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2006/10/06

「逸題」  井伏鱒二

京都に来て初めての中秋の名月である。

二日連続の高校の模擬授業を終えて、京都で奥さんと待ち合わせ。
本当は、奈良の猿沢池まで行こうかと思ったのだが、
天気が悪そうだったので取りやめ。

烏丸あたりでいろいろと買い物をして、食事をして
烏丸通を京都駅まで夜の散歩。

そしたら、少しだけ月を見ることができた。
そうだ、そうしたらあの詩だ。

引用開始 ーーーーーーーーーー


逸題  井伏鱒二


けふは仲秋明月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあはせ
よしの屋で独り酒をのむ

春さん 蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿

ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ
われら先ず腰かけに坐りなほし
静かに酒をつぐ
枝豆から湯気が立つ

けふは仲秋明月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあはせ
よしの屋で独り酒をのむ


引用終了 ーーーーーーーーーー

私の教え子には、全員教えているこの詩。
みんな日本のどこかで、または世界のどこかでこの月を見ているかなあ。

2006/10/05

『教育の再生をもとめて : 湊川でおこったこと』

お昼過ぎから大阪の高校で模擬授業。40分を二コマ。
40分のガイダンスは、なかなかない。
基本的に90分で作り込んである授業を刈り込んで、行う。
庭師になった気分である。

授業が始まると、
「たるい」
「眠い」
という声が聞こえてくる。
もうすでに机に突っ伏している生徒がいる。
その一方で真剣に話を聞こうとする生徒もいる。

(おーし、おいら、こういうシチュエーション燃えちゃうんだよね。
40分後には、みんな目をキラキラさせちゃうからね。覚悟しておけよ)

と思いつつ、静かに授業を始める。

            ◆

宮城教育大学の学長であった林竹二先生の著書『教育の再生をもとめて : 湊川でおこったこと』(筑摩書房 1977.11 1300円)を読んだのは、大学の2年生頃であったか。
衝撃であった。
学力のない底辺の定時制高校で林先生は、笑顔を絶やすこと無く訥々と授業を進める。

すると、机に突っ伏していた生徒の顔が輝き、あろうことか数回の授業の後には背筋をきちんと伸ばして授業を受け、顔つきも変わっていたのだ。その間、林先生は一言も怒鳴ったりしていない。
「背筋をきちんと伸ばしなさい!」
なんても言っていない。ただ、人間とは何かについて語り続ける授業を行っていた。
授業内容が、生徒に変容を齎していたのだ。

(ちくしょう、こんな授業をしたいぜ)

あこがれであった。

            ◆

いや、別に今そこまでできるかと言えば、それは違うがそれでも、進路のガイダンスで教師を目指そうとしている生徒、または教育に少しでも興味を持っている生徒にだったら、それは可能かもしれないと思って、燃えてしまうのだ。

教師の仕事の楽しみ、辛さ、授業を作る面白さなどを具体例を入れて話すのだが、後半のワークの部分では、
「えー、なんや分からんと悔しいやん」
と言いながら生徒達は必死にワークシートに取り組んでいた。
(やった!)
である。

授業後、大阪イントネーションで「先生、ありがとう」とか「先生、もっと頑張ってね」なんて励ましの言葉まで貰ってしまったf(^^;。

ちょこっとだけ林竹二先生に追いつけたかなと思えた。

            ◆

その後、とんぼ返りで大学に戻って国語科教育法2の授業だ。
山科駅からタクシーを飛ばして、ぎりぎり間に合う。ふう。

今日から導入の5分間は学生に順番で模擬授業をさせることにしている。季節に応じた詩歌を黒板を使って説明するのだ。私が中学校の授業でやっていた「アンソロジーノート」の部分をやらせる。

5分ぐらいの説明のパッケージができないことには、50分なんて夢のまた夢である。来年度の教育実習に向けて、具体的な一歩である。

先週の課題のデジカメ写真による文学作品を載せた絵はがき作りを回収。これは、この後の授業の基礎技術になる。PCがちょっと弱いので、鍛えたい。

その後は、「学習ゲーム」の理論と実際。
なぜ学習ゲームなのか、限界はどこにあるのか、普通の授業との比較で考えるとどこに特徴があるのかなどを講じた後に、私が開発した「対義語でポン」を事例として、実際にやってみた。ちょっと時間がなかったので、ルールを理解するのに精一杯になってしまったかな。ちょっと反省。

            ◆

授業後研究室に戻り、出張の書類を整理し、明日の仕事の準備をして帰宅。
いやあ、今日も働いた。

2006/10/04

会議の水曜日

水曜日は会議の日である。
考えてみると、日本中の学校教育機関は水曜日に一斉に会議をしているのではないかと思う。いつからこんな慣習になったのであろうか。不思議であるが、調べたいとも思わないなあ。どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてください。

で、会議だが今日は三つ。
教授会、研究費の説明会、FD委員会と午後は会議漬けであった。

大学人としての一年目ですから大学がどのような組織でどのように動いているのかを理解することが大事。その為にも会議には参加、参加である。

            ◆

しかし、そういう時に限って学生が相談にやってくる。
今日も教授会の直前まで研究室で相談を受けていた。

「○○に関する本を読みたいのですが、先生、お勧めの本はなんでしょうか?」

ということで、あれかなこれかなと本棚から本を引っ張り出し、机に並べて説明する。
竹内常一先生の本を出したら、

「先生、この人の本難しい」

との言葉。

『おいおい、私の恩師を【この人】はないだろう。君たちは、この先生の孫弟子になるんだよ。まあね、でもじっくりと読むと分かるでしょ』
「三回ぐらい読んでやっと分かりました」
『を、三回で分かれば優秀、優秀』
「先生は、何回ぐらいで分かるのですか?」
『私? まだ分かったこと無いなあf(^^;』

なんて会話をしていたら、教授会開始1分まえであった。
ま、こういう会話が楽しいんだけどね。

            ◆

やっと会議も終わり、帰宅の時間だ。
今日はもう、授業の準備はしないで帰ろう。

分からないぞ、人生は

採用試験二次試験の結果の発表が、そろそろ始まる。
私の教え子にも合格した学生がいる。
おめでとう。
で、いいんだよなと思う。
そうだ、懸命に努力を重ねて、自分の夢を目標にし、目標を現実のものにしていったのだから、おめでとうだ。

だが、これから今の教育の世界を取り巻くその荒波の中に、こぎ出して行くのかと思うと、心からおめでとうと言っていいのか、少しばかり逡巡する。

たぶん、子どもを嫁に出す親御さんというのは、そういう気分なのだろう。
結婚していく娘はめでたい顔をしている。
だけど、
(あれもまだできない、これもできていない。まだまだ子どもなのに大丈夫かしら)
と思いながら、親は娘を嫁に出すのだろう。

若いということは、よくわからないということである。
よくわからないこともわかっていないのが、若さである。
だから、大人が見ると
(だ、大丈夫か)
と思うことを、涼しい顔をしてやってのける。
若さとは、バカさでもある。だが、そのバカさが新しい時代を作るのだろう。

            ◆

残念だった学生もいる。
で、本当に残念だったのか。
分からないぞ、人生は。

私は教員採用試験一年目で高校の教師を受験して、不合格になり、大学五年生をやり、翌年中学校の教師になった。

そりゃあ、不合格の時は辛かったさ。
自分が社会から必要とされていないとの烙印を押されてしまうようなもんだから。
だけど、今は思うよ。あの経験があったからこそ、今の私があるんだとね。

マイナスの経験は、その後の生き方で大きな財産になる。
プラスの経験を重ねるより、大きくなる。
マイナス5からプラス5に行けば、絶対値で10の成長だ。
ゼロからプラス5に行く人の二倍になる。
それをかなえるための条件を手に入れたと思えば良い。

大学の学生支援課に顔を出すんだよ。
私の研究室にもいらっしゃい。
今後のことを話そう(^^)。

まだまだ先は長い。

2006/10/03

届く声

教職総合演習では、いまディベートの指導を行っている。
ディベート初心者の学生がほとんどなので、
私が修士論文で取り上げた「シナリオ方式のディベート」で指導している。
この授業を受けているのは三回生。来年教育実習に向かう学生たちだ。

この授業では、現代社会にあるさまざまな問題を、ディベートを行うことで議論を深め、認識を深めるということを扱う。 

シナリオ方式のディベートを指導してみて、おや?っと思った。
学生達の声が良くなっているのである。
前期に指導した学生達の声が良くなっているのだ。

どう良くなっているのかと言うと、一言で言えば、届く声になってきているということだ。
相手に届く前に、地面に落ちてしまう声の学生が多かったのだが、
昨日の授業を見る限りでは、ちゃんと届く声になってきている学生が増えてきている。

これは、嬉しい。
これなら、来年の教育実習までに間に合う指導ができそうである。

なぜこのように成長したのだろうか?
良く分からないが、楢原中学校への模擬授業が大きかったのだろうと思う。
声を出すことをしなければ、教師と言う仕事は始まらない。
そのことに関して具体的に理解を始めたのかもしれない。

ちょっと楽しみになってきた。

2006/10/01

映画 「フラガール」

うーんん、充実した日だった。
午前中は論文書きに没頭。
午後からは出かける。

            ◆

いくつかの買い物をした後で、映画に向かう。
今日は映画の日。
そう、楽しみにしていた「フラガール」である。
一言で言って、良い。
「UDON」とどちらを勧めるかと問われれば、わたしは迷わず「フラガール」である。

以下、ちょっとだけネタバレがあるかな。

            ◆

松雪泰子がこんなに上手かったとは思わなかった。

蒼井優も良かった。
「スイングガールズ」の上野樹里と比べると、この時点では同じぐらいだろうが、今後の可能性を考えると、蒼井優に軍配が上がるだろう。

豊川悦司、岸部一徳なども良かった。
ジェイクシマブクロの主題音楽も良かった。

泣いて笑える映画であった。

            ◆

ストーリーそのものは、プロジェクトXにも紹介されたもので有名な話。
わたしも知っている話。
だけど、映像の作り込みが良い。

炭坑の人たちが住む住居のふすまの柄なんて、
(ああ、昭和の時代はあれだったよな)
と思わせるもの。
バスも、セーターも、髪型も、眼鏡も、服も。
みんなあの時代であった。

            ◆

「運命は、逃げれば追いかけてくる。
正面から受けて、背負った時に初めて乗り越えることができる」
とは、恩師の言葉である。

閉山と言う運命の中で、逃れようとする人、受け止めようとする人、受け止めたくとも逃げ出さずにいられない人、その人たちを支えることで自分が救われる人。どの人生が正しく、どの人生が間違っているなんてことは言えない。ただ、懸命に丁寧に生きるだけだ。

            ◆

奥さんと一緒に見たが、明らかにわたしだけが泣くシーンがあった。

「ウォーターボーイズ」「スイングガールズ」にも共通するのだが、これらの映画は大きく言えば学校ものであり、先生が登場する。この映画では松雪泰子が先生なのだが、本番のステージに立つ前に、先生が言う台詞がある。この台詞が、ダメだった。まるで、合唱コンクール本番を迎える直前の私と学級の子どもたちと重なってしまった。

            ◆

ラストシーンは、想像していたものだったが、それでも心地よく終われた。
他にも解説したいところはあるが、まあ、ご覧下さい。
これは、映画館で見た方がいい映画である。

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