大人とは何か?
教職総合演習の授業が終わった。半期、15回の授業であったが学生諸君はなかなか大変だっただろう。って、先生の授業で大変ではないものがあるのか!という学生からの突っ込みが四方八方から飛んで来るのを感じつつ、ブログを書いている次第である。
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この授業の最後は、「大人とは何か?」の私の定義を述べる講義。
私は教師になるには、この「大人とは何か」という問題をしっかりと理解しておくことが重要だと考えている。
それは、教師として児童・生徒に接するとき、児童・生徒は子どもで教師は大人であるからだ。そして、子どもを大人に育てるのが教育の仕事の一つだからだ。しかし、その子どもと大人の境目を、教師が自覚していないと言うのでは、指導は難しいと私は考えている。
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長田弘さんの『深呼吸の必要』という詩集には「あのときかもしれない」という作品に、
「子どもになったのは二本の足で立ち、言葉を話せるようになったとき、赤ちゃんになった時は時間まで分かる。しかし、大人はなったではなく、なっていただ。不思議だ。自分のことなのにいったいいつ大人になったのかが分からない。」
のようなことが書かれている。
この詩を読むことで学生たちに問題提起を行い、学生の取りあえずの定義を批判的に検討し、私の思考過程を提示し、授業を進めてきた。
最後に私の「大人」の定義を受けて、学生たちは自分たちの大人の本格的な定義を小論文で行うことになる。一週間後に提出だ。どんなものが提出されるか、非常に楽しみである。
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中には、この授業を受けていても教師にならない学生もいるだろう。しかし、それでも良い。実はキャリア教育というのは、この大人とは何かという問いに対して、自らが答えを出すところから始まるのではないかと考えている。教師にならなくとも、学生は大人にはならざるを得ない。その時の指針の一つになれば良いなあと思う次第である。
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で、池田の大人の定義は何かって?
それはまあ、来年度授業にお越し下さい。
ええ、企業秘密です。
って、いいからそれで論文を書けという突っ込みも飛んできているような気もしておりますf(^^;。
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