大学では教師に必要な力として、家本芳郎先生が纏められた三つの力を学生たちに教えている。即ち、管理の力、指導の力、人格の力である。
このうち、前の二つはある程度そのトレーニングの仕方は分かって来たのだが、三つ目の人格の力のトレーニングの仕方は、いまひとつと言う感じがあった。
ただ、一つの思いはあった。もし、人格の力が「徳」によるものであるならば、考えられる方法が一つあると思ったのだ。それは、徳の傍に居ようと心掛けることである。
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「徳は孤ならず」と言う言葉がある。本来の文言と意味は、
「—は孤ならず必ず隣あり〔論語{里仁}〕徳のある人は孤立することなく、必ずよき協力者にめぐまれる。」(大辞林)
と言うものだが、ここにヒントを得てのことである。
徳のない私が、徳を身につけることができるかもしれない方法は、徳の傍にいればいいのではないかと思ったのだ。
至極当たり前のことだが、人間は習慣の生きものである。世の中にあるすべてのものを一つ一つ、その是非を判断しながら生きていたら、とてもじゃないが生きていけない。今までやってきたことを繰り返しでやり過ごしてきたことがたくさんあるから、スムーズに動いて行くことも多くある。それが習慣だ。
そうだとすれば、その習慣の中に自分を置けばいいのではないかと思うようになったのが、十数年前のことだ。「朱に交われば赤くなる」「笑顔の人の周りには、笑顔の人が集まる」ということだ。これは、恩師やいい仲間たちに恵まれたことから出会えた考えである。
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当時私は、月に一回自分の実践を文章にしてサークルの仲間たちに見てもらうと言うことを繰り返していた。自分の実践を批判的に見てもらおうなんてことは思っていたかどうかは分からないが、サークルの先輩の先生たちは私の実践を楽しんで批評してくれた。それが楽しくて文章にまとめては、参加していた。
これが、私にとっては当たり前のことであった。そして、今から考えるとこれが凄いことであったと思う。
何が言いたいかというと、外側から見ると厳しいことであっても、それが当たり前になってしまうと、良循環に乗ってしまうとなんでもないということを教師になって最初の頃に実感できたことが、今となってはとんでもなく大きな財産を手に入れていたと言うことなのだ。
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人間は、習慣の動物であるがそれは環境の動物と言うことでもある。この環境に関しては、
環境に染まる・・・朱に交われば赤くなる。
環境に染まらない・・・掃き溜めに鶴。
という二つの諺がある。私が体験したのは、前者の方だ。そして、その赤は一見大変に見えるのだが、やってみれば結構出来てしまうと言うことであった。だから、何か自分に足りないものを手に入れる時には、この環境に染まりやすい私、流される私を、その良い環境におくことで、自然に育ててもらえるように出来ないかと考えたのである。
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私に徳がないのであれば、徳の傍に身を置く。そしてその徳によって私を感化してもらい、あわよくばそれが私にとっても当たり前のこととなるのを待つ。私にとっては極めて自然の方法である。
徳の傍に身を置く方法は二つ。一つは、読書である。読書によって古今東西の徳の傍に身を置くことが出来る。さらにもう一つ。それは、徳のある人の傍に行くことである。
正月の帰省で恩師の自宅を回っているのは、この徳の傍に身を置きたいということも理由の一つである。
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今日は、15年ぶりに学生時代の私を叱り続け、鍛え続けてくださったもう一人の恩師、吹野安先生のご自宅まで行くことが出来た。2時間ほどの再会であったが、懐かしい学生時代の話に、これからの私に対して過分な期待の言葉まで頂いて、身の引き締まる思いであった。先生に褒めて頂く日が来るとは思わなかった。
さらに、先生は相変わらずバシバシと世の中を批判されており、口が悪いと感じる言い方さえもあった。が、学生時代には思わなかったことを思った。
それは、
(先生の口が悪いのは、先生が悪いのではなく、悪い世の中を正確に描写するから悪くなるのではないか。先生は純なんだなあ)
ということである。先生をそんな風に思う私になる日が来るとも思わなかった。
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ご自宅を後にする時、先生はバス停まで見送りにきてくださった。
『先生、来年また伺います。お元気で』
「おう、嬉しかったよ」
それならばと、
『先生、憎まれっ子は世にはばかりますから、来年もお会いできますよね』
とは、やはり怖くて言えなかった。
来年こそは、言おうと固く決意をした。
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バスが来たとき、昔のあるシーンを思い出した。
私がとある先生を見送っている時、深々とお辞儀をしてお別れをして踵を返したら、怒られた。
「馬鹿たれ、見送ると言うのは相手が見えなくなるまでするから見送るっていうんや。最後まで見送れ」
ああ、そうであった。
バスに乗り込み、私はバスの一番後ろの席まで走った。
先生は、バス停でずっと見送ってくださった。
私は、バスの一番後ろで頭を下げていた。顔を上げて御礼を言ったら良いのか、それともずっと下を向いているほうが良いのか、分からなくなったのでちょっと頭を上げ、また、頭を下げを繰り返していた。
バス停からの道は直線が続き、先生の姿はいつまでも手を振っていらっしゃった。
ちくしょう、先生はやっぱり有言実行だ。
負けられないぞ。
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時は流れ、そろそろ環境に染まるでもなく、染まらないでもなく、別のことをも考えなければならない年齢に私達の世代はなってきたかもしれない。それは、
環境を変える
環境を作る
である。環境そのものを対象とするということである。これは、「隗より始めよ」なのかもしれない。
これは先生方から指導を頂いたものを元に、次の何かを育てる時期が来たのだということなのかもしれない。過分な期待を頂いた私は、正月気分も抜けないまま、うおううおうと心の中で吠えている。
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人格の力、どうやって鍛えれば良いのか。これで本当にいいのか分からないが、私にはこの方法があっているのではないかと思う。
藤野先生、竹内先生、吹野先生の三人の先生に叱咤激励を頂いた良い正月休みであった。