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2007/01/21

日本史B

ふう、試験監督終了。
私は自分のことに関しては大概のことでは緊張しないのだが、人様のことはダメだな。自分のことは失敗しても自分が受け入れれば良いだけだし、やり直せば良いのだが、人様のことはそうはいかんからな。

左の上腕二等筋がプルプル震えている。
まだ震えている。

            ◆

しかしまあ、受験写真と試験当日の本人の顔が、こんなに違っていいのか? メイクである。高校ではそれを許しているのかな。
一瞬、
(え? 本人?)
と思うような生徒もいるのが事実。

入試はそこらあたりから始まっているという感覚がないんだろうが、そういう感覚では緻密な勉強は厳しいんじゃないかなと思うけどねえ。

            ◆

入試を指導するとき、良く言うのが、
「出来るところから、点数が取れそうなところから始めなさい」
である。私もこれを徹底していた。

難しい問題を解いて5点であるのと、簡単な問題を解いて5点であれば、そりゃあまず簡単なところで5点を解くのが、受験の方法としては正しい。さらに、部分点が狙えるなら、部分点を狙えという指示も正しい。

だが、繰り返すがこれが「受験の方法としては正しい」のである。

            ◆

生きて行くには、「出来なくても、やる」「出来ないことを、やる」とうこともあれば、「結果を出すこと」「やりきること」を求められるものもたっくさんある。

私は入試が終わった時にはこの話をするようにしてきた。

『君たちに教えてきたのは、受験の問題の解き方として正しい方法であって、人生においては間違っていると言う場合もあるから、よく考えて行動するようにね』

と。
さて、今日明日の受験生は、そこのところは理解しているかな。

            ◆

地歴科の日本史Bの問題で弥勒菩薩の写真が出ていた。Mirokubosatu

問題は、
「この写真の仏像は何を表しているのでしょうか」
のような問題である。

正解は、瞑想する姿を表現しているの(1)である。
が、私としてはどうしても、
「歯が痛いのを必死に我慢している」
という答えが欲しいなあなんて、くだらないことを考えていた。

            ◆

事前のリハーサルも十分に行ったリスニングのテストも無事に終了。
しかし、「必要のない人はリスニングの時に使ったICプレーヤーを置いて行って良い」と指示があったのは確かだが、あんなに置いて行くか。今の子どもたちだなあ。

記念にもって帰るとか、持って帰って改良して遊ぶとかいう発想はないんだな。
そもそも大学入試センターは、これを使い捨てにすること自体がいまの時代に合っていないと思うのだが。リサイクル、リユース、レデュースの3Rに反しておるぞ。

            ◆

試験はもう一日続く。
生徒諸君、頑張れ。
試験監督の先生たち、倒れないように頑張ってください。

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コメント

私も昨日主任監督をやってきました。同じ台詞を5科目分機械的に何度も言わなければならないのが苦痛でたまりませんでした。「言わされてんだろうなぁ」とか「またかよ」とか思われているかと思うとやりきれないです。

弥勒菩薩は韓国にも同じようなものがあるのですね。広隆寺が近くていいですねぇ。私は小学生時代からのファンでした。

世界史の近現代史、特に戦争の歴史は知っているようで結構答えられないものがありました。まだまだ勉強が足らないです。

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