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2006/11/04

14番目の月

引用開始 ーーーーーーーーーー


14番目の月

作詞 : 荒井由実
作曲 : 荒井由実

あなたの気持が読みきれないもどかしさ
だから ときめくの
愛の告白をしたら最後 そのとたん
終わりが 見える

um… IWANUGA HANA
その先は言わないで

つぎの夜から 欠ける満月より
14番目の月が いちばん好き

気軽なジョークが とぎれないようにしてね
沈黙がこわい
月影の道で 急に車止めないで
ドキドキするわ

um… YANAGI NI KAZE
なにげなく かわすけど

つぎの夜から 欠ける満月より
14番目の月が いちばん好き

つぎの夜から 欠ける満月より
14番目の月が いちばん好き

引用終了 ーーーーーーーーーー

みなさん、今晩は14番目の月ですよ。
きれいな月を見ていますか?

今晩10時からNHK教育で

本日夜10時からテレビに映るかもしれません。

NHK教育テレビで1時間半のドキュメンタリー
「ETV特集 学校が変わる 子どもが変わる〜民間人校長4年目の挑戦」
として放映されます。

去年お世話になった杉並区立和田中学校の様子が流れます。
長期取材をしていたグループ現代の記録からの番組です。

長期取材なので、去年の私も映っているかもしれません。
良かったらご覧下さい。

「ドゥーン」

クラッチを踏み込みイグニッションキーを回す。
「ドゥーン」
V8のエンジンは静かに重く唸り出す。

いやあ、とうとう手に入れてしまったAMG 6.3リッターは凄い。
早朝の湖西道路は連休の中日ではあるが、さほど混んでいると言う感じでもなく気持ち良く私を蹴飛ばすように泳がせてくれる。
びわ湖沿いの平地を走っていながら、すこし霧のかかった今朝は、まさにクルージングである。
空を滑っているかのようである。

とういうのは、半分嘘。
AMG 6.3リッターのわけがない。
大体からしてAMG 6.3リッターにクラッチなんてないでしょ。
門島さんびっくりした?

            ◆

私のこれからの相棒はBMW MINI COOPER Sとなった。
今までのカペラはロングホイールベースで、線路の上をゆったりと流しながら走る味付けであったが、こちらはまさにゴーカート気分である。運転しているという実感がバリバリある。

2速の2000回転からの蹴飛ばされるような伸びは、凄いの一言。
スーパーチャージャーは伊達じゃない。

女性にはかわいいと言われ、車好きには走ると言われ、チューンナップが好きな人には徹底していじくれるという面白い車である。

センターマフラーから出て来る音は、これがいいんだ。
イグニッションキーを回すと「ドゥーン」なんだなあ。

            ◆

自分でもこの車のオーナーになるとはまったく予想していなかったが、実物を見た瞬間、惹かれるものがあった。試乗したらもう決定であった。

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安全運転で行こう。


2006/11/03

近江神宮で流鏑馬

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近江神宮で流鏑馬をはじめて見た。

関東では鎌倉であるのだが、その鎌倉でやっている武田流鎌倉派のみなさんがここに来て奉納の神事としてやってくれるのだ。会場の近江神宮までは、歩いて行ける距離。これは見ないわけにはいかない。

            ◆

神事の前に、流鏑馬の奉行(総責任者)から、流鏑馬の解説を受ける講座を受けた。曰く、西洋の馬術は左から乗るが、日本は右。曰く、西洋の手綱使いは手を横に使うが、日本のそれは縦にして親指に手綱を一回巻くなどである。これは無料。すごい。

            ◆

その後、食事をして本番に向かう。
講座を受けた人は、非公開の神事にも立会うことができる。大神の前で鏑矢を清める。昨日の上棟式と同じような所作があり、日本の神事はみんなルーツは同じなのではないかと思う。

            ◆

さて、本番。
いやあ、一馬力は凄い。
そして、その疾走する一馬力の上で、上半身は揺らぐことなく矢を打ち放つ。

だんだんと的は小さくなる。それを射抜くたびに観客は盛り上がる。

            ◆

戦のポイントを抽象化し、式として高めているのがよく分かる。最後の的は、瀬戸物の的。当たると中から花吹雪が出てくる。きれいだ。

最後は首改めを儀式化したもので最後になる。
いやあ、こんなに良いものを見せてもらって、
お弁当代600円、有料指定席代500円である。

うーん、近江万歳である。

記念の升

昨日は児童教育学科新校舎の上棟式。
はじめて校舎の中に入った。
ちょっと身震い。

上棟式は、建物を作る時の前半が終了したことを祝い、後半の無事を祈念する式である。古式ゆかしいものを伝統にしつつ、今風にアレンジしたものを執り行っていた。本学には、歴史の碩学がたくさんいらっしゃるので、この式の解説等もしてもらえて、私はラッキーであった。

大神をこの地に呼び、式を行い、また送り返すという流れで行うのだが、実に淡々と行われる。式は、この淡々と行われることがいいのだと思う。その中にエネルギーが込められるのを感じる。

            ◆

児童教育学科の新校舎は、本学の杉林のところに建てられている。30年前に大学を新しくしようという思いで、職員が杉を植えたのだがそれが立派に成長していたところに建てている。

思いのこもった杉を伐採し、校舎を建てたわけで当時からの職員は、万感の思いがある。で、その杉は新しい校舎の一部に使われることになり、上棟式の記念の升に変わって配られた。

なんとも、良い話だなあと思う。

            ◆

午後からは、千葉大学の学生が研究室にやってきた。卒業論文のことで相談があるとのことで、わざわざやってきた。藤川先生の所の学生で、「そのことなら池田先生が詳しいだろう」というアドヴァイスからやってきた。

小一時間質問に答えて、アドヴァイスをする。
外に出て行って自分に必要な情報を手に入れる。
こういう積極性は、大事だなあ。

            ◆

出張の書類など事務的な仕事を片づけて帰ろうとしたところ、研究室の外に人影が。
『どーぞ』
と話をすると、5人の学生が。
模擬授業の相談をしにきた。俳句の授業を模擬授業に扱うのだが、どのように進めたら良いのか詰まってしまったので、相談にきたとのこと。

俳句の授業をすることが大事なのだが、俳句の載っている教科書を教えることを主にしているのではないかと指摘。まずは、そもそも俳句って何か、俳句はどのようにして成立したのか、なんで季語が必要なのか、なんで季語のない俳句も成立するのか、など基本的な理解がなければならない。

5人でグループを作らせたのは、教材研究でアイディアを検証し、深めるためである。ぜひ、うんうん唸っていい指導案を作ってほしい。

進路の相談なども受けて、一日を終える。
うちの学生も、がんばっているぞ。

6.64

よし、準備は完了だ。
今日の午後、納車となる。

今までお世話になったMAZDAカペラカーゴは掃除して、次の乗り手に託そう。
ここにきてエンジンの調子は非常に良い。
別れを惜しんでいるようだ。
切ない。
が、ありがたいことだ。
次の乗り手に可愛がってもらうんだよ。

           ◆

次の車として今まで候補に挙がった車は、

イスト
レクサスis250
ボルボエステートワゴン
アルファロメオ
プジョー

などであった。
試乗したり外観をじっくり見たりしたのだが、これ!と思うものがなかった。

門島さんの予測は、今のところ当たってはいない。
違う車だ。
私が選んだ車、
さて、どんな感想を貰うかなあ。

ちなみに、パワーウエイトレシオは、6.64です。
門島さんなら、これで分かったでしょう(^^)。

2006/11/02

東大に結果が出ている

高校の未履修問題だが、そうやって東大に合格した学生たちがどうなっているのかというレポートがある。
立花氏の文章である。

http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/061101_yutori/

これは、やっぱり深刻な問題だ。

宮城へ

一泊二日で宮城に向かう。宮城県中学校国語科の県大会があってそこでディベートのジャッジをすることになったのだ。

            ◆

東京都の中学校の教師になった段階で、こんなに移動の多い人生になるとは考えもしなかった。都内を拠点に生活するわけで、ひょっとしたら島での生活があるかもしれないとは思っていたが、それも「昭島」で終わったぐらいだから。

移動が多いのではあるが、さすがに週に一回泊まり込みの出張があると言うレベルではない。このあたりが移動をルーティンにまで高めれられないでいる部分がある。

ではあるが、少しずつグッズは納得いくものが手に入ってきた。鞄はキャスター付きのものである。二台目だ。SWANY(スワニー)というメーカーのものだが、いたく気に入っている。

私がキャスター付き鞄に求めていた機能は

1)軽い
2)キャスターが滑らか
3)キャスターの取り替えが可能


が大前提である。
さらに言えば、

4)腰掛けることができる。
5)外側にもポケットがある。

のようなものである。今の鞄はこの機能を十分に満たしている。当分いい相方になってくれそうだ。

            ◆

伊丹空港から仙台空港まで飛ぶわけだが、自宅から1時間30分弱で今未空港まで行けるのは便利だ。新快速で大阪駅まで行き、そこから空港バス。天気は快晴であったが残念ながら座席は飛行機のど真ん中であった。

飛行場から学校までは1時間ちょっと。
阿武隈川がきれいだ。
こちらも今日はきれいに晴れていて、空が青い。
いいなあ。

            ◆

今回のディベートの論題は、【国語の教科書は、PISA型問題を大幅に取り入れるべきである。是か非か】ということで、付帯事項としては「長文問題を削除する」というものであった。ディベーターは現役の中学校の先生。

この論題で論じるために夏休みぐらいから時間をかけて準備したそうだ。試合そのものは、「非連続テキストを指導できる」「教員がいちいちした指導方法で行うことができる」という点が肯定側にユニークに発生したことなどから、肯定側の勝利となった。ジャッジは、私と名越先生と女性の先生。一致した結果であった。

私はこの結果をもとに15分で講評と判定ということでなかなか厳しい条件では合ったが、なんとか完了。司会の三浦先生が私のことを元中学校教師であるという紹介をしてくださった御陰で仲間意識ができて、温かい雰囲気で行うことができた。

            ◆

夜は名越先生と、先生の教え子の三人で地元の味が楽しめるお店に向かう。
魚を中心に地元のお酒も楽しむ。
ホテルに帰ったのは、9時。

旅は移動時間ではなく、移動距離に比例して疲れるものと言われるが、まさにその通りで、ちょっと本を読んだら、もう暴睡であった。

            ◆

翌日の飛行機は午後便になったので、午前中はホテルでのんびりしつつ、仕事。
大きなお風呂のあるビジネスホテルにしたので、そこで汗を流し、部屋でチェックアウトギリギリまで仕事をしながら過ごす。

その後、駅前の31階立てのビルに昇る。31階に無料の展望場があったので、何はなくとものぼる。いやあ、きれいだ。眼下を仙台平野を走る東北新幹線が見え、さらにその向こう側には太平洋も見える。
(あそこの海から美味しいお魚が届くのね)
と食欲優先の感想を抱く。

            ◆

仙台のお土産を手にし、バスで仙台空港に向かう。今は40分だが、おそらく今年度中には飛行場と駅とを結ぶモノレールが開通し、20分でオッケーになるという。今度来る時はそれかな。

帰りの飛行機は、希望通り進行方向左側の窓側の席を手に入れる。
美しい写真を撮ることができた。
頭を雲の上に出している富士、大阪湾に沈んで行く太陽。
満足、満足。

駆け足の移動であったが、充実していたなあ。
ご迷惑をかけたところもあったかと思いますが、ありがとうございました。

2006/11/01

それでいいんだろうか?

高校の履修違反問題の「解決」方法についていろいろと取りざたされている。4万人ともなると適正に行えではなく、救済に向かう。それでいいんだろうか?

たしか、数年前に学芸大学に推薦入試で生徒を合格させるために内申書を書き換えた先生が捕まって退職し、生徒の合格は取り消されたという事件があったが、今回のものだって同じじゃないか。

これ、管理職である校長先生たちは、懲戒解雇、または依願退職のレベルの問題ではないだろうか。公務員の信用失墜行為でもあるし。

            ◆

生徒の方だって、この4万人は7%と程度だというが、成績優秀校の高校生であろうし、ここはきっちりとやらせた方がいいと思う。

思想信条の問題ではなく、カリキュラムの問題だろう。大人である先生の「間違い」により迷惑を受けたなんて思っているだろうが、彼らだって20年後には大人になっている。ここでしっかりとやらせることが、20年後の日本を少し良い方向に変えてくれるのではないかと思う。

大人が舵取りを間違えれば、子どもに迷惑がかかるし、やるべきことはきちんとやるということを、この高校三年生で学び直すと言うことは、非常に意味があると思うのだ。安直に徳政令を出して解決する問題にして良いのだろうか。

徳政令を出したがっている方は、次の選挙を気にしているのではないかと勘ぐってしまうなあ。

            ◆

(厳しく指導してくださったから、今の私がある)
そんな幸せな思いを、大人になってから抱けるようになる若者が少なくなるのは、可哀想だな。
若い時に前向きに苦労することなんて、後から考えれば、なんでもないのに。

2006/10/30

クリアカットの課題

先日のブログに、「それ」とか「あれ」とか書いたら、学生から
「先生、あれは何なのでしょうか?」
と質問された。
(ほう、読んでいるのね)
と思う。
『なんだと思う?』
「分かりません」
『うーん、それは良いことだ』
「え?」
『考える問が手に入ったではないか。自分で考えることだな』

             ◆

昨日の内田先生の話の中でも関連して出てきたが、クリアに答えを出すことには是非がある。
学生に質問されて、その質問にクリアカットで答えを提示するのは、教師として必要な力量であろう。しかし、それだけではいけないのではないかと思う。

小学生が相手であれば、小学生がきちんと理解できる答え、説明を提示することであろう。しかし、中学生以降、まして彼女らは大学生だ。クリアカットな答えは、彼女らの思考を止めてしまう可能性がある。

「池田先生がこうおっしゃったから」

と、それを100%受け止めて、知識として理解してお仕舞いにしてしまう可能性がある。それはちょうど学級で学級通信を配ると、子どもたちは読むこともなく丁寧に折って鞄に詰め込んでオシマイにする子どもがいるのと同じようなのかもしれない。

そうだとすれば、私のすべきことは学生にクリアカットな答えを出すのではなく、クリアカットの課題を提出することであろう。格闘し甲斐のある課題をだ。

ということで、「それ」と「あれ」は考えてください(^^)。

2006/10/29

大人で良かった。

大人っていいなと実感することの多い週末であった。

土曜日は、いろいろな高校生を相手に授業をした。
教師を目指したいと感じたり、思ったり、考えていたりする生徒が80人ぐらい集まっていた。70分の授業時間であった。

ま、最初はざわざわするのもこういう時は仕方がないこともあるのだが、10分ぐらい過ぎても私語が止まらない三人組の女子高生がいた。この子たちは教育に興味があってきているのではなく、取りあえずここにいるというオーラを出していた。他の生徒が集中しているのだから、私の問題ではないと判断し、

『そこの三人、出て行きなさい。君たちはここで授業を受けることを認めない。他に行きなさい』

と言ったところ、出て行かない。だが、動かなかったので授業を進めた。まったく。教師を仕事として考えている子どもたちにとってはいい迷惑だ。ガイダンスの授業だって私はこういうのは許しません。

            ◆

びっくりしたことがあった。高校生相手の講座であったのだが、現役の高校の先生が自分の研修としてこの会に参加していたのだ。確かにその専門の入門を高校生に授業形式で行うのだから、大人にとってかなり合理的な学習法である。

こんなに熱心に学ぶ先生がいらっしゃるんだなあと思った。その先生からの評価もありがたい評価を頂いたので、良かった良かった。

            ◆

授業後、昼ご飯を食べてしばらく会場をぶらぶら。
鈴木大拙の展示会が合ったので、見学する。
90歳まで大学の教授をして、95歳まで名誉教授。そして永眠。
この知性はなんなんだと思っていた。

まったく違う専門分野ではあるが、その知性の圧力を心地よく感じ、エネルギーを貰う。

            ◆

夜、奥さんの友人ご夫妻が京都に来ると言うので、一緒に食事。
紹介してもらった祇園の和食のお店に向かう。

これが絶品であった。
一つ一つに手がかかっていて、丁寧な仕事が板場を見なくてもすぐに分かる。

子どものころでは経験できない値段の食事ということが言いたいのではない。初対面でありながら気持ちよく会話のできる大人、そして、甘いだけ、油っぽいだけを美味しいと感じる子どもではなく、出汁や素材、さらに調理法や器までも楽しめる大人の食事ができることに喜びを感じる。

ああ、大人で良かった。

            ◆

日曜日。

青山新吾先生が基調提案をする「人間関係的アプローチ研究会」に行く。
大阪に9:00ということで、早起き。

私は特別支援教育というものを、取り立てて勉強してきたことはない。それこそ自閉症もアスペルガーも文章上で丁寧に勉強したことはない。

だが、私に声を掛けてくださった青山先生は、私がそれらの子どもたちにも適切な指導をしているはずだと言ってくれている。二つの疑問を抱えて会場に向かった。

            ◆

正直申し上げて、私自身が子どもに接するときに必要だと思える情報は、さほどなかった。ただ、提案される考え方、話題、まとめのなかに、これらのことを指導するとすればどのような事例や観点を元に行えば良いのかという示唆はたくさん頂いた。

これらの知見をどのように授業として学生に伝えて行けば良いのだろうか。課題を一つ手に入れる。

会が終わった後、青山先生とゆっくりと感想を話したいと思ったのだが、次があるのでほんの立ち話で終えて会場を後にする.青山先生またゆっくりと教えてください。

            ◆

午後からは、内田樹先生の対談。ま、トークショーだ。青山先生の会場から30分ぐらいでいけるので、足を伸ばしてみた。

これが大正解。
面白かったなあ。
いろいろな切り口が飛び交う。
ある参加者のおじいさんはこの切り口に耐えかねて、クレームを言っていたが、ま、過激だからかもしれない。

その内容の豊かさは、先生のブログどころではない。
とても書けない。
会話からの刺激が非常に心地よく、検証すべき概念をたくさん手に入れることができた。

            ◆

対談の後、ワンコイン交流会なるものが合った。500円でちょっとしたお菓子とビールでクールダウンしようと言うものだ。当然、内田先生もいらっしゃるというので、私はきっちりマークしてお話をすることもできた。直接お話しすることもできた。いやあ、満足。

学生さんや一般の参加者もいたのだが、内田先生の話は、いろいろな人たちに届いていた。ではあるが、これが同じ内容で届いているのではない。息を吸うタイミング、笑う場所、うなずく箇所がずれるのである。だから受け止める情報は違っているはずである。だけど、届いていた。これはどういうことか。

野球に例えるのであれば、レフトからライトまでまんべんなく打ち分け、さらにフェンスギリギリから場外ホームランまで高さまで打ち分けるているのだ。だから、多くの人が自分に向かって話していると感じることができるのだ。

こんなのは、大人にならないと理解することはできないだろう。
ああ、大人で良かった。

            ◆

一日二つの研究会は消化しきれないから止めておこうかとも思ったが、青山先生、内田先生の二つとも出て良かった。

久しぶりに、自分が何ものかを語らなくても良い研究会に出席した。プレーンに感じて、じっくり考えることができたかと思う。

充実した週末であった。
大人で良かった。

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