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2006/12/22

美味しいものを食べている人たちは

美味しいものを食べている人たちは、争いをしないのではないかと改めて思った。

昨晩でかけていって突然の休業日にあたってしまったタイ料理の店に、本日もう一度挑戦した。西大津にある店だ。

前から食べたかった、ワタリガニとカレーの卵炒め。さらに、魚介類と野菜のオイスターソース炒めwithタイ米。

私と奥さんの味覚の趣味は違うのにも関わらず、二人して
「美味しいね。美味しいね」
と何度も繰り返す。そして、笑顔になる。

            ◆

料理を食べるなら、王朝のある国。またはあった国。これがある料理人から教えてもらったキーワードである。王朝のある国、あった国は美味しいのだ。ただし、イギリスのような例外もあるが。

タイの料理は、酸っぱ、甘、辛いの料理である。だが、これらのバランスがびしっと合ったとき、魚介類を好む彼の国と我が国の味覚がチューニングされて、どかんといい味を生み出すのだ。

            ◆

あまりの美味しさに、デザートを頼むのがもったいなくなってしまった。この美味しい味の余韻を保ちつつ、店を去りたいという気持ちに、二人してなったのだ。

ああ、また行こう。
とても幸せな気持ちになった。こんな気持ちになる食事をしていて、戦争をしようなんて思わないよな。戦争をしている国や地域は、やっぱり食事が貧しいのではないかと改めて思った夜だった。

脱力系の親父ギャグ

かつてイグサという名前の生徒がいた。その生徒がちょっと暴言を吐いたことがあった。そのことに関して学年の先生たちは、厳しく注意をした。

が、一人だけ敬愛するS先生は、
「イグサ、なんだその言い草は!」
と注意されていた。
職員室が、ハラヒレホレとなったのは言うまでもない。

もちろん、このS先生の言葉が熱くなっていた職員室のテンションを下げ、イグサくんの感情を抑え、指導がスッキリと入る土壌を作ったのは言うまでもない。

職人の技だと思った。

            ◆

が、昨日の社民党のコメントはダメだ。
税制調査会の本間会長の辞任を受けて、
「辞任して当然です。これが、ホンマにまずいということです」
なんてことを言っていた。

はあ。

社民党、どうなってるんだ? 国民に脱力感を与えて。
それでは政府を応援しているのと同じではないか。

            ◆

脱力系の親父ギャグは、使い方を間違わなければ、親父にしかできない高度な効果を生み出すが、そうでないときは目も当てられない。そこには、場の空気を読む力と言語感覚が求められる。

「およびでない? およびでない。こりゃまた失礼いたしやしたー」

どうせやるなら、ここまでやってほしかった。

2006/12/21

それが正しい感覚です

はい、本日の国語課教育法2で年内の正式な授業は終了。あとは、いくつかの会議や打ち合わせを残す飲み。いや、のみ。

意欲的に取り組もうとする学生が多く、年度のはじめに描いた授業デザインは、まず達成することが出来たと思う。大変であったと言えば大変であったが、それよりもやり切った感の方が圧倒的に上回っている。サポートしてくださっている事務方に感謝である。

残りの授業は年明けの一月中で終わるが、学生が学んだことを自分の体に残すようなまとめをしたいものである。

            ◆

今日の授業は、デジタルストーリーテリングである。メディアリテラシーの授業として行った。メディアリテラシーでは、主に

1)メディア断食
2)CMの分析
3)デジタルストーリーテリング

という三段階で行った。メディアとは何ぞやと言うことを考えるための1)。マスメディアの代表のテレビ。そのテレビの胆であるところのCMの分析から、メディアに隠されているコードを読み開くのが2)。そして、リテラシーということで実際に作ってみるのが3)である。

            ◆

3)に関しては予め
『デジカメで写真を100枚ぐらい撮影しておくように』
と後期のはじめに指示。それから作らせた。このデジタルストーリーテリングとは、簡単に言えば音声、音楽つきの電動紙芝居である。静止画像に音楽と文章とナレーションを入れて、ちょっとした映画に仕上げるのである。

これを行うために、ウインドウズXPユーザーなら無料でダウンロードできる「フォトストーリー3」というソフトを使った。

やってみれば分かるが実に簡単に、静止画像から音楽付きの簡単な映画が出来る。ま、このソフト、Macのimovieのパクリだと言うことがよくわかるソフトでもある。

が、操作性の良さはMacゆずり。まずは、学生がこのソフトで遊びながら作品を作る喜びに触れさせることが第一である。これは達成できただろう。

しかし、こんな簡単に作品が出来てしまうと言うことは、プロは大変だなあと思う。この上を行くわけでしょ。大変だ。

            ◆

今年最後の授業と言うことで、ちょっとサービスもした。
授業の最後にあたりに、”The Singers Unlimited”の ”Christmas” をBGMに流してあげた。頑張った学生だから少しぐらいは良いだろう。

そして、インストールしておいてもらった「Google Earth」を紹介した。知っているかなと思ったが、誰も知らなかったようで。紹介する側としては嬉しいが、授業をする側としては学生なら知っていても良い情報かなと思った。

『Google Earthに自分の実家の住所を打ち込んでご覧』
と指示を出してやらせてみる。すると、教室に歓声があがる。自分の実家が映るのだ。凄い凄いと感動する一方で、しばらくすると、
「これ、怖い」
という学生の声。そうです、それが正しい感覚です。簡単に自宅の住所を教えてしまったらこんなに簡単に自宅がばれてしまうのです。

『インターネットにあげた貴方の情報は、あなたが一番知られたくない人が見ていると考えておくほうがいいでしょ。だから、他人の悪口は載せてはならないんだよ。その人が見ていると思ったら良い』
『インターネットの世界は匿名だと言われているが、そうではないことが分かってきたでしょ。君たちが思っているよりインターネットの世界は進んでいて、簡単に君たちの情報を捕まえることが出来るようになっているのですよ』

もちろん、実家が田舎過ぎて拡大画像がないという学生もいて。それは悲しいんだか、嬉しいんだかf(^^;。

            ◆

とまれ、良い年末年始を過ごすんだよ。
課題もしっかりね。

2006/12/20

もう一度戻ることが幸せ

松坂の大リーグ移籍は華々しいが、私としてはそれよりも桑田が気になる。

40歳を前にして「修行しに行く」と言い、代理人を立てることなく交渉し「これが英語の勉強になりますから」と言う。

自分がやってきた仕事の延長上に何があるのか。
それを見てみたいと思う気持ちは、分かる。
それが、今までと同じ平面の延長上の場合もあるだろうし、違う平面の上であることもあるだろう。次元んが違うこともあるだろうし、立場が違うこともあるだろう。

なんというか、仕事を続けていると一種の閉塞感に包まれる時が、40歳前後にはあるのではないかと思う。転勤のある職場であれば、まあ、それは急激に煮詰まることもないだろうが、それでもじわじわと来ると思う。私もそれがなかったと言えばウソになる。

それまでも死と再生を繰り返しながら仕事を進めてきたのだが、この国では、仕事上の大きな死と再生の物語が40歳前後に訪れるようになっているのではないかと感じている。

            ◆

「寄席芸人伝」という漫画に、会社の社長を引退した老人が、落語家に弟子入りをして修行を始めるという物語がある。師匠よりもずっと年上の老人の弟子入り。師匠はこれを断るが、最終的に受け入れる。

師匠の自宅の廊下をぞうきんで水拭きもする。その水拭きをしながら
(あのときが戻ってきた)
と老人は笑顔で呟く。
自分の丁稚奉公時代の姿を思い出している。

高校生の時にこれを読んだ私は
(なんのこっちゃ?)
と思っていたが、今は分かる。

            ◆

音痴を直そうとして、もがいていた高校2年の時。
小筆でひらがながまったく書けなくて、格闘していた大学3年の時。

とにかくそのど真ん中にいるときは、自分の出来なさ加減に相当落込んでいた。
だけど、楽しくて悔しくてただやっていた。もう一度戻りたいかと言われれば、この分野では戻りたくはない。だが。

            ◆

当時に比べれば客観的に見れば今の方がどちらも上手い。
だが、ただのめり込んでいたあの時の胸の高まりは、負ける。
心理学的にはフロー効果というものなのだろうが、そんな言葉は知らなかったが、それを実感していた。

内的欲求に突き上げられて自分を修行の場に置くことは、おそらく生きて行く上で贅沢の極みなのだと思う。

指図をされるわけでもなく、条件を突きつけられるわけでもなく、競争をあおられるわけでもなく。ただ、自分がやりたいからやる。それも徹底してやる。それを40歳前後で得られるというのは、人生のかなり幸せな瞬間ではないかと思う。

            ◆

桑田の挑戦を見ながら、私も挑戦をつづけられることに感謝をしつつ、行くぞと思う。
挑戦のど真ん中にいる時は、とてもしんどい。
だけど、後から振り返るとそのしんどい時が輝いて見えることを知っている今は、
もう一度戻ることが幸せなのだと言うことも知っている。

2006/12/19

読書の効用

話すのが仕事だが、どうにも困っていることがある。
歯が悪いのだ。
引っ越しの際に一番心配していたのが、新しく良い歯医者が見つかるかどうかということであった。

ではあるが、にっちもさっちもいかなくなって、とうとう新しい歯医者を求めて通い始めた。もし、私の人生から歯医者の時間をカウントしないですむのであれば、もう少し活動する時間が増えたかなと思う。

            ◆

が、ものは考えようでその時間は読書の時間と考えれば良い。随分読んだものだ。
読書の効用というものの一つに、待ち時間を有効に過ごせると言うものを挙げても良いだろう。

さらに、今はノートPCを持ち込んで待合室で仕事をすることも可能である。ま、どこでも仕事ができると言うのは良いんだか悪いんだか分からない部分もあるが、ON状態に入っている時に通院の待ち時間がもったいなくなくなるのは、いい。

            ◆

歯の方は、かなり厳しい状態であることは、私自身も分かっている。
なんとか誤摩化しながらやり過ごしてきたがそろそろ限界だろうなあとも思う。

アンチエイジングなんてのが流行っているが、少しずつ自分がふけて行くこと、老いて行くことを自分が受け入れなければ、後々のショックは却って大きくなるのではないかと思うが、いかがなものか。

            ◆

若々しくありたいということと、若いと言うことは違う。
だが、生きてきたことの積み重ねを受け入れる。
良いことも悪いこともあるのが生きて行くと言うことだ。

もちろん、それが難しいと言うのは私も分かっている。
が、受け入れて行くことが大事だと言うことも分かっているつもりだ。

            ◆

研究室の前の庭に降り注ぐ日差しが暖かそうだ。
研究室から椅子を持ち出して、日差しを感じながら本を読み耽る。
うーん、学級担任論に重要な視点を与えてくれる本だぞ、これは。

一つ年を重ねる。
新しい年はもうすぐだ。

2006/12/18

「大人とは何か」

教職総合演習では、めでたくディベートと小論文の部分を終え、今日から残り三回。最後のテーマに入る。テーマは、「大人とは何か」である。

このテーマの授業は、私が中学校の生徒を教えている時、彼らが中学三年生になったときには必ず扱っていたテーマだ。教師になって一年目にこのテーマを手に入れ、それからずっとやっている授業である。

「後輩に残した方が良い授業は何か?」というアンケートを生徒に取ると、必ず上位に挙ってくる授業である。

            ◆

大学院に行った時、国語でなければこのテーマで修論を書こうかと思っていた。それぐらい面白いテーマだと思っている。

今回、授業に向けて資料を整理していたら、なんとなくではあるが二千年を越えるぐらいから、急に「大人」関係の書籍が増えてきているように感じた。大人とは何なのかと考える本である。

そういう時代になったんだなあと思う。

            ◆

授業が終わったら、一つ、このテーマで論文書いてみるかね。

「雪、雪よ」

「雪、雪よ」
と奥さんに起こされた。
比叡山の上の方に今年初めての冠雪だ。

            ◆

子どものころは本当に良く寝ていた。
小学校のときは、基本的には夜の8時には寝ていて、翌朝の7時過ぎまで寝ていた。土曜日だけ「8時だよ全員集合!」を見るために起きていたぐらいだ。

朝は起きられなかった。
熟睡したら起きそうなものだが、起きない。
すると、家の下から
「修、起きなさい!」
と母親の声がする。
私は、
『起きているよ』
と答える。すると、
「そういうのは、起きているとは言わない。目が覚めたというの。起きたと言うのは、布団をたたんで顔を洗って、おはようございますと挨拶すること」
と反駁。
私の『こんな時どう言い返す』という実践は、この時から修行が始まっていたと、今は思う。

            ◆

起きない私に母親は、いろいろな作戦で起こそうと試みた。
その一つが、
「修、雪だよ。雪が積もっているよ」
である。

朝一番の誰も踏んでいない、誰も遊んでいない雪で遊ぶのは子どもの夢である。
そりゃあ、大変と飛び起きる。
そして、二段ベッドの上から飛び降りて窓を開ける。
がーん。また、やられた。

母親は、布団をせっせと畳んでいる。

            ◆

毎年、雪が降るとあのときの母親の勝ち誇った笑顔が思い出されるf(^^;。

2006/12/17

びわ湖一周

年の瀬だと言うのに暖かい日曜日。
念願のイベントを実行してきた。
できれば今年中にやっておきたいと思っていたことだ。
それは、びわ湖一周である。

びわ湖は、上から見て右側が開けている側、東海道側である。私が住んでいるのは左側、湖西という。地図を見てみるとびわ湖の下の方がぐっと細くなっているが、そこには琵琶湖大橋がかかっており、その北が湖北。南が湖南という。

私の生活はほとんど、その湖西の湖南で済ませているのだが、今回はなるべくびわ湖際を通りながら、びわ湖一周に挑戦してみた。

            ◆

何も立ち寄らなければ5時間ぐらいだろうか。
私達は、反時計回りに車を進めた。

道の駅や景色の良いところに停まったりしながらの一周だったので、もう少しかかった。距離にして230KMぐらいかな。MINIの燃費がどんどん良くなるぐらい、道は快適。全部一般道なのに、渋滞はなし。

びわ湖の一番北に、すばらしい桜並木を発見。四月が楽しみだ。
また、いくつかプライベートビーチも発見。来年の夏は、ここでのんびりしようと思った。

マキノプリンスホテルにたどり着いて、遅めの昼ご飯。
目の前のびわ湖では、この季節に水上スキー(ウエークボード?)をしていた。
そんなのを眺めながら寛ぐ。

私達が入った時にはほとんど人がいなかったのに、出る頃には半分ぐらい席が埋まっていた。なぜかこのようなことが多い。

            ◆

夕方近く湖西の湖岸を進めていたら、見事に凪の湖面の広がる砂浜を発見。あまりの気持ち良さに車を止める。

外に出た時に見えた景色が、見事であった。

Pc70136


堅田あたりで161号バイパスに飛び乗って帰宅。
遊んだ遊んだ。

まずは学ぶことだ。そして、

昨日につづいて今日も研究室で一日仕事。
昼ご飯が食べたくなったので、ラーメンを食しに行く。
北野にある某お店。
愛用しているラーメン紹介本で割と良いように紹介されていたので行った。

が、失敗。

私は天下一品のラーメンの良さの分からない者だが、ここのラーメンは天下一品で修行した人ではないかと思うスープであった。ドロドロのつぶつぶで、きちんとした主張のないスープは私はどもう好きになれない。

悲しい思いで研究室に戻る。
ま、そういうこともある。

            ◆

失意の底から立ち上がりつつ、昨日から今日に掛けての仕事が完成。ふう。

次はひまわり社の連載原稿だな。
来週は、高校への模擬授業やら何やらが今年の最後の仕事としてどーんとある。
充実して今年一年も終われそうである。

            ◆

それにしてもこの状況である。
教育基本法を変えることで、この状況は良くなるのだろな。

これから関連法案の変更がされていく。
そして、そのときこの基本法を変えた本当の意味が見えてくるだろう。

ラーメンの失敗なら、笑って済まされるが
そんなレベルではないことは明白。

まずは学ぶことだ。
そして、仲間たちと手をつなぐことだ。

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