授業。安西冬衛さんの「春」の読解である。
読み研方式のエッセンスが盛り込まれていて、分かりやすい授業であったと思う。

また、この授業から違う側面にヒントを得た。
模擬授業をする先生は、授業が上手く子どもとの反応でも、ミスをすることがほとんどない。いわゆる取りこぼしがない。

だが、模擬授業を受けている先生、見ている先生は「初心者の先生」が多い。模擬授業通りにやったとしても、さまざまな教育技術が不足していることがあって、取りこぼしが出るであろう。

ベテランの先生の模擬授業では、取りこぼしがほとんどなく、あったとしても取りこぼしのフォローが上手い。しかし、模擬授業を見て挑戦する初心者の先生は、取りこぼしは多く、フォローが下手。

そうだとすれば、模擬授業だけでは初心者の先生の授業力の向上にはならないのではないかと思ったのである。課題だなあ。

            ◆

で、4時に大学に戻って、「虎の穴」のようなレッスン。
採用試験の二次試験で模擬授業のある学生へのレッスンである。
私と採用試験の講座を担当してくださっている先生で、2時間半みっちりと行う。

懸命に学ぼうとする学生には、こちらも全力で応えてあげたいと思う。
準備は時間との勝負だと思うが、しっかりな。

期待しているよ。

2006/08/22

今日の私の最終結論。「うーむ」である。

午後からの立命館大学に向かう。『科学的「読み」の授業研究会 読み研20周年記念・夏の大会 ー 確かな国語力を身につけさせるための授業づくり 教科内容・指導方法・学習集団の徹底追及 ー』に参加するためである。

読み研は大西忠治先生から始まった。
私は大学で国語科指導法を竹内常一先生から指導を受けた。もちろん、大西先生と竹内先生は全生研での研究仲間。ここで読み研の根っこの部分が育っていたのかもしれない。だもんで、この大学での授業は、胎動し始めた読み研方式であった。

            ◆

中学校の教師をしているときは、この読み研方式で授業を展開したこともあれば、一読総合法で指導したこともある。当たり前のことであるが、目の前の子どもたちにどれだけ国語の力を育てることができるかが、授業である。

だから、一つの指導方法にこだわる必要はない。目の前の子どもに受け入れられなければ、あっさりと代えれば良い。もちろん、読み研方式を全面否定しているわけではない。部分的に活用しているところもたくさんある。そうしてきた。

ではあるが、大学で行う時は一つの指導方法としてきちんと学生に教える必要がある。なもんで、復習を兼ねて今回参加したのだ。

            ◆

で、復習の他にもいくつかの課題を得た。模擬授業を受けることで、授業方法を批判的に見て取ることができた。これは良くないな、これはいいなときちんと分かる。

で、確信したのは「教科書には、【これは悪文】と明示して悪文を掲載するべきである」ということである。

            ◆

文章を、批判的に読む、吟味して読む、確認しながら読む。色々な言い方があるだろうが、それだけで終わってしまうのは、どうしても揚げ足取りに感じる。

現在教科書は、基本的に正しい文章であり、それを押し頂くような読解が正しいのだと言う感じになっている。しかし、教科書は本当に正しいのだろうか。

教科書が正しいのであれば、説明文は、説明する側に責任があるのだから、読んで分からない文章ではないはずである。しかし、実際はある。つまり、それは下手な文章なのだろう。それを分かってあげようとする必要はあるのだろうか。下手な文章を教室で教科書で読む必要性はどこにあるのか。

唯一、下手な文章を教室で読む必要性があるとすれば、下手な文章を上手い文章に直すための素材ということになるであろう。

            ◆

手前味噌で言えば、私がディベート指導で修士論文で提案したのは、シナリオ方式と、改良シナリオ方式である。

シナリオ方式でディベートマッチの流れ、立論、質疑、反駁のアウトラインの理解、フローシートの書き方、判定方法などの初歩を行うのだが、改良シナリオ方式では、与えられたシナリオをリライトすることを求めている。だから、私の作ったシナリオ方式のシナリオは意図的に緩やかに作ってある。

「教科書には、【これは悪文】と明示して悪文を掲載するべきである」

これが本日の私の結論である。

            ◆

で終わらなかった。
会が終わった後の食事会である。
なんか予感はあった。先生方が泊まるホテルは四条大宮の近辺にあったのだが、何かに似ている。なんだろうかと考えたら、それは中国の武漢の街であった。この暑さ、このバスの多さ、この人の動き。京都はいまでも中国の匂いがした。

            ◆

で、食事会である。
そりゃあすごい。西郷竹彦先生、柴田義松先生、鶴田清司先生のお歴々とご一緒に食事をした。でまあ、これがすごい。何がすごいって、話の切り口がすごいのだ。

自分の過去の実践や、研究をまだまだアウフヘーベンしようと挑戦し続けている話なのだ.西郷先生はだって、私の父親よりも15歳ぐらい年上だぞ。

私は、西郷先生のお年のまだ半分にも達していないかもしれない。
うーむ、うーむ、うーむである。

今日の私の最終結論。「うーむ」である。

2006/08/21

「パソコン・インターネットの基本」

毎月二十日が締め切りとなっている原稿がある。
「ひまわり社」から出している「教育実践マガジン」である。
私はその中の「パソコン・インターネットの基本」という項目を担当している。

昨年度は「教育におけるデジカメの活用」というタイトルで書いていたのであるが、今年はそれをもう少し広げて書いている。

            ◆

私が教師になった頃は、ワープロを使える先生は職員室の20人の中で二人だけであった。私は卒業論文を書く時に一部使用した「ルポ」というワープロを使っていたのだが、職員室では
「時代は変わったね。国語の先生がワープロか」
とか
「池田さんは、字がうまいのになんでわざわざワープロを使うの?」
等と言われたのを思い出す。

当時は、ワープロは手書きの文章の清書のための装置として考える人が多かったのだろう。
私は「表現ツールの一つ」、まはた「思考のための道具」。はたまた「文章整理方法」として考えていた。だが、これを理解してもらうのはなかなか難しかった。

「表現ツールの一つ」というのは、簡単にいえば文字を書くのに「鉛筆、万年筆、シャーペン、サインペン、筆、筆ペン、クレヨン、チョーク」といろいろな文房具があるが、その内の一つだという考え。

「思考のための道具」といのは、挿入、削除、取り消しが自由自在な文章作成装置ということである。京大型カードを使わないですむというのは大きかった。

「文章整理方法」というのは、書き終わった文章はフロッピーに入れておけば、保存と再利用が簡単だということ。もっと、あの当時のフロッピーはどこにいってしまったか、今では分からないがf(^^;。

この三つがさらに使いやすく進化しているのが、マックのコンピュータだと私は思っている。

            ◆

私の父親は無線屋であった。昔のラジオを大事に取っておいて
「これはいつか修が興味を示すから」
と言っていたのだが、残念ながら一向に興味を持つことはなかった。父は、私がそれを分解して遊ぶと思っていたのだろう。

電気回路がどうなっているとか、オームの法則とか、フレミングのとかは、まあ知ってはいるが本当に興味はない。

大学生の時にはNECから98シリーズのパーソナルコンピュータが出てきて
「これがあれば、成績を処理するプログラムが組めるんだよ。なんで池ちゃん買わないの?」
なんていわれたことがあったが、私には全く興味がなかった。
(プログラムは、それを組む人が組んでくればいいし、オレは使いやすいやつを捜して活用できれば良いや)
なんて考えていた。

            ◆

そんな私が「パソコン・インターネットの基本」の連載をしているというのだから、自分でも驚く。私の奥さんも私がこんなにパソコンを使いこなせるようになるとは思ってもいなかったと言っている。本当に、人生は何があるか分からない。

もちろん、ラジオも算数も分からない私である。あべたかさんのように専門的なことは、分からない。分からないこともあるし、面倒くさいのもある。

ただ、どうしたら快適に仕事ができるだろうかと考えて続けてきた結果、いまは、これが良いようなのでその方法を自分なりに見つけ続けていると言うことか。

そんなパソコン素人で機械が面倒くさいと思っている私が書いている連載だ。
極力難しい言葉は使わないで(使えないで)書いているつもりだ。

良かったらご覧下さい。

西大津の休日

午前中は三井寺に出かける。
今日は大津市民が市内の文化財に無料で入れる日なのだ。

奥さんはもう既に一度来たことがあるので、ガイドしてもらう。
広い。
さすがに歴史のある寺だけあって、いろいろな言われのあるものがある。

弁慶が比叡山から引きずってきた(といわれる)鐘。
山口県から運ばれてきた、一切経の版木が収められている塔。
天智天皇らが産湯として使った湧き水。

たいしたものだ。
だが、私が一番気に入ったのは、雄大な景色。
西大津全体を見渡すことができるその雄大な景色。
比叡山と琵琶湖が一望できるのだ。
もちろん、どこまでも広い空が一緒である。
Miiderakara


お能の「三井寺」に関連した観月楼もあった。
夕方、琵琶湖の向こう側から登ってくる月をここで見るのもいいだろうなあ。

            ◆

昼ご飯は、このところ気に入っている「モロヘイヤそうめん」である。
実に簡単なのだが、美味しい。

1)モロヘイヤの葉っぱをさっと茹でる。
2)1)をまな板の上で細かく叩く。粘り気が出る。
3)2)を器に移し、麺つゆと鰹節をかけて混ぜる。
4)素麺を茹でて、3)の汁につけて食す。
5)お好みで、海苔をかけても良い。

ああ、美味い。
Msoumen


            ◆

高校野球の決勝戦が始まったのだが、私は近くの市民プールに出かけて行く。
すぐ近くにあるのに、なかなか行けないでいた。
500メートルほど泳いで、あとはプールサイドのスタンドで昼寝。
持って行った本も読むこと無く、ごろごろ寝て過ごす。

(いまごろ、高校野球は決着がついたかな)
(二次試験を受ける学生は、旅支度が終わったかな)

なんぞ思いながら、ごろごろ。

蝉時雨。
プールの歓声。
蝉時雨。
トンボの大群。
飛行機雲。
飛行機雲。
プールの歓声。
蝉時雨。
・・・・・・。

4時の終了は早いなあと思いながら帰宅。

            ◆

なんとまだ延長14回であっった。
すごいねえ、明日再試合か。

夕涼みをかねて買い物に出かける。
シメイトラピストビールの赤が安かったので、これを購入。
福島産の桃があったので、これも購入。
ああ、桃ビールは美味い。

で、手元にあった焼酎に桃を入れてみたのだが、これも美味。
桃アルコールシリーズは試す価値があるかも。

おつまみは、「ハモの塩焼きガーリックオイルがけ」
ハモは白身なのでいけるのではないかと思ったが、大正解であった。

良い休日だった。

2006/08/20

中央教育審議会の答申

昼前に大学に行く。
久しぶりだ。
夏休みの大学、しかも土曜日。
学生の数はまばらで、大学の主人公は蝉である。
気持ちよく鳴いている。

さらに、新年度に完成する児童教育学科の新校舎を作る音もする。
やるきを起こしてくれる音だ。

            ◆

今日は研究室で、教員採用試験二次試験用のレッスンをする。
小論文や集団面接の対応である。

予め課題として示していた小論文に添削をしておいたのだが、それをさらに書き直して持ってこさせた。文章を読みながらさらに確認して行く。

・子どもの抱える課題
・教師の指導力
・課題の解決性

これらの三つを具体的に論じることの重要性と、その具体例を指導した。
さあ、体調に気をつけて二次試験ん頑張ってこいよ。

            ◆

その後、溜まっていた事務仕事をする。
手元に届いた書類の中に、中央教育審議会の答申があったので読む。平成18年7月11日「今後の教員養成・免許制度の在り方について(答申)」である。http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/06071910.htmに全文がある。

今回の答申の柱は3つある。

・「教職実践演習(仮称)」の新設・必修化
・「教職大学院」制度の創設
・「教員免許更新制」の導入

だ。
かなり大きな変化を求めていると言えるだろう。
ポイントを見てみる。

            ◆

教職実践演習は、

1)使命感や責任感、教育的愛情等に関する事項
2)社会性や対人関係能力に関する事項
3)幼児児童生徒理解や学級経営等に関する事項
4)教科・保育内容等の指導力に関する事項

をロールプレイング、模擬授業、事例研究、フィールドワークなどを通して行うというものである。私が注目するのは、3)の中にある「学級経営に関する事項」である。ここに少しだけ学級担任の仕事をきちんと教えるのだぞというものを見ることができる。

            ◆

教職大学院は、

1)学部段階での資質能力を修得した者の中から、さらにより実践的な指導力・展開力を備え、新しい学校づくりの有力な一員となり得る新人教員の養成
2)現職教員を対象に、地域や学校における指導的役割を果たし得る教員等として不可欠な確かな指導理論と優れた実践力・応用力を備えたスクールリーダーの養成の2つの目的・機能とする。

ということである。となると、カナダ等で行っている、さまざまな学部を卒業した人を元にして、教師になることだけを目的にして専門性を高める教職大学院とは違う方向になりそうだ。私はカナダタイプのものができたら面白いなあと思っていたが、さすがにこれは現状では無理だったか。

ここで注目すべき点は、

○専任教員:最低限必要な専任教員数は11人とするとともに、うち実務家教員の比率はおおむね4割以上とすることが適当である。

という教員構成である。4〜5人ということこか。「理論と実践の融合の実現」を「制度設計の基本方針」にしているのだから当然と言えば当然だが、実務家教員の定義がイコール現場の教員ということではない。

「実務家教員の範囲は学校教育関係者・経験者を中心に想定されるが、そのほか医療機関や福祉施設など教育隣接分野の関係者、また民間企業関係者など、幅広く考えられる。」

となっている。上手く機能すれば良いのだが、学校教育現場の抱える問題に直接向かい合える人を集めるのは難しいだろうなあと思う。そういう人にこそなってほしいと思うのだけど。

            ◆

教員免許更新制は、

1) 社会構造の急激な変化への対応
2) 学校や教員に対する期待の高まり
3)学校教育における課題の複雑・多様化と新たな研究の進展
4)教員に対する信頼の揺らぎ
5)教員の多忙化と同僚性の希薄化
6)退職者の増加に伴う量及び質の確保

という理由から必要だというのだ。まあ、わかる。
だが、それならまず、医者だろうと思う。一級建築士もそうかもしれない。

10年に一回の更新ということだが、この更新の講座を引き受けるのは、大学と教育委員会だと言う。大学の教員は夏休みが研究の時間だが、これで研究はできなくなるんじゃないかな。30時間の更新講習だからなあ。一日5時間で一週間か。

で、私はどうなるのだろうか。私は多少は更新講習に関わると思うのだが、私の教員免許の更新はどうするのだろうか。失効するのかなあ。折角専修免許まで取ったのにそれじゃあもったいないよなあf(^^;。

            ◆

結局こうして土曜日を研究室で過ごした。
読みたい本、読まねばならない本、書かなければならない文章などを横にしながら、こうして過ごす土曜日もなかなか刺激的であった。

« 2006年8月13日 - 2006年8月19日 | トップページ | 2006年8月27日 - 2006年9月2日 »