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2006/09/02

今日は「特別活動論」の準備

授業の準備をしに昼前から大学に向かう。
昨日から今日にかけてあることが思った以上に順調に進んでいる。
これは嬉しいものだ。ありがたいものだ。
この勢いを借りて、仕事を進めよう。

           ◆

大学に向かう坂道を上っていたら、坂道の隣にある田圃で稲刈りが始まっていた。
昨日乗ったタクシーの運転手さんは、
「あと10日で新米ですね。でも、今年は春先の日照時間が少なかったから延びるかな?」
と言っていたが、近江米の新米まで後少しだ。

ついでと思って運転手さんに聞いてみた。
『近江米の他に、秋になると美味しくなるものは、この辺りではなんですか?』
と。
すると、予想だにしなかった返事が返ってきた。
答えは、このブログの最後に*1。

私は爆笑するやら感心するやらであった。

           ◆

大学では学期の始めにシラバスを公開する。これを見て学生はどの授業を受けるのかを考える。だから、授業の始まる半年前ぐらいにシラバスを作ることになっている。

なもんで、実際に授業が近づいてきたり、始まってみたりするとシラバスとやろうとすることがずれることがある。その調整をしつつ授業の準備をするわけである。

今日は特別活動論の準備。
シラバスを書き終わって教務に提出してから、授業にゲストティーチャーをお呼びすることができた。今村克彦先生である。

楽しみだあ。
すっごい楽しみだ。

今村先生に授業をして頂く関係で、シラバスを大幅に調整し直すことになったのだが、それはもう全然問題ない。

           ◆

で、気がついたら研究室の外は真っ暗。
いやあ、終わらないなあ。
楽しい苦しみだ。

*1 正解は近江牛。「牛は秋になると美味しいのですか?」と聞いてしまった。
馬肥ゆる秋というのは聞いたことがあるが、牛? おじさん曰く、
「春は、子牛を産むので痩せてしまうんだ。秋になると脂肪がついて美味しくなるんだな」
みなさん、牛の旬は秋です。

新しい職務級

ちょっと見逃していたのだが、こんな記事が載っていた。

「都教委:公立校教職員の「職務級」7段階に 「統括校長」と「主任教諭」新設 /東京」

というものである。来年度から始まるそうだ。

東京都の教員には主幹という職種があり、副校長(東京では教頭のことをこのように呼ぶ)の補佐をする仕事がある。学校は優れた管理職がいれば、たちどころに変わる。なんせ、職員が働こうと思うからだ。

私が敬愛している元校長は
「私の仕事は先生方が働きやすい環境を作ることです」
と言い放ち、
「子どものことは、先生に任せます」
と言ってくれた。そして、その通りにしてくださった。
これは、非常に働きやすかった。
だから、管理職は力のある人がきちんと仕事をしてほしいポジションである。

ただ、残念ながら今の東京のシステムは働くが分からしてみるとあまり魅力的ではない。主幹の選考試験に申し込んでくる先生の数が足りず、申し込み期間を延長するそうだ。

本当かどうかは知らないが、主幹制度は事実上崩壊しているという話を複数の所から聞いているしなあ。

そんな中で、新しい職種を作って賃金に差を付けてとしても、果たして有能な人材は集まるのだろうか。

教員が保護者や地域からのクレーム対応に追われて、目の前の子どものことに関わることができないようなシステムであり続ける限り、新しい職務級を作っても厳しいと思うなあ。

いや待てよ、ひょっとしたら主幹をなし崩しに廃止して、主任教諭に移行する為の手段なのかなあ。うーむ。

2006/09/01

新入生キャンプの下見

本日は、下見である。
来年立ち上げる児童教育学科の新入生キャンプの下見である。

今年の四月、文学部日本語日本文学科のキャンプについて行ったので、イメージは手にしている。このイメージを元に、児童教育学科に相応しい新入生キャンプを作るための下見である。

写真は、宿泊地付近の琵琶湖の北部エリア。Konan


            ◆

この新入生キャンプの目的は

・ 新入生がお互いに顔見知りになる
・ 学科の先生達の顔を知る

というものがあるのだが、もう一つ

・ 4年間の大学での学びの方向性を知る

というものを考えている。
児童教育学科は、小学校、幼稚園、保育園の先生になりたいと考えている学生を受け入れる。だから、大学では、学生として学ぶ視点は、教師として指導する視点にリンクしていなければならない。そのリンクしている部分を「学びの方向性」ということで考えている。これを実感させたい。

今回は琵琶湖のほとりにある体験学習の施設をメインにして、新入生キャンプを行うのだが、この施設は基本的には保育園、小学校、中学校レベルの体験活動がメインで、高校生になるとちょっと物足りなくなる。

だから、大学生になるともう全然だめなのだが、それは体験をメインに考えている場合である。そうではなく、自分が教師になった時に、どのように子どもに体験させるのか、どのような学習活動が考えられるのかということを考えさせるには、ちょうどいいレベル設定だと考えている。

その下見である。
施設側にこの目的を伝えたところ、非常に興味を持ち、新たにプログラムを組むと言ってくださったので、楽しみである。

            ◆

夜は施設を移動して、キャンプファイヤーなども行う予定。
教員になってから学んでも良いが、学生のうちに一回ぐらいキャンプファイヤーをやるのもいいだろう。そして、このキャンプファイヤーも将来的には自分たちが企画するわけだ。

私の構想としては、この新入生キャンプの企画そのものが、「特別活動」の授業内容の一部になりうるので、二年生の後期の授業で
「来年の新入生キャンプの計画を立てよ」
という課題を出し、良い企画を実際にやってみるという学習もいいかなと思っている。

理論として学んだことを、実際に検証する。そのサポートを大学の教員が行う。そういうことをしてみたい。

実は、これは私が教員になって一年目に、教育委員会に提案した内容である。

『宿泊研修をするのなら、一日目はフィールドワークで「この場所での遠足のプランを考えよ」という課題を下さい。夜に企画書を書くので、翌日にその評価をしてください。そして、実際に現場で検証してください』

と教育委員会に提案したのだ。その企画は非常に良いと評価されたが、さまざまな理由で実施されることがなかった。それが、やっと実現する方向にある。20年かあ。

            ◆

実踏後、もう一つの仕事をこなす。
ここではびっくりするプレゼントがあった。
blogには書けないことだが、実に驚いた。

今日も忙しかったなあ。

京都迎賓館

8/31。
あべたかさんから頂いた「桃様」を使って「桃ビール」を作り、一日の終わりを楽しむ。今日も面白い一日だった。

            ◆

集中講義の4日目は、来週の月曜日。ということで今日はオフ。午前中は市民プールに向かう。夏休み中だけやっているということで、今日が最終日。9月の半ばまでやってくれても良いのにと思う。

ゆっくりゆっくりと泳ぐ。1000m弱泳いだか。
今年の夏は、3年前に購入して一回も使っていなかった「浮かぶ椅子」を味わうことができた。水中に浮かべ、それに座ると見事な浮力で水の中に座ることができるのである。泳いでない時はこれで寛いでいた。ああ、気持ちがよい。

だがちょっと気を抜いたら、とんでもないことになってしまった。プールサイドでネッ転がっていたら、そのまま寝てしまったのだ。夏の終わりとはいえ、すごい日差しで身体が真っ赤になってしまった。うむ。

            ◆

午後からは、見事抽選に当たった「京都迎賓館」見学会に出向くことにする。
京都御所の中に作られたこの迎賓館は、国内に番目の迎賓館である。一国に二つの迎賓館は必要ないという意見もある。そうだよなあと思いながらも、赤坂の迎賓館は日本らしくないしねえとも思う。

京都御所は広く、京都迎賓館まで結構な道のりであった。しかも、指定されている時間がせまっていたので、あの砂利道の上を走った。はあ。

ついてみたら何のことはない
「何でそんなに急がれているんですか?」
だと。だって、国のやるものは、本当に馬鹿みたいに時間厳守ってことが多いじゃないですか。国も変わったねえ。

            ◆

中に入ってみると、それは質素でありながらとんでもなく豪華な作りになっているのが分かった。例えば、石。石一つとっても、全国の石を集めているのが分かった。壁に行っている装飾も唐紙を使った壁紙や、金糸を使った細工など、まあすごい。無駄と思えるぐらいに工夫をしている。

これらは税金の無駄遣いという意見もあるだろうが、私はある程度はそれも仕方が無いと思っている。なぜならば、これらは「伝統文化・伝統工芸の伝承」という意味においては価値があるからだ。

例えば、諏訪湖の御柱祭にしても7年に一回であるが、これを7年に一回することで伝統が続くのである。桧皮ぶきの屋根の張り替えだって、これがあるから伝統工芸が続くのだと考えている。

一度無くなってしまった文化をもう一度興すのはとても大変である。それをこういう形で継続させることには一定の意味があるのではないかと考えている。

            ◆

ちなみにこういうときには、私の奥さんは非常に良い目を持っているので、一緒に行くと私だけでは発見できないところを発見する。細かいところを見ているのだ。やはり、視点の違う人と一緒に行くのがこういうときのポイントなのだろう。

私が発見したのは、茶室に飾ってあった色紙である。
ちょっと遠くにあったので、念のために確認したらやはり、あの短歌であった。
「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる」
だ。

季節に寄ってその時々の歌を掛けるのだそうだ。そのように会場の係のお姉さんが説明してくれた。で、このお姉さんが非常に詳しい。色々と答えてくれる.最初、学生の倍とかと思ったが、そのレベルではない。作者、会社、由来、特徴とたちどころに答えてくれる。内閣府に就職した一年生職員の研修なのだろうかと思わせるぐらいであった。

ちなみに、茶室の横には今の首相の直筆の書道作品が飾ってあった。表装が見事であった。
書かれている文字は、一文字目が右にずれていた。なかなか味わい深いものがあった。

            ◆

思ったよりじっくりと見たので時間がかかった。
昼ご飯に市内でラーメンを食し、バスで京都駅まで戻ってきていくつかの買い物をして、家に着いたのが7時過ぎ。

午前中の日焼けをかばいながらぬるめのお風呂に入って、桃ビールである。

みんな、「桃ビール」を楽しんでいるか。もうそろそろ桃様の時期は終わるぞ。一年後になってしまうぞ。

と思いながら、一日を終えた。

2006/08/31

かえって分からなくなってしまった

集中講義三日目。
登録していた学生は37人だったが、この日は22人で行う。
なんとなく「風雲たけし城」を思い出す。

空には、鰯雲が出始めた。
もう、秋である。
Iwasi

            ◆

三日目は

1)糸井先生、杉浦先生の講義のまとめ作文、回覧。
2)まとめのスピーチ作成
3)まとめのスピーチ、お礼状指示、最終課題提示
4)学習指導案の解説、模擬授業実施課題の説明

という流れで行った。
1回生などは、体力が無いのか懸命に授業を受けようと思いつつも、眠気との戦いに大変そうであった。教育は体力なのよ。体力つけなさいね。

            ◆

この授業は、講義とワークショップを折り重ねながら進めている。そして、教師を目指す私を見つめ、

・自分にはどのような特性があるのか
・自分には何が足りないのか
・教師の仕事はどんなものなのか
・教師の仕事で分からないところはなにか
・一流のものに触れる

を目標として行っている。

ワークショップ型の授業は、行った後に振り返る時間が必要になる。同じ時間に同じ体験をした人たちが、何を学んだのかを交流するのだ。同じものもあれば違うものもある。それを交流することが大事で、これによって学びが深まると考えられる。

私のワークの場合は、作文に書いて回覧することを中心にこの振り返りを行う。すると、出てくる作文の内容が、往々にして賛辞の羅列になるのである。そりゃあまあ、すごい先生が目の前ですごい話をしてくださるのだから、当たり前と言えば当たり前であるが、それではこの授業の目的には到達できない。

つまり、学んだことを批判的に検討しなければ不十分なのである。

            ◆

そこで、昨日の課題は
「これまでの授業を受けて、深まった謎や疑問を挙げ、それについて考察せよ」
とした。

勉強したら分かるなんてことは、高校まででいいだろう。
「学んだから、ここまでは分かった。でも、かえってここが分からなくなってしまった」
ということがあるのが、大学での学びであり、学びの本質であろう。

この「かえって分からなくなってしまった」という部分が、学生の課題になるのだと考えている。

例えば、

引用開始 ーーーーーーーーーー

「授業の最大の楽しみは、先生がなぜ間違えたのか考えること」
池田先生がそうおっしゃったとき、私はなるほどなと思った。しかし、よく考えてみると疑問が浮かんだ。

池田先生のおっしゃる通り、教師が授業中間違えることはそう何回もあるわけではない。だからなぜ間違えたのか、その原因を考えるのも確かに楽しいと思う。
しかし、授業の最大の楽しみは、わかるようになることではないだろうか。

今までわからなかったことがわかったときの喜び。それが学びの醍醐味ではないだろうか、と私は思っている。

しかしそれは、生徒の視点から見た場合なのかもしれない。生徒の側からみた授業の楽しさと、教師の側からみた授業の楽しさは違うものなのだろうか。

池田先生がこの言葉に込めた真意は一体どういうものなのか。それが今の謎である。

引用終了 ーーーーーーーーーー

という感想が出る。
ま、この感想の間違いを指摘し、答えを述べることはさほど難しいことではないが、これは言わない。

まあ、間違いぐらいは指摘してみようと思うが、答えは自分で捜させたい。
そのような課題をたくさん手に入れたと思える文章がたくさん出てきた。良かった良かった。

2006/08/30

素敵な発見でした

実に贅沢な時間であった。
杉浦先生、糸井先生に本学まで来ていただいて、学生に向けて講義をしていただいたわけだ。

いやあ、来てくださったお二人の先生にも感謝だが、予算的措置をしている京都橘大学もすごい。もっとも学生からの授業料を得ているわけだから、学生に返すのが筋である。んが、それがちゃんとできることがすごい。

そして、贅沢な時間と自分で言ったものの、学問・教育を受けるときには、できるだけ贅沢にやってあげたいと思う。人類の営みの中でも最も崇高な教育と言う営みを学ぶのである。できるだけ、贅沢に豪華にやってあげたいと思う。

もちろん、この場合の「贅沢に豪華に」というのは、最先端の機材を使いということではない。もちろん、それもあっても良いのだが、やはり「人」である。

教育を語ってもらえる最先端で実力を持っている先生に、来ていただくことを「贅沢に豪華に」と私は考えている。それが、昨日の授業ではできたと思えるので、嬉しいのだ。

            ◆

1限 インタビューのやり方の確認と、インタービューの準備
2限 糸井先生の講義とインタービュー
3限 杉浦先生の講義とインタービュー
4限 杉浦先生、糸井先生、池田の三人によるパネルディスカッション

という流れで「教育、教師、教師の仕事」ということについて一日を過ごした。

インタービュー、質問という内容は、学生達が教師になった時に、子どもに指導しなければならない重要な項目である。実は、インタービューというのは、高度な知的生産が行われる作業である。ここにはさまざまなスキルが求められる。

・事前調査
・挨拶、御礼
・聞き取り
・類推
・聞き取りから展開して、新たな質問の発見
・事前調査と聞き取りの融合からの新たな質問の創造
・メモ
・表情
・話術

その他にもいくつもあるだろう。
この授業の目的の一つは、教師になる自分にとっての課題の発見である。インタービューの技術一つとっても、それを見つけてくれればと思う。

            ◆

授業後の課題として、次のようなものを出した。

課題
1)杉浦先生、糸井先生、池田の三人に共通しているものを指摘し、それについて考察せよ。
2)杉浦先生、糸井先生、池田の三人に共通していないものを指摘し、それについて考察せよ。

1)と2)のどちらかを選べば良いのだが、学生は見事に1)を選んだ。まあ、2)は難しいけどね。1)の例である。

引用開始 ーーーーーーーーーー

【素敵な発見でした】

三人の先生に共通されていると感じたことは、みなさんの「顔」です。
ここでいう顔とは造形ということではなく、表情のことです。

みなさんの表情からは指導者としての風格が感じられました。
具体的に言うと、黙って話を聞いているときも目が相手を理解しようとまっすぐ話し手を見ておられたりしましたし、喋るときは口の端が少し上がっていて、聞き手に安心感を与えてくださいました。

「顔」は人に与える印象を一番左右するパーツだと思います。
表情筋は普段から、心から喜怒哀楽を表現するために使っていないと、すぐ衰えてしまいます。
心のそこから笑わないと頬や目尻は上がらなく唇だけの笑顔になります。悲しんでいる場面でも顔が固いと無表情になります。
顔から感情が伝わってこない人は、子どもたちに恐怖を与えると私は考えています。逆に表情豊かな人は子どもに信頼を抱かれるとも思います。

私はここ数年表情が無いと言われ続け、最近やっと笑顔がいいねと言われるようになりました。しかし今日先生方の「顔」を見て、自分はまだ感情をうまく顔で表現できていないと思い知りました。
子どもに、人に、心や気持ちや考えを正確に伝える為に、私も素敵な「顔」を手に入れるため日々努力しようと感じました。

引用終了 ーーーーーーーーーー

そうなのかあという思いと、よく見ているなあという思いを持った。
他にも面白いものがあり、学生達の真剣な学びと、充実感が伝わってきた文章たちだった。

杉浦先生、糸井先生、ありがとうございました。

2006/08/28

(!!!!!)

集中講義一発目、キャリア開発演習1の初日終了。
これから教師を目指そうかと思う学生を相手に行う授業である。
久しぶりの6時間ぶっ通しの授業。

6時間のうち1時間目が終わったら、6人ぐらいがリタイヤしていたf(^^;。
リタイヤすることは問題ないが、挨拶ぐらいしてリタイヤしろよ、まったく。

6時間後に数日前から痛めている腰と膝に痛みが走るかと思ったが、そんなに大きな痛みにならずに終わらせることができて、ああ良かったというところか。
しかし、加齢とともに当日に痛みがでなくて、翌日にということもある。
明日に注目。

            ◆

本日は、6時間で

1)授業ガイダンス
2)今教師になるということは 教師の仕事の実際
3)教師になる道のり
4)インタビューの練習

ということをやった。
一番心配していた、4)のインタビューだが、私で練習をさせたところ、結構いい質問が出ていたので一安心。

明日は、糸井先生と杉浦先生に授業に来ていただき、お話とインタービューに応えていただく授業をお願いすることになっているのだが、インタビューが、わやわやではどうしょうもないからなあ。

            ◆

3)教師になる道のりのところで、「面接試験」の話をした。

引用開始 ーーーーーーーーーー

面接では何を見ているか
 人物を総合的に評価(第一印象)
 受験者の性格や人柄(落ち着き、謙虚さ、明るさ、真剣さ、公正さ)
 面接時の服装や態度(姿勢、歩き方、座り方)
 教師としての意欲・熱意(課題解決意識、向上心、情熱)
 表現力、言語能力(問いに対する正対、話し方、声の大きさ、声の明瞭さ)
 教師としての指導力・教養
 協調性、指導力、社会性(リーダーシップ、判断力、受容性、人間的魅力)
 公務員としての適格性

引用終了 ーーーーーーーーーー

ということを話しつつ、「面接時の服装や態度(姿勢、歩き方、座り方)」から脱線した。

いやあ、私が気になるのは民族衣装を着た時にその人の人となりが出てしまうということである。昨今の浴衣ブームで若い娘達が浴衣を着て花火大会に出かけて行くのだが、育ちと言うか教養と言うかがモロに出てしまっていると思うのだ。

着方が慣れていないのは仕方が無い。だけど、20歳を過ぎているのに、乗っけた帯は頂けない。さらにもっと頂けないのは、歩き方のだらしなさである。がに股、引きずる歩き方、ふらふら歩く歩き方。なんとかしてくれえと思う。

で、さらに話は進んで、神社の階段の話になった。
神社の階段の歩幅である。今の私が神社の階段を歩くと、段差のところで右足が続いて使われることある。ま、左足でも良いのだが、つまり段差のところに来ると常に同じ足が使われる。これは、非常に気持ち悪い。段差に来たら右、左、右、左と乗り越えたい。
(昔の人は、こんなんで気持ち悪くないのかねえ)
と思いながら歩いていたのだが、気がついたのである。

            ◆

(そうか、昔の人か!)
今の私はズボンで歩いている。だから、歩幅が広い。しかして、この神社ができた時は、和服である。広く歩幅を取ることができない。

和服の歩幅を想定して神社の階段を上ってみた。
(!!!!!)
見事に、右、左、右、左と乗り越えているではないか。

昔のものを今の価値判断基準で判断して文句言ってはいけないと生徒に話していたが、自分がやっていたとは。

            ◆

てな話をしながら6時間である。ちょっと早口になってしまったし、授業の進度も早かったのは、反省。

余談をしなければ進むのだが、しないと理解の幅が広がりにくいし、余談の最中に本筋を自分のペースで理解している学生もいるし。

授業はやはり、難しくて面白い。

2006/08/27

一つ目の準備完了

そうだ、今日は日曜日であった。
うむ。

            ◆

近くの皇子山球場がリニューアルオープンしたようで、アドバルーンが出ている。今日から、試合があるようだ。ウグイス嬢の声が響いている。

朝ご飯を食べた後、奥さんと散歩に出かける。皇子山の上の方に公園があり、きれいそうなので出かけてみることにしたのだ。行ってみると、これが結構広くてきれいである.桜と紅葉がたくさんあるので、春と秋はきれいであろう.秋が楽しみ。

公園の中を歩き進めると、萩の花が咲き、くずの花のグレープのような良い香りが漂い、また檜の香りも芳しく実にいい気持ちであった。

            ◆

で、さらに歩いて行くとフェノロサのお墓があるお寺につく。
フェノロサは、アメリカ人で日本の建築を西洋に広く伝えた人である。
日本の建築を「凍れる音楽」と称して、日本が昔の建築を打ち壊そうとしたのを止めさせた人物として有名であると奥さんの説明であった。

私もなんとなく聞いたことがあったので、そうかと思ったが念のためネットで調べてみたら、違うというもあるようだ。

ま、いずれにしても皇子山の環境のすばらしさには変わらない。
彼はアメリカに戻ったが、遺言でこの西大津は皇子山に埋めてほしいという願いを出し、遺髪が埋葬されているのだと言う。

今は、西大津の周りにはマンションが多くなってしまったが、確かに明治初期であればこのフェノロサの眠るお寺から眺む琵琶湖の風景は、心を打つ風景そのものだったであろう。私も、この風景を見ながらお茶を飲んだり、本を読んだりして一日を過ごしたいなあと思う。

            ◆

ま、そんな夢はおいておいて、午後から大学に向かう。
いよいよ明日から始まる、集中講義の授業の最後の準備である。

六時間かけて、なんとか準備が終わったと言っていいだろう。
半年間に週一回ずつで十五回行う授業を、一日四時間の四日間で行うのが集中講義。最終日は三時間だが、授業をする方も受ける方も大変だ。久しぶりに一日六時間の授業になる。

だが、集中でなければできない講義をしたいと思っている。

授業が動き出すと、集中講義なため大幅な授業の変更はできない。微調整をしながら内容を高めて行くしか無い。だから、事前の準備に時間をかけているのだが、授業の準備はこれでおしまいということがないのは、中学校でも大学でも同じ。

さて、今晩は早く寝よう。

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