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2006/02/18

修論提出を祝う会

昨晩は、東京学芸大学大熊研究室の修論提出記念の打ち上げがあった。私も声を掛けていただいたので、顔を出しかつて同じ研究室で学んでいた後輩や仲間たち、大熊先生にも会ってきた。

二年前、修士論文を提出したときは、体のつかれと心の充実感でいっぱいであった。不惑の近くになって学ぶだけの一年間を手に入れることが出来るなんて考えられなかったから、私なりに懸命に取り組み、その当時に書けることはすべて書ききったという思いだったのを思い出した。

今年度提出しおわった後輩のみなさんも良い顔をしていた。四月からの新しい生活を控えて、
「よし、社会に出るぞ」
という良い顔をしていた。

私もエネルギーをもらったぞ。

先日、レクサスを試乗してきた。

先日、レクサスを試乗してきた。
10年乗り続けた愛車ではあるが、そろそろ手放そうかと思って次の車を考え始めたのである。一番良いと思われる車からはじめて、いくつかのグレードを試していけば良いかなと思って、まずはレクサスであった。

IS250に乗った。
すごい装備である。カーナビなんて目的地を入力しなくてよいのだ。レクサスクラブに電話をして、例えば
「箱根の富士ホテルに設定して」
と言えば、センターで勝手に登録してくれる。

また、非常事態が発生したらボタンを押すだけで、GPSから読み取った現在位置の表示で警察への連絡やら何やらをしてくれるのだそうだ。音楽だって、標準で13のスピーカーがついている。ハンドルの左右に見慣れないレバーがあるので何かと確認したら、F1と同じギアチェンジのシステムであった。オートまでもマニュアルでも楽しめるのである。オートマなんてどこでギアがチェンジしたのか全く分からなかった。

ただ、思ったより車内が狭く、またガラスの部分が少ないと感じた。窮屈なのである。今の愛車はカペラカーゴで5ナンバーとしては最大クラスのホイールベースであり、車幅もゆったりしている。だからであろうか、レクサスの方が狭く感じた。ISでなくGSでもそれは感じた。

それから乗り心地である。これも10年前のカペラカーゴの乗り心地は馬鹿に出来ないぞと思った。もちろん、市街地のちょっとした道路だけであるから大した感じはつかめないかもしれないが、ゆったりとした走りはまだまだ現役でいけると思った。

さあ、困った。
装備ではさすがに今の車はすごいのだが、私の感触ではそんなに違わないと思ってしまった。今出ている新車でかっこいいと思える車で、日本車はあまりないんだよなあ。

ま、しばらく乗り歩いてみよう。なんかお勧めの車ありますかねえ。

2006/02/14

『ウェブ進化論 ー本当の大変化はこれから始まるー』

『ウェブ進化論 ー本当の大変化はこれから始まるー』 梅田望夫 ちくま新書

一泊二日で読み終えてしまった。ここに描かれている世界がこのあと10年で本格的なものになるのであるとすれば、さて、どうやって授業を創り出していこうかと考えしまった。

チープ革命、ムーアの法則、オープンソースぐらいは私も分かっていたが、インターネットの「あちら側」の情報発電所、アドセンス、ヤフーとグーグルの違い、ロングテール現象、Web2.0、API公開、自動秩序形成、Wisdom of Crowds、予測市場などなど私の知らない刺激的なキーワードだらけであった。

インターネットのこれまでの10年とこれからの10年を考えるのに、重要な一冊になるのではないだろうか。

2006/02/13

明日はバレンタイン

明日はバレンタインである。
まあ、頂ける男性は限られているのだが、それでも何も気にならない男性はいないだろう。
中学校でもいくつかの場面があるのだろう。

昔々には、ここには書けないような取り締まりをしていた先生もいた。
が、私はなんといっても去年の子どもたちのとった行動が好きだ。

学校では、バレンタインにチョコレートを持ってくると没収ということになっていた。
しかし、クラブの顧問の先生は、
「持ってきたら没収だぞ」
と女子生徒に言いながら、
「私たちが持ってこないとへそを曲げそうよ」
と指導を受けている女子生徒は考えていた。

(どうするのかなあ)
と外野の私なんぞは面白そうに見ていたのだが、生徒はこの難題を見事にクリアしたのであった。

そうである。彼女らは、
「先生、没収してください」
と手渡していたのである。

お見事。
「山田君、座布団5枚」であった。

こういう生徒を育てたい。

2006/02/12

80年代の音楽

オリンピックが始まった。
この大会が終わると、二月も終わる訳だがあっという間なんだろうなと思う。

開会式の選手入場で使われていた音楽は、80年代の音楽が主であった。懐かしくなる曲ばかりであった。あまりにも懐かしかったので、70年代後半から80年代までの曲を聞き返していた。

ユーミンの曲である。
「ひこうき雲」を最初に聴いたのは、中学生の頃だろうか。自我なんて言葉は知って入るが理解なんて出来ていなかった頃だと思う。きちんとした音程が取れている訳ではないが、その危うい音程が思春期の心の揺れと見事に共振していたのだと思う。

私がその心をなくしたのか、ユーミンが変わったのか。最近の彼女の曲を聴いても、あの時のような心の揺れはない。哀しいが、それでも、いまでも心をふるわす曲を手にすることが出来たことに感謝しよう。

サザンである。
いまだに魂をふるわす曲を書いてくれている。
オリンピックでは、なぜかオノヨーコが出てきてメッセージを読んでいた。
(まったく、そのぐらいメモを見ないで言えよ)
と思った人は、世界中で何人ぐらいいるのだろうか。
そして、イマジンが歌われた。

イマジンと言えば、私にとっては桑田さんの唄と、RCサクセションの唄である。
桑田さんのは、とにかくいいなあと思わせる。しかし、ぶっちぎりはRCである。

「天国はない。ただ空があるだけ。みんながそう思えば、簡単なこと」

と忌野清志郎さんはアルバム「カバーズ」で歌う。
世界で大国が関わる戦争が起こるたびに、このイマジンは反戦歌と見なされて放送禁止になる。逆説的に言えば、言葉や歌にまだ力があると信じられる瞬間だ。

リアルタイムのビートルズには間に合わなかったが、その後の黄金期に思春期を過ごせたことは幸せだったなあと改めて思う。

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