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2006/12/15

もう一つ教師の仕事

うーん、時間が飛んで行く。
コンドルは飛んで行くが、el condle pasaだから、時間が飛んで行くは、el tiempo pasaか? 
中学校の教師のときとは違う時間の飛び方だ。

            ◆

中学校三年生の担任であれば、この時期は三者面談を終えいよいよ高校訪問ということである。東京の私立の高校は、12月15日が高校訪問の解禁日だ。三者面談の結果を抱えて三年の担当の先生が中心になって高校を巡る。

内申点によって推薦で合格できるかできないかなどのおおよその判断が、ほぼこの日に出る。

信じられないが、この時期には、期末考査を作り、採点し、成績を出して、クラス全員の面談をしてそして進路関係の書類を書いて、クラブ活動をやり、職員会議ではそろそろ来年度に向けての今年度の反省を始め、通信簿に載せる成績や所見を書き、おっと、授業もしなければならない。その合間を縫って高校に訪問に行くのだ。

さらに、精神的に追いつめられている子どもたちは、生活指導上での問題も起こす。その対応等も入って来ることがある。

もちろん、教師だって人間だ。個人のプライベートな時間も必要である。
しかし、この時期にはほとんどない。
「みんな大丈夫? 倒れない? 倒れるときは一緒だぜ。12/25日以降にね」
なんて言いながら分刻みの仕事に立ち向かっている時だ。

東京のみんな、倒れないでね。

            ◆

で、私はなんで忙しいのかというと、来年度の準備や、学生から相談を受けて答え続けていることもあるのだが、本を読む時間に追いまくられているということである。なんというかもう少し読み進めると、ドカーンと金鉱脈にぶち当たるのではないかというような予感で読んでいるのである。そんな波が来ている感じがするのだ。

それがなんだかは分からない。
研究上の核心なのか、10年後の自分の方向性なのか、明日の仕事のヒントなのか、分からないのだが来そうだという感触がある。

こういうときの読書は、極めてスリリングである。

            ◆

で、手当り次第に読んでいるのだが、『MASTER キートン』も久しぶりに読んでいる。漫画だ。なんで漫画家と言えば、テンションを下げずにリラックスするためだ。

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読書と言っても疲れるものは疲れる。だから、休憩は必要。しかし、休憩でテンションを下げてしまってはまた読書に戻った時にテンションをあげるのに時間がかかる。これでは意味がない。

休憩をしながら、テンションは下げない。そのための方法を私はいくつか持っているが、今は漫画だ。『頭文字はD』も27巻読み終わってしまったし、『MASTER キートン』も全18巻行くだろう。その次は『のだめカンタービレ』全16巻かもしれない。

            ◆

『MASTER キートン』を読みながら、新しくもう一つ教師の仕事、教師の役割を発見してしまった。以前にも読んでいたはずなのに、記憶がほとんどない。その時は、そこではそんなにぐっと来なかったのだろう。

だけど、今回は一気に来てしまった。
そうか、そうだったな。
教師はそうだよ。
と具体的には書かないでおこう。

            ◆

さて、この波が何を私に運んで来るのか。
怖いような楽しいような気分になりながら、先に進もう。

2006/12/14

姿を見せた。

姿を見せた。
いやあ、感動。
来春から動き出す、京都橘大学児童教育学科の新築校舎だ。

P1010082

まだ足場が組まれているところが残っている。
私の研究室もこちらに移動することになる。

新しいドラマが始まる。
その瞬間に立会えるのは、なんと言っても嬉しい

            ◆

だが、教育をとりまく環境は一向に改善されない。
教育基本法だって強行採決で決めるものか?

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/03/06032718/001/003.pdf
を見れば分かるが、「国内総生産(GDP)に対する学校教育費の比率」を国際比較すれば
、日本政府がいかに学校教育に金をかけていないかも分かる。

そんなんで、これからの社会を良いものにして行く子どもや、その子どもを指導する先生たちを守れるのか。

             ◆

ふん。
さあ、明日も頑張っぞ。

近江塩鶏麺

私は一週間に一回ぐらいは食べたいかなあぐらいの、ラーメン好き。
折角京都に来たのだからと、カーナビに電話番号を入力して美味しそうな店に向かって食べてもいる。

先日食べたのが、
支那そば 大津 天下ご麺
だ。

基本的にはラーメン一杯に500円以上というのはいかがなものかという気もしているが、美味しいのならタクシーの初乗り料金ぐらいまでは許すというのが私の判断基準。で、ここの「近江塩鶏麺」であるが、650円。許します。美味しかったです。

塩ラーメンは作るのが難しいと思う。素材の味がもろに出るし、スープの濁りが誤摩化せないからである。「きがら」に通えなくなって寂しい思いもしているが、「人間到る所に青山あり」である。

小さな幸せをまた一つ見つけた。

2006/12/13

12月12日は、

12月12日は、マラソンの日とも言われているが、私にとっても意味のある日である。何回か書いたかもしれないが、書く。書くことに意味があると思うからだ。

            ◆

私が小学校六年生だったこの日、私は人生で初めて学校と言うものを休んだ。それまでは夏の登校日、プール、ラジオ体操まで含めて休んだことはない子どもであった。保育園の時にはしかと水疱瘡もやっていたので、それらに引っかかることはなく、風邪と言うものは土曜日の午後に体調を崩し、日曜日に寝ていれば治るという私であった。

だが、この日は休んでしまった。ついでに言えば翌日も休んだ。風邪である。
何か特別な時間が流れているのをはっきりと感じた。

私の時代は、保健室に行くことはみっともないという感じがあった時代である。もちろん、学校を休むなんてのは、実にみっともないことであった。登校拒否とか不登校なんて言葉はなく、お腹の具合が悪くて家でぐだぐだしていると、
「なにさぼっているの」
と母親に文句を言われる時代であった。

(オトナは分かってくれない)
と思っていたが、そのぐらいで良かったのかもしれないと思う。
大人は分かっていたのだろう。

            ◆

私が高校2年生だったこの日、クラブの仲間が亡くなった。風邪をこじらしてである。入院していると言うので一週間前に見舞いに行ったが、病室には入れなかった。それが期末考査の最終日であるこの日に、亡くなったという連絡が入ったのだ。

それからもう数十年。
昨晩は彼の実家に久しぶりに電話を入れた。
オバさんもオジさんも元気だとのことで何よりだ。

誰それが家を継いで社長になったとか、誰それは海外勤務になっているとかそんな話が出る。そりゃあそうだ、私だって東京を離れて京都にいるのだから、仲間にも色々なことが合って当然だなあ。

オバさんに言われた言葉で、そう?と思ったのは、
「池田くん、なんか声が落ち着いたわね」
とのこと。もちろん、その後に
「飲んでいるの?」
と言われたが、落ち着いたなんて言われたのは初めてかな。

まだまだ落ち着く私ではありませんが、そう感じられる私になったのかねえ。

            ◆

今年は御陰さまで、風邪を引いていない私でした。

2006/12/12

あ、ドンピシャだ。

歴史を専攻する学生から授業作りの相談を受けている。
高校の先生と大学生が一緒に高校の日本史の授業をつくるという研究の一環で、大学生側を担当している学生たちである。

ちょっとした縁で私のところに相談に来ることになったのだが、まあ、私の歴史は自慢じゃないが万葉集とワイマール憲法からこっちの世界史ぐらい。あ、清原なつのさんの『光の回廊』も守備範囲と言えば守備範囲。そのぐらいだから丁重に逃げ出そうと思っていたのだがf(^^;。

ところが、この学生たちの行う授業の範囲がなんと、聖武天皇の大仏建立の辺りだと言う。まいったなあ、ドンピシャだ。

            ◆

そうではあるが、それこそそこを授業にしようというぐらいだから、歴史を学ぶ学生たちの知識の方が私よりも深い。

知識から入るのは諦めて、分からないから入る指導方法にした。

『授業の指導案からは、ここが分からないだが、どうなっているの?』
『なんで、この説明をしているの?』
『この政策をするのは、何が不満だったから?』
『そもそも、仏教て何? 今の仏教と当時の仏教て同じ?』
『「先生」、なんで日本史なんて勉強しなければならないの?』

とほとんどディベートの質疑状態である。
ではあるが、授業をする「先生」なら答えてほしいものだ。そして、

「なるほど。それじゃあ、もっと勉強したいな」

という台詞を学んでいる生徒たちに是非言わせてほしいものだ。

            ◆

授業者は、ちょっと体調を崩してしまったようだが、本番は明日。
無理しないように。良い授業になりますように。

2006/12/11

最終戦に相応しい良い試合

教職総合演習では、ディベートを通して現代社会の問題を考えるということをしている。本日、全勝同士のチームのファイナルが行われた。良い試合だった。学生の授業掲示板に載せたものを再掲する。

引用開始 ーーーーーーーーーー


ディベートに取り組んだ諸君、ご苦労様でした。
今日の最終戦は、最終戦に相応しい良い試合でありました。

何が良かったか。

1)時間管理がきちんとできていた。

肯定側も否定側も時間をきちんと使いながら、議論ができていました。

2)資料が調べられていた。

自分たちの議論を支える資料、さらに、相手の主張に反駁するための資料のどちらもが適切に用意されていたのが、良かったです。

3)チームで戦おうという姿勢があった。

肯定側は、スーツ姿で登場。きりっとした雰囲気を醸し出していました。否定側は、自分たちの立論にこだわり、これを使いながら議論を伸ばしていました。

そんな試合のオーディエンスジャッジは、肯定側4票、否定側4票。またしても、見事にスプレッドでした。

私の判定では、肯定側の指摘する誤判による死刑の可能性を否定側がかなり押さえたこと。さらに、再犯によって関係のない人の命が一人でも殺されてしまうことが問題であるという否定側の主張が上回っていると判断して、否定側の勝ちにしました。

が、議論の仕方では肯定側もまだまだ勝てましたし、否定側ももっと圧倒して勝つことができたと思います。

例えば、肯定側では「国が国民を殺す」ということそのものがおかしいのだという基本的な考え方(哲学)を全面に出して主張をする。否定側は、結局現状でも誤判によって死刑が執行されて死刑囚が死んだことはない。三審制度で助かっていると主張するとかでです。

とまれ、少しずつ力を付けてきた君たちに拍手を送りたいと思います。ご苦労様でした。

            ◆

さて、このディベートを元にしたアフターディベートとしての「小論文」ですが、前回行ったものを少しヴァージョンアップしたものを校正例として載せます。

ヴァージョンアップした部分は、

1)主張を3つにしました。

3つめは、廃止後、終身刑を入れるというものです。これが一番難しくなります。選ぶ人はよく考えてください。

2)理由付けを1つ増やしました。

2つから3つにしました。丁寧な論証を求めることになります。

これらを踏まえて、小論文を書いてみてください。

引用終了 ーーーーーーーーーー

来週からは、大人とは何かの授業に入る。

教育は現場で子どもを見ること

で、吹奏楽部の演奏会であった。

改めて思ったのだが、教育は現場で子どもを見ることだなあということ。
演奏会の曲目とか演奏の質とかそういうことではなく、そこにいる子どもを見ると言うことなんだと思った。もちろん、今は子どもというのではなく、学生なのだが構造そのものは変わらないなと思った。

授業で見せていた顔とは違う顔でステージにいる。どちらも本当の顔なのだが、別の顔と言うのが面白い。片方だけを見て、その学生を理解したつもりになっているとは思っていないが、改めてその顔を見ると、
(ふ〜ん、やるねえ)
と思ってしまう。

楽しませて頂きました。

            ◆

その会場に行く時に、西大津のホームで見たことのある人がいた。一瞬で分かった。元厚生労働大臣である。

お供の人が一人いて、二人でホームにいた。そして、一人で湖西線に乗って京都まで。京都から奈良方面に向かって行った。一国の大臣であった人が、一人で湖西線に乗っていると言うのも何か変な感じがした。

恐らく気がついてたのは、私だけであろう。周りにいたクラブ帰りの女子中学生などは、普通のおじいさんという意識すらなかったろう。存在に気がついてさえいない。

そういうものか。

            ◆

コンサート後、すぐに家に帰る。翌朝、1限に学生から模擬授業の相談を受けることになっていたので、コンサート後の軽く一杯は外でせずに家でしようと思ったからだ。

で、帰ったらNHKで放映されてた。
ワーキングプアの第二弾があったのを忘れていた。今回は女性が中心。
放送の内容が事実だとすれば、やっぱりふざけんなという内容だ。

学生諸君、再放送をきちんと見るんだよ。
君たちが出て行こうとする社会は、こんな風にもなっているんだぞ。
そして、そこに君たちが出会う子どもたちもいるんだぞ。

2006/12/10

ふう。気持ちがよい。

昼前から研究室に行く。
ま、中学校の教員のときも土日は、家にいても仕事をしていたと思うのだが、いまは仕事道具が研究室にあるので大学まで足を運ぶということだ。

研究室の前の紅葉は、まだ頑張っている。
名残の紅葉と言う言葉があるかどうかはわからないが、そんな感じだ。

来年度の児童教育学科開設がらみの仕事がいくつか溜まっていて、それをやらねばと思って大学に来ているが、今授業を受け持っている学生たちが上回生になり、四回生は卒業という気持ちがまだ湧いてこないので、あと三ヶ月でスタートとという気持ちもなかなか実感を持てない。

だってそうでしょ。あと三週間で今年が終わるなんて実感持っています、みなさん。

            ◆

箇条書きにして9つの仕事をこなすつもりで始めたが、なんと10の仕事を仕上げた。ふう。気持ちがよい。

それにしても今日の夕焼けは見事だったな。
気分転換に研究室から出て散歩している時に遭遇した。
昨日の雲海もそうであったが、一瞬の光景に悠久のときの流れを感じさせる場面ってのが、あるんだな。そんな場面に出会ったら、それこそ時を忘れて時の流れを感じる私を大事にしたいと思う。

たっぷりと息を吐き、その後、たっぷりと息を吸う。
今この瞬間、ここにいることを改めて確認するわけだ。

            ◆

さて、今宵はこれから京都橘大学吹奏楽部の定期演奏会がある。
三回生にとっては引退のステージだ。授業で持った学生も何人か出演する。
折角
「先生、見に来てください」
と声を掛けてもらったのだから、見に行くとするか。

夕方から一路、神戸へ

さあ、楽しくなるぞ。
上手く行けば大きなプロジェクトが動く。

このプロジェクトが動き出せば、日本中の子どもたちが楽しく力を付けることができる成果を出せるだろう。

大学に来て学生の教育を中心にここまでやってきている。これはこれで非常にやりがいがあるし、意味のあることだと思っている。

だが、大学の教員の4つの仕事の「教育、研究、社会貢献、学内行政」のうちの研究は、今年はあまりしていないf(^^;。いよいよこれを始めることができる感じがしてきた。

楽しみだなあ。

            ◆

夕方から一路、神戸へ。
奥さんの誕生日のお祝いを六甲山のホテルで行うためである。
ところが、調べてみたら神戸ルミナリエの開催がこの日からということが分かった。へー、ラッキーね。

三宮の駅に車を止めて、交通規制のかかる直前にスタート地点に並ぶ。店頭一時間前だと言うのに、すっごい人。しかし、みんな騒ぐこともなく生前と時間が来るのを待つ。この辺りは日本人だなあと思う。

            ◆

点灯の直前、小学生の合唱があり、鐘を鳴らす。そうだ、阪神淡路大震災があったんだよなと改めて思う。あの日、私はなぜか4時過ぎに起きてしまい、お茶を飲んでいた。青梅の築35年にもなる教員住宅でである。

お茶を飲みながらぼーっとしていたら、微かに揺れを感じた。
(を、地震か?)
古い建物だけに地震には敏感であったが、それがまさか神戸の地震だとは思わなかった。あんなに大きな被害になるとは思わなかった。

            ◆

点灯の直前、一斉に携帯カメラがそちらの方向に向けられる。後ろから見ていた私は思わず、
「携帯カメラの明かりが、ルミナリエだなあ」
と呟いたら、周りから失笑を買ってしまった。だって、そうなんだもん。

で、明かりはきれいであった。これでミレナリオとルミナリエの両方を制覇したことになる。なんだかんだ言ってもきれいだ。

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            ◆

その後、裏六甲バイパスを駆け上がる。
COOPER Sが気持ちよく反応する。いやあ、運転が楽しい。
途中の展望台からの景色も凄かったが、ホテルからの夜景も絶品であった。

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本来なら雨が降ると予報で言っていたはずなのに、きれいに晴れ。さすが、晴れ女の奥さんである。
この景色を大正時代から楽しんでいるなんて、やっぱり関西の人たちは違うなあと思う。

ゆったりと食事をして、部屋にあったマッサージチェアに身を委ねて、夜景を見ていたらそのまま寝てしまった。うう、体が痛いf(^^;。

            ◆

翌朝は、雲海の中に目覚める。
昨日の天気がウソのようである。水墨画の中に漂っているような気分。
ここまで雲海の中だと、太古の時代に戻っているかのような気持ちになる。
思わず、深呼吸。ふう。

遅めの朝食をとってホテルを後にする。
特に目的も決めていなかったが、六甲山の裏が有馬温泉と言うので、そちらに向かうことにする。

途中、天狗岩なる場所があると言うので言ってみる。
凄い。
これは中国の黄山(ファンシャン)で見た山と同じである。山水画の世界だ。山から雲が湧き出て来るのがよくわかる。
一瞬の光景に、悠久のときの流れを感じさせるものであった。

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            ◆

有馬温泉は、関東の人間にとっての箱根温泉だということを言われていたが、感じとしては海のない熱海という感じであった。

私は、早速「金の湯」に入ることとする。このお風呂には、舒明天皇をはじめとして、各年代の有名人が入っている。

風呂の入り口に掲げられている表に寄れば、平安時代は、在原業平、藤原道長、和泉式部、小野小町、西行法師など。以下適当に言えば、藤原定家、足利義政、豊臣秀吉、石田三成、林羅山、近松門左衛門、福沢諭吉、伊藤博文、新渡戸稲造、西園寺公望、竹久夢二、谷崎潤一郎、高浜虚子、孫文ときて、現代の欄には「あなた」とある。なかなか。

            ◆

風呂の中は44度と42度の二つと、水道水を湧かしたお風呂の三つであった。金の湯というのは、鉄分を豊富に含んだ有馬温泉のお湯は赤茶になっているところから言われている。一時間ほど浸かってみたのだが、肌がつるつるになった気がした。

ただ、金というのは言い過ぎで、私はどう考えても「赤出しの湯」ではないかと思った。赤みそのみそ汁にそっくりなのである.私は具になった気がしていた。

            ◆

中国道宝塚インターチェンジから一路自宅へ。途中大学によってちょこっと仕事をして、家に着いた。高速に乗ってしまえばあっという間に家に着く。

奥さんの御陰でまた関西の情報を手に入れることができた。
来年度新しくやってくる新入生に、関西の情報を語れないことには困ってしまうから、今のうちにあちこち見て回って情報を得ておこうと思っている。

次は、どこだ?

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